人間の国の廃人屋さん 作:廃人屋さん
***
ここは、廃人屋・カネダ。
黒髪・黒眼で、不気味な雰囲気を纏っているものの、話せば意外と普通なヒトだと思えてしまうところがまた、かえって不気味に思えてしまう。
そんな店主が切り盛りする、薄暗がりの裏路地に構えられた店だ。
呼び鈴の音に呼ばれて、手早く身綺麗にしてから奥の作業部屋を出て、店主自らカウンターへと出向く。
今日の客は、全身を覆うロングケープとフードで身を隠した、筋骨隆々の怪しい男だった。
それに対し、何者かなどとは尋ねない。
ただ、この店の客であるなら、誰だって構いはしないのだから。
「買うのかい?売るのかい?」
挨拶もせず、さっさと決まり文句を言う。
顔を出さない相手など、訳ありに決まっている。
こういう手合いとはあまり会話などせず、目的だけを済ませてやれば良い。
それが出来なかったやつは、きっと次の日にはウチの店に売られに来るのだろう。
「売りに来た。どうすれば良い。」
そうだろうなとは思っていたが、一見の客だ。
まあ、こんな店だ、一見の客の相手なんて慣れきっている。
亜人でも、獣人でも、人間奴隷でも、ともかくそれがヒトと呼ばれる何かだったら、買い取る。それだけだ。
ただし、ウチの買取額はとんでもなく安い。
それでも、他所じゃ絶対買い取れないモノでも買うので、売りに来る客が絶えたことはない。
買い取るものと、値段が安いことを伝え、それでも良いか伝える。
値段については、売買規定の関係で一応査定はするので、現物を確認させてもらう必要があることと、少し時間がかかることも添える。
「この袋に入れてきた。査定を頼む。…詮索はするなよ?」
客の男は、背負っていた厚手の麻製と思われる背嚢を片手に持ち直して、こちらへ差し出す。
目測でおおよそ、高さは1メートルほど、幅は50センチと少しくらい。
それにヒトがはいっているのだとしたらあまりにも小さいが、うちで取り扱うモノとしては珍しくもない大きさだ。
「ここで開けて確認しても?」
早速、査定の話に進む。
「人目につかない場所で出来ないか?」
「…ああ、いいよ。空いてる作業場に案内できるけど、その前に手持ちの武器があるなら確認するが、構わんかね?ああ、形式的なやつだから、持って見せるだけでいいよ、隠し武器は隠したままでいいからね」
「…コイツだ。これでいいな?」
客の男は、腰に下げていた随分と高価そうな細剣を抜いて見せる。
細く軽い細剣は、打ちつけるような振るい方ではすぐにダメになるが、軽くて鋭いので刺突や先端で切り裂くような払い斬りだと凄まじい殺傷力を発揮する。主に、暗殺や対人戦向きの剣だ。
「もちろん、問題ないよ。じゃあ、こっちだ。…おっと、いったん表は閉めさせてもらうよ、ちょっと待ってくれな」
まあ、どうせコレは見せ武器だろう。
こういう場面で、自分が危ないやつだとアピールするための。
本命は毒が塗られたダートや投げナイフか、もしくは30センチほどの長さの金属製の針杭なんかを至近距離で相手に突き刺すか。
いやいや、詮索なんてしない。するわけがない。
ただ、慣れているから、そうだろうなと分かるだけ。そう思うだけだ。
そう思いながら、店の表に「一時閉店」の看板を立てる。
表には、いつもの物乞いのガキが居た。
チラリと目が合う。
言葉には出さず、「後でな」とだけ伝える。
物乞いのガキは、見てくれ通りに不健康そうで落ちぶれているが、コレでなかなか聡く・賢しいようで、コレだけで俺の意図をちゃんと汲み取る。イイ子だ。
店の中に戻り、さっさと仕事を済ませようと、客の男を案内する。
向かうのは、先ほどまで作業していた部屋から一つ手前の、空いている作業部屋だ。
***
作業部屋に案内すると、客の男はすぐに麻袋の中身を、作業台の上に出して見せた。
ゴロリと、力無く転がる肉塊。
ほんのりと、酸味と汚物臭が漂い、それより強い鉄錆・血の臭いが一気に部屋に立ち込めていく。
そうだろうなと思っていたが、両手両足はない。
腕は、肩と肘のちょうど中間ほどから。
脚は、股と膝のちょうど中間ほどから。
活かして手足の自由を奪うつもりなら、関節のところから抉り抜いたほうがいい。
