上白沢慧音の失踪
それは、幻想郷の人里を振震させた。
多くの里人は、この話題で持ち切りとなり有ること無いこと語り合う状況となった。
慧音が神隠しにあったと。
そんな渦中で、ある烏天狗は一人心を躍らしていた。
「慧音が行方不明となりましたか・・・これは興味深いですね。」
何故、慧音が失踪したか?その謎を解く探求心が湧き上がる。
「これは私が調査するしかありませんね。新聞記者として!」
人里のはるか上空にて、彼女は宣言する。ジャーナリズムを志す者として。
彼女の名は射命丸文。
幻想郷の烏天狗の女性であり、1000年以上の悠久を生きてきた妖怪少女である。
妖怪の山に所属する古参でもあり、幻想郷の内外のありとあらゆる事象を記録し広めることに情熱を燃やす異色な人物だった。
彼女の言動には、数多くの賛否を呼びそれが新しい議論を誕生させていた。
そのことを彼女は誇りにしていた。記者であることが生きる意義だった。
「他の連中に暴かれる前にさっさと活動開始ですね。それでは・・・。」
風と雲に彩られた天空の中で、彼女は恒例の取材を始めようとしていた。
だが・・・
(真実を広めるのは辞めておけ、射命丸。)
「!?ッ。」
文に何者かが思念を遠隔で伝達した。地上から遥か高度5000mを超えた滞空をしているにも関わらず。
文は内心動揺しつつも即座に冷静さを取り戻し、思念を送った者の位置を特定するために精神を研ぎ澄ませる。
長年の場数がそうさせていた。
(少なくとも地上にいることは確か・・・だが、位置が特定できない。
巧妙に隠密を働かせているのか・・・)
凡庸な人妖なら逆探知で特定できる。しかし、特殊な妖気を広範囲に拡散しており特定が攪乱される。
これ程の芸当ができるのは、中々の手練れだった。文は思わず感心させられた。
(真実を広められたら何かお困りでも?)
(慧音はやり過ぎたのだよ、この幻想郷で。)
思念によるコミュニケーションが取れたのは意外だった。
しかし、自分が位置を特定されて相手の位置が探知できないのは文には不服だった。
(奴は、妖怪に支配されるこの世界の有り様を疑問視し続けていた。
そして、そんな現状を打破するために教師となり教え子に思想を吹き込んでいたのだ。
そんな行いは幻想郷にとって猛毒と化すことを分かっていながらな。)
文は、そのことを以前から把握していた。
彼女の身の上を思えば理解は出来るが個人的には反対の立場だった。文自身、保守よりなスタンスだからだ。
慧音とも反りが合わず口論になることも何度かあった。
(ということは、慧音が失踪したのもあなたの仕業ですか?)
文は、声の主に疑問を投げかける。
(そう解釈してくれて構わんよ、この私が主導したのだからな。)
予想は的中した。
(そこまで出来るということは・・・幻想郷の古参の方ですか?
それも私よりも深く関わりのある。)
文は、相手がどのような人物なのかが大雑把ながらも把握できた。
おそらく幻想郷の誕生に携わった者の一人であり、自分よりも古参だと。
それも、賢者といわれる立場かそれに準ずる者であることだと。
(相変わらず勘が鋭いな、流石は熟練の天狗なだけはある。飯綱丸龍が目にかける訳だ。)
(お褒め頂き光栄です、最も姿を拝めないのは心苦しいものですが。)
文は、半分皮肉を交えて返す。相手が常に優位な立場で物を言うのが気に入らないからだ。
(皮肉も活ける口とは、つくづく面白い・・・気に入ったぞ、射命丸。)
(それはどうも。)
気のない返事で受け流す、相手のペースに乗せられないための処世だった。
(よし、お前の探求心と剛毅さに免じて一つだけ情報をくれてやろう。)
(良いのですか?敵に塩を送る真似をしても・・・そちらにとっては不都合では?)
文にとっては意外だった、そこまで気前が良いことができる相手ということが。
(構わんよ、お前が真実を知るだけならな。飽くまでそれだけなら許す。)
(良いでしょう。その条件、どうしてもというのなら吞みましょう。)
真実を記事にできないのは非常に残念だった。だが、我が身を滅ぼす危険が隣り合わせな以上割り切るしかなかった。
文は、そうやって何度も危機を凌いだことは幾百幾千とあった。
(賢明な判断に感謝する、ただこれだけは警告する。)
(なんでしょう?)
