因果の落とし子
あれから、いくつかの季節が巡った。
シャリーアに再び訪れた穏やかな日々の中、グレイラット家の屋敷には、元気な赤ん坊の泣き声が響き渡っていた。
シルフィが産んだ第二子――ジークハルト・サラディン・グレイラットの泣き声である。
「よしよし、ジーク、いい子だね……」
ルーデウスはベッドの傍らに腰掛け、小さな赤ん坊を腕に抱いて優しくあやしていた。
その様子を、寝台で体を休めているシルフィが、愛おしそうに静かに見つめている。
彼女の髪は完全に白いままで、あの悪夢のような修正力の支配からは完全に脱したように見えた。
すべては終わったはずだった。
赤ん坊に罪など何一つない。
そしてシルフィが世界の強制力によって犯してしまったあの夜の出来事も、ルーデウスはとうの昔にすべてを許し、胸の奥に仕舞い込んでいる。
しかし――ルーデウスの胸の奥底には、決して消えない小さな、けれど鋭い棘が刺さったままだった。
(……似ている、だろうか)
ルーデウスは赤ん坊をあやしながら、その小さな顔のなかに、無意識のうちに「父親の面影」を探してしまっていた。
パウロから受け継いだ、自分と同じグレイラットの血筋。
その特徴が、この幼い顔立ちに出ているか。
それとも――あのブエナ村の幼馴染、ソマルの面影が混ざっているのではないか。
オルステッドは言っていた。本来の歴史において、シルフィエットはソマルとの間に子供を儲けると。
世界が望んだ『正しい歴史』、その執念深い辻褄合わせの力が、自分の血ではなく、世界の因果が選んだ男の血が、この子の身体を流れているのではないか。
その不気味な疑念が、どれほど打ち消そうとしても、澱(おり)のようにルーデウスの魂を蝕み続けていた。
「ルディ……?」
シルフィが、ルーデウスの強張った横顔を見て、不安そうに声をかけた。
シルフィは何も言わない。言えるはずがなかった。
だが、その怯えたような、祈るような瞳に宿る懸念は、この子の母親である彼女自身もまた、胸の奥底に抱えているものだった。
(この子は……ルディの子、だよね……?)
「あ、いや……何でもないよ。ジークは本当に元気な子だね。きっと、凄く強い男の子になるよ」
ルーデウスは咄嗟にいつもの優しい笑顔を作り、我が子をシルフィの腕へと戻した。
その姿はどこからどう見ても、幸せなグレイラット家の日常そのものだった。
赤ん坊に罪はない。
シルフィを愛する気持ちも変わらない。
けれど、世界を敵に回し、因果を力ずくで捻じ曲げた代償は、こうしてルーデウスの心の奥に「消えない呪い」として残り続ける。
「我が子」を見つめながら、ルーデウスは自らの内に巣食う昏い疑念と、生涯にわたって戦い続ける覚悟を新たにしていた。