※この作品はR-18です。

バグの終焉、あるいは運命の帰趨   作:K_TS

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最後の選択

震える指先で、シルフィは素朴な手紙を開いた。

そこに並んでいたのは、お世辞にも綺麗とは言えない、けれど一文字一文字が丁寧に書かれた、ソマルの文字だった。

 

『会ってちゃんとお別れを言えたら良かったんだが、あれから会えないようだから手紙を書く。俺は明日の朝、シャリーアを離れる。元気で暮らしてくれ』

 

手紙は、それだけで終わっていた。

「あ……」

シルフィの目から、ぽろぽろと大粒の涙が溢れ出し、手紙の紙面を濡らしていく。

ソマルは、明日行ってしまう。

この街を離れ、もう二度と戻ってこないかもしれない。

彼はただ、子供の頃の過ちを謝り、生きていた幼馴染の無事を喜び、そして自分の道を歩むために去っていくのだ。

 

なのに、どうして。どうして私の胸は、こんなにも張り裂けそうなほど痛むんだろう。

 

(行かないで……ソマル……!)

頭の奥が、激しく燃えるように熱かった。理性は叫んでいる。

これでいいんだ、彼が去ればすべては元通りになる、

私はルディの良き妻として、ルーシーの優しい母親として、またこの屋敷で平穏に暮らせるんだ、と。

 

けれど、彼女の肉体と、世界の因果に侵食された心の奥底は、まったく別の悲鳴を上げていた。

会わなければいけない。

今行かなければ、私は一生、自分の半分を失ったまま生きていくことになる。

そんな、恐ろしいほどの確信がシルフィを支配していく。

 

「シルフィエット様? どうされましたか、そんなところで屈み込んで……」

廊下の向こうから、不審に思ったリーリャの声が近づいてくる。

シルフィは弾かれたように立ち上がると、濡れた手紙を素早く懐へと押し込んだ。

「な、なんでもないの、リーリャさん! ちょっと……ちょっと、買い物思い出しちゃって! すぐ戻るね!」

ルディの妻である自分が、そんなことを考えていることを知られてはいけない。会えるわけはない。

そう自分を縛り付けていたはずの『檻』の鍵が、ソマルの手紙によって、音を立てて壊されていく。

シルフィはリーリャの制止の声も聞かず、勝手口の扉を勢いよく開け放つと、シャリーアの街の方角へと向かって、無我夢中で走り出していた。

 

**********

 

夕闇がシャリーアの街を赤黒く染め上げる中、シルフィはただひたすらに走り続けた。

冷たい風が頬を打ち、息が苦しくて胸が張り裂けそうだった。

ルディの妻として、ルーシーの母親として、こんな場所へ来てはいけない。

そんな理性の叫びは、頭の奥で鳴り響く強烈な熱に押し流され、もう届かなかった。

 

古びたレンガ造りのアパートメント。

その薄暗い階段を駆け上がり、あの日入ってしまった部屋の扉の前で、彼女は狂ったように扉を叩いた。

やがて、不審そうに、けれどゆっくりと内側から扉が開かれる。

ノックの音に扉を開けたソマルは、そこに息せき切ったシルフィがいることに驚く。

「シルフィエット……」

荷造りの途中だったのだろう、袖をまくったソマルが呆然と彼女を見つめていた。

白髪を乱し、肩を激しく上下させながら、涙で顔を濡らしている幼馴染の姿。

 

シルフィは、もう自分の心を止めることができなかった。

「ソマル……来ちゃった」

その唇から零れ落ちた言葉は、ルディの妻としての裏切りの言葉ではなく、世界の因果に導かれた、一人の恋する少女としての純粋な響きを持っていた。

ソマルの胸に飛び込むシルフィ、そのまま部屋の中へ消えていく。

開け放たれていた扉が、静かに内側から閉められ、カチリと鍵が下りる。

 

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