あと一日、待てばいい。
電話を切ってから何度そう言い聞かせても、士郎は眠れなかった。
「……分かった。じゃあ、おやすみ、桜。しっかり休むんだぞ」
耳の奥には、自分の声だけが残って離れない。
桜はいつもどおり丁寧に答えた。
けれど、静かすぎた。
店を出てきた時も、今夜の電話でも、何かを飲み込んだような間があった。大丈夫だと口にするたび、逆に何かを隠しているように見えた。
士郎は暗い天井を睨み、寝返りを打った。
「くっ……」
頬と脇腹の傷が引きつれる。
金曜日は学校を休み、打撲へ湿布を貼り、できる限り身体を休めた。それでも黒服に殴られた箇所はまだ熱を持ち、肩を動かせば背中まで鈍く痛んだ。
桜はそんな自分を見て、謝りかけた。
その桜こそ、一晩帰らず、朝に店から出てきたのだ。
日曜日になれば遠坂に会えるかもしれない。
桜が守ろうとしている約束を、こちらから壊すべきではない。
分かっている。
だが、時刻も場所も知らされていない約束を信じて、もう一日寝て待つのか。
遠坂からは連絡がない。
桜は何かを隠している。
そして二人とも、助けを求める代わりに自分で抱え込む人間だ。
(待っているだけで、本当にいいのか)
日曜になってから、約束が嘘だったと分かったら。
その時、取り返せるのか。
「……待てるわけ、ないだろ」
士郎は毛布をはねのけた。
◇
土曜日、午前二時。
キャバクラの看板は消え、表のシャッターも下りていた。
雨上がりの路地に、向かいのネオンだけが油の膜のように滲んでいる。昼間の人声も車音も消え、排水溝を流れる水の音だけが耳についた。
士郎は表通りを一度通り過ぎた。
誰もいないことを確かめ、建物の裏へ回る。
壁沿いに並ぶ窓を、一つずつ調べた。
一つ目。
動かない。
二つ目。
鍵が掛かっている。
腕を伸ばすたび、脇腹が痛んだ。呼吸を浅くし、三つ目の窓へ指をかける。
窓は、抵抗もなく数センチ持ち上がった。
「……開いてる?」
鍵が、かかっていない。
閉店後の店で、裏窓だけが無施錠になっている。
偶然なのか。
誰かが閉め忘れたのか。
それとも——。
考えても答えは出ない。
遠坂へつながる手掛かりがあるとすれば、ここしかなかった。
士郎は窓を押し上げた。
両手を窓枠へ掛け、痛む身体を持ち上げる。右脚を先に入れ、腹を庇いながら上体を滑り込ませた。
靴底が床へ触れる直前、体勢が崩れる。
「っ……!」
脇腹の傷が鋭く疼いた。
声を噛み殺し、片膝を床へつく。入ってきた窓を元の位置まで静かに下ろした。
店内は暗い。
酒と香水、それに清掃用の薬品が混じった匂いが残っている。客のいない店は、同じ場所とは思えないほど広く、冷たかった。
スマホのライトを最小に絞る。
細い光で足元だけを拾い、客席から廊下へ進んだ。
扉を一枚ずつ確かめる。
更衣室。
倉庫。
どこにも人影はない。
最後の扉を押すと、机とキャビネットが白い光の中へ浮かんだ。
事務所だ。
ここなら、客や従業員の記録があるかもしれない。遠坂や桜へつながる名前が残っているかもしれない。
士郎がスマホを握り直した瞬間、背後で床が、きし、と鳴った。
「——誰だ」
振り返るより早く、後頭部へ鈍い衝撃が落ちた。
「——っ!」
白い閃光が視界を塗り潰す。
スマホが手を離れ、硬い音を立てて床を転がった。
かつん、かつん。
光が遠ざかる。
士郎は膝から崩れながら右手を伸ばした。
指先は、光へ届かなかった。
◇
最初に戻ったのは、痛みではなかった。
身体が、自分のものではないように重い。
士郎は浅く息を吸った。
喉の奥が妙に苦く、舌には知らない甘さがへばりついている。まぶたを開けると、天井の裸電球が二重に滲んで見えた。
窓のない、狭い部屋だった。
正面には灰色の壁。
左に一枚の扉。
床はむき出しのコンクリート。