そうしなかったということは、コイツの持ち主はよほど嗜虐的な趣味を持っていたか、もしくはコイツが異常なほど恨まれていたか。
乳房は、片方は根本近くから削ぎ落とされていて、もう片方の乳房は根本が異常なまでに引き延ばされている。
乳房を限界以上に引っ張るなどして、靭帯を引きちぎられているのだろう。
自らの重みに耐えられずに伸びきった水風船のような、そんなだらし無さ・下品さを見せ付けていた。
残っていた片方の乳房の先端・乳首は、何かで叩き潰されたかのように平べったく延びて、見るからにその部分の体組織が死にかけている。
顔を見る。
どこかで見たような、そんな気はする。
ただ、片方の眼球が抉られていて、もう片方の眼がある方の顔は火傷痕や疵面が酷く、しかも鼻が削がれている。
こんな顔面で何者かを特定できたら、流石に変態を超えた何かだろう。
マジマジ観察していると、客の男が「詮索はするな」と忠告してきた。
俺はすぐさま「ただの査定だ、詮索はしないって」と言い返す。
この手の客への定型句であり、実際、ただの査定だ。訳ありの客は、神経質過ぎて少し面倒くさい。
俺は頭部の確認をさっさと終えてしまうために、あとは喉や口内を軽く確認して、それだけ済ませたら今度は下半身の確認に移った。
下半身もまあ、酷いものだ。
腹には傷跡。そして、雑な治療痕。
触ってみれば、内臓が抜き取られているわけではないようで、それなら内臓のどこかに変な薬物でも直接打ち込んだのか。
まだ買い取ってもいないのに、この場で腹を開けて確認するわけにもいかないので、買い取った後で調べようと頭のメモに記しておく。
マンコとケツ穴は、ガバガバどころか裂けて一つになっている。
傷の具合は比較的新しいので、腐敗はほぼない。血と汚物の臭いの原因は、間違いなくコレだろう。
骨盤も砕けており、腰回りは完全にダルンダルンだ。
粉砕骨折があると、その後の処理にクソほど手間が掛かる。ココだけ明確にマイナス査定だな。
まあ、ソコ以外にも雑な治療痕とか眼球が足りないとか色々問題はあるが、一見の客には少しオマケしてやるという自分ルールがある。
というか、そうしないと後で恨みを買ったりして面倒くさいことになりやすいのだ。
ただウチの店を利用しなくなるだけなら良いが、悪い噂を流されたりしてもっと大きな被害に発展することもある。
最初は余程のことがない限り大目に見るほうが、先を考えれば損が少なく、得もしやすい。
そうは言っても、大目に見ることにも限度はある。
こんな手間が掛かるものを何度も持ち込まれたら流石に溜まったものではないので、一見でもコレだけは減額させてもらおう。
査定を終えたので、手早く勘定を纏める。
手足の無い、人間の瀕死体。
こんな状態になっているのにまだ生きているということに少し驚くが、魔法か呪いか何かで死ぬことを赦されていないだけの可能性が高そうだし、そう思えば「まあ、そういうこともあるか」と納得するだけだ。
ともかく、減額こそあるが、鮮度は思ったより良いので、査定額はカウンターで受付していた時にざっくり想像していたものよりかなり高値となった。
「…そんなにか?」
客の男が、俺が提示した額を聞いて、少し驚いた声を漏らした。
ああ、俺としても、意外と高値の査定になったなと思う。
だが、その出費を、手痛いとは思わない。
コレにはそれだけの価値があるだろう。鮮度が良いというならそれだけで、使い道は色々とあるのだから。
「…重ねての忠告だが、詮索はするんじゃ無いぞ」
「わかってるよ。詮索なんてする気もない。疑うっていうなら、査定の詳細でも言おうか?骨盤が砕けてる、コレは減額ね。でも、思ったより鮮度が良い、コレならいくらだって使い道がある。知ってるか?例えば、触手愛好家は触手の繁殖や健康維持のために生き餌を与えるんだ。ちっちゃいのならネズミやネコ、犬なんかでもいいんだが、成長するにつれて大きな生き餌が必要になっちまう。何故かって?いやあ、触手ってのは利口なやつが多いらしくてね、基本的にはその生き餌を殺さないように栄養を与えて活かし続けるんだが、それでも成長しすぎると生き餌を内側から破裂させてダメにしちゃうもんだから…」
「いや、もういい。言わなくていい。…わかった、その値段で売ろう」
