温もりが離れていく感覚で目が覚めた。
「起こしちゃった?」
暗がりの中、ベッドから出ようとしていたクリス姐が僕に声をかける。
服を掴んでいた僕の手を離して、ベッドから出ようとしていたようだ。
時計に目をやると時刻は6時前。
股の不快な感触に気づいた僕は、一緒に起きてトイレに向かった。
寝ている間に異物排出の射精をしていたようで、オムツは酷い有様だった。
お腹も痛い。
それでもぐっすり寝ていられたのは、よほど疲れていたのか、クリス姐がいてくれたおかげだろう。
まだ排出が終わっていないかもしれないので、ビデで綺麗にしてからまた新しいオムツを履いておいた。
手を洗ってリビングに戻ると、食事の準備を始めていたので一緒にやらせてもらう。
僕は生まれた時から病院で生きてきて、本や映像の知識だけで外の事は全てが始めての設定だ。不自然にならない様に、逐一教えてもらいながら一緒に台所に立つ。
まずはクリス姐から手渡されたほうれん草を洗う。
水を流しっぱなしで洗っていたら、説明しながら自然な流れで水を止められてしまった。
多分、僕が怒られたと感じないように教えてくれたのだと思う。全然嫌な気持ちにならずに、次から気をつけようと思えた。
洗ったら煮立った鍋に入れて終わり。鍋の監視や湯ぎりはさせてくれなそう、包丁もまだ使わせてくれないようだ。
まあ逆の立場なら怖いよな。IHではなくガスだし。
「じゃあ次はお米も研いでもらおうかな?」
料理なんてほぼ作ったことがないが、流石に米くらいは研げる。
向こうの世界は外食やコンビニ、惣菜、デリバリーなんでも揃っていたから、料理をする必要がなかっただけで、全く出来ないわけではない。
以前はただ面倒だと思っていたのに、二人で料理を作っている行動自体が新鮮で、とても楽しい。
炊飯鍋に水を入れて、近くにあったヘラを持って混ぜる。
シャカシャカ、混ぜ混ぜ。
「ふふ、それはお米をよそう物だから、手で研ぐの。こうやって」
クリス姐が笑いながら手を伸ばしてきて、指を立てて米を揉み洗いする。
米を手で研げる事に軽い衝撃を受けつつ、出来そうかと聞かれて、同じように手揉みで米研ぎをした。
他にあまりできることはなく、卵を割って混ぜたくらい。無理やり褒めてくれたけど、子供でもできるだろうしムズ痒い。言われたところから物を取ったり、テーブルを拭いて箸を並べ、冷蔵庫からお醤油を探してそれも並べたり。手が空いたらもう一度、どこに何があるのか忘れないように、引き出しを開けて確認させてもらった。
そうこうしているうちに二人が起きて降りてきた。
僕が手伝っているのを見て、二人が驚いて謝罪を口にする。
もう終わっているから、顔を洗ってくるようにクリス姐が促すと足早に向かっていった。
「謝られるのは、寂しいんですね」
ご飯とおかずを並べながら、そんな言葉が溢れる。
「ありがとうが多い家に、したいんだけどね」
「ごめんより、ありがとう。…それ、いいですね。そうしましょう」
「じゃあ、光琉にも手伝ってもらおうかな?」
「はい」
一つ、この家での役割が出来て嬉しくなった。
4人が揃って、初めての朝食を頂いた。
ご飯にお味噌汁、焼き鮭、ほうれん草のおひたし、ひじきの炒め物、だし巻き卵。
ザ・和食の食卓が、まるでドラマやホテルの朝食のようで感動する。
病院でも似た様なものが出てくるが、器の彩りでご馳走に見える。
「光琉が初めて作ってくれたご飯、美味しいわね」
それにアリス姉や美雪ちゃんも同意する。
やめて、恥ずかしすぎる。
「言わせないでよクリス姐。野菜を洗ったり卵混ぜただけで、味付けも何もしてないのに」
「あら。料理は気持ちだから、本当に美味しくなるのよ?」
「美味しいよ、ありがとう光琉」
「ありがとう。光琉…お兄さん」
「~っ!」
思わず美雪ちゃんを見て固まってしまった。
「な、何?」
「ありがとうって言われて嬉しいのと、名前を呼んでもらえて嬉しかった」
「それ位…言えるから…」
僕が喜んでいる姿を見て、クリス姐とアリス姉が喜んで、美雪ちゃんがなんでと恥ずかしがる。
そんな食卓で食べるご飯は最高に美味しかった。
「洗い物もやってみたいです。いいですか?」
「それじゃあお願いしちゃおうかな。アリス、教えてあげて」
「…美雪もできる。スポンジはこれ、その洗剤をつけるの」
シンクに立った僕の横に美雪ちゃんが来て、指示を出し始めた。
は、はわわわわわわわわ…。
なにこの子。かわよ。めっちゃかわよ。
お姉さんぶってるの?僕に教えてくれるの?
