※この作品はR-18です。

濁った宝石   作:湖畔R

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第12話 制服の下の二日間

 鏡の中に、いつもの遠坂凛を完成させる。

 

 それが月曜の朝、最初に越えなければならない関門だった。

 

 目の下の隈へコンシーラーを薄く重ねる。腫れの残る唇には、傷を強調しない色だけを置いた。髪を梳き、赤いリボンを左右同じ高さに結び、制服の白い襟を指先で整える。

 

 立っているぶんには、いつもと変わらない。

 

 けれど、スカートの下では新しいオムツが腿の付け根へ触れ、その内側で貞操帯が冷たく腰を囲んでいる。

 

 玄関に吊した布へ芳香剤を一度だけ吹き、その前を制服姿で通る。強すぎる香りは、桜なら必ず不審に思う。隠すためのものが、隠している証拠になってはいけない。

 

 ぐいん……。

 

 膣の奥に固定されたバイブが、起きていることを思い出させるように低く身を震わせた。間を置かず、クリトリスへ押し当てられたローターも、ぶるる……と細かく唸り始める。

 

 たぷん、と腹の底で重いものが揺れた。

 

 公園で注ぎ込まれた精液は、洗い出すことさえ許されないまま体内に残っている。バイブが膣壁を押すたび、その隙間から白濁がぬるりと漏れ、新しいオムツへ熱を移した。

 

「……っ」

 

 凛は洗面台へ両手をついた。肩を上げず、鼻から四つ数えて吸い、六つ数えて吐く。鏡の凛まで苦しそうな顔をしては駄目だ。

 

「学校へ行くだけよ」

 

 唇を動かすと、ひり、と痛んだ。

 

「授業を受ける。誰にも気づかれない。終わったら一人で帰る。それだけ」

 

 口にした三つのことだけを見る。昨夜を考えない。鍵を持つ男も、残された映像も、正体の見えない魔術師も、いまは鏡の外へ押し出す。

 

 スカートを撫で下ろし、凛は背筋を伸ばした。

 

   ◇

 

 校門には、士郎と桜が並んでいた。

 

 朝の生徒たちが二人の左右を流れていく。その中で凛を見つけた士郎は、一歩踏み出しかけ、目に見えて肩から力を抜いた。

 

「遠坂。来たんだな」

 

「来るって言ったでしょう」

 

 いつもの速さで返せた。歩幅も崩れていない。

 

「ああ。でも、連絡が短すぎる。『大丈夫』だけじゃ分からないだろ」

 

 責める声ではなかった。昨夜から待っていた時間が、その一言に滲んでいる。

 

 胸の奥が痛むより先に、桜が凛の正面へ回った。近い。凛は自然に見えるぎりぎりの幅だけ、顎を引く。

 

「姉さん、おはようございます。来てくださって、安心しました。でも……唇、少し痛そうです」

 

 桜の視線が色を置いた箇所へ止まる。

 

「熱いコーヒーで火傷したの。研究しながら飲んでいたら、手元が狂ってね」

 

「姉さんが、ですか?」

 

「私だって火傷くらいするわよ。寝不足だっただけ。魔力の流れも落ち着いているし、もう平気」

 

 すらすらと出た嘘の最後へ、器具が割り込んだ。

 

 じわぁ、とバイブの内側から媚薬が滲む。直後、ぐいんっ、と膣内を抉るような振動が一段強くなり、ローターまで、ぶるるっ、と尖った刺激を刻んだ。

 

 凛は鞄を持ち替え、その動きに紛らせて膝を寄せた。

 

「遠坂?」

 

「何でもないわ。行きましょう」

 

 士郎の右手が鞄へ伸びかける。

 

「鞄、持とうか」

 

「必要ないわ。病人扱いしないで」

 

「病人じゃなくても、持つくらいする」

 

 真っ直ぐな目だった。ここで声を強くすれば、心配を確信へ変えてしまう。

 

「だったら、遅刻しないよう先に歩いて。ほら、桜も」

 

 凛が先に足を出すと、士郎は納得しない顔のまま隣へ並んだ。桜は反対側へ来る。凛は二人の間に立ちながら、桜との距離を半歩だけ広く取った。

 

 風向きが変わる。

 

 香りの奥から、オムツに吸われた精液の生臭さを嗅ぎ取られないか。隣を見ることもできず、凛は前を行く生徒の踵だけを追った。

 

「姉さんと先輩、やっぱりお似合いですね」

 

 沈みかけた空気を持ち上げるように、桜が微笑む。

 

