時刻は19時00分。
文は同僚と晩餐会を終えた後、いつもの自宅のシアターで鑑賞会に興じていた。
女教師と男子の情事を、動画再生する準備を進めていた。
データベースには、今日の録画が保存されていた。
文は早速、動画をスタートさせた。
「先生に恋をしてしまうなんて・・・いけない子。」
「先生ッ・・・。」
女教師と男子生徒が、一線を越えて不貞に走るのはこれで二度目だった。
一度目は、男子生徒達が女教師を騙して監禁凌辱し続ける。
二度目は、女教師が男子生徒を誑かし肉体関係を結んでしまう。
寺子屋は、貞操の危機に陥っていた。
「やれやれ、生徒たちの将来が心配ですよ。」
「ええ全く、性の乱れが深刻ね。」
「なに!?ッ」
いきなり声を掛けられ、文は真横を振り向く。
そこには・・・。
「驚かせてしまったかしら?射命丸。」
「十六夜咲夜!?何故ここにッ?」
吸血鬼レミリア・スカーレットの従者でありメイド長。
瀟洒で評判のナイフ使いでもあった。
「あなたが鴉に化けて、女教師と少年を尾行していたのを目撃してね。
十中八九、出歯亀でもしてると思ったら案の定よ。」
咲夜は、文が鴉に化けていたのを見抜いていた。
「・・・何故分かったのです?」
「女教師が、如何わしいことを企んでいたのは様子で分かる。
そして屋根の上で化けて棒立ちしていたのも、式神で内部を観察していたから。
違うかしら?」
「はあ、正解ですよ。流石はメイド長なことで。」
大当たりだった、高い洞察力が有ってのことだった。
「しかし、よく私の自宅まで侵入出来ましたね。
発見されてたら大騒動ですよ。」
「いくら警備が厳重でも時間が止まれば無力よ。
私の時間だけは除いてね。」
咲夜は、時間を操る能力を持っていた。
自分以外の時間を停止させる、人知を超えた破格の能力だった。
どんな防衛も、余りにも非力でしかない。
「つくづく厄介な力ですよ、ここで捕えようにも逃げられる。」
「いくら雲を掴んでも指の間から擦り抜ける。
私が雲で妖怪の山が掌よ。」
結界を張って閉じ込めようにも、その前に逃走される。
文はそう判断した。
「それで、メイド長は私に何の用で?
まさかこの不貞行為を里に広めろと?」
「別にしなくていいわよ、そんなこと。
寺子屋の行く末なんて、私には関係ないわよ。」
咲夜にとって寺子屋は、全く関りが無かった。
あくまで部外者でしかなかった。
「あら、これは意外ですね。
てっきり不正を暴けと吠えると思ったのですが。」
「私にそんな正義感があるとでも?
それにそんなことをすれば、少年が迷走するのは想像できる。
支えを失えば簡単に狂うのは、私自身が知っている。
嫌というほどにね。」
「・・・心中お察しします。」
文は察した、咲夜の過去を。
幼少期からその特異な能力で社会から迫害され、孤独な境遇を生き残ってきた。
縋れるものが自分しかなかった、レミリアと出会うまでは。
十六夜咲夜の名もレミリアから貰ったもので、本名不詳だった。
「まあそんなことは置いといて。
私がここに来たのは、この映像の複製データを貰うためよ。」
「へえ、何のために?」
咲夜が、いわゆるR18映像を欲しがるのは予想外だった。
「私の秘蔵物に加えるためよ、自分だけが楽しむためにね。」
女性と少年のふしだらな関係が目当てだった、メイド長でありながら。
「ほうほう、しかし良いのですか?
