ご迷惑をおかけして申し訳ないです。
今度は大丈夫なのでお楽しみください!
予兆
──もし世界が滅びるとしたらあなたは何をしますか?
それを前にしたのは、黒色のウルフカットの髪と同じ色の瞳、中肉中背の普通の十代の青年の名は、『神凪 悠二』だった。
場所は、真っ白な空間で他には何もない。
「──俺は、自室のベッドで寝たはずだが……?」
悠二の記憶では、たしかにそうなっていた。
だが、気がつけばこんなところに立っていて、宙に浮いた文字を見上げている。
「……なんだ夢か」
だから悠二は、明晰夢の類いだろうと結論付けた。
そうなってくると、思考にも余裕が生まれ、目の前の文言をあらためて見つめる。
「世界が滅びるのなら、か……」
家族はすでに祖父しかいない身で、恋人の類いもいない悠二には、ありきたりな一緒にいたい誰かが思い浮かばない。
「我ながら侘しいけど……もし世界が滅びるのなら、好きなことをしていたいかな」
アニメを観て、ゲームをして、漫画やラノベを読んで、完結を目にできないことを惜しみながら、それでも楽しかったと思いながら終わりたいと、悠二は思った。
──確認いたしました。それでは、良き終末を
それを最後にブツっと切れるように視界が閉じた。
──夢を見ていた
そんな感想とともに微睡みのなかにたゆたう青年は、微かに意識に入り込んできた小鳥の囀りに導かれるように目を覚ました。
「──朝か」
寝起きの頭でまず最初に思い浮かんだのは、そんな感想だった。
早朝。
洋室に置かれたベッドの上。
そこに眠るひとりの青年──悠二がそう呟いて朝日に釣られるようにして身じろぎをし、やがて上体を起こして体の強張りをほぐし終えると瞼を開いた。
悠二は、オタク趣味こそあるが見かけは清潔感のある普通の男子高校生だった。
「──なんか夢を見たような……?」
首を傾げる悠二だが、思い出せなかった。
「……ま、そんなもんか」
苦笑したあとに悠二は、体を起こして軽く伸びをしてほぐしたあと、ベッドから出て、部屋をあとにすると洗面所に向かい洗顔などを済ませる。
そして用意してあった黒のジャージに着替え、マンションの一室から出る。
家を出た悠二は、朝のシンとした済んだ空気に心身を引き締められ、軽く体をほぐしたあと、静かにだが力強い足取りで走り出した。
これは悠二が続けている日課のひとつであり、ウォーミングアップと体力維持のため、毎朝五時に起きて二十五キロメートルほどのランニングをおこなっている。
それも尋常ではないほどハードなトレーニングを自らに課している。
このむかしから続けている二十五キロにしても、軽いランニングではなく全力疾走とジョギングで緩急をつけ、心肺機能に意図的に高負荷をかける他、手足に重りをつけて体にも同等の負荷をかけたスタイルでのトレーニングだ。
これは単に筋トレ趣味が高じてこうなっただけで、特に運動部に入っているわけではない。
ただ男なら鍛えたほうがいいという、二次元の強い男たちを見て育ったゆえの当たり前の結論を実行しているだけだった。
そして、悠二は木々に囲まれた公園の中にやってくると、人気がない奥まで行き、持参したタオルで汗を拭うと運動後の胃が驚かないようにスポーツドリンクをゆっくりと呷る。
小休止を終えた悠二は、軽くストレッチをしたあと、再び同じペースで走って自宅へと戻っていった。
二次元の強さに憧れてやるには、些か過剰なトレーニングだったが悠二にとっては当たり前のことでしかなかった。
そうして軽快な呼吸と足取りで悠二は、朝の冷たい空気を切るようにして走り込んでいった。
§
朝の学校は、気だるさと活気が混ざり合っている。
部活の朝練に打ち込む者、いまだ眠そうにあくびを噛み殺す者、友人たちと喋りながら登校する者など、さまざまな学生が学舎に向かっていた。
そのなかに悠二もいた。
あれからシャワーを浴び、食事を済ませ、昼食用の弁当を作ったあと、ブレザータイプの制服に着替え、余裕を以って登校している。
悠二は、いつもどおり始業チャイムまでに余裕を持って登校し、静かに教室の扉を開けた。
道すがらクラスメイトと挨拶を交わしながら自分の席に向かう。
廊下側のいちばん後ろの席に着き、悠二はスマホを取り出してソシャゲを立ち上げる。
ログインボーナスをもらい、デイリーミッションを消化して次のピックアップに備えて石を回収していく。
そんななか、教室のドアが開け放たれ、ひとりの男子生徒が入ってきた。
「あ、新城さん、おはようございます!」
「はよっす、新城!」
「新城くん、おはよー!」
「おはよう、新城くん!」
「新城くん、朝練見たよ。かっこよかったー!」
賑やかな男子や、派手な女子が口々にその男子生徒にあいさつする。
金髪の線が細い容姿が整った男子生徒の名前は、『新城 大輝』といい、サッカー部のエースであり、父親が代議士というクラスカーストの頂点に君臨している男子生徒だ。
いまあいさつしていた男子たちは取り巻きで、女子たちは噂では全員彼女だったこともあるらしい。
誰かと付き合っては別れ、また誰かと付き合うといったローテーションだとかで取り巻きの女子生徒を彼女役にしていた。
さらには先輩や後輩、なかには彼氏がいようがお構いなしに手を出しているといった話もある。
イケメン、サッカー部、金持ち、権力持ちというフルコンボな女好き。
それが新城大輝だ。
体こそ鍛えているがオタク趣味で帰宅部であり、性欲旺盛だが彼女はできたことがなく、両親を病で亡くして普通の祖父に育てられている悠二とは、何もかもが真逆な相手だった。
「──おう、おはよう」