「そうか?」

 

 士郎は困った顔で頭を掻いた。

 

「何よ、その返事」

 

「いや、嬉しいけどさ。朝の校門で言われると照れるだろ」

 

「先輩、顔に出ています」

 

「桜までからかうなよ」

 

 いつもの三人。何も知らず、何も変わっていない朝なら、凛も笑って士郎の脇を小突いていたはずだ。

 

 けれど指一本ぶん近づけば、制服の下の振動まで伝わる気がした。

 

「ほら、馬鹿言ってないで急ぐわよ」

 

 凛は笑う代わりに二人を急かし、一歩だけ先へ出た。

 

   ◇

 

 教室では、椅子へ深く座らないことにした。

 

 浅く腰掛け、背筋を伸ばす。教科書を開き、教師の声を拾い、黒板の式を一行ずつノートへ移す。そこまでなら、普段の遠坂凛でいられた。

 

 腿だけが、すでに細かく震えている。

 

 ぐいんっ……ぐいんっ……。

 

 バイブの周期が変わった。ゆっくり奥を押す振動が来るたび、ペン先が紙の上でわずかに止まる。三度目には一画が大きく跳ねた。

 

 凛は誤字へ二重線を引いた。何でもない訂正の顔を作り、鼻から細く息を吐く。息を止めれば声は防げるが、肩が強張る。机の下では靴の爪先を床へ押しつけ、腰が前へ逃げないよう支えた。

 

 ぶるるるっ。

 

 今度はローターが強くなる。クリトリスだけを執拗に擦る振動と、膣の内側を押し広げるバイブが重なった。

 

「ぁ……っ」

 

 喉の奥から零れた声を、咳払いで潰す。

 

 前の席の生徒が振り向いた。

 

 凛は眉を上げ、黒板を顎で示した。相手は授業中だと思い出したように前へ戻る。

 

 見られた。けれど、まだ声の意味までは知られていない。

 

 ぶるっ、ぶるるっ。ぐいんっ。

 

 媚薬で熱を持った膣が、意思とは無関係にバイブへまとわりつく。びくびくと痙攣が走り、体内の精液が押し出されて、ぐちゅっ、と貞操帯の内側を伝った。

 

「ん、く……っ」

 

 凛は机の縁を強く握る。爪が白くなる。頭の奥が霞み、教師の説明が遠ざかる。それでも身体を反らさない。膝を開かない。甘い波に意味を与えない。

 

(こんなもの、私の気持ちじゃない)

 

 短い絶頂が下腹を締め上げた。

 

 オムツの内側へ、ぬるっ、と白濁と愛液が溢れる。熱い湿りが広がっても、制服のスカートは一ミリも動かさない。

 

 ぐいん……。

 

 深い震えがようやく弱まったところで、休み時間の鐘が鳴った。

 

 椅子を引く音と話し声が一斉に教室を満たす。

 

 凛は指を一本ずつ机から離し、何事もなかったようにノートを閉じた。

 

「おう、遠坂」

 

 机へ片手をついたのは、美綴綾子だった。

 

「この前休んでたじゃん。風邪か? それとも衛宮と遊びすぎた?」

 

「朝から下世話ね。心配して来たなら、素直にそう言えば?」

 

「してないって。衛宮がうるさかったから、生存確認」

 

 いつもの歯切れのよい軽口に、凛も肩を竦めて返す。

 

「確認できたでしょ。ほら、動いてる」

 

「口も減ってないな」

 

 美綴は笑った。だが、そのまま去らず、凛の顔色をもう一度見た。

 

「……元気そうでよかったけどさ。やっぱ顔色、悪いぞ」

 

「寝不足って顔に書いてある?」

 

「書いてある。達筆で。唇も切れてるし」

 

 桜と同じ場所を見ている。

 

 凛は唇を舐めそうになり、直前で止めた。

 

「今日は早く寝るわ。それで満足?」

 

「本当に一人で帰れる? 放課後、途中までついてこうか」

 

「いらないわ。今日も部活でしょう」

 

 即座に切ってから、凛は目元だけを緩める。

 

「ただの寝不足よ。大げさにしないで」

 

「部活より、倒れそうなやつの方が先だろ」

 

「倒れないわ」

 

 廊下から美綴を呼ぶ声が飛んだ。

 

「美綴、先生が探してるぞ」

 

「今行く。……遠坂、ほんとに無理すんなよ」

 

「分かったってば」

 

