扉が閉まった瞬間、それまでの焦燥をすべて吐き出すように、二人の唇が重なった。
息を吸う隙間さえ惜しむような、深く、貪るような口づけ。
お互いの手が相手をまさぐるように動くと、
どちらからともなく、邪魔な衣服を剥ぎとっていく。
一対の男女の肌と肌が直接触れ合う。
摩擦する熱に脳が痺れる。
もはや一刻の猶予もないほどに昂った身体は、薄暗い部屋の奥、寝台の上、シーツの海へと雪崩れ込んだ。
寝台が軋み、シーツが擦れる鈍い音が、薄暗い部屋の静寂を支配していく。
溢れ出る熱情に突き動かされるまま、二人は互いの存在を貪るように、より深く肌を重ね合わせていく。
ソマルの腕に抱かれ、その肌を合わせた瞬間、シルフィは息を呑んだ。
彼女が知っていた子供の頃の幼さはどこにもない。
そこには一人の青年としての圧倒的な逞しさが備わっていた。
長年の鍛錬や過酷な旅路を物語るように、胸板は厚く、肩幅も広い。
比べてはいけないと思いつつも、ルーデウスとは異なる、猛々しいほどの男性的な情熱と圧倒的な熱量。
ソマルの放つ雄の匂いに包まれる。
シルフィは頭の芯が痺れ、めまいを覚えるような快い錯覚に身を委ねていく。
首元に口づけを受けて大きくのけぞる彼女の喉元の白さは、肩口まで伸びた白銀の髪と美しく溶け合い、豊潤で瑞々しい色香を放っている。
ソマルが片手で覆ったその胸は、確かな大人の女性としての膨らみと柔らかさを宿していた。
スレンダーと評されていたシルフィであったが、夫を迎え新しい命を育むなかで、妻であり母としての歳月を重ねてその体つきにはそれなりの膨らみが伴うようになった。
その歳月を自分が共にできなかったことが口惜しい。
彼女の身体に刻まれた、自分以外の誰かと紡いできた豊かで平穏な時間。
その尊さを理解しているからこそ、その場にいられなかった己の過去が、胸の奥を激しく焦がすような嫉妬と悔しさとなって込み上げてくる。
その口惜しさを振り払うように、ソマルは彼女のすべてを奪うべく強引に脚を割り開いた
エルフの血を引く彼女らしい、すらりと長く伸びたしなやかなラインの付け根。
そこには一人の成熟した女性としての温もりと柔らかな弾力を湛え、彼の昂る情熱を優しく受け止める場所がある。
そして彼の下腹部では彼女を求めて、触れているだけで火傷しそうなほど熱く、狂おしいほどに硬く昂り、生命力に満ちた物が。
いまや一刻の猶予もないほどにその存在感を主張している。
失われた時間を取り戻し、これからの未来を自分の色だけで塗り替えるために。
シルフィの身体の奥深くへ、ソマルが入ってきた。
それは、かつて訳の分からないまま過ちとして身を重ねてしまったあの日の記憶を、鮮烈に塗り替えた。
今のシルフィは惑うことなく、明確な自分の意志で、彼を受け入れている。
「シルフィエット」
ソマルの掠れた声が、彼女の耳元を熱く濡らす。
「ああ、ソマル」
その名を呼び返すシルフィエットの声には、甘えと、覚悟が滲んでいた。
指先を互いの背中に深く食い込ませ、二人は腰の動きを合わせていく。
荒く昂っていく男の息遣いと、それに呼応して溢れ出る嫋やかな女の喘ぎ。
重なり合う二人の生々しい呼吸が、薄暗い部屋の隅々を濃密に埋め尽くす。
愛する女と繋がり激しく動きながら男は言う。
「俺と一緒に来てくれ」
愛する男と繋がりその体を受け止めながら女は言った。
「ああ、行くわ、あなたと一緒に行くわ」
シルフィが口にしたその言葉が引き金だったか
ソマルの胸の内でせき止められていた衝動が、一気に限界を迎える。
低く、獣の呻きにも似た声が彼の喉から漏れた。
狂おしいほどの結合のなかで、ソマルの動きがぴたりと止まる。