紅魔館の皆で楽しまなくても?お嬢様に内緒にしてもいいと?」
「他の皆には見せないわよ、いらない騒ぎになるのは分かり切ってるわ。
小悪魔やメイド妖精が、他所にバラ撒きたがるでしょうし。
それに、お嬢様や美鈴に幻滅されるのは嫌なの。」
咲夜も性的な機微には人並みに意識していた。
「なるほど、それは言えますね。
しかし、あなたもスケベなことには興味津々なのですね。
普段、お堅いイメージに反して。」
「まあ・・・その・・・。
私だって女の子ってことよ、人形なんかじゃないから。」
咲夜は霊夢や魔理沙に比べて大人びており、年上の淑女だった。
ただ10代後半で、まだまだ年頃の乙女でもあった。
紅魔館メンバーの中で唯一の人間の女性であり、最年少の少女だった。
「ふふふ、可愛い所があるのですね。
いつもこんなノリならいいのに。」
「うるさい、メモリは持ってきたから早くコピーしてちょうだい。」
咲夜は照れ臭そうに答える。
内面は年頃の女子らしく、初心だった。
「いいですとも、代金はタダでやりますよ。
やりますとも、んふふ。」
「感謝するわ、射命丸。
それと、このことは二人の秘密にしましょう。
双方にとって都合がいいでしょう。」
二人の密約だった、紅魔勢と天狗勢の奇妙な関係だった。
「勿論ですとも、この件は他言無用です。」
「理解が早くて助かるわ。」
女教師と少年の関係を知るのは、文と咲夜だけだった。
(咲夜に慧音のことは伏せておきましょう。
まあ明かす気など端からありませんが。)
「言っておくけど慧音のことは把握済みよ。
御気遣い感謝と言いたいけれど、一応ね。」
「な・・・なに・・・。」
咲夜は、慧音の内情を把握していたようだった。
文は表情には出さなかったのにも関わらず、心理を見抜いていた。
「と言っても、レミリアお嬢様から下手に探りを入れるなと命令されただけだけど。
ただお嬢様には遠隔思念が送られた、首謀者らしき人物に。」
「ああ、そうでしたか。」
流石の咲夜も、詳細は把握していなかった。
無理もなかったが。
「お嬢様にも警告が送られたのですね。」
「にも?他に送られた者がいるってこと?」
咲夜は疑問を投げかける、自分の主以外にも当事者がいたことに。
「天魔様に送り名不明の手紙が送られたのですよ、慧音には詮索不要だと。
私の上司である、大天狗様にそう伝えられたのです。」
文は自分にも送られたことは伏せていた。
「妖怪の山のトップにも釘を刺せるとは、余程動かれると困るらしいわね。
あなたも口止めされてたりして?」
「・・・。」
的中していた、咲夜の洞察は。
文は俯いて沈黙した。
「無理に答えなくても構わないわよ。
難儀な立場でしょうから、今の新聞記者は。
それに私は、慧音とはほぼ赤の他人でしかないもの。」
「そう言ってくれると助かります、面倒な身の上ですから。」
咲夜の気遣いには、少し救われた。
その後、メモリのデータ移植が完了した。
「さて、用は済んだし帰らせて貰うわ。
手間をかけさせてすまなかったわね。」
「今度訪問するときは、アポありでお願いしますよ。」
「そうさせて貰うわ、それではさよなら。」
咲夜はメモリを確保した途端、消失した。
残像さえも残さず、痕跡は一切無かった。
まるで、この世に最初から存在しなかったかのように。
「時間停止ですか・・・目の当たりにすると不気味ですね。」
文は、時間が停止した認識すら出来なかった。
時の歯車から外れる者だけが、停止した感覚を掴めるという。
「十六夜咲夜、人間が何故ここまでの権能を手にしたのか。
私の想像を超えることがあったのでしょう。」
そう結論付けるしかなかった。
人間の女性が手にすること自体、禁忌の力といっても過言ではなかった。
「さて、色々あったしもう寝ましょう。」
文は、疲労した脳と身体を休息させるために寝た。
慧音の監禁凌辱が始まって10か月。
1月を迎えていた。
真冬が訪れ、肌寒い時期の真っ只中だった。
大晦日が終わり、正月が始まっていた。
文は年末行事を終えて、いつもの鑑賞会を開いていた。
「うっ!出すよ先生ッ!!」
「ぐっ!!ッ」
ブビュッ! ブビュッ! ブビュッ!
「あっ あぁ……。」
ビュクッ! ビュクッ! ビュクッ!
ドムッ
「あッ!今、お腹で動いた!!ッ」
いつもの様に輪姦される慧音だが、もう臨月を向かえていた。
以前よりもお腹が非常に膨らんでおり、胎児はすでに完成しつつあった。
いつ出産してもおかしくはなかった。
「赤ちゃん産まれる?」
ドスッ! ドスッ! ドスッ!
「うあっ…やめっ」
「早く産まれてよ! ホラ! ホラ!!」
グチュッ! グチュッ! グチュッ!
「や…め…ムグッ」
「残り飲んで!」
「んむッ」
ドチュッ! ドチュッ! ドチュッ!
ビュプッ!! ビュググッ!!
ビュルルルゥゥッッー!!