「ああ、もちろん。現金で良いか?それとも小切手?あぁ、あと、買取証書も出すかい?」
「いらん。現金で頼む」
「あいよ。ちょっと待ってな、すぐ持ってくる」
ここで、邪な考えを持つヤツなら、金を取り出すところを狙って殺そうとしてきたりする事もあるが、この客はそんなことはせず大人しく待っていてくれた。
俺にとっての良い客というのは、手間が掛からず、スムーズにやり取りできる相手のことを言う。
金はぶっちゃけ、オマケ程度のものだ。本気で稼ごうと思ってるなら、こんな後ろ暗い仕事より、真っ当な方法が色々とある。
ともかく、この客は俺にとっては良客である。
だから、客の帰り際に、買値とは別にオマケを渡してやった。
渡したのは、魔力を大量に蓄えて死んだ時に稀に生成される、希少な魔石だ。主に戦闘を生業とした職種が重宝する。
普通の動物からじゃ取れないし、並の魔物から取るのも難しい。その死に方をするってことは、そもそもかなり強いってことなのだから。
だがまあ、一般的には珍しいが、ウチでは作ろうと思えば何度でも作ってやれる。
作ってやれるが、そんなことはわざわざ言わない。珍しいということに価値があるのだから、その希少価値を落としてやる必要などない。
ただ、「あんたは良い客だから、コイツはオマケだ。どうぞ、またご贔屓に」と、それだけ言う。
客の男は、少し訝しんだが、しかし流石にその魔石の希少価値は理解していたのだろう、やや慎重な手つきで受け取ってくれた。
この客がまた来てくれるかは分からないが、魔石欲しさに何か持ってきてくれたら御の字だ。
客の男を店の裏手から出してやり、こっそりと表通りに出られる道のいくつかを教えてやる。
もちろん、表から出ていってくれても良いのだが、良客にはこういうサービスもする。
そして客の男は、素直にその案内に従って、去っていった。
***
店の表の看板はそのままに、乞食のガキに「ほら、もう入って良いぞ」と声を掛ける。
乞食のガキ。
正式な住民登録や身分証を持たない浮浪児なので、公的には名無しの不審者だ。
茶髪で、手入れの全くされていないモッサモサの長髪。
痩せっぽちだが、初めて会った頃よりは少しは肉付きが良くなった。
最初こそ男か女かよく分からない見た目だったが、以前に体を洗ってやった時にチンがなかったから、今は女だと分かっている。
尻の上あたりから、ちっこいフワフワの尻尾が生えているのでかろうじて獣人だとわかるが、それ以外はほぼ人間にしか見えない。
人間だったら、体格的には10歳にはなっていない程度の年齢だろうか。
獣人の成長は早いので、実際はもっと幼いのだろう。
男のガキなら頑張って育てりゃ色々と使い道・働かせ先があるだろうが、貧困層で生まれた女のガキは娼館に売るか忌み物にされるか、まあ後はこうして単純に捨てられるか、そんなのが多い。
人間の国は、魔王の侵略に怯える必要がなくなったので、比較的安定していて豊かだ。
でも、強力すぎた外敵がいなくなったなら、ヒトとヒトとが手を取り合う必要も薄くなるわけで。
国ごとの貧富の格差・武力の差が拡大していき、今じゃ平和の裏ではこの有り様。世知辛いねぇ。
まあ、俺は今の世の中の方が商売がやりやすくて良いと、そう思う側でもあるんだが。
ガキは、自分の名前を知らない・そんなのないと言うので、最初の頃はコイツのことを、ただ「ガキ」とだけ呼んでいた。
それを名前だと勘違いしたらしく、俺に懐くようになってしまった。
別に、懐かれて嫌だと思うことはなかったが、それならコイツをガキと呼び続けるのは逆に俺が混乱しそうだと、そう思って新たに「ゴン」と名付けてやった。
正式な住民登録付きの名前ではない。あくまで仮称だが、普通にガキンチョをガキと呼ぶ時に、コレなら混乱せずに済む。
ゴンというのは、俺が昔飼っていた犬の名前だ。
フカフカの柴犬で、アホっぽくて、よく懐いて、素直な良い子だった。
このガキを見てたら、その思い出が蘇ってきたので、そう名付けた。
ゴンは、見た目の割には聡く・賢しい。
実年齢は不明だが、10歳にはなっていないだろうというガキのくせに、俺の仕事への理解を示し、よく働いてくれる。
まともな感性のヒトだったら、俺のやってることに理解を示して一緒に働くなんてできやしないと思うのだが、ならこのガキは狂っているのか?というと、そうは見えない。