 美綴は深刻さを残さない足取りで教室を出た。けれど、扉を抜ける直前に一度だけ振り返った。

 

 凛は教科書へ目を落としたまま、その視線が去るのを待つ。

 

 唇を桜に見られた。鞄を士郎が持とうとした。顔色を美綴に見直された。ひとつずつなら、まだごまかせる。

 

 だが、ごまかしが増えるほど、誰かが点を線で結ぶ可能性も増える。

 

 その線の先だけは、士郎にも、桜にも、美綴にも見せられなかった。

 

   ◇

 

 放課後の鐘と同時に、凛は教科書を鞄へ収めた。

 

 オムツは朝より重い。尿と、器具の隙間から漏れ続けた精液が吸収体の中で混じり、立ち上がると、ぐちゅっ、と湿った面が腿へ擦れた。

 

 隠しきれない生臭い匂いが、自分にも分かるほど強くなっている。オムツを交換すれば少しはましになる。けれど、もう帰るだけだ。学校のトイレで手間取るより、真っ直ぐ帰った方が早い。

 

 凛はそう決め、教室を出た。

 

 廊下では走らない。背筋を曲げない。小さな歩幅でも、寄り道する生徒よりは速く昇降口へ向かう。

 

「遠坂」

 

 校門の手前で呼び止められた。

 

 振り返ると、士郎の少し後ろに桜もいる。

 

「一緒に帰るか? 家まで送るよ」

 

 頷けば、士郎の歩幅に合わせなければならない。桜もすぐ隣へ並ぶ。風向きが変わるたび、二人との近い距離で精液の匂いを隠し通せる自信はなかった。

 

「ごめん。急用があるの」

 

「朝は、終わったらすぐ帰るって言ってただろ」

 

 嘘を覚えている。そのことが嬉しくて、いまは困る。

 

「予定なんて変わるものよ。済ませたら帰って寝るわ。アンタは桜と帰って」

 

「姉さん。でしたら、わたしも途中まで――」

 

「大丈夫。二人とも心配しすぎ」

 

 桜が口を閉じる。士郎はなおも凛の顔を見ていたが、やがて小さく息を吐いた。

 

「……分かった。でも、家に着いたら連絡しろ」

 

「ええ」

 

 凛は二人が進む方とは反対側へ歩き出した。

 

 背中へ刺さる視線に振り返らず、街角まで歩く。建物の陰へ入った途端、堪えていた呼吸が漏れた。

 

 ぐいんっ、ぐいんっ――ぶるるるっ!

 

「あっ……!」

 

 凛は電柱の陰へ逃れ、片手をついた。腰を引けばバイブが奥を擦り、前へ丸まればローターがクリトリスへ食い込む。逃げる方向がない。

 

「ぅ、んっ……や、め……っ」

 

 聞く者のいない拒絶を歯の間から絞る。

 

 ぐいんっ。ぶるるっ。

 

 短い絶頂が腿を震わせ、ぐちゅ、ぬるっ、と精液と愛液がオムツの内側へ溢れた。吸収体の端まで熱が滲む。

 

 ここで座り込むことはできない。士郎が気を変えて追ってくるかもしれない。桜なら、姉を一人にしたことを気にして戻るかもしれない。

 

「家まで帰るのよ……自分で」

 

 凛は電柱から手を離した。呼吸が戻るより先に、もう一度歩き出した。

 

   ◇

 

 次の日の朝、凛は工房を出る前に棚の前で足を止めた。

 

 並んだ石の中から、普段なら学校へ持ち込まない高純度の宝石を一つ選ぶ。赤い石の内部には、溜め込んだ魔力が曇りなく沈んでいる。

 

 封を施したまま、布で包み、鞄の底へ入れた。

 

 使う場面が決まっていない以上、切り札を見せる理由もない。ただ、媚薬と疲労に削られた身体で何か起きれば、術式を一から組み上げる余力は残っていない。即座に使える手段を、ひとつでも手元へ置いておきたかった。

 

 鞄を閉じる。

 

 制服の下から、ぶるる……とローターが低く応えた。

 

   ◇

 

 三時間目の体育を前に席を立った瞬間、視界が暗くなった。

 

 凛は机へ手をつき、倒れ込む前に眩暈をやり過ごす。視界が戻っても、更衣室で貞操帯を隠しながら着替える余裕はない。

 

 体操服を持った生徒たちの後ろから、凛だけが制服のまま運動場へ出た。

 

 入口で待っていた体育教師は、凛の顔色と服装を交互に見る。

 

