「まず、この昆布茶は私の奢りなので気にせず飲んで欲しいです」
「は、はぁ……」
駅前のカフェ。コーヒーが何杯でもおかわりできる所に、大小分かりやすい二人が座っていた。片方は紅茶を、もう片方は何故か昆布茶が目の前にある。
「こんな所に呼び出してごめんなさいです。来ヶ谷さん。でもですね、これには深い訳が……」
「それは構わないが……何故昆布茶なんだ」
「あれ? お嫌いでしたか? 来ヶ谷さんはいつももずくを持ち歩いているので海藻がお好きなのかと思ったのですが……」
「嫌いではないのだがな……まぁいいさ、要件を聞こう。私だけしか声かけなかったのであれば、込み入った事情なのだろう」
「さすが来ヶ谷さんです、その……結構あれな、お悩みなので」
「ふむ、そういうことならおねーさんが助けになろう。クドリャフカ君の悩みであればいつだって歓迎だ」
「ありがとうございます、来ヶ谷さん。それでですね……」
クドは両手でカップを掴み、ひと口啜るとソーサーに戻し、悩みを打ち明けた。
「△△が手を出してくれないんです……」
来ヶ谷に電流走る。昆布茶に伸ばした手が止まって、顔が青ざめていくのを感じていた。来ヶ谷唯湖もまた生娘であった。
正直なところ、キスのタイミングだとか、はたまた手を繋いでみたいとかデートの場所とか。そういった悩みだろうとタカをくくっていた来ヶ谷は内心冷や汗を垂らしている。
「手を出してくれない……と、言うのは、なんだ? 手を繋いでくれないということか?」
「いえ、……その、そういう雰囲気になかなかならないといいますか」
最後の望みも砕かれた来ヶ谷は頭を抱えた。
おいどうなっているんだ◇◇。クドリャフカ君に手を出してやってくれよ。おねーさんこう言う手合いの話は面白い方向にしか持っていけないぞ。
そんな内心をひた隠し、「それは難儀な問題だな」と、クドの悩みに相槌だけは打っている。
「何度か、こちらから試してみたんです。少し服をはだけさせたり、ちょっと……その、えっちな感じでアイスキャンディーを食べてみたり、スキンシップは、もはやいつも通りですけど」
「そ、そそそうか……」
「なので、どうすれば△△が手を出してくれるのか、教えて欲しいんです」
クドの目は真剣そのものだった。確かに、あのメンバーの中で経験豊富そうで、尚且つ同性な来ヶ谷経相談に来るのは妥当だろう。
手に持つ昆布茶のカップが震える。ティーカップに昆布茶を入れるんじゃ無いぞ全く。さてどう答えたものか、と、来ヶ谷は自分の経験の無さを恨み、理樹君でも襲っておくべきだったと後悔した。
あくまで来ヶ谷は経験豊富そうなだけで、100%の耳年増なのだ。あらゆる知識を得て、女子を始めついでに理樹にもちょっかいを掛けているが、実際の所年頃のJKである。
(手を出される方法……胸でも押し付けるか? いや、でも能美女史の慎まやかなものでは意味が無い。とすればやはり)
「クドリャフカ君、君がそういうタイミングを作った時は、何時頃だい?」
「そうですね……授業間の休み時間とか、練習後とか。そんな感じですね」
「だったら簡単な話だ。据え膳を作ってしまえば良いのだよ」
「おー、ご飯ですか」
据え膳と聞いて真っ先に食事が思いつくような純情乙女がこんな悩み事を持ってくるなと言いたい気持ちをぐっと堪え、来ヶ谷は続ける。
「いや、夜中に二人きりになれる状況を作れば良い」
「よ、夜中にっ! 二人っきり!?」
「あぁ。好き同士がそうなってしまえばあとは時間の問題さ」
「た、確かにそうですね! あの時もそうでしたし、そうしてみましょう!」
あの時ってなんだ、どの時だ、おねーさんは怖いから聞くのを辞めておいた。
「でも、どうやったらそうなりますかね……あの時みたいに家庭科部室に来てとメールを送るのもいきなりですし……」
「う、うむ……であるのならば、そうだな。一つのステップとして、またパジャマパーティでも開くのはどうだ?」
「わふー! それはとっても楽しそうですね! ここしばらく佳奈多さんも自宅に帰っているようですし、誘ってみます!」
「だったらおねーさんに任せておけ。チャチャッと今日中にでもセットアップしてやろう。君は◇◇を頼む」
「らじゃー、です!」