言葉を教えりゃ順調に吸収していくし、まともな道徳や倫理観というのも教えてやればキチンと理解する。
その上で、俺の仕事を手伝っている。
飯のためか、金のためか、俺に媚を売って何か果たしたい目的でもあるのか。
ともかく、俺にはただ便利なガキだから、ゴンをウチで働かせている。
主には、空いている作業部屋の清掃、仕事道具の洗浄、壊れた備品がないかのチェック。簡単だが、それなりの重労働になるものを任せている。
今日の仕事は、空いている作業部屋の清掃と、備品のチェックだ。
作業部屋は、地上に3部屋、地下に12部屋。地下は、自力で拡張して増やしていった。
基礎工事を後付けで行なっていくという形だったから、拡張にはかなりの手間をかけており、この店にはすでに相当な愛着を持っている。
空いている作業部屋は、地上の1部屋と、地下の2部屋だ。
他は、使用中だったり準備中となっていて、俺以外の立ち入りは厳禁である。
ゴンは、入ってはいけない部屋があるというのもキチンと理解し、素直に応じて真面目に働く。
ゴンが空き部屋の清掃をしてくれている間に、俺は先ほど買い取ったばかりの瀕死のダルマ女の処置をしていく。
俺には魔法の才能というものがあり、特に回復や状態異常といった補助系の魔法に適性がある。
あるというか、それを望んで手に入れたのだ。この世界に来る時に、神様っぽい、システムっぽい、何かに望んで。
俺は強さには興味がなかった。
ただ、とにかくずっとずっと生きていられるように、そして生かし続けられるように、そう考えながら得られる能力を選んで、望んだ。
その能力のおかげで、こんな瀕死のダルマでも、本気を出せば手足すら元通りに治してやることもできる。
できるが、そんな事はわざわざやらない。とにかく、汚いものは洗い落とし、使えるだけの見た目や機能を取り戻してやるだけだ。
魔法で、眼球と先端が切り落とされた舌を、形だけ復元する。
舌の方は、そのうち味覚も戻ってくるかもしれないが、眼球の方は視力まで回復するかは微妙なところだ。
回復魔法といっても、万能じゃない。自分の身に使うなら微調整でどうにでもできるが、他人に使うなら完全回復というのは不可能に近い。
ただ、それでも俺なら、何日もかけて微調整を繰り返し続ければ、8割か9割ほどまで回復させてやれるだろう。
この世界の他の回復術師でも、年単位で辛抱強く回復と調整に付き合ってやれば、同じことができることを知っている。
そしてもし、そんなことができるなら、相手を選べばそれだけで一生遊んで暮らせるほどの金が手に入る。
まあ、金が手に入っても、そのせいで変に名前が売れてしまい、余計なことに巻き込まれるであろう事は容易に想像ができるので、そんな稼ぎ方はしない。
当然、この瀕死の肉ダルマに対しても、そんな丁寧な調整は行わない。まずは形だけ整えば十分だ。
まずは失ったものの復元と、傷がひどすぎる箇所の治療だけを進める。
顔半分を覆う火傷の痕は、見た目が悪いだけで腐敗や膿はないので、とりあえずそのままにする。
続けて、削がれた方の乳と、伸び切った方の乳を、それぞれ元の形に復元してやる。
伸び切った方の乳だけ少し垂れていて、削げていたはずの場所に生やしてやったばかりの方の乳は逆に瑞々しく張りがある。
伸びすぎて手拭いか何かみたいになっていた状態よりマシになったとはいえ、片方だけがダルンダルンの長乳というのは、酷くアンバランスだ。
まあ、これはこれで悪くない。
伸びきっていた乳からは想像が難しかったが、どうやら元は相当な爆乳だったようで、片方は乳首が前方に向かってピンと突き立った綺麗な爆乳、もう片方はダルンと垂れ下がって乳首が真下を向いているだらし無い長乳。
それらを一つの体に備わっているものとして見比べることができるというのは、それなりに面白い。
次は下半身の治療だ。
念のため、先に内臓の方を確認する。
どうせ後でまとめて治療するのだから、先に切り開いて確認した方が手っ取り早い。
特注で作らせている、極めて鋭い小刀…メス擬き・施術用ナイフを使って、サクサクと腹を切り開く。