文は内心、辟易しつつも態度には出さない。
(私の正体を暴こうとは思わない方がいい、このことはお前の上司にも話は付けてある。
今から情報を伝えるぞ、一回しか言わないからよく聞け。)
(慧音は里人に監禁されている、以上だ)
たった一つの情報、だが文にとっては十分だった。
もともと情報ゼロから開始するつもりだったからだ。
(これで報告は終わりだ、時間を取らせてすまなかったな。)
・・・相手の思念は途絶した。結局、正体は分からず仕舞いだった。
「面白くはないですね、一方的に釘を刺されるのは・・・。」
だが下手に反旗を翻す気にはなれなかった、余りにもリスクが甚大だからだ。
「しかし、妖怪の山の上層部にまで影響力が及ぶとは。やはり・・・。」
相手の正体は幻想郷の賢者、そう結論を見出した。
「ただ八雲紫ではない、あの方はもっとアバウトな価値観で動く。となると別の誰かとなるが・・・
いや、これ以上考えても仕方ない。」
自分じゃどうすることもできない、そうケリをつけた。
「まずは慧音の居場所を突き止めなくては、さて・・・始めましょう」
最初に出鼻を挫かれたものの、すぐ気を取り直して取材を開始した。
文は、人里に舞い降り人間の探偵に化けた。そして、数多くの里人に聞き込みを行った。
老いも若きも区別なく、手広く取材を進めていった。
そして、時刻が午後を回った後にとある男性の商人に聞き込みが始まり・・・。
「慧音先生なら前日に見たね、それも二人の教え子を連れてね。」
「教え子を連れてですか、三人でどこへ向かいましたか?」
やっと有力な情報を掴める、そんな確信が彼女にあった。
「そこの道を通って南西の森へと入っていったよ、目的はさっぱり検討も付かんがね。
なんせあの森なんてキノコぐらいしか実になりそうなものはないよ。
野生動物も徘徊するしさ・・・。」
商人からすれば不思議で仕方がなかった、文もそこは同感だった。
「いえ、それだけ分かれば十分です。ご協力ありがとうございました。」
「礼には及ばんさ、なにせお得意様なんだから。俺の結婚後でも。」
文はこの商人とは蜜月な関係だった、商人も文の正体が烏天狗なことも分かっていた。
商人がまだ少年だった頃、文に子供攫いをされて筆おろしによって童貞を奪われた過去があったからだ。
その初体験はいまでも記憶に深く刻まれていた、結婚したあとも。
「ふふ、奥さんとは上手くいってて何よりです。浮気の心配はありませんね。」
「母親めいたことは言わんといてくれよ、もうガキじゃないんだから。」
「あやや、これは野暮でしたか。それでは失礼いたします。」
文は雑貨店を後にして、森へと急いだ。
(あの子も昔は私と結婚すると息巻いていましたが・・・人はすぐ変わってしまう。)
一抹の寂しさを感じつつもすぐ振り払い、森の中に突入した。
森の中は草花が生い茂る平地だった、だが不可解な点が一つあった。
人間らしき足跡が残っていたのだ、それも二人ほどの。
「何者かが森の奥地に向かっている、追跡するか・・・。」
文は足跡を辿り続けた、そして・・・。
二人の少年の背中が視界に入った、森のさらなる奥へと踏み込んでいった。
野生動物や妖怪による、遭遇の危険が付いて回るにも関わらず。
だが、文はあることに気付いた。
(ここの樹木や草花には妖気が仕込まれている、それも動物や下級妖怪が本能的に恐れるタイプの物が。
慧音には感づかれなかったのか。)
二人の少年が事故死するのを防ぐための予防策だった。
そして、この二人の少年こそが慧音を監禁した張本人であると確信した。
(どうやら大当たりのようね、この少年達は寺子屋の生徒だったはず・・・
慧音を監禁できたのも警戒されなかったということか。)
文にとってどちらもタイプの男子ではなかったため捨て置いていたが、興味が湧いてきた。
なぜ女教師を監禁しているのか?
このまま追跡を続けたのだった。
その後、少年達は古小屋に到着し扉を開け我が物顔で中へと入っていった。
「こんな場所に古小屋があるなんて・・・一体誰が建てたのやら。」
文にとって意外の一言だった。
別荘や隠れ家にしても貧相な代物だった、せいぜい倉庫にはなれそうだが。
だがわざわざ森の中に建てる必要性を感じられなかった。
「まさか、曰く付きの人物を監禁するためにこんな小屋を建てたのか?
まあ、そこは置いておきましょう。」
古小屋の真相は命題ではない、目的を忘れる訳にはいかなかった。
「まずは室内の様子を観察しましょう、そのためにこれがある。
いでよ・・・眼虫。」
文は一体の式神を召喚した。
眼虫、ハエほど大きさであり術師と五感を共有できる能力を持つ文のお気に入りだった。
高い隠密性を誇り標的の人物に発見されず偵察や索敵によく使っていた。
「命じます、あの古小屋の窓で中の様子を観察なさい。」
眼虫は音もたてず飛行し窓へと向かった、それと同時に文の視覚と聴覚を共有させた。
「さて、慧音は中にいるのかどうか・・・。」
眼虫が窓に着地し、室内の様子を覗いた・・・。
「これは・・・まさか、三人で・・・。」
文が目撃したもの、それは予想外な光景だった。