最低限、頼られた分をこなそうとした来ヶ谷。おねーさんの力を見せてやろうと、少し年上ぶりたかっただけなのだが、これが悲劇の幕開けとなる。
『今日、◇◇を誘ってクドリャフカ君の部屋でパジャマパーティをやろうと思っている。関係の後押しにご助力願おう』
と、自分一人では手に負えないとわかったからこそ送られたメール。それ自体は極めて一般的なものだった。だが、二つ忘れていた事実があった。
一つ目は、事故の怪我で病院にいた小鞠は西園から借りていた本を熟読していたこと。そして、二つ目は、小鞠さんがクドと頼花をくっつけることに結構ノリノリな事だ。
数分後、来ヶ谷の携帯に帰ってきたメール。
『だったら、直前で皆帰っちゃって二人っきりにしちゃおうよ〜。皆にもそう伝えておくねo((*^▽^*))o クーちゃんには内緒だよ(˶◜ᵕ◝˶)』
来ヶ谷は目を瞑って、心の中でクドに謝罪した。
__
数時間後、クドが『大変ですー』とだけ送ったメールにまんまと騙された頼花がクドと合流し、またパジャマパーティかと二人で部屋に入った時、クドの携帯にメールが届く。
『ごめんクーちゃん、私達みんな補習受けなくちゃいけなくなっちゃったの( ´-ω- ) 二人っきりだね、頑張って٩(ˊᗜˋ*)و』
「こ、こ、小鞠さぁぁん!!!???」
「うおうどしたのクド」
と、クドが情報共有をしている中、変わって西園の部屋。
そこには、積み重なる本の中で、女子達がわんさとひしめき合っている。
「無事ついたみたいだね〜」
首謀者、神北小毬。
「いやー、ゆいねぇが盗聴器持ってて助かりましたナ」
工作員、三枝葉留佳。
「ここまで来てしまったのならば、もはや楽しむしかないな」
なんだかんだノリノリ、来ヶ谷唯湖。
「あまり騒がしくしないでください」
部屋提供、西園美魚。
以上の四名である。鈴には悪影響なので理樹に持ち帰ってもらった。
「さてさてー! これからいつ手を出すのかどっちが手を出すのか賭けた賭けたー!」
「☆☆にどーなつおひとつー!」
「ならば私は能美女史に賭けよう」
「えー? あのわんこにそんな度量無いってー!」
「犬だからな、意外と肉食系なのさ。秘密の道具も手配しておいた。彼女ならものにしてくれるはずさ」
「ふぇ? ひみつのどーぐって?」
「それは能美女史が発見してからのお楽しみさ」
文字通り姦しい女子達は西園の部屋で菓子パを開きながら行く末を見守る事となった。
なお、これよりガヤありバージョンが見たい場合は、次話へ向かうと、カスの副音声が着いたガヤありバージョンを見ることが出来る、閲覧は非推奨だ
__
視点は戻ってクド達。頼花が踵を返して帰ろうとするところを、クドが裾を掴む。
「あの……能美さん」
「……」
ぷるぷると震えた、身体で、言葉に出せない思いをその行動だけでなんとか察してもらおうとクドは必死だった。それもそうだろう。女が男を部屋に連れ込むなんて、ましてや恋人同士でそんな事をするなんて言うことは、意図せずとも何か変な意味に取られてしまうなんてことさらない。
上目遣いでほんのり涙目なクドを見て、この鈍感馬鹿はまたクドが寂しがっているとでも思っているのだろうかと思いきや、頼花はその行為に顔を赤らめて居る。つまるところ、その意図は確実に伝わってしまっていた。
それでも、保護者としての理性を保った頼花は、少し屈んでクドに問いかける。
「お泊まり会……したい?」
こくりと頷く。
「さ、さすがに男女で二人女子寮に泊まるってのは……許可とかないと……」
テスト期間に西園の部屋に泊まるのだってどれだけの土下座と懇願と買収があったかを頼花は思い出すが、そんなものが無下に扱われるようにクドはぶんぶん首を振った。
「あの時は、こっそり帰ってました、私ちゃんと覚えてます」
「あー……うー」
クドは虚構世界のパジャマパーティの思い出を反芻していた。あの時は、まだ恋心に無自覚で、それでも頼花と一緒にいたかった純粋無垢な思いが、今やこんなにも深い恋情になるとは思いもよらなかっただろう。
「……もしも、誰かにバレた時、クドは凄く不埒な人だと見られてしまうかもしれない、勿論私だってそうだけど……それでも?」
少し迷って、それでもこくりと頷いた。