「う゛ごぉッ!!」
少年達は慧音が臨月なのにお構いなしに、中出しと前戯をひたすら強いるのだった。
ただでさえ冷え込む古小屋の中で監禁しながら。
流産することを望んでいたぐらいだった。
真冬にこんな劣悪極まる環境で、慧音が病死しないのも半妖特有の頑丈な肉体のおかげだった。
だがお腹の子までそうはいかなかった。
今日の凌辱を終え、少年らは帰る準備をしていた矢先…。
「まっ 待て!行くな!!今日産まれるッ!!」
「先生ッ…?」
「お前たちも見ただろう!?ッ私の赤ちゃんが動いたところをッ!?それが産まれる証拠だッ!!」
「……先生ッ」
「……どうする?○○?」
「どうしようかッ…?」
少年達は、夜に出産を立ち会うことを決めた。
だが我が子の誕生を望んでなどおらず、ただ出産する現場を見たいだけだった。
「出産の面倒が嫌になって、捨て置いても不思議じゃありません。」
文の予想が、後に的中するのだった。
そして赤子は・・・。
「しかし、そのために飯綱丸様に頼んだのです。
赤子の命だけは救って欲しいと。」
この時は、素直に龍が救ってくれると信じていた。
「ただもしも流産していたとすれば、私が弔いましょう。」
何も罪も無い赤子が、死に追いやられるのは忍びなかった。
だからせめて、自分で供養しようと考えていた。
「こんな父親たちを持ってしまった子は・・・。
自分の運命を呪うしかない、揺るがぬ事実ですから。」
この発言は、約10年後に予言となるのだった。
だが、文の知る由もなかった。
こうして出産日は、刻一刻と近づいていた。
数日後。
時刻は00時00分。
文は自宅で新聞の校正に励んでいた、その最中。
「射命丸文!射命丸文!緊急事態!緊急事態!
至急、本殿前に急がれたし!。」
伝令鴉が、室内に飛び込んだ。
「何ですって?こんな夜に一体・・・。」
文は疑問に駆られるが、急いで本殿に急行した。
本殿前に到着する。
本殿前の正面出入り口には、椛とはたてと伝令鴉が待機していた。
他には、数名の小天狗が到着していた。
文は、空中から地面へ舞い降りる。
「射命丸文、到着しました。」
「待ってたわよ、文。」
「文まで呼ばれるとは、穏やかではありませんね。」
はたてと椛が応じる。
「はたて、椛。いったい何があったの?」
「いやあ、まだ用件は聞かされてなくて・・・。
何が何やら。」
「飯綱丸様の招集だとは聞きましたが・・・。」
はたてと椛は、困惑していた。
事態が切迫していることだけしか分からなかった。
「飯綱丸様直々に?事態は火急ということね。
ただ詳細が分からなければ・・・。」
「緊急任務の内容は、この私が説明いたしましょう。」
本殿出入り口から声をかけられる。
照明をバックに近づいていく声の主は。
「あんた・・・まさか。」
「菅牧典と申します。
飯綱丸様の側近であり、この任務の司令代理を務めさせてもらいます。」
菅牧典。
龍の腹心である管狐だった。
大天狗の右腕といえば聞こえはいいが、実態は狡猾で卑近なる子悪党であり周囲から毛嫌いされていた。
山でも評判が最悪だった。
「・・・何?貴様が代理だと?飯綱丸様はどこにいるのだ?」
椛は露骨に嫌悪感を滲ませる。
「ちょっと辞めなよ・・・椛。
あんなんでも飯綱丸様の側近よ。」
はたては窘める、危機感を募らせて。
「聞こえてますよ、はたてさん。
それに今は揉めてる状況ではないでしょう。
三人仲良く馬鹿丸出しになりたいなら別ですが?」
「・・・つくづく見下げ果てた阿婆擦れだな、女狐が。」
典の嫌味に、椛は敵意を隠さない。
すでに剣呑な空気が充満する。
「イヌ科同士のいがみ合いは後にしましょう。
早く説明を。」
文は呆れつつ話を進める。
「ええ、そうですね。