「遠坂。今日は見学してなさい。顔色が悪い」

 

「……ありがとうございます」

 

 事情を聞かれるより先に命じられたことだけは、幸運だった。

 

 準備運動の列から離れ、運動場の端のベンチへ向かう。浅く座れば不自然に背筋が伸び、深く座ればバイブとローターを押しつける。凛は身体を少し斜めにして腰を下ろした。

 

 オムツの内側は、すでに湿っている。

 

 風が吹くたび髪を押さえるふりをし、近くを通った生徒の表情を盗み見る。鼻をひくつかせる者はいない。

 

 ぐいんっ……ぶるるっ。

 

「……っ」

 

 不意の作動に腿を閉じる。腰を浮かせかけたが、かえって目立つ。ベンチへ押し戻すと、ローターが押し潰され、ぶるるるっ、と震えが骨へ響いた。

 

 凛は俯き、ローファーの先で砂へ一本の線を引く。息を吐くあいだだけを耐える。次の息を吸い、また吐く。

 

 波が弱まったとき、少し離れた場所から男子生徒の声が聞こえた。

 

「なあ、最近の遠坂、なんか雰囲気変わったよな」

 

「分かる。休み明けから妙に色っぽいっていうか」

 

「前は目が合っただけで凍りそうだったのにな」

 

「今も睨まれたら怖いって。けど顔も赤いし、誰かと何かあったんじゃね?」

 

 押し殺した笑い。ちらり、ちらりとこちらを向く視線。

 

 彼らが見たのは欠席と、悪い顔色と、ベンチで腿を閉じた姿だけだ。それ以上は勝手な憶測にすぎない。

 

 そう切り捨てたいのに、制服の下では、ぶるっ、と器具がまだ震えている。

 

 安全なはずの学校で、秘密の輪郭が外側からなぞられ始めていた。

 

(大丈夫。私は、何も変わってない)

 

 心の中の反論は、男子たちではなく自分へ向いていた。

 

   ◇

 

 休み時間、凛は女子トイレの一番奥の個室へ入った。

 

 扉を閉めて鍵を二度確かめる。鞄をフックへ掛け、スカートを腰までたくし上げた。

 

 濡れて重くなったオムツのテープへ指を掛ける。片側ずつ剥がし、足首まで下ろす。金属の貞操帯へ縁を引っ掛けないようにするだけで、汗が額へ浮いた。

 

 白濁が腿の内側を糸を引いて伝い、膝へ向かう。

 

「……早くしないと」

 

 トイレットペーパーを厚く巻き取り、貞操帯の縁を拭く。次に腿を拭い、濡れた紙を便器へ落とした。

 

 膣内のバイブは外せない。

 

 金属の隙間から指を入れ、根元を少しだけ押し上げる。押された膣壁とバイブの間から、まだ残っていた精液が、ぐちゅっ、ぬるっ、とまとまって溢れた。便器の水へ白い筋が落ちる。

 

「ねえ、なんか臭くない?」

 

 洗面台の方から、女生徒の声がした。

 

 凛の手が止まる。

 

「トイレなんだから、そりゃ臭うでしょ」

 

「そういうのじゃなくて。なんか生臭いっていうか……」

 

「掃除の洗剤じゃない?」

 

 まだ断定されていない。どの個室かも分かっていない。

 

 紙をもう一度取り、拭き終えて、新しいオムツを穿く。それだけでいい。

 

 凛がペーパーホルダーへ手を伸ばした、その瞬間。

 

 ぐいんっ、ぐいんっ――ぶるるるるっ!

 

「あっ……!」

 

 膝から力が抜けた。

 

 便座へ腰が落ちる。足首まで下がったオムツをそのままに、凛は反射的に両膝を閉じた。だが、ローターはむき出しのクリトリスへ密着したまま、閉じた腿に押し込まれて振動を強める。バイブも奥で精液を掻き回した。

 

 ぐちゅっ、ぬちゅっ、ぐちゅっ。

 

 湿った音が狭い個室の壁へ跳ね返った。

 

 外の会話が止まる。

 

「……今の声、何?」

 

「誰かいるよね」

 

「まさか、学校でしてるとか?」

 

「やだ。誰よ」

 

「んっ、ぅ……!」

 

 凛は左手で口を塞ぎ、右手で貞操帯の金属板を押さえた。けれど振動は逃げず、押さえたぶんだけ身体の内側へ尖って返る。

 

 ぐいんっ。ぶるるるっ。

 

「ふ、ぅっ……んんっ!」

 