「……そっか」
頼花はクドのベッドに腰掛ける。
「じゃあ、今日だけね」
「! △△〜っ!!」
抱きつくようにして、クドは頼花の膝の上を確保した。小さいけど大きいわんこである。
頼花はそんなわんこを撫でて一息ついた。クドとのパジャマパーティを楽しみながらも明日の脱出計画を練らなければならない。それはそれとしてクドは可愛いし髪もさらさらでふわふわでなんかもう細かいことどうでもいい気もしてきたがそれでも脳内作戦会議は止めなかった。
「クドの部屋来るのも久しぶりな気がする」
「そうですか?」
「うん、最後に来たのはー……」
虚構世界で泣き腫らして眠るクドをひたすら撫でていたことを思い出し、顔が曇る。あれ程の罪悪感を私は払拭出来たのかという不安は、目の前で目を細めて撫で回されるわんこを見て消え去った。
「まぁいいや、今が幸せだし」
「△△が幸せなら私も幸せですっ、わふー」
「あーもうマジ可愛い……最高すぎるこんな天使が私の彼女って夢みたいだ」
「ふっふーん、なんと現実なのです。私も未だに信じられませんっ」
頼花の手に感じられる頬の温もり、恋した髪の感触。
クドが感じる大きな手を温かさ、守ってくれた身体の安心感。
二人が感じるクオリアが混ざっていくように感じられて、撫で回していた手は背に周り、お互いがもっと綿密に感じられるように強い抱擁を交わした。普段するようなハグとは違う、熱を交換するような深い抱擁。数分経って、初秋とは思えない程の暑さに耐え兼ねるまでその抱擁は続いた。
胸元から離れたクドは、頼花へと向き直って、こう話し始める。
「△△のお陰で、私はたっくさん成長出来ました。おかあさんのことで不安だった気持ちも、私のコンプレックスも、全部包んでいけるようになったのは△△のおかげです。△△がいたから、私は前に進めるようになったんです」
「私も同じ。クドが居たからこんなに一途になれたし、クドが居たから今の私があるんだ。クドは私の全部だよ。クドを助けられてよかったって思うし、何より__」
頼花は、微笑むと、つうっと一筋の涙が頬を伝う。
「クドとこうして、一緒にいられる事が本当に嬉しい」
「私もとっても嬉しいです、△△の本心が聞ける事がとってもとーっても嬉しいです!」
クドは頼花の涙を拭って瞼に一度キスをした。溢れ出した涙は止まらなくて、それからしばらく落ち着くまで、クドは頼花の頭を撫でて抱きしめてあげていた。頼花は、あの時とは正反対の涙が、とても愛おしかった。
__
「今でもたまに思うんだよね」
「なにがですか?」
「私たちはまだ夢を見てて、実は状況なんてちっとも変わってないんじゃないかって」
あのバス事故から数ヶ月経ってもなお、そんな不安が拭いきれずにいた。それは頼花だけの不安では無い。理樹や鈴だって、一度や二度は思ったはずだろう。
「私が愛するクドが、私の事を好きなんて都合のいい夢。あの時と変わらないような夢を」
「やっぱり、不安ですよね。私だってたまに思います」
「クドも?」
「はい、私のことぜーんぶまとめて愛してくれるなんて夢、まるで夢みたいですから」
「……考えることは同じか」
「はい。でも、私はそんな不安からも解放されるすべを知っています」
「ほう、なんとそれは?」
「自分が信じられなくても、△△のことを信じれば良いんです。もしも、ここが夢の中だったとしても、△△が助けてくれます。△△のことだって、私が助けます。これで万事おーけーですっ」
ふわっとした回答に思わず笑ってしまった頼花は、それでも不安が紛れたようだった。
「私もそうしよ」
そういって、クドのベッドに横たわった。涙のあとはあっても、先程のような曇りは無くなっていた。
「あんまり不安なようでしたら、私が現実だって実感させてあげますよ」
「実感? どうやって……」
「こうします」
クドは寝転んだ頼花の上に覆い被さるようにして膝と手を着く。頼花の顔のすぐ先にはクドの顔があった。亜麻色の髪がカーテンのように周囲を覆い、頼花の視界にはクドしか映っていない。まるで夢の中で初キスした時を思い出し、頼花は顔を赤くして硬直する。
そんな頼花の顔を見て、弱みを見せてくれた事で入りかけていたクドのスイッチが勢いよくカチッと入った。