まず飯綱丸様についてですが、別件がどうしても外せないとのことで不在です。
ですから私が代理を務めることが決定しました。」
文は龍の別件に関して触れないでおいた、本題ではないからだ。
「まず任務の説明をしたします。
人里から真東のエリアに突如、姑獲鳥が出現しました。
姑獲鳥は、原因不明の暴走状態に陥っており極めて危険な状態です。このままでは、里に多大な被害が増加し続ける可能性が高いです。
そこで射命丸文、姫海棠はたて、犬走椛の三名に姑獲鳥の討伐命令が下されたのです。」
姑獲鳥。
幻想郷では中級妖怪に属する種族だった。
しかし、異変で関わることが少なく地味な妖怪だった。
「霊夢や魔理沙ではなく我々天狗が請け負うことになるとは。
何故そんなことに?」
椛が質問を投げかける。
「人間の英雄たちに任せるばかりでなく、天狗勢の威信を知らしめるべきだと我が主は天魔様に提案したのです。
それに地底の騒動止まぬ状況で、英雄の負担が大きすぎると判断したのです。」
龍の霊夢たちへの気遣いだった、それだけではないが。
「なるほど、事態は把握出来ました。
一刻も早く現場へ急行し、片付けましょう。」
文は事態を飲み込み、承諾した。
里人の犠牲者を生まないためにも。
「話が早くて助かります、射命丸文。
使い魔の鴉に案内させますのでお急ぎください。
では、皆様の健闘を祈ります。」
「司令代理、今日の大役期待します。」
文が一礼して応える。
「射命丸文に期待していただけるとは光栄の至り。
最善を尽くしましょう。」
典は鴉を寄こし、一礼する。
・・・あくまで表向きの態度でしかないが。
(・・・クソ、駄文製造機が龍様に媚び諂うなど生意気な。
さっさと手羽先になればいいものを・・・。)
典は内心、文を侮蔑する。
(取り繕っても丸わかりよ、下女が。
三下腰巾着には、薄っぺらい欺瞞がお似合いよね。
かちかち山の狸と一緒に、お鍋の具にでもされてりゃいいものを。)
文もまた、典を心底蔑んでいた。
水面下で、女同士のドロドロとした情念が渦巻いていた。
その後、三人の天狗は戦闘装束に身を包み現場へ急いだ。
山の威信と名誉を背負い、誇りを賭けて。
そんな三人を典は見届けた。
「これで良かったんですよね、飯綱丸様・・・。」
文、はたて、椛の三人は現場へと突入する。
距離は800m、600、400、200へ。
「山林が燃えている・・・。これも姑獲鳥が?」
三人は上空から現場を見下ろす。
辺り一帯が火の海と化していた、広大な山火事が引き起こされた。
火災範囲は、半径300mは超えていた。
「噓でしょ・・・ここまで焼き払うなんて。」
「姑獲鳥がそこまで出来るとは、だから私達が呼ばれたのか。」
はたてと椛は呆気に取られる、予想外の事態に。
「確かに並みの天狗には任せられませんね、ここまで力量があるとは。
まあ、何故ここまで強いのかは置いといて。」
文は即座に覚悟を決める、長年の経験がそれを可能にする。
「やりますよ、ここで!」
「勿論よ!」
「言われるまでもない!」
三人は吶喊する、現場の中央へ。
そこには姑獲鳥がいた、報告通り暴走していた。
目に映るもの全てを、火炎放射で焼き尽くしていた。
周囲を、生物が生息できない灼熱地獄に変えて。
その威容は、全長5mを超える大怪鳥だった。
炎を滾らせる巨大な嘴と、岩石をも砕く鋼の爪を誇示していた。
一枚一枚の羽根は、赤く輝いていた。
まるで不死鳥の如く、紅蓮の世界を誕生させていた。
血に濡れた目が三人の天狗を捕捉する、そして紅蓮の翼を翻し飛翔した。
天空にて、文の旋風が炸裂する。
姑獲鳥の爆炎羽根が、天狗達に特攻する。
両者の技が激突する。
ドゴオオオオオオンッ!!!
