「あんた……これを外して。話はそれからよ」
遠坂凛はベッドの端に手をつき、震える膝を押して立ち上がった。
じゃら、と首輪の鎖が床を擦る。二歩目でぴんと張り、それ以上は進めない。下腹は大量の精液で妊婦のように膨らみ、貞操帯に固定された極太のバイブが膣の奥を圧迫している。太腿にも、腹にも、胸にも、見知らぬ男たちが刻んだ正の字が黒々と残っていた。
肩に掛けられていた男物の上着は片側がずり落ち、辛うじて胸元を覆っているだけだ。それでも凛は背筋を伸ばした。
向かいのソファでは、ガウン姿の資産家が葉巻をくわえている。男は鎖に阻まれた凛を見ても腰を上げず、細く長い煙を天井へ吐いた。
「聞こえなかった? 首輪も、貞操帯も、その中のものも外しなさい。ここがどこか、誰の指示で私を運んだのかも話してもらうわ」
「その状態でも命令形を崩さない」
穏やかな声だった。叱責でも嘲笑でもなく、出来のいい美術品を眺めるような響きが、かえって凛の肌を粟立たせる。
「やはり君は美しく、強いね。私は魔術のことはほとんど分からないが、知り合いによれば、君はその世界でも飛び抜けて優秀らしい」
知り合い。
凛は疲労に霞む頭の中で、その一語だけを掴んだ。
「誰よ、その知り合いって」
「今は私の話をしているんだよ」
資産家は葉巻を灰皿へ置き、膨らんだ下腹から正の字を辿るように凛を見た。
「そんな君が、犯され、中も外もザーメンまみれになり、浮浪者のペニスを舐め、痴漢され、最後には便器として使われる。妊婦のようにお腹を膨らませ、鎖で私の前に繋がれている。……興奮したよ。その姿を見ることは、何物にも替えられない快楽だった」
「……っ! ふ、ふざけないで……!」
怒鳴り返した拍子に腹へ力が入り、膣の奥で精液がたぷん、と揺れた。押し込まれた極太のバイブが内壁へ食い込み、凛は息を詰める。
男はその反応さえ慈しむように目を細めた。
「君の中には、素性も知らない男たちのものが残っている。ひょっとしたら、妊娠しているかもしれない」
「黙りなさい」
「その不確かさを、君はこれから一人で考え続けるんだ」
「黙れっ!」
鎖を引き千切るつもりで踏み出す。首輪が喉へ食い込み、がしゃん、と金具が鳴った。だが鎖は伸びず、資産家まであと数歩という距離を埋められない。
考えないようにしていた。
確率も、時間も、誰の精液がどれだけ残っているかも分からない。だから、判断材料がないものを恐れても仕方がないと切り捨ててきた。
けれど、妊娠という言葉を他人の口から形にされた瞬間、腹の重みが別の意味を持ってしまった。
(嫌……。そんなこと、あるはずがない。まだ何も確定してない)
遠坂の血。受け継いだ魔術回路。それを見知らぬ男たちの精液が満ちた腹と結びつけて想像した途端、喉の奥から酸っぱいものが込み上げる。
凛は唇を噛み、震えを怒気で塗り潰した。
「脅したいなら、もう十分でしょう。私をここへ置いておく意味はないわ。これを外して、服と鞄を返して。映像も全部消しなさい」
「いや、ここからだよ」
資産家は、駄々をこねる子供へ言い聞かせるように微笑んだ。
「しばらくはその部屋で暮らすといい。必要なものは揃える。君が帰れるとは言っていないが、不自由はさせないつもりだ」
「しばらくって、何日よ」
返事はない。
「ここはどこ? 私をどうするつもり?」
資産家は答えない。ただ葉巻を取り上げ、赤い火を眺めている。
「答えなさい!」
凛はもう一度鎖を引いた。首輪が気道を狭め、声が掠れる。長さが足りない。指先を伸ばしても、男にも、テーブルにも届かない。
「お願い……外して……帰して……。士郎が……私が戻らなければ、きっと――」
その名を口にした途端、資産家の右手が動いた。
無視されたのだと理解するより先に、男の指がテーブルのリモコンへ触れる。
かちり。
ぐいんっ……ぐいんっ……ぶるるるっ……!
「あっ、あぁっ!?」
停止していた極太のバイブが、いきなり強く脈動した。太い先端が膣の奥から子宮口を抉るように震え、満ちた精液をぐちゅん、と押し上げる。
「やっ……止め、て……! 話を……っ、聞きなさ……あっ!」
膝が折れた。鎖に首を引かれながら両手を床へつき、凛は辛うじて転倒を堪える。
ぐいんっ、ぐいんっ――ぶるるるるっ!
