※この作品はR-18です。

濁った宝石   作:湖畔R

18 / 31
第18話 スナックの女

 桜が店へ入ってから、衛宮士郎はスマホの時計を何度見たか分からなかった。

 

 派手な看板が明滅するたび、数字だけが進んでいく。扉が開くたびに顔を上げる。出てくるのは酔った客か、見送りに出た女ばかりだった。

 

 約束した十五分は、もう過ぎている。

 

「……桜」

 

 桜は戻ってこない。

 

 電話をかける。一度。二度。耳へ押し当てたスマホから呼び出し音だけが続き、応答がない。

 

 待っていろと言われたわけじゃない。十五分経っても戻らなければ入ってきてほしいと、桜自身が頼んだのだ。

 

 士郎は通話を切ると、迷わず扉へ手を掛けた。

 

「待て。男は入れないと言っただろ」

 

 入口の黒服が胸を押し返す。

 

「約束の時間は過ぎた。桜を出してくれ!」

 

「そんな女は知らねえよ。帰れ」

 

「さっき、あんたが中へ通しただろ!」

 

 押し返されても退かない。士郎は黒服の腕を外へ払い、開いた隙間へ肩をねじ込んだ。

 

「桜! いたら返事をしろ、桜!」

 

 濁った音楽と笑い声がぶつかってくる。赤紫の照明。酒と煙草と香水の混じった空気。奥へ続く通路が一瞬だけ見えた。

 

 そこへ踏み出す前に、黒服が三人集まった。

 

「桜を――」

 

 ゴッ、と頬を殴られた。

 

 視界が横へ流れる。よろめいた腹へ、二発目の拳がめり込んだ。

 

「ぐっ……!」

 

 息が潰れ、膝をつく。直後、背へ靴先が食い込んだ。鈍い衝撃が背骨を駆け上がる。腕で頭を庇えば、空いた脇腹を横から蹴り抜かれた。

 

「が、あっ……!」

 

 反撃すれば、一人くらいは倒せるかもしれない。だが、その間に奥へ進む道を塞がれる。桜へ届くために身を起こそうとした判断ごと、数の差に押し潰された。

 

「客でもない男が入ってくるな」

 

「待て……桜が、中に……!」

 

 左右から両腕を掴まれる。靴底が床を擦り、次の瞬間、身体が宙へ放り出された。

 

 士郎は店の外の舗道へ肩から落ちた。

 

「か、はっ……」

 

 肺が空になり、声が出ない。閉じた扉の向こうで、音楽だけが何事もなかったように鳴っている。

 

 立たなければならない。桜を連れ戻さなければならない。

 

 そう思って肘をついたが、頬も腹も背も脇腹も、ばらばらの方向から痛みを返してくる。右肩へ力が入らず、身体は舗道へ崩れた。

 

「……ちょっと。あんた、大丈夫?」

 

 別の声がした。

 

 顔を上げると、隣のスナックの前に女が立っていた。三十代の終わり頃に見える。薄いコートの前を片手で押さえ、もう片方の手を士郎へ伸ばしている。

 

「今、あそこから投げられたよね。ちょっと、誰か手ぇ貸して!」

 

 女が通行人を呼び止めた。士郎は左右から肩を支えられ、ほとんど足を引きずるように隣のスナックへ運ばれた。

 

 店内は暗く、カウンターの奥に小さな灯りが一つだけ点いていた。女は士郎を壁際の長いソファへ寝かせる。

 

「今夜は客が一人もいないからね。もう閉めるよ」

 

 女は通行人へ礼を言い、入口を施錠した。カチャン、と鍵の音がする。扉の内側へ閉店の札を下げると、濡らした布と水を持って戻ってきた。

 

「口、切れてる。沁みるよ」

 

「……っ」

 

「ほら、ゆっくり飲んで。咳き込むから」

 

 女は傷を拭き、水を飲ませ、最後に毛布を掛けた。頬に当たる布は冷たく、その手つきは慎重だった。

 