凄まじい爆発音と共に、激戦の火蓋は切って落とされた。
時刻は、00時40分。
戦いは終わった。
文達は勝利した、見事姑獲鳥を討伐してみせた。
だが結果は辛勝で、はたてと椛は多数の負傷を負っており装束は血で汚れボロボロに破れていた。
まるでボロ雑巾のような、いで立ちだった。
文も無傷とはいかず複数の負傷を負わされ、装束も破損していた。
右腕の骨もヒビが入っていた。
「うお~ん・・・全身が痛い~死んじゃう~。」
はたてが嘆く、疲労と負傷で精魂が尽きかけていた。
「でも以前、文から追いかけ回されていた時よりは余裕があるわね・・・。」
椛もはたて程ではないがかなり負傷しており、立つのが辛い状態だった。
愛用の大刀と盾の破損が、悪戦苦闘の後を物語っていた。
「うひ~・・・椛の鬼~。」
「白狼です・・・。」
椛は、冷静なツッコミで返すが声に力が無かった。
「皆辛いということですね、まあ・・・私もですが。」
文も、右腕の負傷の痛みで流石に堪えていた。
姑獲鳥に奥義を叩き込んだ直後、拡散する羽根による爆撃が右腕に直撃したのだ。
予想外の反撃に、腕が捥げて吹き飛ばなかったのは幸いだった。
妖力によるガードのお陰だった。
「本当に良かった・・・文の怪我がこの程度で済んで・・・。」
はたての目に涙が滲む、本気で心配していた。
戦いで圧し潰されていた感情が込み上げていた。
「大袈裟ですよ、はたて。さあ帰還しましょう。」
「そうですね・・・今回は久々に消耗しました。」
文と椛ははたてを抱えながら、空中へと飛び帰還した。
その後、典への任務完了報告を終わらせた。
そして三人は治療を終えて、妖怪の山に開設された温泉へと向かうのだった。
時刻は1時00分。
文達は、温泉の薬湯ゾーンで入浴していた。
今の温泉は、三人の貸し切りのような状態だった。
「はあ~生き返る~、灼熱地獄から極楽浄土だわ~。」
はたては、気を取り直し呑気に湯船に浸かる。
「しかし効果が凄いですね、この薬湯。もう傷が治りかけている。」
椛が、薬湯の効能に驚嘆する。
この薬湯は天狗と河童の研究班が共同開発した薬液が使われており、妖力を活性化させる効果があった。
温泉の成分の相乗効果によって驚異的な回復速度を誇り、妖怪の山では重宝されていた。
あくまで妖怪用であり、人間には逆効果だが。
「私の右腕の傷もあと少しで完治しますよ。
この温泉と研究班には感謝といったところです。」
文の負傷もあと数時間で完治できた。
典の計らいで、この温泉が無料で利用できたのは幸運だった。
「あの女狐がこんな気配りをするとは・・・。
何かの陰謀でなければいいのですが。」
「まあまあいいじゃないの、有難く利用させて貰えれば。
それにあの子も下手に計略はしないと思うわよ。」
典は性悪なものの、山の関係者には一応敬意を払う分別はあった。
申し訳程度に。
「確かに飯綱丸様の側近ですし、それはまあ。」
「それより気になるのは、何故姑獲鳥が暴走したかってとこよ。」
はたてが話題を変える。
姑獲鳥が暴走した原因は、結局説明されずに終わった。
典は最後まで話さなかった。
「それは気になってました、あんな事態は滅多にないですから。」
椛も引っかかっていた。
「そういえば、姑獲鳥は母親が我が子を失った悲憤と怨恨から誕生した妖怪でしたね。」
文は姑獲鳥の特徴を解説する、過去に交戦したことが何度かあった。
「ということは・・・人里か農村で我が子を失った母親がいて。
その慟哭に影響されて暴走したってこと?」
「そんな都合よく子が失われるなんて・・・と言いたいところですが。
私もそれ位しか考えが及びません。」
椛は、はたての意見を肯定する。
「誰かがわざと暴走させた線もあるけど、動機がイマイチ浮かばないというか。
地底の残党が引き起こしたなら、痕跡が発見されるし。」
「特捜班が姑獲鳥の遺体を解剖したけど、洗脳された痕跡が無い辺りその線は無さそうです。」
はたてと椛が話し込んでいる中、文はあることに思考を巡らせた。
(慧音の出産日はいつ来てもおかしくない。
少し前に出産したとして・・・まさか流産してそれが姑獲鳥の暴走に繋がった?
だが飯綱丸様が対応を約束してくれた、慧音を捨て置くはずがない。)
もしも数時間前が出産だとしたらの話だが、あり得なくは無かった。
慧音は臨月でいつ産まれてもおかしくなかった。
「何故、飯綱丸様は典に代理をさせたのでしょうね?」
文は疑問を投げかける。
「言われてみれば不思議よね、他の大天狗に司令を任せることだって出来たはず。」
「外せない用事というのも気になります、地底過激派の残党は小康状態ですし。」
はたても椛も見当が付かなかった、腑に落ちなかった。
「何か飯綱丸様に大事が無ければ良いのですが・・・。」
文は龍を心配する、自分の頼みが仇にならなければと願う。
「何言ってるのよ~飯綱丸様にそんなことある訳ないでしょ。
私たちの上司で尊敬される先輩よ。」
「気を使いすぎですよ、文。
心が参ってしまってますよ、最近の激務で。」
はたてと椛にとっても、龍は信頼する上司だった。
「・・・そうですね、私の考えすぎでした。
もう寝ます、では。」
「おやすみ~、文。」
「また明日会いましょう。」
文ははたてと椛に別れを告げて、温泉施設を去った。
「古小屋の録画を鑑賞するのは、寝てからにしましょう。
流石に身体が持たない。」
自宅へ直帰し、そのまま就寝してしまったのだった。
だが事態は、文が予想の出来ない局面を迎えていたのだった。