マチナミ×ト×ジタク
病院を後にした僕たちは、クリス姐が運転するファミリーカーで自宅に向かっている。
外を流れる景色が外国を感じさせると同時に、昭和ノスタルジーとは異なる懐かしさを覚える。
「初めて見る街並みはどう?」
「なんと言ったらいいのか…。感慨深いです」
「右手の高い建物が都庁よ。日本で一番高いビル」
「へ~」
高さは前世の半分ちょっとだろうか、タワマンも数が少ないし超高層は見当たらない。
こちらの世界は人口がだいぶ少ないので、過密な都市設計が必要ないのかもしれない。
後は単純に技術が追いついていないか。
街自体が低く、窮屈さも感じない。
前世で旅行で行った時に訪れた、地方都市を見ているような感覚だ。
ただ、作りや街並みは全然違う。建物自体の形だけではなく、屋根や壁の色が似たものが多い。この感動はヴェネツィアの街を見た時が近い。
「似た建物が多いんですね」
「東京都は姫立財閥と鳳仙財閥が抑えているから企業色が出るのよ。この辺は鳳仙系なの」
「なるほど?」
いや、全然わからないが。
わかったフリをして後悔していると、同乗している中条寺さんが後ろから補足してくれた。
地歩を固めているデベロッパーの特色が街並みに現れるのだという。
慣れてくると街を見るだけで、この地域は◯◯系、あそこの地域は△△系が力を持っているというのが分かるそうだ。
あの辺りは結構独自性が高いと、指を刺した先の建物も似たり寄ったりだった。
詳しく聞くと、どうやら東京に限らず、この世界はコストや資源圧縮の関係で建造物のパターンが元々少ないようだ。
エコ社会だね。
暮らしやすい都市設計、災害に強い都市設計、自然豊かな都市設計など色々あるらしく、東京都は持続発展型の総合設計都市なのだと誇らしげに教えてくれた。
正直、大都市感はそこまで感じないのだけど、暮らしやすそうなのは断然こちらだ。
看板なんかの景観を損なう屋外広告物が少ないし、公園も多い気がする。
「東京都内にもあんな立派な神社があるんですね」
「お寺もあるし、古い街並みが残る場所もあるわよ」
あれはなんですか?あっちは?と、僕の質問が車内の音楽のように流れ続ける。
今は流していないが、車内の音楽再生機はCDだった。
もうすぐ携帯型のデジタル音楽プレイヤーが発売されると嬉しそうに言っていた。
暮らしに関する文明よりも、娯楽に対する文明は更に発展が遅そうだった。
そんな事を考えながら街並みを改めて観察すると、娯楽施設自体も少なそうだった。
「なんで私には聞いてくれないの?」
僕の隣から発せられた一言で、車内の空気が1-2度下がった気がした。
「さっきもママに頼るって言ってた。何で?」
車内の静けさが、僕の回答を急かしているようで心臓が高鳴る。
そんな事言ったかな?誰に?いつ?
思い出せないが、何か言わないと、この空気は不味い。
「アリス姉には家や学校の事を沢山教えて貰いたいよ。…駄目?」
「勿論、任せて」
ご機嫌な回答がもらえた。
セーフだったようで胸を撫で下ろす。
しかし、この緊張感が一体何なのかがよく分からない。
何がアリス姉の気に食わなかったのか。アリス姉が喋るといつもこんな雰囲気になるのか。僕がいるせいでこうなってしまっているのか。
助けてクリス姐…。
バックミラー越しにクリス姐に助けを求めると、アリス姉に顔を覗き込まれた。
「光琉?どうしたの?」
何か言いたげだね?と、言いたげに…。
「…アリス姉の手、握ってても良い?」
「え。…あ、いいよ」
今お願いすることも、頼ることも特に無い。苦し紛れにそう頼むとアリス姉は恥ずかしそうに俯いて手を握ってくれた。
アリス姉から圧が霧散した事に胸を熱くする。
なんか知らんけど、やったぜ。
その後は穏やかな雰囲気で車内の空気は流れた。
偶にアリス姉が何か言いたげな雰囲気になるのを察知すると、僕は手をキュッと握って静かにしているよう嗜めた。『今は僕の手を握ってるのが姉さんの役目でしょ』と伝わるように。
「着いたよー」
住宅街の一角で車が止まった。
似たような建売住宅がひたすら並んでいるような区画になっていて、一人で散歩に出かけたらここに戻って来れないかもしれない。
「どうやって自宅を判別してるんですか?」
「似てるものね。でも、塀の飾りつけやお庭は全然違うでしょ?」
「んー、そうですか?」
男の感性ではそういった微細な変化は感じ取れない。
でかい仏像とか、バスケットゴールがあると分かるんだけど。
「恥ずかしいんだけど、うちは私が出来てないせいで手入れが少なくて」
「すごく綺麗にされてますよ?」
天内家の庭には高い木などはなく、何もない花壇だけで殺風景といえば殺風景だが、今は1月末の真冬。
庭には物一つ転がってないので、綺麗という言葉はお世辞ではない。
「春になればお花で明るくなるんだけどね」
クリス姐は助手席から降りた美雪ちゃんに、玄関を開けてと鍵を渡しながら教えてくれた。
あ、行っちゃった…。
まだ美雪ちゃんとは全然話せていないんだよな。
そんな事を考えていると、後ろをついてきていた黒塗りのセダンが敷地内に入ってきた。
降りてきたのはもう一人の護衛の櫛内さん。
クリス姐に促されて全員で家にあがる。
今日は僕を交えて、今後の護衛体制の擦り合わせもすると車内で聞いている。
「アリス、先に案内してあげて」
「光琉、来て」
パシャ
聞こえた音で振り向くと、中条寺さんが僕らを撮っていた。
そういえば、病院や車内でも一枚ずつ撮っていた。僕を迎えた記念撮影という事なのだろうか。
どうせならちゃんと皆で撮ればいいのに、と口から出かけた所で止めておいた。
それは母さんが帰ってきてからでいいよね。クリス姐もそうしたいはずだ。
「お、お邪魔します」
「ただいまだよ?」
アリス姉に訂正させられながら、初めての自宅に足を踏み入れた。
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