「こんな夜に、あの店の前で何してたの。若いのに、あそこの娘に惚れちゃった?」

 

 士郎は息を整えながら、途切れ途切れに答えた。

 

「彼女が……消えたんだ。それで、後輩の子が、そのことを知ってる人間から情報を聞くために、あの店へ入った。十五分で戻る約束だったのに……戻ってこない」

 

「……」

 

「桜だけでも、早く……出してやらないと……」

 

 女は黙って、士郎の裂けた口元を拭った。濡れた布が赤く染まる。

 

「若いのに大変だねえ。でも無理やりはダメよ。あの店の黒服、みんな腕っぷしが良すぎるから」

 

 女は子どもを叱るような柔らかさで言った。

 

「惚れた女のためってのは感心だけどね。うらやましい」

 

「くそ……どうすれば」

 

「まあでも、悪い噂は聞かないよ、あの店。女の子は大事にされてるし、捨てられたって話も聞かない」

 

 納得はできない。それでも士郎は、黙って続きを聞いた。

 

「その子も、終われば連絡してくるかもしれないだろう? すぐ迎えに行けるように、ここで休んで待つといいさ。朝までいてもいい」

 

「でも、中で何されてるか分からな――……っ!」

 

 起き上がろうと肘をついた瞬間、背中に鋭い痛みが走る。

 

「ほら、やめなさい。見たところ、今すぐ病院って感じでもないし、しばらく寝とけばマシになるよ」

 

「……くそ……そうだな」

 

 納得したわけではない。ただ、今の身体でもう一度あの扉へ飛び込んでも、桜へ届く前にまた舗道へ投げ出される。その現実だけは、痛む背中が嫌というほど教えていた。

 

「でも、いいね。その真っすぐさ」

 

 傷を拭いていた指が止まる。

 

「あたし、こんな商売やってるからってのもあるけど、けっこう男運がなくてさ。……でも、お兄さんは」

 

 そう言いながら、女の布を持たないほうの手が頬から首へ、首から胸へと、必要以上にゆっくり下りてきた。

 

「……何を」

 

「こんなときに不謹慎だけどさ」

 

 女の声が低くなる。顔を寄せた吐息が、妙に熱い。

 

「お兄さん、結構あたしの好みなんだよね。見た目もそうだし、その真っすぐさ……ちょっと我慢できないかも」

 

「やめてくれ……俺には、彼女がいるんだ」

 

 胸を這う手首を掴もうとする。だが、右肩が鋭く痛み、指先が女の袖を掠めただけで落ちた。

 

「動かなくていい。痛いところは触らないから。私が動く」

 

「そういう意味じゃない。やめろ」

 

「大丈夫。お姉さんに任せて」

 

 女はソファで仰向けになった士郎へ覆いかぶさった。顔を背けるより早く唇を塞がれる。

 

「やめ――んっ!」

 

 抗議の声が、女の口の中へ潰れた。

 

 唇の隙間を舌先でこじ開けられる。ぬるい舌が歯列の内側へ入り込み、逃げる士郎の舌へ絡みついた。

 

 ちゅっ、くちゅっ、ちゅぷっ。

 

「ん……ぅ、やめ……!」

 

 息を継ごうと顔を横へ向けても、女は頬を追って唇を重ね直す。舌を吸い、口内を舐め回しながら、毛布を剥いだ手を胸から腹へ滑らせた。

 

 ベルトの金具が、カチャ、と鳴る。

 

 前を緩めたズボンの上から、手のひらが股間を包んだ。

 

「っ……触るな……!」

 

 身を捩って逃れようとした瞬間、背と脇腹へ痛みが走る。腰がソファへ落ちたところを、女の指が萎えた形に沿ってゆっくり撫で上げた。

 

 さわっ、さわっ、と布越しの刺激が往復する。根元から先端まで握られ、親指で先を擦られるたび、拒絶とは無関係に血が集まっていく。

 

「ほら。ちゃんと大きくなる」

 

