テルが見つかったのに家族で喜べる日は来なかった。
テルが帰ってきたのに私は何もしてあげられなかった。
なんでだろう。
分からない。
気がついたら、テルのお葬式が終わってた。
法律が適用されて戸籍から除外された。
その意味は分かる。
でもテルはまだ生きていた。
それなのに死んだ事にされた。
意味が分からない。
あおいママは壊れてしまった。
私が壊したものは、元には戻らなかった。
私が壊したものは、もっと壊れた。
ママは外に出ている時間が増えた。
この家は私が守らなきゃいけない。
何で。
何のために。
何を守るんだっけ。
…そうだ。
私はお姉ちゃんだから、美雪が大きくなるまで守ってあげないと。
──────
テルの双子の弟が生きていた。
生後直後から10年寝たきりだったけど目覚めた。
奇跡的にみるみる回復と成長を遂げたのだと言う。
馬鹿馬鹿しい。
あおいママを立ち直らせるために、そういう設定で付き合えというのか。
私たちは被害者家族だから、養子をあてがえば泣いて喜ぶとでも思っているのか。
数が少ない男の子だから、喜ぶとでも思っているのか。
テルの紛い物を、私の家族に混ぜろと言うのか。
伝えにきた大人達に、ふざけるなと私は怒鳴り散らした。
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嘘だ、そんなはずない。
でもママは、出産直後に亡くなった弟の存在を知っていると言う。
なら、こんな嘘くさい話が、本当に?
いや、あり得ない。
そうか、やっぱりテルが生きてたんだ。
だって、テルは死んではいなかった。
面会日まで眠れぬ日を過ごした。
テルが生きてた。
やっとテルが戻ってくる。
だけど、別人のフリをしなきゃいけない理由がある。
拉致事件に、財界人や政府関係者が何人も関わっていた。
一時そんな噂が流れていたけど、この話でそれは現実味を帯びた。
誰も信用できない。
ママは私の言葉を信じてくれなかった。
テルに心から寄り添えるのは、私しかいない。
絶対に、今度こそ私が守ってみせる。
──────
この扉の先にテルがいる。
目が覚めたテルがいる。
再会を目前に、途端に怖くなって足が震えた。
生身のテルからどんな罵声や恨み言を浴びせられるのか、それに気づいたら部屋の前で動けなくなった。
テルは何度も私の前に現れた。
私に助けを求めて泣き叫び、失望して、恨んで、呪った。
私に守られるどころか、拒絶されるんじゃないか。
私がテルに近づいていいのか。
もしかして、テルも壊れるんじゃ…。
立ち竦んだ私を、ママは無理やり病室の中に引き入れた。
恐る恐る前を見たら、部屋の中には本物のテルが立ってた。
髪は真っ白だけど、肉付きや肌艶が良くなって、元気になった姿。
可愛らしいテルが成長したら、きっとこうなっていたと思わせる姿。
少し困った顔が、小さかった頃のテルにそっくりだった。
嘘じゃなかった、テルは本当に生きてた。
嬉しさで涙が止まらなかった。
「あ、んんっ。初めまして。天内光琉と言います。…」
初めまして?
ヒカルってなに?
あなたはテルでしょ?
そうだった、別人の設定だった。
テルは、光琉という弟を演じている。
涙を拭って、ママと話すテルを私はじっと観察した。
テルの面影はあるのに、テルが私を見るその目は、完全に他人に向けるものだった。
そんな目で見られるのが耐えられなくて、私は演技をやめるようにお願いした。
「アリス。お姉ちゃんだよ?」
「はい。よろしくお願いします」
私の名前にも、存在にも、この子は欠片も反応を示さなかった。
怒りも、喜びも、憎しみもない。
あるのは赤の他人に対する戸惑いだけ。
それを見せることに何の躊躇いも、罪悪感も感じていない。
この子の目は、心底私を他人と見ている事を突き付けてくる。
絶望した。
この子はテルじゃない。
テルは生き返ってなんかいなかった。
本当に別人なのだと、理解してしまった。
悲しくて辛くて、また涙が流れた。
ぼんやりとしながら、ママとこの子の会話を聞き続けた。
「僕という存在が、皆さんが失ったものに釣り合うとは、とても思えなくて」
途中、光琉と名乗ったこの子はそう言いながら、私を見た。
当たり前でしょ。
釣り合うわけがない。
でも。この子は、私達の苦しさを理解しようとしている?
「僕を見るたびに、辛い思いもさせてしまうんじゃないかって」
そう、今もとても辛い。
あなたを見ていると、テルだと思いたくなる。
「泣かせてしまうんじゃないかって」
そう、涙が止まらないの。
もう何度も、諦めたはずなのに。
「我慢して、心で泣きながら、笑顔を作らせてしまうんじゃないかって」
そう、ママは、いつも笑いながら泣いてる。
助けて、誰か助けてよ。
「そうさせてしまったら、それは僕にとっても、とても悲しくて、辛いことで…」
この子は、私達と同じだ。
同じように、悲しんでくれてる。
「上手く言えないんですけど、…伝わりますか?」
伝わってるよ。
似てるだけじゃない。
この子は、本当にテルの弟だ。
この子は一人で悲しんでる。
嘘じゃなかった。
光琉は、一人ぼっちで生きてきた、私のもう一人の弟だった。