※この作品はR-18です。

バグの終焉、あるいは運命の帰趨   作:K_TS

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一つの選択

「やめて……!!」

引き絞られた弓の弦のように張り詰めていた戦場に、シルフィの悲痛な叫びが響き渡った。

次の瞬間、彼女はソマルの背後から激しく飛び出し、構え合う二人の真ん中へと自ら割って入った。

両手を大きく広げ、ルーデウスの放つ圧倒的な魔力と、ソマルの掲げる鋭い剣の間にその身を晒す。

「シルフィ!?」

「シルフィエット!」

ルーデウスとソマル、二人の夫が同時に息を呑み、動きを止めた。

「やめて……! お願いだから、二人とも戦わないで!」

深く被っていたフードが風に煽られて脱げ落ちる。

朝日の下に晒されたのは、耳を疑うような戦闘の気配に怯えながらも、流血を拒もうとする悲痛な彼女の顔だった。

 

彼女の頭の中は、今も割れそうなほどの激痛に襲われていた。

魂の底から「本当の夫のもとへ還れ」と囁き続ける、世界が用意した一点の曇りもない『正史の幸福』。

そして目の前で、自分を狂気的な愛で引き留めようとしてくれる『現実のルディ』。

二つの歴史、二つの愛が、彼女の小さな身体を引き裂こうと暴れ狂う。

しかし、二人が殺し合うのなら、世界の修正力に流されるままではいられない。

シルフィは涙を流しながら、強く、自らの足で地面を踏みしめた。

世界が敷いたレールに流されるのではなく、自らの意志で、最終的な答えを出すために。

 

シルフィはゆっくりと、まずは背後のソマルを振り返った。

その瞳には、昨夜重ねた肉体の熱への、そして夢の中で見た『あり得たはずの穏やかな家庭』への、深い感謝と愛着が宿っていた。

「ソマル……。私のために命を懸けてくれて、本当に嬉しかった。あなたと過ごした時間も、あの夢も、きっと本物だったんだと思う……」

「シルフィエット……?」

ソマルの顔に、不穏な予感が広がる。

 

シルフィはそのままソマルに背を向け、今度は正面のルーデウスを見つめた。

その瞳には、いまだ彼に対する恐怖や見知らぬ他人のような嫌悪感が残っていた。

激しい頭痛の向こう側から、彼女自身の本当の魂が、ルディと紡いできた『現実の記憶』を、必死に手繰り寄せる。

無詠唱を教えてくれた、小さくて温かい手。

離れ離れになっても、ずっと自分を特別でいさせてくれた、世界で一番大好きな男の笑顔。

「でもね、ソマル。私が、私の意志で、自分で選んで、愛して、子供を産んだのは……ルディなの」

二つの引き裂かれそうな因果の狭間で、シルフィは涙に濡れた瞳を真っ直ぐにルーデウスへと向けた。

世界がどんなに私を『間違い』だと拒んでも。

ソマルの部屋で目を醒ましたあの日が、世界にとっての『正解』だったのだとしても。

「ごめんなさい、ソマル……。私、あなたとは行けない」

シルフィの声は、今度はハッキリと、世界の強制力を撥ね退けるだけの明確な意志を持って響き渡った。

「ボクの名前は、シルフィエット・グレイラット。ルーデウス・グレイラットの、妻だから」

 

その瞬間、世界が激しく軋むような、目に見えない衝撃が北門の空間を駆け抜けた。

シルフィの肩の強張りが、スウッと消えていく。

ルーデウスを拒絶していた肉体の嫌悪感が、彼女自身の強い意志によって力ずくで書き換えられたのだ。

そして同時に、朝日に照らされた彼女の髪の毛が、鮮やかな緑色から、再び美しい『白髪』へと急速に変色していく。

「シルフィエット……」

ソマルは呆然と、己の手の中から完全にすり抜けていった幼馴染を見つめ、構えていた剣の先を力なく地面へと下げた。

 

ルーデウスは静かに戦闘の構えを解くと、ゆっくりと歩み寄り、今度こそ世界の呪縛から解き放たれた我が妻を、その逞しい腕で強く、強く抱きしめた。

「おかえり、シルフィ」

「ルディに謝らないと……っ、ボク、ソマルと……」

シルフィはルーデウスの胸に顔を埋めたまま、消え入るような声で、しかしどうしても打ち明けなければならない罪悪感に震えながら言葉を紡ごうとした。

けれど、ルーデウスはそれ以上、シルフィに言わせなかった。

彼女を抱きしめる腕に、さらにぎゅっと力を込める。

その温もりは優しく、それでいて、世界がもたらしたどんな理不尽な因果もまとめて握りつぶすような、絶対的な強さに満ちていた。

「さあ、家に帰ろう。ルーシーが待っている」

ルーデウスはそれだけを言うと、シルフィに穏やかな笑みを向けた。

「ルディ……」

シルフィの瞳から、大粒の涙が溢れ出す。

ロキシーが安堵の息を吐き、エリスがフンと鼻を鳴らして剣を鞘に収める。

ソマルは静かに剣を鞘に収めると、フードの隙間から溢れる美しい白髪の幼馴染の後ろ姿を、寂しげに、けれどどこか吹っ切れたような目で見つめ、商隊の列へと戻っていった。

 

白髪のシルフィは、ルーデウスの手を今度は離さないよう、きつく、きつく握りしめた。

世界を敵に回し、因果のすべてを捻じ伏せたグレイラット家。

彼らは朝陽が差し込むシャリーアの大通りを、大切な我が家へと向かって、確かな足取りで歩み始めた。

 




本編は完 以降蛇足編3話の予定です→蛇足編2話になりました
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