切り口からこぼれ出るはずの血の量が思っていたより少ないが、これは裂けた股から事前に大量に出ていったためだろう。
コイツの抱えている、呪いだか祝福だかわからないモノの効果が切れたら、血液不足で即死するだろうな。
いつその効果が切れるかもわからないし、手早く確認する。
思った通り、内臓にはいくつかの改造が施されている。…というより、コイツが死なない原因を見つけた。
心臓に何かが癒着しているが、これは恐らくヒュドラの魔石のカケラだろう。
相当高価なモノのはずだが、これじゃあ取り外したら価値がなくなる・クズ石にしかならないだろうな。
前の持ち主は、わざわざこんなゴミ同然の肉塊にするような相手に、こんな高価な魔石のカケラを使うとは思えない。
ということは、これを奪い取ろうとして腹を裂いたのか?そんな想像をしてしまうが、まあ詮索はしない。ともかく、これがコイツが死なない原因だ。
ヒュドラの魔石のカケラなんて物が埋め込まれているなら、自己治癒力も相当高いはずだ。
まあ、その治癒力というものにだって限度はある。
失った骨が生えてくるわけじゃないし、重傷を負いすぎれば…こうして今のような状態になってしまえば、ただ生きているだけで治癒力が限界に達し、傷を塞ぐ方に治癒力が発揮されなくなる。
コイツには明らかに拷問されまくった痕跡があるし、それでどんだけ拷問しても生き続けるから、相当酷い扱いを受けただろうな。
それで、ついに治癒しなくなったから、死んだと勘違いされたか…いや、心臓に癒着したカケラのことを知っているなら、死んだとは思っていないだろう。
ただ、この状態からまともに回復できる手段なんて碌に存在しない。
だからもう、回復する見込みがないので手放した。って感じか。
まあ、俺にはそれをどうにかできる手段があったというのは、おそらくあの客にとっては…もしくは、その客のさらに上・雇い主あたりには、誤算だっただろうがな。
しかし、誤算だったのはそれだけだ。
俺は偽善者なんかじゃないし、詮索するなと言われた相手の事情になんて興味はない・首を突っ込む気は微塵もない。
ただ、買い取ったものを使って愉しむか、商品として加工するか。それだけだ。
ただしコイツは、生かしておけばほぼ無限に商品として加工できるので、大事に大事に世話してやろう。そう思う程度でしかない。
心臓に癒着しているカケラの他には、胃と腸に意図的にスライムを寄生させた跡が見つかった。
それから、ポッコリと膨らんだ子宮が、ぐるぐると蠢いている。
裂けたマンコと肛門のことから考えても、子宮内にスライムが侵入し、巣にしているのだろう。
サクッと子宮を切り開き、中のモノをズルリと引き抜く。
思った通り、スライム系の魔物が出てきた。
ただし、予想と違って、スライムコアは一つだけ。股が裂けたということは、繁殖のしすぎか何かでそうなったのかとも考えたが、それならコアは二つ以上あるべきだ。
この世界のスライムは、単為生殖するタイプと、交尾生殖するタイプがおり、コアがある場合は交尾生殖するタイプに限られる。
今抜き出したスライムは、コアが一個だけだし、交尾生殖するにしては小さすぎる。
あれか、ここに持ってくる前に出来る限り掻き出したんだな。
中に残っていたら値が下がるとでも思われたのか、もしくはそもそもスライムそのものを欲して取り出していたのか。
もう少し現実的というか、しょうもない理由で考えるなら、ここまで持ち運ぶ間に繁殖されて漏れ出てきたら面倒だったから?まあ、そんなところだろう。
俺としちゃあ、こういう生き物も使い道があるので、オマケで買い取ったりしている。
つまり、俺にとっちゃあ余分に儲けた形だ。またあの客が来てくれるなら、こういうオマケをこっそり忍ばせてくれていると嬉しい。
俺は小さいスライムを手頃な金タライに入れ置いてから、肉ダルマの裂いた腹と裂けた股を治療した。
腹を治療する前に、ところどころ内出血を起こしてボコボコとグロテスクに歪んだ子宮に、ちょっとした仕掛けを施しておく。
心臓にヒュドラの魔石のカケラなんてモノを癒着させているヤツだからな、手足が無くても何か悪さはできるのではないかと思われる。
そうでなければ、手足を失った後でここまで拷問されまくるようなえげつない真似をされるというのも考えにくい。
