それから、不思議なことが続いた。
一度きりの奇跡のような再会だと思っていた。
ソマルは旅の商人の護衛をしていると言っていたし、数日もすればまた別の街へ発つはずだった。
けれど、シルフィはその後も、シャリーアの街で何度も彼を見かけた。
「あ、シルフィエット。また会ったな」
二度目は、いつもの市場の裏通り。
三度目は、魔道具の材料を買いに少し遠くの商店へ足を延ばした時。
四度目は、公園へ向かう途中の十字路。
ソマルはその都度、素朴で親しげな笑顔を見せ、短く挨拶を交わしたり、旅先での他愛のない世間話を置いていったりした。
悪気など微塵もない。
彼はただ、本当に偶然そこにいて、死んだと思っていた幼馴染と会えて嬉しいだけのように見えた。
(……おかしいな)
シルフィの胸の中に、言葉にできない小さな違和感が芽生え始めていた。
シャリーアは広い街だ。
人口も多く、大通りを一本変えるだけで、知り合いと遭遇する確率なんて天文学的になる。
それなのに、自分がふと歩いた先には、いつも吸い寄せられるようにソマルがいた。
まるで、見えない透明な糸が、自分と彼の背中を繋いで引っ張っているかのような――そんな錯覚。
そして何より奇妙なのは、自分自身の心の動きだった。
(今日もソマルと会った。……ルディに、言わなきゃ)
家に帰る道すがら、シルフィはいつもそう思うのだ。
最初は「心配をかけたくない」という優しい嘘のつもりだった。
けれど、二度、三度と重なれば、さすがに隠し続ける方が不自然だし、ルーデウスへの後ろめたさもある。
今日こそは、夕食の時にでも「実はブエナ村のソマルと会ったの」と切り出そう。
そう心に決めて、我が家のドアを開ける。
けれど。
「ただいま、ルディ」「おかえりなさいシルフィ! 今日も世界一可愛いですね!」
いつものようにだらしなく目尻を下げて出迎えてくれるルーデウスの顔を見た瞬間、シルフィの喉の奥が、ぴたりと凍りついたように動かなくなる。
(あ……。やっぱり、言うの、やめよう)
なぜそう思ったのか、自分でも分からない。
話す気が起きない。
「シルフィ? どうしたの、ぼんやりして。疲れてる?」
「ううん、なんでもないよ。ちょっと考え事してただけ」
そう答えるシルフィの笑顔は、いつも通り完璧だった。
けれど、彼女は自分の内側で起きている変化に、微かな恐怖を覚え始めていた。
私はどうして、ルディにこんな簡単なことが言えないんだろう。
そんなある日、いつものように大通りの雑踏の中でソマルと遭遇した際、彼は少し照れくさそうに頭を掻きながら、思いがけない言葉を口にした。
「なぁ、シルフィエット。近くに俺の借りている部屋があるんだ、少し寄って行かないか。……いや、変な意味じゃなくてさ。故郷のブエナ村のことで、ちょっとシルフィエットに渡したいものがあって。大した荷物じゃないんだけど、いま持ち歩いてなくてさ。すぐそこだから、ちょっと立ち寄るくらいなら大丈夫だろ?」
ソマルの言葉は純朴で、下心など微塵も感じられなかった。
しかし、その提案を聞いた瞬間、シルフィの脳裏に激しい警鐘が鳴り響いた。
(だめだ。行ってはだめだ。ルディの奥さんであるボクが、他の男のコの部屋に行くなんて、絶対に間違ってる……!)
本能が、理性が、ルーデウスへの愛が、全力で拒絶を叫んでいる。
しかし、どうしたことだろう。
シルフィの唇が、自分の意思とは無関係に、ゆっくりと開きかける。
「……うん。分かった。ちょっとだけ、寄らせてもらおうかな」
シルフィの唇から漏れたのは、自分の意志とは到底思えない、ひどく虚ろで、平坦な声だった。