「夢なら、私は△△の思うように動きます。△△は、これからどうして欲しいですか?」
「……え、え、あーえー……と」
ニコッと微笑んだクドは、そのまま顔を降ろす、頼花がきゅっと目を瞑り、二人の唇が交差する。期待していた展開に、思わず夢の中かもしれないとさえ思ってしまった所、思わぬ自体が発生する。
「ん……ちゅっ、んぁぇ……ろ……れろ♡」
「んんっ!? っ、は、ちゅ、ぱっ……れ……っ♡」
入り込むクドの短舌に、恋愛経験値の無い頼花の口元はなすがままにされていた。クドもまた恋愛経験値が無いはずだが、そういえばあちらで主導権を握っていたのはいつもクドだった気がしますね。
絡み合う粘膜の音、歯列がぞりぞり撫でらられ身体がぴくぴく動き、息の苦しさからクドの背中をとんとん叩き始めた所で、ようやく口が離される。隙間につーっと透明な橋が掛かって、直ぐに崩れた。クドはまたそれを見てニヤリと笑った。
「想像どうりでしたか?」
「はぁっ……けほっ、はっ、……はー……これはげんじつです」
「ふっふーん」
何故誇らしげなのかは分からないが、初キスで主導権を持っていかれた事に男としてのプライドが傷つけられた頼花は、顔を逸らして口も拭っていた。そんな頼花を見てクドはご満悦である。
「△△ー♡」
膝元に擦り付くように、クドは△△へと声をかける。
「……なに」
「そろそろ、お風呂入りませんか?」
「あぁ、私入ってきたからどうぞ」
ほんのりぶっきらぼうに出てしまった声に後悔したが、そんな杞憂も直ぐに吹き飛ばされる。
「……いっしょに」
なんて言いましたか今? 頼花の脳内は大混乱だった。
「一緒に入りたいです……だめ、ですか?」
「いや……流石にそれは」
「でもでも、あっちでは一度入りましたよ?」
「あん時は……いや、でも……うー」
「ダメならひとりさみしくはいります……うぅ、せっかくのパジャマパーティですのに」
そっぽをむいてのの字を書くクドを見て、頼花はやはり頷く以外の選択肢を取れなかった。
「わ、わかったよもう……」
「本当ですか! わふー!」
打って変わってテンションの上がるクド、もはやここまで見据えていたのだろう。
「ではでは早速ー!」
「わーまってタオル着けさせて!」
「そんなやぼなものは着けさせません!」
「なんでー!?」
防衛策は講じる前に御され、為す術もなくずるずると頼花は脱衣所へと連行されて行った。
__
手を離された頼花は、脱衣所の済でうずくまる。脳内ではいかにこの状況を抜け出すか策をなんべんもなんべんも練っているが、成功する手筈が思いつく訳もなく、そんな間にクドは脱衣を終えていた。
「△△ー? 入りますよー?」
「うう……先入ってよー」
「一人じゃ脱げませんか? 仕方ないですねー」
「いやっ、大丈夫! 自分で脱げますっ!」
「そうですか? ではお先失礼しますね」
クドはとてとて浴室の戸を開き、中に入る。少し経てばシャワーの音が聞こえてきた。
さてそんな中、頼花は今なら逃げられると思い立つも、クドを裏切るような事をしたくない気持ちが天秤にかかり、余裕で裏切りたくない気持ちが押し勝った。腹を括って服を脱ぐ。
(今日のクドはやけに積極的だな……)など思っているが、その疑問ももっともなものだった。普段のクドは、確かにわんこのような距離感ではあるが、こと恋愛ごとにおいてはへたれである。頼花もまた同じく。
で、あるにも関わらず、今回のこの押しの強さは一体なんなのだろうか、その理由は幾つかあるが、一番は頼花のことを男性として見ていない節があることだろう。数多様々な経験を経て、二人の絆は相応のものになった。それこそ、お互いの一番弱い部分を見せあったわけだから、それは最早恋人以上とも言えるような関係値である。加えて、普段の二人の距離の近さと、クド自身の友人の少なさから、頼花は「男友達と言う枠組みの中の恋人」ではなく、「私の大切な人」と言うカテゴリーに属してしまっている。
要するに、異性ならではあるであろうブレーキが全てとっぱらわれている状態である。好きな人とは一緒に居たいし好きな人の身体は尊いものだし年頃ならそういう事もしたいじゃん? と、とてもわかりやすい動機で動いている以上、その静止が困難となっていた。簡潔にまとめると好感度上げすぎた頼花が悪いという事だ。も一度腹を括って貪られてこい。