「違う……離せ……っ」

 

 女は硬くなったものを服の上からもう一度握ると、ようやく唇を離した。二人の間で、唾液の糸が細く伸びて切れる。

 

「口でも、気持ちよくしてあげる」

 

 女の顔が胸から腹へ下りていく。緩めたズボンと下着の前をずらし、その隙間から、勃ち上がったものを取り出した。

 

 熱い口が股間へ這い、硬くなったものを唇で挟んだ。

 

 じゅるっ。ちゅぱっ。じゅぽっ。

 

 湿った舌が裏筋を這い、先端を舐め上げる。そのまま深く咥え込まれ、喉の奥が亀頭をきつく包んだ。

 

「んっ……やめろ……こんなこと、している場合じゃ……あ、ぐっ……」

 

 腰を引こうとした途端、蹴られた背がソファへ擦れて息が止まる。身体は逃げる方向を失ったまま、口の熱だけに反応して硬くなっていく。

 

 だが、拒絶が変わったわけではない。

 

「駄目だ……離してくれ……!」

 

 女は口を離し、濡れた唇で笑った。

 

「かわいい。こんなにしてるのに、説得力ないよ?」

 

「これは……違う」

 

「中に入れてもいい? 動かなくていいからね」

 

「駄目だ。やめ――」

 

 返事を最後まで聞かず、女はスカートをたくし上げて跨ってきた。

 

 騎乗位のまま片手で士郎を支え、濡れた入口へ押し当てる。

 

 ぬぷっ……ぬちゅっ。

 

「あっ……!」

 

 女が自分から腰を落とし、根元まで一息に咥え込んだ。熱い内壁が竿全体へまとわりつき、脈打つたびにきつく締め付けてくる。

 

「あ、やっぱりいい。思ったより、ずっと相性よさそう」

 

「抜け……俺は、嫌だって……!」

 

「あたしね、店じゃ毎晩、男の愚痴を聞いてるの」

 

 女は世間話でもするように笑い、腰をゆっくり回した。

 

「でも、こっちの愚痴を聞いてくれる男には、ちっとも当たらない。顔がよければ話を聞かないし、話を聞くやつは口ばっかり」

 

 ぱんっ、ぱんっ。ぬちゅっ、ぬちゅっ。

 

 尻が太腿へ当たるたび、湿った音が無人の店に響く。女が腰を浮かせれば、熱い内壁が先端まで擦り上げ、また深く落ちてくる。

 

「やめろ……!」

 

 士郎は両手を女の腰へ当て、押し戻そうとした。

 

 力を入れた瞬間、蹴られた脇腹が内側から裂けるように痛んだ。

 

「ぐ、ぁっ……!」

 

 右腕が落ちる。残った左手へ指を食い込ませても、女に手首を握られ、ソファへ押し戻された。

 

「お兄さんは、人のためにこんなになるまで殴られたんでしょ。馬鹿だけど、悪くないね」

 

 女が少しだけ寂しそうに笑う。その顔が、すぐまた軽い笑みに戻った。

 

 身体は熱に晒され続けている。けれど、拒絶は一度も消えていない。

 

(桜を出してやらなきゃならない。凛も探さなきゃならない。俺は、こんなところで――)

 

「駄目だ……止まれ……!」

 

「もう射精しそうな顔してるよ」

 

 女は腰を深く沈め、根元を締め付けた。先端へ集まった熱が、逃げ場をなくして膨れ上がる。

 

「出して……中に出して。いい子だから」

 

「やめ――っ、あ……!」

 

 びゅるっ、びゅるるっ……!

