巨チンを見込まれて大人気アイドルのセックスケア担当にスカウトされました。 作:ユリイカ
高級品とは高いんだな、とタケルは思った。セリナと共に訪れた店は、昨日までのタケルには全く縁のなかった高級ブランド。正直、名前すら聞いたことがない店だった。世界的にも有名らしく、卒のない接客でもてなす店員にもプライドがあった。商品も応対も一流で、値段が三流以下なわけもなく。ショーウィンドウに並べられていたものが比較的"手頃"で"お買い得"なものだったことを、彼はそこで思い知った。
「よければ一度お過ごしください」
「はぁ」
椅子に座ることをお過ごしくださいというあたりも隔世の趣きがある。勧められるがまま腰を下ろしかけたタケルは、何気なくその値段を見て腰を曲げた中途半端な姿勢で硬直してしまう。ただの木製の椅子が、七桁とはどういう了見か。
「この椅子、壊してしまいそうなので……」
「樹齢三千年の古木を用いたものでして、見た目以上に頑丈ですよ」
「樹齢三千年……」
そんなものを万が一壊してしまえば目も当てられない。妙なところで小市民が顔を覗かせ、タケルは丁重に辞退した。平均よりも体格がよく、相応に体重もある己の体の暴力性はよく理解しているつもりであった。
結局、美的感覚も審美眼も持ち合わせていないタケルには、物の良し悪しを判別することさえ難しい。彼は早々に諦め、絶え間なくセールストークを繰り広げる店員と、それをニコニコと笑顔で聞き流すセリナに後を託すことにするのだった。
「いい買い物できましたね!」
「それは良かった」
椅子とテーブルのセットを選ぶだけで、3時間。芹川セリナの貴重な休日が浪費されたことに罪悪感も覚えるが、当の本人は清々しい表情で満足げだ。普段からほとんど買い物もせず、唸るほどの大金を口座に死蔵しているという彼女は、久々の大盤振る舞いで興奮しているようだった。
「この後はどうする?」
「そうですね……。お昼ご飯にしましょう」
気が付けばいい時間である。二人揃って空腹でもあった。
食事の取れる場所を探しながら適当に町を歩く。すれ違う人々の姿をそれとなく見ながら、タケルはやはりそれが色褪せて見えた。隣の少女の放つ光に当てられて、くすまない逸材はそういない。
「タケル様、少しお疲れですか?」
「あ、いや、そういうわけじゃないけど」
遠い目をしていた彼に気付いて、セリナが顔を窺う。タケルは慌てて首を振って否定するも、彼女は柳眉を寄せた。
「お昼ご飯、あそこにしましょうか」
彼女が指し示したのは、タケルも幾度となく利用したことのある大手チェーンレストラン。先ほどの高級家具ブランドとの温度感がまるで違う。
「いいのか?」
「私も高級店って少し緊張して疲れてしまうので」
普通に庶民ですよ、と恥じらうように笑うセリナ。彼女の威風堂々とした佇まいを見れば、それが気遣いであることは分かった。タケルがぼんやりとしていたのを、慣れない高級店で疲弊したからだと思っていた。
高級店の立ち並ぶエリアとはいえ、ファミレスの客層まで大きく変わるわけではないらしい。二人がドアをくぐった先では賑わいがあった。日替わりメニューの説明とタブレットの使い方だけ簡単に伝えられ、アルバイトらしき若い店員は去っていく。先ほどの濃密な接客とはまるで違う。だが、興味のないが故の淡白な心地よさがあった。
「何にする?」
「オムライスにします!」
即断即決でオムライスが選ばれる。少し予想できていただけに、タケルは思わず笑ってしまう。それを見たセリナは、拗ねたように唇を尖らせてしまった。
タケルは無難なチキン南蛮定食を選び、ドリンクバーも追加する。
「じゃあ、飲み物取ってくるよ。何がいい?」
「それじゃあ、オレンジジュースをお願いします」
てっきり私が行きますと言われるかと思ったが、セリナは遠慮がちに希望を口にした。タケルとセリナの主従関係はあくまでプライベートなもの。外においてはむしろ、マネージャーという肩書きを与えられたタケルの方が従である。公私の分別がしっかりとされていた。
とはいえそれに一々腹を立てるほどタケルも狭量ではない。ドリンクバーコーナーへと向かい、自分のぶんとオレンジジュースを入れて、席へと戻る。
たったそれだけの、時間にして1分すら経っていない隙であった。
「お姉さん、可愛いね」
「どっかで見たことある?」
「おっぱいでっけー」
セリナの待つボックス席に髪を尖らせた若い青年たちが集まっていた。静かに俯くセリナに近づこうとテーブルに手を突き、ニヤニヤと品のない笑みを浮かべている。
顔はしっかり隠しているとはいえ夏場に厚着をするわけにもいかず、今の彼女は落ち着いた色合いのワンピースである。ゆったりとしたシルエットながら、たっぷりと突き出したハリのある胸の存在感は隠しきれない。さらに彼女は腰のあたりを締め付け、ほっそりとした体格も明らかになっている。男の視線は嫌でも集まってしまうだろう。
「もし暇ならさぁ、俺たちに付き合ってくんない?」
「金持ってるよ、金。こう見えてマジメだからさ」
「でけえよおっぱい!」
こんな都心でも、否、こんな都心だからこそ、か。セックスケア担当マネージャーという耳を疑うような役職に就くタケルが言えたものではないが、彼らも清く正しい仕事に就いているわけではなさそうだ。人を見た目で判断するわけではないが、無遠慮に女性に声をかけるところに品性は現れる。
「とりあえず顔見せてよ」
「これでマスクの下ブスだったりして」
「おっぱいはでけぇよな」
そのうちの一人が、一線を越えた。穏やかに距離を取ろうとするセリナの顔に手を伸ばす。
「何やってんだ、ガキ」
「っ! なんだテメェ!」
見かねたタケルがその手を掴む。その際、両手を塞いでいたジュースを青年にぶちまけたが、不可抗力である。
自慢の尖った髪がべちゃりと潰れ、若い男は瞬間的に燃え上がる。生意気な輩を圧倒してやろうと目を鋭くして振り返り、そして動きを完全に止めた。
「あ、えっと……お、お連れさん……すか?」
「そうだが、何か失礼なことでもしたか?」
「あ、いや……」
身長180センチの筋骨隆々。ラフなTシャツ姿といえど、それが逆にはち切れんばかりの筋肉を浮き上がらせる。それに加えて怒る獣と称される顔面は凶悪そのもの。それを前にした青年は弱々しく目を泳がせる。
「タケル様!」
「すまん。目を離すべきじゃなかったな」
立ち上がるセリナの肩を抱き、守るようにして青年を見渡す。彼らはすでに、状況の不利を察していた。
「あ、あはは……」
「冗談っすよ。すんませんって」
「おっぱい……」
お互い絡まるようにしながら、早々と店内から出ていく。その姿をタケルが目で追いかけていると、柔らかいものが胸元にしなだれかかってきた。
「ありがとうございます、タケル様」
「……マネージャーだからな。露払いも仕事のうちだろ」
彼女があまり外出をしない理由には、こういったこともあるのだろう。
原石から磨き上げられ宝石となった芹川セリナの輝きは、そうそう隠せるものではない。強すぎる光には、身の程を弁えない虫が際限なく寄ってくる。彼女一人、もしくはマネージャーのレナだけではどうしても対処しきれない。
「俺の顔が役に立つなら本望さ」
そう言ってタケルは笑う。
己に何かできることがあって、彼女の支えになるのなら、それは彼にとっても喜びなのだ。