限界まで張り詰め、強張った彼の身体の奥から、熱い精がシルフィの胎内へと何度も激しく注ぎ込まれていく。
なみなみと満ちていくその精を、シルフィは背中を丸めてしがみつきながら、彼のすべてを受け止める。
肌に滲む汗の匂いと、濃密な空気。
言葉にならない確かな繋がりが結ばれた感覚が二人の内側に満ちていく。
彼らは深い充足感のなかで、互いの存在をただ強く抱き締め合っていた。
だが、それは終わりの合図ではない。
一度は静まったはずの熱は、互いの肌の温もりに触れるたび幾度も燃え上がる。
長い時間、同じ睦み合いが何度も、何度も繰り返された。
**********
激しい情愛の嵐が過ぎ去った後、閉ざされた扉の向こう、ランプの光が夜の静寂へと溶けていく部屋の中で、二人は静かに寄り添い合っていた。
お互いの肌の温もりを確かめ合う。
そこには、ルディの隣にいるときにシルフィを苛んでいた、あの引き裂かれるような嫌悪感やパニックは欠片もなかった。
ただ、ずっと遠い場所からようやく自分の巣へと帰ってきたような、深い、深い安らぎだけが満ちていた。
ソマルの大きな手が、シルフィの髪を優しく梳く。
その手が触れるたびに、穏やかな心地よさが身体を浸した。
ソマルの胸に顔を埋めるシルフィの、かつて白く染まっていたはずの髪は、いつの間にか、昔のような瑞々しい緑髪へと完全に戻っていた。
己のすべてを受け入れてくれた愛する女性を強く抱き締めながら、ソマルは低く問いかけた。
「本当に、俺と一緒に来るのか」
その腕の中で、シルフィは小さく頷いた。
「……うん」
その声に、かつてのルーデウスの妻としての迷いや葛藤はもう残っていなかった。
彼女の心と身体を支配していた見えない鎖——ルーデウス・グレイラットという男が歴史に現れたことで生じたすべての歪みは、世界の冷酷な手によって完全に削ぎ落とされたのだ。
白から、鮮やかな緑へと戻った髪を愛おしそうに撫でながら、ソマルは彼女をさらに強く抱きしめる。
今日、この街を離れる旅路の隣には、この最愛の幼馴染の女性がいる。
二人が静かに肌を寄せ合う薄暗い部屋の窓の外では、夜明けの光がシャリーアの街を少しずつ白ませ始めていた。
それは一つの幸福な世界の終わりであり、世界が最も正しいと定めた、新しい歴史の幕開けでもあった。
**********
シャリーアの北門は、門が開き次第、旅立とうとする人々や荷馬車で朝早くからごった返していた。
喧騒のなかに混じる、これから始まる長い旅路への期待と不安。
そんな商隊の一員として、荷台の脇に佇むソマルと、そのすぐ隣に寄り添うシルフィの姿があった。
シルフィは外套のフードを深く被り、長年見慣れていたはずの白髪から鮮やかな緑へと戻った髪、そして特徴的なエルフの耳を完全に隠していた。
かつてこの街で「ルーデウスの妻」として暮らしていた痕跡を、何一つとして外に漏らさぬように。
「シルフィエット、もうすぐ門が開くぞ。……大丈夫か?」
ソマルが荷物のロープを確かめながら、気遣わしげに声をかけてくる。
「……うん、大丈夫。ありがとう、ソマル」
フードの奥から聞こえたシルフィの声には、もう心の闇に怯えていた頃の弱さはなかった。
どこか遠くを見つめるような、静かで、受け入れたような響き。
ゴゴゴ、と重々しい音を立てて、ついにシャリーアの北門がゆっくりと開き始める。
朝日が差し込む門の向こうへ、商隊が次々と動き出した。
「さあ、行こう」
その言葉に、シルフィが静かに一歩を踏み出そうとした、その時だった。
「いや、行かせない」
喧騒を切り裂くように響いたのは、低く、しかし怒りと執念を孕んだ、あまりにも聞き馴染みのある男の声だった。