あいさつをしたあと、自分の席にどかっと座った大輝の周りを女子生徒たちが囲み、それをさらに男子生徒が囲む。
あいさつの仕方からもわかるとおり、大輝の取り巻きは女子生徒のほうがスクールカーストが上だった。
代議士の父親が多額の寄付をしていることから、学生はもちろん、教師すらも大輝には文句が言えないため、こうしてこの学園では自分の城のように振る舞っているのだ。
さらに地元の各方面に太いパイプがあるため、この街で『新城家』に逆らうと就職できないとまで言われていた。
実際に大輝がまだ入学したての頃は、注意した先輩や教師もいたのだが、全員退学や退職になっている。
表向きは一身上の都合となっているが、誰もが大輝──新城家の圧力だと理解していた。
そんなこともあったため、生徒たちはもちろん、教師すらも逆らわず、機嫌を窺うか距離を取るかと二者択一を迫られる。
悠二はもちろん後者だった。
悠二の祖父は不動産業を営んでおり、悠二がいま住んでいるマンションも実は、祖父からプレゼントされた者だった。
マンションには、他にも入居者がおり、そこから生じる利益は悠二のお小遣いになっている。
この年齢で家賃収入を持っているのは驚きだが、伊達に代議士の息子と同じ学園に通えているわけではないのだ。
そんなわけで悠二は、別に大輝に媚びる必要はなく、大学は県外を受けるつもりだった。
悠二は、大輝たちから意識を外し、ソシャゲの日課をこなしていく。
複数のソシャゲをやっているため、このルーティンは欠かせないのだ。
自分とは別世界の住人ならば、三次元よりも二次元といったふうに悠二は、スマホ画面に向き合っていた。
「そんな絵の何がいいのか、オレにほわからないな」
不意にそんな声が聞こえてきた。
見れば大輝が悠二のスマホを見下ろしていた。
どうやら暇潰しのネタを見つけたらしい。
「女ならリアルのほうがいいだろ。オマエ、さては童貞だろ?」
大輝の言葉に取り巻きの男子生徒は曖昧に、女子生徒は明確に笑う。
「ちょっと、新城くん、やめてあげなよー」
「そうそう、カワイソーじゃん?」
「そう言うなら、オマエら、誰か相手してやったらどうだ? コイツの童貞、もらってやれよ」
「アタシ、パス。新城くん以外なくない?」
「私もムリ。新城と比べるとね」
「見かけは悪くないけど、オタク趣味とかないわー」
最初から止める気も、相手させる気もする気もない新城たちは、悠二を話のネタにするためわざとらしく言う。
「ま、そんなもんだよな。多少流行って市民権を得たみたいな感じだけどよ、それも一部でチー牛は需要ないわな」
大輝は笑うと、財布を取り出した。
「そんなカワイソーなオマエに金を恵んでやろうか? 絵に課金っつーのするんだろ?」
「新城くん、やさしー!」
「オタクにもやさしいイケメンとかサイコー!」
「でも、やさしくして勘違いされたら怖くない?」
「たしかに! それで新城くんのトモダチ面とかしたらマジヤバじゃん!」
適当にお札を取り出してバラ撒く大輝に、取り巻きの女子生徒たちは、口々に好き放題言っていた。
「悪い悪い。たしかにそりゃやべぇわ。悪りぃな、いまの話はなしで!」
最初から金をやる気はなかったものの大輝は、満足したのか自分の席へと戻っていき、また取り巻きたちと盛り上がっている。
とうの悠二は──。
「…………」
黙ってスマホを見ていた。
傷ついた──様子は一切なく、そもそも大輝の話を聞いてすらいなかった。
(とりあえずデイリーは終わったか。しかし、今年の水着キャラは誰が来るのか楽しみだな。その前にリアフェスもあるし、コミケも……作家さんたちの新刊情報は見逃さないようにしないと。コミケのあとにも店舗にも行くし……こうして考えると夏の散財は毎年やばいな)
悠二は、夏の祭に備えてスマホで情報収集しながら軍資金の割り振りに頭を悩ませていた。
二次元に意識が全振りされている悠二には、三次元のあれこれなどまったく眼中にはなかったのだった。
授業が終わったあと、昼休みに入った教室は、特有の気だるさと活気と解放感に満ち、昼食を思い思いに食べていた。
ひとりで食べる者、友人と食べる者、学食にダッシュする者などさまざまななか、悠二は当然のように前者だった。
そこに孤独感、悲壮感、痛々しさなどはなく、ひとりで食べるのが気楽といった様子で特に移動することもせず、賑やかな教室でひとり弁当を食べている。
ちなみに弁当は、悠二の手作りだった。
一人暮らしが長い悠二は、ある程度の調理ができるのだ。
いつもは購買にダッシュするが、たまにはいいと、ひとりで気楽に弁当を食べながら、悠二はスマホをいじっていた。
公式のアカウントをチェックし、リーク情報を垂れ流そうとする輩を通報とブロックし、いつものごとく回復した体力などでフリークエストを周回する。
もはやルーチンと化しているそれらをおこなっていると、悠二はスマホに覚えのないアプリが入っていることに気がついた。
(なんだこれは? こんなアプリ入れた覚えないぞ? なんかの詐欺とかか?)
正規のサイト以外からアプリを落とすことがない悠二は、怪しいDMなども開くことなく削除とブロックをしている。
そのためこんなアプリがダウンロードされるはずがないのだ。
(……『マイ・ヒロインズ・パレット』、ねえ)
それがハートマークを背景に女の子のシルエットというデザインのアプリの名前だった。
To be continued
こんな感じに本編とは違うルートに入っていきます。
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