数日後、ルーデウスとオルステッドの間でそんな緊迫した会話が交わされていたことなど、シルフィエットは露ほども知らなかった。
魔法都市シャリーア。市場での買い出しを終え、籠を抱えて賑やかな通りを歩いていたシルフィは、前方から歩いてくる一人の男と目が合い、お互いに足を止めた。
男は、この北方の街には少し珍しい、見覚えのある顔立ちをしていた。
がっしりとした体格の青年。
男はシルフィの顔と、その特徴的な長耳を交互に見つめ、信じられないといった様子で目を見開いた。
「髪の毛の色が変わっているけど、ひょっとしてシルフィエットか」
「……ソマル?」
「やっぱりシルフィエットか! お前、生きてたんだな……!」
ソマルの顔に、弾けるような喜びが浮かんだ。フィットア領転移事件という未曾有の災厄。
故郷の人間は誰もがバラバラに吹き飛ばされ、生死も定かではなかった。
そんな絶望的な歴史の中で、かつての幼馴染が目の前に五体満足で立っている。
その事実だけで、二人の胸には素直な喜びが湧き上がっていた。
「うん、私も生きてるよ。ソマルこそ、無事だったんだね。元気そうでよかった」
ひとしきりお互いの無事を喜び合った後、ソマルはふと視線を落とし、頭を掻いた。
その顔には、かつての傲慢なガキ大将の面影はなく、苦労を重ねて大人になった男の、少し気恥ずかしそうな表情があった。
「なぁ、シルフィエット。あのさ……昔のこと、ずっと気にしてたんだ。村にいた頃、俺、お前に酷いことばっかりしてただろ。泥を投げたり、いじめたりして……本当に悪かった。ずっと謝りたかったんだ」
突然の謝罪に、シルフィは驚いて目を丸くした。
けれど、シルフィはふっと柔らかく微笑み、小さく首を振った。
「ううん、もう気にしてないよ。あれは私たちがまだ、小さくて子供だった頃の話だしね。ソマルがこうして生きてて、謝ってくれただけで、すごく嬉しいよ」
その笑顔は、ソマルがかつて知っていた「泣き虫のシルフィエット」のものではなかった。
一国の女王を支え、強大な夫を後ろから支える、凛とした大人の女性の笑顔だった。
二人はそれから、短くお互いの近況を語り合った。
ソマルは今、商人の護衛を兼ねた雇われ仕事をしており、数日後にはまた別の街へ発つという。
別れ際、ソマルは「お前が元気そうで本当に安心した」と言い、シルフィともまた手を振って、かつての幼馴染を見送った。
一人になったシルフィは、買い出しの籠を抱え直して再び我が家へと歩き出す。
そんな風に、故郷の生き残りと無さに再会できた喜びを胸に宿しながらも、シルフィの脳裏には最近の夫の様子がふと浮かんだ。
ここ数日のルーデウスは、どこか様子がおかしかった。
ふとした瞬間に、まるで自分がいきなり消えてしまうのではないかと怯えるような、ひどく切迫した視線を自分に向けてくることがあった。
もし、ここで自分が「今日、ブエナ村の幼馴染の男のコと再会して、昔のいじめを謝ってもらったんだ」なんて話したら、ルーデウスは、シルフィのことになると、時に驚くほど嫉妬深く、そして過保護になる。
いまの繊細な状態の彼にそんな話をすれば、余計な心配や心労をかけてしまうかもしれない。
これ以上彼の心を煩わせたくはなかった。
(うん……ルディには、わざわざ言わなくてもいっか。余計な心配をかけたくないしね)シルフィは小さく頷き、その秘密を自分の胸の奥へとそっと仕舞い込むことにした。
それは夫を深く愛し、気遣うからこその、彼女なりの優しい嘘だった。