見た?見てる?クリス姐見てる?
僕が感動しながら顔を向けると、クリス姐も嬉しそうに笑っていて、手伝おうとしていたアリス姉は少し不満げな様子だった。
初めての美雪ちゃんとの共同作業、それに食洗機を使わない洗い物も新鮮で楽しかった。皿の底も丁寧に洗うのと、流し忘れないように。美雪ちゃんにも水の出しっ放しを注意された。クリス姐と違って美雪ちゃんには普通に怒られた。
天内家ではお水は大切に使う。よし、覚えたぞ。
そういえば学校は?と聞いてみるも、今日は日曜日だったのでのんびりでいいそうだ。
でも暫くしたら友達と遊びに行くらしい。
アリス姉は『光琉が来たばかりなのに自分勝手に』と不満を漏らしていたけど、知らない人といきなり長時間いれば息が詰まるし、徐々にでいいと思う。
アリス姉は美雪ちゃんに厳しそうなので、僕は甘やかしていきたい。
洗い物が終わった後は、昨晩脱水したシーツと洗濯物の干し方を教わる。
冬場は外に干せないので、リビングの窓際で突っ張り棒を使っていた。掃除機かけとお風呂掃除は、美雪ちゃんとアリス姉が順番でしているというので、やる時に教えてもらう。窓拭きと玄関の掃き掃除は却下。
僕は庭に出るだけでも護衛を呼ばなきゃいけないので、これに関しては仕方がないと諦めた。
テレビの内容はそんなに変わらない気がした。
知らない少女アニメと討論番組、ニュース、旅番組。男も映っていたので、社会進出のしにくさはそこまでないのかもしれない。
男女比1:10の人口比率を考えれば、むしろ多い印象だった。
家族の誕生日も聞いた。
一番近いのは3月の母さん、誕生日には退院できるよう願うばかりだ。
クリス姐は12月、アリス姉は9月、美雪ちゃんが5月。
僕の誕生日は少し前に過ぎていたのだけど、母さんとの面会日は僕の誕生日にしてくれていた。最高の誕生日プレゼントだったのだ。
美雪ちゃんが遊びに出て行った後は、昨日の反省会。
アリス姉と僕から聞いた話を、お互いに齟齬が生まれないように、クリス姐が間に入りながら話をする。
口に出していないくて相手に伝わっていない想い、お互いがどんなことを考えていたのかを僕らに理解させる。
アリス姉はどうやら、僕を依存させたいらしい。あっちこっちで発情して誰ふり構わずセックスしない様に、これからはずっと自分の体を性の捌け口にして欲しいと言う。
僕の姉さん、覚悟が決まりすぎだと思う。
「僕もそのうち恋愛して好きな人ができるから、アリス姉はそこまで背負わなくていいよ?」
「嫌。光琉は私が大好きでしょ?私も光琉が大好き。だから恋人は作らなくて良い」
「アリス姉は家族の好きだから、恋愛とは違うよ?」
「昨日は私の事、ちゃんと女として好きって言ってくれてた」
「あれは、性欲のせいで言い過ぎて…」
我ながら最低の弁明。
確かにあれは家族への愛としては度を超えていた。でも度々ああなってしまうのが僕なのだ。
「びっくりしちゃったけど、でも、凄く嬉しくて…、気持ちよくて…。私は、女としても光琉が好き。他の誰にも渡したくない」
まさかのどストレートに告白された。
姉から。
なのに、胸のドキドキが止まらない。