何をされようが、この世界では生きることに特化した能力を持つこの俺が殺されるとは思えないが、念の為だ。
どんなに強い能力を持っていようが、次の瞬間には死ぬこともある。ここはそういう世界だからな。
ヒュドラの魔石のカケラを心臓に癒着させてるくせに、手足をもぎ取られてこうして売られに来た奴がいるように、だ。
さて、次は砕けた骨盤の治療だが、コイツの治療はとても面倒臭い。
というより、骨の治療そのものが面倒なのだ。
ヒュドラの魔石のカケラも、異常な生命力を与えてくれるが、よほど大きな魔石を丸ごと用意するくらいはしなければ、骨までは復元はできない。
いや、もしかしたら人の心臓に癒着できる程度の小粒のカケラ程度でも実際には出来るのかもしれないが、何十年・何百年掛かるかわかったもんじゃない。
そもそも、肉組織と骨組織では治癒にかかる時間の差が大きすぎて、ヘタクソな回復術師じゃあ骨なしのまま肉だけ復元するなんて事態になったりする。
骨を生やしたいのに、肉が先にモリモリ出来上がってしまい、骨の再生には失敗する…なんて話を、この世界のそれなりに珍しくない治療ミスとして耳にするが、実際俺でも難しいと感じるくらい、手間が掛かる。
粉砕骨折の治療とは、そういう手間との戦いになる。
真っ二つに折れるような骨折でも力加減という意味で手間は掛かるが、粉砕骨折になるとその手間は段違いに増える。
何せ、離れた骨と骨をくっつけるために繊細で集中力の必要な回復魔法を、砕けた骨のカケラの数だけ行使する必要がある。
こうなったら、いっそ回復魔法に頼らずに、ある程度固定して自然治癒に任せたほうがいいくらいだ。
まあ、この肉ダルマの骨折箇所は骨盤だから、魔法以外にまともな医療技術のないこの世界で、自然治癒で安全に回復する見込みは薄い。
ヒュドラの魔石のカケラのおかげでそれでも死にはしないだろうが、変な後遺症が残って商品価値が下がってもくだらないので、手間でもちゃんと直してやることにする。
一通りの施術が終わった。
顔半分の火傷の痕と削がれっぱなしの鼻はそのままに、形だけ元通りにした眼球のおかげで少しは見れる顔立ちになった。
鼻を治してやるかどうかは、こいつにどんな商品価値を与えるかどうかを決めてから考える。
相変わらずアンバランスな乳房は、治療のおかげか、呼吸に合わせて静かに上下に揺れている。
いや、ダルンと伸びた長乳の方は、仰向けになった状態から体の横方向に流れて、その柔らかさに任せて上下と言わずにフルフルと震えているが。
元の形を取り戻した腰回りは、ここに来た時とは見違えて非常に良い安産型のデカケツだった。
というより、ここに来た時は完全にへしゃげていたので、ただの「穴と縁」だったというだけなんだが、形を取り戻せばそれなりに情欲を煽る良い形をしていると言えた。
栄養状態は最悪と言って良いが、ヒュドラの魔石が心臓に癒着しているコイツに対し、下手に栄養を与えたら碌なことにならないなんて容易に想像できることだ。
意識が戻るまで、首枷を嵌め、作業台に胴体をくくりつけ、そのまま放置する。明日、適当なタイミングで様子を見にくるだけで良いだろう。
どうせ、それでもコイツが死ぬことはない、来たばかりの時よりも、今の方がよほど状態としては良いのだし。
部屋の明かりはつけっぱなしにして、そのまま部屋を出て、鍵を閉めた。
***
部屋を出ると、骨折の治療にかなり時間をかけたせいで、ゴンの掃除仕事はとっくに終わっていたらしく、今出てきたばかりの作業部屋の近くで待機していた。
ゴンは、俺が部屋の鍵を閉めたのを確認してから静かに俺に近づき、綺麗な手ぬぐいを差し出す。
相変わらず、貧相な身体と酷い身なりの割に、妙に気遣いが上手い。
最初からそうだったわけでは無く、徐々にこういう気配りを覚えていったので、やはり相当に賢いのだろうと思える。
これでもっと生意気だったり、いたぶり甲斐があったなら、コイツも俺のコレクションか店の商品に加えてやるところだったのだが、こうも素直だとそんな気も失せる。
まあ、それでも気が向いたら躊躇なく手を出すだろう。これは、俺の気まぐれにすぎない。
そう思いながら、ゴンとの付き合いも、もうそろそろ1年近いものになるか?