そんな裏事情はともかく、頼花にとって以前ピンチなことに変わりない。本当ならばクドの視界に自身の汚いものを見せることすら烏滸がましいとさえ思っているのだ。しかしタオルの使用禁止を言い渡されてしまった以上何も出来ることはなく、最低限手で隠しながらも浴室へ入っていった。クドの肢体を視界に入れぬよう、床と壁を見ながら平行に湯船へと入る。
シャワー中のクドの背後を抜けて、湯船に入りようやく一息つくことが出来た。一体これから何が起こってしまうのか、翌日自分は生きていられるのか、そう思いつつも頼花は湯船に映る自分の顔を眺めていた。
「ぷわー、じゃばーっと。△△、交代ですー」
「は、はーい……」
依然変わらず、床を見ながらシャワーの前まで来ると、何者かに肩を掴まれ椅子へと座らせられた。反射的に前を見てしまうと、肩口からにこにこと笑うクドの顔が見えた。
「お背中流しますね〜」
「ひえっ、あっ、あぁう……」
意気消沈とはこういうことを言うのだろう。頼花は自分のモラルとプライドを守ることに必死だった。そんな事を知ってか知らずか、クドは楽しそうにスポンジを泡立てる。
(ようやく胸を張って△△の背中を流せます! 裸の付き合い、と言うのは大事だとおじい様も言っていましたし、更に一歩前進、ですね!)
さて、理由の二つ目、オーバーヒートである。
いくら純粋な子であったとしても、クドも年頃の女の子である。いつか嫁入りすることだって夢見ているし、最低限そう言った知識も存在する。だがしかし。
(せっかくお膳立てしていただいたチャンスです! このパジャマパーティを有意義なものにしなくては!! あれ? でもこれから一体どうすればいいのでしょうか? お風呂には入りましたし、これからすることって? わ、わふっ!?)
雰囲気バフは浴室に入った辺りで切れていた。一度雰囲気に飲まれてしまえば、そこからはもはや自分の中に眠る本能に委ねて一直線なのだが、こうして少しでも冷静になり念慮が混じると、一瞬にして頭が爆ぜる。そうして生娘へと戻ってしまうのだ。
「わ、わふ……背中おっきい……」
「っ、ふ、クド、くすぐった……っ」
「わ、ご、ごめんなさいです……」
なんだかいつものクドに戻った気がしてホッとした辺りで、泡を流して二人、湯船へと浸かった。対面するようにして、とは言ってもお互いそっぽを向いているのだが。
気まずい空間の中、最初に切り出したのはクドだった。
「その……その、す、すみませんです、△△」
「えっ? な、なにが」
頼花はいつぞやのビーストモードを思い出しと身を震わせるが、それも杞憂だった。
「無理やり、誘ってしまった形になってしまって、あろうことか、き、きききキス、や、お風呂までも……私は彼女失格です」
そんな自己否定モードを察知して、頼花は目の色が変わる。
「そんな事ない。クドがしたいことが私のしたいことだから。なんでも気にせず言っていいの。それに、クドは……ずっとずっと、私の大切な人だから」
頼花の視線がクドに向き、しっかりと目を合わせてそう言った。
「……△△」
「安心してよクド、本当に嫌だったり、クドが辛い目にあうことは、ちゃんと嫌だって言うから」
そうしていつものノリで抱きしめようとした時に、今の状況を思い出す。二人して全裸のまま。頼花はすんごい勢いで目を逸らすが、そっと手だけ差し伸べる。クドは真っ赤にゆだった顔のまま、その手を取った。
__
風呂から上がって、特に何事も起こらないまま、何となく消灯する時間となった。頼花は結局布団を敷いて床で寝ることに。いくら不在と言えど、二木さんのベッドを使うことははばかられた。
「じゃあお休み、クド」
「はい、おやすみなさいですー」
消灯された暗闇の中、二人は布団の中へ潜り込む。ドキドキするようで、何故か安心する中、それだけでは収まらないものが居た。
(……結局、キスしか出来ませんでしたね)
ごろんと寝転んだまま、アオザイの裾を擦りながら暗闇の中でクドはそう思った。ここまでお膳立てしてもらって、進展が舌を入れたキスだけで良いのだろうかと寝がりを打つ。
(……わふ?)