 絶頂が下腹から背骨を駆け上がる。膣がびくびくとバイブを締め、残った精液をさらに外へ押し出した。

 

 足音が一つ、個室の前へ近づく。

 

 扉の下には、凛のローファーが見えている。その周りには、足首まで下がったオムツまである。

 

(駄目。見られる)

 

 絶頂の余韻で指が震える。

 

 汚れを完全に拭いている時間はない。凛は濡れた紙を便器へ落とし、オムツを一息に引き上げた。湿った面が腿へ貼りつく。テープを留め、スカートを下ろす。

 

「大丈夫ですか?」

 

 扉一枚の向こうから声がした。

 

 凛は口を開く前に、呼吸を三度だけ整えた。それでも声は掠れる。

 

「……ええ。少し、気分が悪くて」

 

「先生、呼びます?」

 

「必要ないわ。もう平気」

 

「でも……」

 

「本当に平気よ。ありがとう」

 

 足音が半歩離れた隙に鍵を開ける。

 

 洗面台の前には二人の女生徒がいた。一人は心配そうに、もう一人は凛の制服から個室へ視線を往復させている。

 

 凛は顔を上げず、水で手を洗い、口元を濡らした。

 

 鏡の中の頬は赤い。目も充血している。けれど、それがいまだけは体調不良という嘘を支えてくれた。

 

「保健室、行った方がいいんじゃない?」

 

「次の授業までには戻るわ」

 

 短く答え、二人の間を抜けてトイレを出る。

 

 秘密は守れていない。

 

 ただ、確定される前に逃げただけだ。

 

   ◇

 

 放課後、凛は制服のまま校門へ向かっていた。

 

 鞄の中で、連絡用スマホが震える。

 

 足を止めずに画面を確かめると、短い文と住所が表示されていた。

 

『制服のまますぐ来い。今度はちゃんと外してやる』

 

「外す……」

 

 住所を地図へ入れる。示されたのは、駅から遠くない雑居ビルの一室だった。

 

 あの店の夜にも、同じ言葉を信じた。

 

 外されたのは一瞬だけ。その直後、媚薬のタンクを付けた、もっと悪い器具を膣へ押し込まれた。

 

 だから罠だと分かっている。信じられる要素など、ひとつもない。

 

 それでも、腿に残る湿りが現実を急かす。体育で聞いた男子の噂。女子トイレで止まった会話。扉の下へ迫った足音。

 

 次は、声だけでは済まない。

 

 映像も相手の手に残っている。学校へ行くたび、士郎や桜の隣へ立つたび、何も知らない二人まであの男たちの指先へ近づいていく。

 

 鞄を握る指へ力が入る。底には、朝入れた高純度宝石がある。

 

 相手に鍵を外させる。

 

 器具を抜くために警戒が緩んだ瞬間、封を解く。部屋ごと制圧する。男たちを一人残らず動けなくして、鍵と映像の所在を吐かせる。

 

 それでも止まらないなら――全員を殺す。

 

 頭に浮かんだ言葉は、驚くほど冷たかった。

 

 普段の自分なら、敵の人数も配置も退路も分からない場所へ、そんな計画だけで踏み込まない。別の罠を疑い、いくつも手段を比べ、勝てる形を作る。

 

 だが、漏れ続けた媚薬と疲労は、比べるための余白から削っていた。

 

 待てば学校で露見する。逃げれば映像が士郎へ届く。従えば、また次が来る。

 

 力で終わらせる道だけが、異様なほど鮮明に見える。

 

(簡単に外させられるなら良し、そうでなく弄ばれるだけなら――もう手段は選ばない)

 

 希望ではない。損失を比べた末の選択だ。

 

 そう自分へ言い聞かせ、凛は制服のまま校門を出た。

 

   ◇

 

 夕方の人波を抜け、指定された道へ曲がる。雑居ビルの看板が、色の褪せた飲食店の看板に挟まれて見えた。

 

 階段を上るたび、鞄の底の石が腿へ当たる。スカートの下では、貞操帯に押さえ込まれたローターが、ぶる……と低く震えていた。

 

 地図の終点は、薄暗い廊下のいちばん奥を示している。

 

 扉の前で立ち止まる。

 

「外す」という同じ言葉を信じているわけではない。

 

 けれど、今度の鞄には高純度の宝石がある。

 

 凛は右手で鞄の持ち手を握り、左手を伸ばした。

 

 そして、雑居ビルの一室の扉へ手を掛けた。

 

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