腹の内側から圧迫感と快感が同時に膨れ上がる。逃れようと腰を引けば、貞操帯が股へ食い込み、極太のバイブがさらに深い角度で奥を押した。
「んあっ! 駄目、そこ……っ、やぁあっ!」
最初の絶頂が下腹を突き抜けた。
びくんっ、と身体が跳ね、鎖が鳴る。締めつけた膣がバイブの根元へ精液を押し戻し、逃げ場を失った白濁が貞操帯の隙間からプシュっ、と噴いた。熱い筋が太腿を伝い、床へぽたぽたと落ちる。
「違う……っ、こんなの、私が……望んで……っ」
言い切る前に振動が一段跳ね上がる。
たぷん、たぷん、と膨れた腹の奥が揺れた。視界が白く弾け、戻りかけたところへ次の波が重なる。
「あっ、あぁあっ! また……っ、んああっ!」
なんども絶頂する。身体が跳ねるたび首輪と鎖ががしゃっ、がしゃん、と鳴り、漏れた愛液と精液が膝を濡らした。床についた腕から力が抜け、凛は這うようにベッドへ手を掛ける。
「止め……なさい……っ……!」
極太のバイブが奥で震えるたび、腰が勝手に浮く。最後には腹からベッドに崩れ落ちる。濡れた腿を擦り合わせたまま、凛は痙攣した。
「んあっ……いく……また……っ!」
長い波がようやく遠ざかる。
凛はシーツを掴み、荒い息の合間に顔を上げた。
資産家の姿はもうなかった。
「……待ちなさい」
ソファには葉巻の煙だけが薄く残っている。
「戻って……答えなさい!」
返事はない。
凛はベッドを支えに立ち上がった。足を引きずりながら閉まったドアへ近づく。鎖が張るぎりぎりまで腕を伸ばし、指先で扉の表面を探った。
鍵穴どころか、内側の取っ手がない。
継ぎ目へ爪を差し込もうとしても隙間はほとんどなく、押しても引いても動かない。壁を見回す。窓も時計もない。天井の薄い照明だけが、外の時間と無関係に白く点いていた。
魔術回路を起動する。扉を開ける、あるいは破壊することのできる魔術を行使しようとする。
しかし、いくら術式を組み立てても、魔術は成立する前に霧散した。
「術式が成立しない。……この部屋には、術式を阻害する仕掛けがあるってことね」
凛は鎖を手繰り、首輪から床の金具までを測る。ベッドの周囲、壁際の小さなシャワー、そこまでで終わりだ。鎖はシャワーとベッドへだけ届く長さだった。ドアの正面へは立てても、扉そのものには指先しか届かない。
視線を移す。
壁の棚には、高価そうなパジャマと下着、替えのタオルが畳まれていた。その下には大人用のオムツが積まれている。どれも、凛の寸法まで測って揃えたように見えた。
(私が来る前から、全部……)
準備のよさが、監禁が前から決められていたことだけを告げていた。
行き当たりばったりで閉じ込めたのではない。この部屋へ凛を運び、外へ出さず、身体から漏れ続けるものまで処理させる。その時間を、相手は最初から見込んでいた。
背中へ冷たい汗が流れる。
凛は両腕で身体を抱いた。そこで、肩に残っていた男物の上着が床へ落ちる。拾い上げて縫い目とポケットを確かめたが、何も入っていない。
「……こんなものまで、期待するだけ無駄ってことね」
吐き捨て、上着を棚の端へ置いた。
今は動けるだけの体力を戻さなければならない。扉を壊すにせよ、相手が入ってきた隙を突くにせよ、立っていられないままでは始まらない。
凛は壁へ手をつき、シャワーまで歩いた。
◇
蛇口を捻り、シャワーを出す。
最初に流れた冷たい水が足首へ跳ねた。少し待つと湯へ変わる。凛は鎖を踏まないよう足元へ寄せ、頭から熱い湯を浴びた。
下を向けば、ぽっこりと突き出たお腹が嫌でも視界へ入った。その膨らみから胸、太腿まで刻まれた正の字を、水が黒い筋になって伝っていく。湯に濡れた線は滲んだが、消えはしない。指で擦ると肌が赤くなるだけだった。
「……消えなさいよ」
もう一度擦る。
「こんなもの……全部……っ」
ぐいんっ……ぐいんっ……。
貞操帯の中で極太のバイブが低く動く。膣の奥に溜まった精液が、歩いたときとは違う向きへたぷん、たぷん、と揺れた。
「ぅ……っ」
湯が敏感になった乳首や股へ当たるだけで、身体が小さく痙攣する。凛は太腿の間へ手を入れ、金属板の縁を探った。指が掛かる隙間はない。鍵穴へ触れても、宝石も道具も持たない今は何もできない。
(外せない。ここでも、洗うことしかできない)