 

 止めようとした腹が痙攣し、精液が膣内へ吐き出された。ドクン、ドクンと竿が脈打つたび、女は奥で受け止めるように腰を押しつけてくる。

 

 これは同意ではない。

 

 そう分かっていても、士郎の脳裏には凛の顔が浮かんだ。知らない女の中に出しているという事実が、罪悪感になって胸を焼く。

 

「くそ……ごめん……」

 

「ほら、相性ばっちり。彼氏になってくれない?」

 

 女は腰を上げなかった。

 

 冗談めかして士郎の顔を覗き込み、答えがないと「あはは」と一人で笑って肩をすくめる。

 

「なんてね。今のあんたに聞いても、好きな女の名前しか出てこないか」

 

「抜け……もう、終わっただろ……」

 

「まだ硬いじゃん。もう一回だけ、付き合ってよ」

 

 再び腰を動かし始める。

 

 内壁を満たした精液が掻き回され、くちゅくちゅ、ぬちゅぬちゅと粘った音を立てた。溢れた白濁が根元を伝い、女の太腿と士郎の下腹を汚していく。

 

「う、ぐっ……やめて……もう出ない……頼む……」

 

「身体は正直だね。無理に動かなくていいから、あたしに任せて」

 

「違う……っ」

 

 女はブラウスの胸元を緩め、前屈みになった。こぼれた乳房が士郎の顔へ押しつけられる。息を塞がれ、首を振るたび、柔らかな肉が頬と唇を擦った。

 

「そんな怖い顔しないでよ。ほら、ここも舐めて。お姉さんの話も少しくらい聞いてさ」

 

「ん、む……やめ……ろ……!」

 

 首を逸らしても、女は胸を追わせるように腰の角度を変える。浅く速い反復から、深く押し潰す動きへ変わるたび、士郎の喉から苦い喘ぎが漏れた。

 

「あっ……ぐ、ぅ……!」

 

「ほら。また来る」

 

 くちゅっ、くちゅっ。ぬちゅっ。

 

 二度目の熱が、力の抜けた身体から搾り取られた。

 

「――っ、ああっ!」

 

 女は接続を解かない。痙攣が収まる前に腰を回し、敏感になった先端を内側から擦り続ける。

 

「桜が……店の扉の向こうに……」

 

「あと一回。ね?」

 

「頼む、やめてくれ……!」

 

 返事の代わりに、深く腰が落ちた。

 

 視界の端で、閉店札を下げた扉が揺れている。その向こうにあるキャバクラの入口と、そこへ一人で入った桜の背中だけが、暗くなっていく意識へ焼きついていた。

 

 三度目の痙攣に身体が跳ねる。

 

「……ごめん……凛……こんな……俺……」

 

 声が途切れ、士郎はそのまま気絶した。

 

   ◇

 

 朝の光が、スナックの薄いカーテンを通して差し込んでいた。

 

 目を開けた士郎は、息を吸っただけで顔をしかめた。脇腹も背も肩も痛む。口の中には血の味が残り、下半身は乾きかけた精液と体液でべっとりと濡れている。

 

 長いソファの中央では、女が士郎と頭を突き合わせるように眠っていた。二人並んで横になれる幅はない。身体は互いに逆方向へ伸びている。

 

 昨夜の一方的な勢いが嘘のように、女は無防備な寝息を立てていた。

 

 士郎は濡れた衣服を直した。ソファの背へ左手をつき、歯を食いしばって身体を起こす。傷は呼吸のたびに痛んだ。

 

 スマホの画面を確かめる。

 

 桜からの着信はない。メッセージもない。

 

 胸の奥へ冷たいものが沈んだ。昨夜、自分がここで意識を失っている間も、桜は戻らなかった。

 

「まず桜を探す。次に凛を探す」

 

 声に出すと、混線していた焦りが一本の順番になった。

 

 立ち上がる。右肩を庇い、腹を押さえ、それでも扉まで歩く。

 

 すぐ近くのテーブルには、女の名前と連絡先、それから「また連絡してね」と書かれたメモが置かれていた。

 

 士郎はそれを手に取らず、眠った女を起こさず、鍵を開けて店を出た。

 

 白み始めた街の先に、昨夜の派手な看板が消え残っている。

 

 傷ついた身体を引きずり、士郎は朝のキャバクラへ戻った。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。