「直接吸引の前には痛み止め薬を服用するのが一般的だけど、薬が切れた後でも痛みを訴える男性が多いわ」
「痛みは結構長いんですね」
「だからセックスでは一般吸引が殆ど、と言われているわ」
「皆さんは直接吸引をしたそうな様子でしたが、女性の方は行為中の興奮状態で自制できるのですか?」
「…そう感じさせてしまったなら、ごめんなさい」
「いえ、純粋な興味です。求めるのが本能に思えて」
「…そうね。実態としては、恋人や夫婦間ですら未合意の直接吸引の被害は後を経たないわ」
妊娠したくてちんちんを突っ込むのだから、濃い原液を求めて奥へ行きたがるのは当然だ。
先っぽだけで終われるのかは怪しい。
「痛みの原因は精巣口の圧迫・変形ですか?」
「それもあるけど、最も大きい痛みは吸引による精巣自体の縮小よ。精巣外膜と精巣の間には多数の神経が巡っているから」
「…なるほど」
いや、大して分かってないが。
「ただ、直接吸引を経験するほど、精子の生産速度が上がるメリットはあるわ。慣れれば次第に痛みも快感に変わるわ」
「なら我慢のしがいはありますね。薬で和らげる事は出来るのだし」
「長期間や大量服用は逆に男性機能の低下を招くから、生産量の増加が目的なら薬は逆効果よ」
「そうですか…」
鍛えられるのであれば、程度で軽く聞いていたが、これは相当な覚悟が必要な行為か。
暫くの沈黙の後、意を決したように、九条先生はじっと僕を見つめる。
「どうかしました?」
「効果が見え始めるのは最低でも100回以降。数十回までは寧ろ減少傾向が見られるわ。増加限界は個人差が大きくて1000~3000回。分娩・尿管結石・心筋梗塞などと並べられる痛み。歩行可能な回復までに都度6時間」
「…すみません、無理です」
Extra Hardかよ。
マリオの無限1UPくらいの気持ちで聞いてしまってすみません。
僕は今日、今後の自分のためにこの授業を受けている。
だけどこれは、否応なしにテル君の被害を想像させる。
きっとテル君の被害体験は、僕の想像の遥か上をいっている。
そしてこれは、単なる保健体育の教示ではない、天内輝君に対しての情報開示だ。
なぜ、今なんだ。
僕は九条先生の目をじっと見つめ、続きを待つ。
「…痛みを感じない状態、主に植物状態に陥った男性は、国による搾精管理対象になるの」
「それって…」
「あなたには、搾精器による継続的な直接吸引を実施していました」
「…………」
土気色で死人のようだった姿を思い出す。
眠り続けていた時の、天内輝君の姿を。
「昏睡期間中の121日で、合計361回の直接吸引を行いました。あなたは既に増加限界に達しています」
増加限界、それが意味することは一つだ。
「…どうして。わざわざ伝えるんですか」
「否が応でも、知ることになるからよ」
「…この国は、死体から、精子を吸い上げてるんですか」
「死んでなんかないわ」
「同じでしょう!」
冷静に、事務的に会話する九条先生に腹が立ち、僕は思わず声を荒げた。
「違うのテル君!」
「できる事ならしたくはないの、本当よ!」
貴方達だって見てただろう、この子の姿を。
監禁中に何をされていたのか、知ってるんだろう、貴方達は。
彼女達の顔を見ていられない僕は、思わず俯いで拳を握りしめる。
「天内輝は、未成年ですよ」
「それは法律上、関係ないわ」
「天内輝は、性被害者ですよ」
「それも法律上、関係ないわ」
納得、できる訳ないだろう。
「それが大人のやることか!」
ギリっと奥歯を噛み三人を睨みつける。
初めてだ、助けてくれている彼女達に怒りの目を向けたのは。
そして直ぐに後悔した。
三人の目からは、謝罪の気持ちが既に溢れ出ている。
別に九条先生が悪いわけじゃない。
もちろん水無月さんも、御堂さんも。
きっとこういった事柄を代償に、保護やリハビリも受けられている。
与えて貰うばかりの社会が成り立つ筈がない。
この社会状況なら、総合的に見れば寧ろ女性負担の方が高いはずだ。
けど、テル君を知っている三人には、それを肯定してほしく無かった。
この怒りは僕の単なる我儘だ。
だって、あまりにも不憫じゃないか。
仕方ないで終わりなんて、そんなのはあんまりだ。
「僕は…」
天内輝は、拉致され、犯されて、救われて、また犯され続けて死んだ。
それは、彼女達に向けていい言葉じゃない。
口に出しても、誰も救われない。
闇雲に振り回すだけの言葉の凶器だ。
でも、誰かが、誰かは…。
誰か、じゃない。
「僕が…」
僕だ。
僕はどうするかだ。
今ここにいる中で、僕だけが生と真剣に向き合っていない。
「僕も…」
何が出来るのか。
いや、何も知らないんだ。
世界のことも。
天内輝君のことも。
自分自身がどう生きるべきかも。
「僕も、誰かを、助けてあげられる人間になりたいです」
「…そう。…強い子ね」
九条先生がそっと近づいて、ありがとうと優しく僕を抱きしめた。
「先生、ありがとうございます」
「本当に、ごめんなさいね」
泣かないでよ。
御堂さんも、水無月さんも抱きしめてくれる。
「御堂さん、ありがとうございます」
「ごめんね、ごめんね」
謝らないでよ。
「水無月さん、…当たってます」
「ち、違っ!そういう意味じゃないの!」
謝って。