股から漏れた精液と愛液を湯で流す。だが極太のバイブより奥に押し込められたものは残ったままだ。腹を押せば、ぐちゅ、と内側で重い液体が動き、貞操帯の隙間から白濁が少し溢れる。
「気持ち悪い……」
何度流しても、身体の内側までは洗えない。
凛は唇を噛み、シャワーを止めた。
棚からタオルを取り、髪、顔、肩の順に体を拭く。正の字の残る胸と腹へ布が触れるたび、その線を数えられているようで手が止まりそうになる。それでも全身の水気を拭い、用意された大人用のオムツを広げた。
「私に、これを穿かせるところまで……」
言葉にすると資産家の予定どおりに従うようで、吐き気がした。けれど精液は止まらず漏れている。何も穿かずにいれば、床もベッドも濡らすだけだ。
凛は片足ずつ通し、オムツを腰まで引き上げた。貞操帯へ引っかけないよう位置を直し、左右のテープを留める。立っている間にも白濁が漏れ、吸収体の内側がすぐに熱を持った。
その上から柔らかな下着を穿き、パジャマに袖を通す。肌触りのいい生地が、落書きされた胸と腹を包んだ。上着の前を閉じても、膨らんだお腹だけは隠れず、生地を丸く押し上げている。
凛はそれを見ないよう顔を背け、ベッドへ戻った。
◇
横たわった途端、首輪から伸びた鎖が、じゃらりと短く床へ落ちた。
仰向けになる。腹の重みが内臓を押し、呼吸が浅くなる。極太のバイブも真下から奥へ突き立つように感じられた。
凛はすぐ横向きへ身体を返した。
「……っ、あ……!」
角度が変わり、バイブの太い先端が子宮口の脇をぐりっ、と押す。逃げるように反対側へ向けば、今度は腹の中の精液が遅れてたぷんと移動し、貞操帯が内腿へ食い込んだ。
どちらを選んでも楽にはならない。
凛は枕を腹の脇へ差し込み、膨らみを下から支える。もう一つの枕を膝へ挟み、器具が奥へ傾きすぎない姿勢を探した。
「……っ、や……動くな……」
命令した直後、振動の周期が変わった。
ぶォォォン……ぶォォォン……。
低い重低音が、膣だけでなく骨盤から腹の芯まで響く。精液が内壁へ叩きつけられ、熱く重い波になって返ってくる。
「んっ……ぅ、やぁ……」
凛は両手でお腹を押さえた。自分のものではない液体が、自分の内側で揺れている。その感覚だけは、どんな姿勢でも消えない。
ぶォォォン……ぐりぐりっ……。
振動が細かくなった。腰が勝手に浮き、パジャマの裾が捲れる。
プシュっ。
貞操帯の隙間からまた精液が漏れ、オムツの吸収体へ熱が広がった。
「んんっ……止まって……止まりなさい……!」
返事の代わりに、極太のバイブが小刻みに前後し始める。
ぬちゅっ、ぬちゅっ、ぬちゅっ。
一度ごとに太い先端が奥を啄み、精液を押し退けて子宮口へ触れる。湿った音が身体の中から響くたび、凛の腿がびくりと跳ねた。
「あっ! そこ、駄目……っ、んあぁっ!」
ぐりっ……ずちゅっ――ぶォォォン……!
刺激が一点へ集まり、絶頂が背骨を駆け上がる。凛は枕を抱き締め、喉から漏れそうな悲鳴を布へ押しつけた。
「んんんっ! ぅ、く……また……イかされ……っ、あぁあっ!」
腰が浮き、首輪の鎖ががしゃんと鳴る。締めつけた膣がバイブを咥え込み、腹の表面がわずかに波打った。
身体は反応している。
けれど、それは服従ではない。資産家を受け入れた証拠でも、ここに残ることを選んだ証拠でもない。
(私の身体を道具で動かしてるだけ。私の意志まで、あいつのものにはならない)
波が引くと、凛は汗に濡れた額を枕から離した。
外の音は一つも聞こえない。照明にも変化はない。どれだけ時間が過ぎたのか、判断できるものは自分の呼吸と振動しかなかった。
凛は目を閉じる。
ぶォォォンが三回。短い停止。ぐいんが二回。次の前後動まで、呼吸を五つ。
数える。
鎖の長さ。ドアの継ぎ目。振動の周期。
資産家の言葉に押し潰されないために。妊娠という不確かな恐怖へ、答えのないまま呑まれないために。次に扉が開いたとき、見落としを一つでも減らすために。
凛は数えることだけはやめなかった。
士郎は、最後に会った自分の不調を覚えている。
桜も、連絡が途切れれば不審に思うはずだ。
確かな根拠ではない。今すぐここへ来られるわけでもない。それでも凛は、二人の顔を思い浮かべた。
窓のない夜の外で、誰かが自分の不在に気づくことを信じるしかなかった。