寝返りを打った拍子に、何かベッドの下に硬いものがあることに気がつく。手を入れて探って見ると、何か箱のようなものが見つかった。何かお菓子の空き箱でも入れてしまったのかと思って振ってみれば、中からかさかさと揺れる音が聴こえてくる、
暗い室内では良く見えず、間接照明を着け、その正体を確認すると、クドは目を見開き、叫んでしまいそうになった声を抑えた。
(わ、わわわわふーっ!? こ、こんなものが、何故私の部屋に、というかなぜ私の枕元に!?)
その小箱は、最近何度か、意識して見てしまった箱だった。コンビニの一角やドラッグストアの目立たない位置に置いてあるそれは、来ヶ谷からの思いやりでありプレゼントだった。
見えずとも、はっはっはと高笑いする声が聞こえるような気がした。
(こ、ここここんなものをっ、ここに置いて一体何をしろと……ま、まさかっ!?)
目論見など特には無いのだが、なんでか言い知れぬ焦燥感を覚えているクドは見当違いな方向へと舵を切っていく。
(……私から、行けと言うことですね)
スイッチオン。
子犬が牙を剥く瞬間だった。
クドは、そそくさと布団から這い出ると、頼花の布団を手探りで広げる。頼花の体温によって温められた空気がクドの肌に張り付いて、クドは一度唾を飲み込んだ。
その中に潜り込むと、出来るだけ接することの無いよう、布団を膨らませて顔の方まで上がっていく。
布団からぴょこっと顔を出すと、月明かりに照らされ、暗い室内にぼんやりと見える頼花の顔があった。最愛の彼女に夜這いされている状況で、頼花はと言うと。
「……す、すぴ……すやー……」
めっちゃ起きていた。
あんな衝撃的なお風呂イベントなりなんなりを越えてしまったら、時間も時間なのでさぁ寝てくださいと言われてもそうそう眠れるもんではないのである。
「……△△?」
「すっ、すぴ……」
「起きてますか?」
「……す、すや」
頼花の瞼の隙間から見えたのは飢えた狼のような装いの彼女だった。本能的に食われると察した頼花は、必死で出した寝たフリというカスの防衛策を実施するも、恐怖から吸い込む息がその虚ろを見える形に広げてしまう。要するにモロバレである。
「……ふーん」
クドは薄目を開けた頼花の目を覗き込む。すぐにぎゅっと目が閉じて、疑念が確信に変わった。
「止めるなら今のうちですよー」
「……ぐーぐー」
頼花は目を瞑ると、習慣づいた癖か、顎を少し上げて口を突き出してしまう。そんな自分の行動に気がついた時には、上げた顎に指が添えられていた。
「……本当に、寝てるなら……」
「んっ、……すーすー」
「……襲っちゃいますよ?」
「っ!……ん……」
その言葉に、一瞬頼花の息がつまる。
このままクドになされるがままにしていればパパになってしまいそう状況で頼花は決死の思いでクドを抱きしめ、起き上がった
わふ!? と小さな驚きの声を自分の胸元に吸い込ませ、頭を抱きしめる。
唐突な出来事に目をぱちくりさせたクドは、うろたえながらも夜闇に映る頼花を感じて、口元を抑えて取り乱してしまう。
虚構世界でどれだけいちゃついても、そこは夢の中である以上本当では無く、今でもクドは自分のちんまい体を疑わずにはいられなかった。だからこそ、誘惑をしても願った反応が得られないことに悩んでいた訳だが、実際効果がなかったかと言われれば、全くそんなことは無い。
はだけさせたクドに上着を被せたのは自分が持たないのと、他の人には見せたくないことが理由で、アイスキャンディーをほおばるクドを眺めていた時は、自身の劣情を完膚なきまでに叩きのめしていただけである。
そこまでされたら、さすがの頼花も意識せざるを得なかった。とはいえ、自分で発散することも何か不義理を感じてできず、ただ耐えることしかできずに日々を過ごして居た。
