「いや、行かせない」
喧騒を切り裂くように響いたのは、低く、しかし怒りと執念を孕んだ、あまりにも聞き馴染みのある男の声だった。
シルフィの身体が、ガタガタと激しく震え出す。
声のした方へとゆっくり振り返ると、人混みを割って進み出てくる一人の青年の姿があった。
いきなり家を飛び出した後、一晩経っても帰って来なかったシルフィを血眼になって捜索していたルーデウス・グレイラットだった。
その瞳には、世界そのものを敵に回してでも、愛する妻を絶対に連れ戻すという狂気的なまでの決意が宿っていた。
「シルフィ、君を絶対に連れ戻す。例えこの世界のすべてが、それを間違いだと言おうとも」
ルーデウスの左右を固めるように、さらに二人の影が歩み出た。
一人は、つばの広い帽子を深く被り、信じられないものを見るように目を見開いた青い髪の魔術師。
もう一人は、腰の剣に手をかけ、今にも爆発しそうな怒りと困惑を全身から放つ赤い髪の剣士。
「どうしちゃったの、シルフィ」
悲痛な声を上げたのはロキシーだった。
いつも優しく、誰よりもルーデウスを愛していた第一の妻。
その彼女が、見知らぬ男と手を携え、フードの隙間から「本来の色」である瑞々しい緑の髪を覗かせている。
その異様な光景に、ロキシーの理知的な瞳が激しく揺れていた。
「シルフィ! 冗談なら今すぐその男から離れなさい! ぶっ殺されたいの一体どっちよ!」
エリスが激昂し、狂犬のような鋭い眼光でソマルを射抜く。
シルフィの失踪に気づいた彼女たちも、ルーデウスと共に必死に街を捜索し、この北門へたどり着いたのだ。
「ロキシー……、エリス……」
フードの奥で、シルフィの声が微かに震える。
同じ屋敷で笑い合い、ルーデウスを共に支えた最愛の家族たち。
「お前ら、誰だ! シルフィエットに何の用だ!」
ソマルが不穏な空気を感じ取り、シルフィを背中に隠すようにしてルーデウスたちの前に立ちはだかる。
その瞳には、「彼女を守らねばならない」という強い使命感が宿っていた。
「シルフィは俺の妻だ、返してもらう」
ルーデウスの低く冷徹な声が、北門の喧騒を完全に圧殺した。
その全身から放たれる膨大な魔力が、周囲の空気を物理的に歪ませていく。
「お前、ルーデウスか。——いや、シルフィエットは渡せない!」
ソマルは怯むことなく叫び、腰の剣を引き抜いて構えた。
世界の強制力がもたらした「彼女は俺の運命の相手だ」という狂信的な確信が、彼に世界最高峰の魔術師へと牙をむく無謀な勇気を与えていた。
「シルフィエット、下がってろ!」
ソマルが叫ぶ。
その瞬間、ルーデウスが右手を掲げ、無詠唱の魔力が大気を激しく歪め始める。
ルーデウスの隣に立つロキシーが杖を掲げ、エリスが獰猛な笑みを浮かべて愛刀を抜き放った。