…なら、もう、そろそろ正式に雇ってやっても別に良いか。
気まぐれもここまで続けば、十分愛着と思って良いだろう。
俺とて、愛着を持った相手をどうこうする気は、流石にないと思う。それでも、やっぱり気が向けば手を出すだろうがな。
今日の分の働きを終えたゴンに、日雇い扱い分の給金と、一回の食事を提供する。
これが、今の俺とゴンとの関係性。
一時の雇い主と、その日暮らしの浮浪児だ。
最初は「食い物が欲しい」と集ってきた、学がなくただ小汚いだけのガキだった。
その時は、他の商品の手入れや世話で手一杯だったから、そのガキには手を出さず、何も与えずに適当にあしらった。
次の日、誰かにボコボコに殴られたのだろう、青痣とうっすら血が滲み出た瘡蓋だらけの汚ったない顔面を晒して、また俺の前に現れた。
怯えた目をして、僅かに体を震わせながら、それでもモゴモゴと口を動かし、何かを訴えていた。
その姿は、俺がとても好むものであった。
暴力の痕が、ではない。
怯えながらも何かを望み、自分より強大な相手に恐怖しながらも下手に出ようとする、その健気な浅ましさが、だ。
だから、何を望んでいるのかを、今度はきちんと聞いてやった。
ガキは、「食べ物を」とだけ、ボソボソと呟き続けた。
俺は、どう見ても先に治療が必要なはずのそのガキに、そのまま仕事を与えてやった。
できれば、食事と金を与えてやる。そう約束して。
果たして、どうなるか。
結果は…その重症のガキは、重症のガキなりに死力を尽くして、仕事を達成した。
ただ一部屋、掃除するだけ。
部屋の中にはいくらでも、盗めるものも凶器に使えるものも置いてあった。
そんなものには惑わされずに、ただ言われた通りに掃除を達成してみせた。
つまらない。
そう思いながら、約束を果たしたその律儀さには、柄にもなく少し感動した。
だから、約束通りの食事と金を、そして気まぐれに顔の治療もオマケしてやった。
「次は顔をぶん殴られるようなヘマをするなよ」と、アドバイスをくれてやって、追い出した。
その日以降、毎日、そのガキは俺の店にやってきて、今度は食い物ではなく「仕事をください」と乞いてきた。
なるほど。
タダで恵んでやる飯などないが、俺の店は特殊だから、それなりに雑事をこなしてくれる奴がいるとありがたい。
ただし、特殊ゆえに、まともな従業員を置くことができない。
俺と似た趣味嗜好のヤツも、ある意味でダメだ。商品やコレクションに手を出されたらたまったもんじゃない。だから、慢性的に人手不足だった。
気まぐれに一度だけ働かせてみたコイツが、存外便利だと思ったから、もう一度働かせてみることにした。
今度もきちんと働いたから、じゃあ次の日も。そうして、コイツがヘマをしない限りは俺は仕事を与え続けて、ほぼ1年間毎日働かせていることになる。
なんなら、名前まで付けてしまった。仮称だが。
食事の席で、ゴンに話をする。
「おい、ゴン。食いながらで良いから聞け」
「んむ。もぐもぐ…んぐ。はいっ、ゴンは聞きます!」
「いや、食いながらで良いから…まあ良いか。ゴン、先に確認だが、お前は俺のところ以外でも、こうして働いてるのか?」
「ゴンは、店主様のところだけですっ…ほ、ほかは、もう嫌です、殴られるの、嫌です…」
「ああ、そう。じゃあ、今はどこに住んでる?金は渡してるはずだが、宿は借りてるか?」
「ゴンは、馬宿通りの馬小屋の寝藁を借りてます!ただ、見つかると怒られるから、真っ暗になってから借りて、明るくなる前に出ていってます。お金は…持ってると取られちゃうから、見つからない場所に隠してます」
そう言われてみれば、馬宿通りにはガキのスリがメチャクチャ多い。
俺も、まだこの世界にやってきて日が浅い頃に、ガキのスリに金を盗まれたことがある。
腹いせに適当なガキを見せしめにいたぶってやったが、そのせいで悪目立ちもしてしまったので、もう2度と関わり合いになりたくない。
アレはもう、8年も前の話になるのか?懐かしいもんだ。
しかしまあ、あの通りのどこにあんなにスリのガキが居着いているのかと思ったら、そんなふうに寝泊まりして身を潜めてたのか。
と、微妙に役立ちそうなそうでもないような変な豆知識が身についた。
まあ、ともかくだ、それならちょうど良いだろう。
「なら、ゴン、お前俺の店で住み込みで働かないか?」
「…ぁ、おぉ?ゴンは、毎日働きたいですっ!」
「…ああ、住み込みってのがよくわからなかったか?あー、要するに、ゴンにはまともな住む場所がねえってことだろ?だから、これからも真面目に働くなら、住む場所も与えてやるって、そういう話だ。ゴン、お前がウチでちゃんと働くなら、毎日の寝る場所と、誰にも金を取られない安全な隠し場所と、1日2回の食事を、明日から与えてやる。ウチに住みながら働く、つまり住み込みで働くか?って話だ、わかったか?」