そんな中、呼び出されたお泊り会である。頼花の欲求は、だんだんとこらえきれないところまで来ていた。
クドを強く抱きしめる頼花の腕は震えていて、耳元で荒い息遣いが聞こえる。
そして、クドの下腹部には、隠しきれないほどに熱を持った重みが強く押し当てられていた。
「ふー……っ、ごめん……クド、ほんとに……っ、ごめん……」
ギリギリ奥歯を噛み締めながらそう言いつつも、抱きしめる以上の事へエスカレートしないことが、やはりクドへの愛情であり、彼を彼たらしめる堅固な理性のブレーキだった。
「わっ、……わ……ふ」
口を突いて出た鳴き声と共に、クドは頼花の服を掴む。
これから、一体なにをされるのか、このはち切れんばかりの熱が何処に向けられてしまうのか。そんなことを想像してしまって、顔は赤らんで視点の向く先が逃げたり向かったり。
軽いクドの身体を容易に抱えあげる。ふわっ、とした浮遊感がクドを包む。先程までの攻めっけはどこへやら。肉食獣でも生娘である事に変わりはなかったのだ。
ぽす。丁寧に元のベッドにクドが横たえられる。
(こ、ここここれからっ、な、なにかがはじまって……っ!)
息を荒くしたまま、期待と不安と、やっぱり期待に胸を膨らませたままベッドに身を預け、目を瞑り口をすぼめてぷるぷる震えながら待つ。
すー。
ぱさっ。
(……あれ?)
ぽんぽん。
床の軋む音。布団に入る音。
(……?)
丁寧に布団の掛けられたベッドの上で、クドは頭にはてなマークを無数に浮かべていた。
__
「と、言った感じでした……この昆布茶はサービスですので気にせず飲んで欲しいのです」
「だからなぜ昆布茶を……」
駅前の喫茶店では、先日と同じ顔ぶれが並んでいた。片方が紅茶で、片方が昆布茶なのも相変わらずである。来ヶ谷は正直もう解放して欲しかった。盗聴のバチとして受け入れて欲しい所だが、色々首謀者の小鞠は今でも呑気に屋上で菓子を齧っている所だろう。なんと不条理か。
一つ大きなため息を吐いて、クドは話し始める。
「やっぱり、魅力が足りないんでしょうか」
「魅力、か」
昆布茶のカップに手を伸ばそうとして、止めた来ヶ谷はその呟きに反応する。
「魅力と言うものは百人いれば百人が別の回答をするものだ。人の気持ちなど曖昧で、相対的であれば絶対的でもある。他者にとって、自分の魅力というものはあまりにもアバウトなものだろう」
「私は、△△にどう見られるかだけで良いのです。勿論、誰にだって分け隔てなく接したいと言う思いはありますし、それが誰かを蔑ろにしていいと言うわけでも無いですけど……。」
それでも、△△には魅力的な人だと思われたい、思われたかったと、ぽつりぽつりと漏らすクドへ、来ヶ谷は優しく語りかける。
「手を出されなかったとは言え、そういう目で見られなかった訳では無いじゃないか。その証拠はあったのだろう?」
「そ、そそそそりゃあそんなこともあったことも無いことも無いのですが」
「じゃあそれは◇◇の優しささ。……いつまで彼女を待たせるんだと思うところはあるがな」
「優しさ……ですか」
「うむ。まだまだクドリャフカ君は小さいからな。物理的な負荷など思う所はあるだろう」
「そ、それでも……私は、△△がしたいなら」
そこで、クドの携帯が鳴る。よく分からないキーホルダーを鳴らして、クドが届いたメールを見ると、
だんっ!
音を立てて椅子から立ち上がると、財布から紅茶と昆布茶分のお代を机に置いた。
「す、すみません来ヶ谷さん! お先に失礼します! 相談に乗ってくれてありがとうございますです!」
「な、なんだ藪から棒に……一体どこへ」
「大人の階段を昇ってくるのです!!」
そう答えたクドは、桃色の携帯電話を胸に当てて走り出す。
画面にはこう書かれていた。
タイトル:『お誘い』
本文:『お休みで、今日は家族が居ないので、私の家にお泊まりに来ませんか? お返事待ってます(*´`)』