「あ、あっ!ああっ!あぅあっ、あぐっ…ご、ゴン、住み込みで働くっ!うじゅ…ず、ずみごみではだらぎばじゅ…うびゅ…!」
「あ?汚ったねえな、涙やら鼻水やらを飯に垂らしながら泣きじゃくるなよ…」
「あびゃああっ、ご、ごべんなじゃ!うじゅじゅ…ズズズッ!」
「あー、あー、鼻を啜るな。布貸してやるから、出せ出せ…」
「あぷぁ、ぶじゅ…ズビーッ!…ぷへは」
こうして、廃人屋・カネダには、チンチクリンな店員一名が加わった。
自分が殴られるのは嫌だというが、他人がボロボロになることにはケロリとしているので、俺の仕事とはなかなか相性が良い。
しかし、廃人屋・カネダは、こんなアングラな仕事をしているが、実のところ行政には真っ当な手続きを行い、キチンとした店として認められている。
こんな店をキチンとした店扱いしている行政が真っ当だとは思えないが、ともかく手続き上は真っ当であるため、実は困ったことに、完全な浮浪児で身元が定かではないゴンを正規雇用することができなかった。
これは、徴税やその査定の兼ね合いによるものであり、住み込みで働かせる場合は「以前の住居と身分を定かにし、身元の証明を誰が担うかを定かにする」という二重の条件をクリアする必要があった。
まあ、せっかくのマトモに使える従業員が手に入れられるチャンスだったので、ここは流石にそれなりに骨を折ってやることにした。
と言っても、ただお役人に鼻薬を嗅がせて、ゴンの以前の住居と身分をでっち上げてもらっただけなんだが。
持つべきものは、やはり上客だ。お役人様の一人は、実は俺の店の常連客だった。
こんな店を構えることを認める街が、そのお役所が、マトモなはずはなかった。そりゃそうだ。
身元の証明は、もちろん店主である俺がする。
でっち上げられたゴンの身分としては、実の親はもう居なくて、以前の住居は手放したことになっているので、俺が保護者となる形で落ち着いた。
常連のお役人は、「奴隷にした方が手間がかからず、安く済みますよ?」と善意で提案してくれた。
まあ、俺もそれで構わないのだが、どうせなら最後まで気まぐれを貫くことにした。
そしてなんなら、自由と権利を手にしたと勘違いしたゴンが、いつか俺を裏切るような真似をしたら。
その時こそ、俺はゴンに失意と絶望を与えて、徹底的に痛めつけ、いやらしく下卑た態度で慈悲を乞う姿を眺めて愉しむのだと、そう心に決めていた。
…まあ、今のゴンを見ると、他のやつには怯える割に、俺に対してだけ素直で純朴すぎて、その望みが叶うかどうかは怪しいもんだが。
いやいや、今は幼すぎて情緒や道徳がまだ成熟していないから、あんなに素直なだけかもしれない。
それなりに育ったら、またあの怯えた声と目を見せてくれるかもしれない。
そう思うと、やはり奴隷なんかにしてしまうより、ちゃんと育てて、マトモな感性というヤツも教えてみて、俺を見る目がどう変わるのかを楽しませてもらうためにも、ゴンの保護者になる道の方がいいだろうと考えた。
ああ、今後の生活の楽しみが増えた。
そんなことを思いながら、役所からの帰りに、ついでにゴンの普段着用の布を適当に買い集めた。
***
*兎人族の半人・ゴン
・名前:不明 → ゴン
・種族:人間と獣人の混血
・性別:女
・年齢:7歳
・体型:ガリガリ・不健康な痩せ型 → やや不健康な痩身・年齢に対して身長は高い(早熟型)
・体質:体臭・獣(若干獣臭い)、危機察知・獣(寝ている最中でも一瞬で覚醒してすぐに逃げ出せる、など)
・特徴:生存欲求、依存、秀才、茶色くウェーブのあるフワフワの無造作な長髪、小さな尻尾
・経験:処女
半人と呼ばれる、獣人の一種。その子供。
残念ながら、人間の国では混血は人間と認められないし、純血主義からは普通の獣人よりも目の敵にされる存在である。
だというのにこの年齢まで五体満足で生きてこれたのは、持ち前の危機察知能力のおかげ。
実は、廃人屋の店主・カネダが過去に痛めつけたスリのガキが、他の大人に強姦されて身籠り、産まれた子供である。
8年越しという奇妙な縁の繋がりで、産まれたその命を、カネダが拾う形となった。
カネダに対しては、依存に近い信頼を寄せている。
趣味嗜好を邪魔されない限りは気まぐれながらも寛容なカネダは、ゴンにとっては唯一自分をマトモに扱ってくれる、短い人生の中で出会うことができた、たった一人の安全な人間だった。
学はないが、学習能力は高く、生きるために必死なこともあってカネダの一挙手一投足から色々学び、それをすぐに活かすだけの要領の良さも併せ持つ。
とはいえ、知らないこと・わからないことに応える能力があるというわけではないので、何かしらのキチンとした教育は必要だろう。