立ち上がろうとして、背後で金具が鳴った。
がちゃっ。
「……な」
両手は椅子の背に回され、手首をきつく固定されている。金具へ食い込んだ皮膚が痛む。
足首も、左右の椅子脚へ一本ずつ括られていた。膝は肩幅ほどに開かれ、両脚を閉じることも、椅子ごと立つこともできない。
服と靴は着けたままだ。
だが、ポケットにあるはずのスマホがない。
「……誰かいるのか」
返事はなかった。
士郎は手首を捻り、金具の緩みを探る。
力を込めたつもりなのに、腕がひどく鈍い。殴られただけなら、ここまで全身が熱く、重くなるだろうか。
喉に残る苦い甘さ。
腹の芯から広がる、落ち着かない熱。
(気絶している間に、何か飲まされたのか)
薬かどうかも分からない。
ただ、自分の身体がいつもと違うことだけは明らかだった。
扉が開いた。
士郎は顔を上げる。
入ってきたのは、二十代ほどの女だった。
大きな胸を、乳首まで露出した衣装で包んでいる。裸に近い姿なのに、その顔には羞恥も笑みもない。
士郎を見ても、まばたき一つしなかった。
「……おい。俺のスマホはどこだ」
女は答えない。
「桜を知ってるのか。遠坂はどこにいる」
やはり、返事はない。
一歩。
また一歩。
靴音だけを響かせ、女は真正面まで来た。
「聞こえてるんだろ。何か——」
女は無表情のまま士郎の腿へ跨がった。
両膝が、開かれた士郎の脚の外側へ落ちる。首の後ろへ腕を回し、身体を密着させた。
「待て。何を——」
唇を塞がれた。
「ん……っ!」
ぬるりと舌が割り入り、口の中を深く掻き回す。
顔を背けようとしても、女の手が後頭部を押さえて逃がさない。濡れた舌が絡むたび、くちゅ、ちゅぷ、と水音が狭い部屋へ響いた。
「んっ……やめ、ろ……!」
拒む声まで舌に潰される。
息苦しさとは別の熱が、腹の底へ集まった。
ズボンの中でペニスが硬くなっていく。
そんな場合ではない。
目の前の女へ欲情したわけでもない。
それなのに露出した乳房が胸へ押しつけられ、舌が口内を擦るだけで、身体の反応が異常な速さで跳ね上がった。
「やめ……っ」
女はキスを続けたまま、右手を士郎の腰へ下ろした。
ジッパーを下ろす。
下着を押しずらし、勃起したペニスを外へ引き出した。
冷えた空気へ晒された直後、温かい指が根元を握る。
ぬち、ぬちっ。
包皮ごと、ゆっくり扱き上げられた。
「く……っ」
亀頭へ親指がかかるたび、背筋が椅子から浮きそうになる。
士郎は腰を引こうとした。
だが足首は椅子脚へ固定され、腿には女が跨がっている。手首も背後へ回されたまま、逃げる方向が一つもない。
「やめろ……聞いてるのか……っ」
女は唇を離し、士郎の目を見た。
無表情のまま、手だけを速める。
ぬちゅっ、ぬちゅっ、ぬちゅっ。
「っ、あ……!」
ぞくぞくと射精の予感が根元へ集まった。
早すぎる。
普段ならあり得ない速度で熱がせり上がり、腰が勝手に前へ出る。
「待て、出る——」
その瞬間、指が止まった。
根元を握ったまま、完全に。
「……は、ぁ……?」
行き場を失った熱が、じくじくと亀頭の奥で疼く。
女は苦しむ士郎を見るでもなく、腿から下りた。
床へ膝をつく。
次の瞬間、熱い口が亀頭を呑み込んだ。
「く……っ!」
ぬちゅ、と唇が亀頭の段差を越える。
口内に溜めた唾液が竿へ溢れ、女の手の中までぬるぬる伝った。
舌先が裏筋へ貼りつく。
根元から先端まで、筋を押し潰すように舐め上げられた。亀頭へ戻ると、今度は尿道口を舌の腹でねっとり擦られる。
「う、ぁ……そこ、やめ……っ」
女は唇をきつく窄めたまま、ずるっ、ぬぷっ、と深く沈んでは引き上げた。
頬の内側から吸いつく圧力が加わる。
じゅるっ、じゅぽっ。
唾液と先走りが混じり、湿った音が裸電球の下へ響く。
士郎の腿が痙攣した。
腰を引こうとしても、開いた足首と椅子の背に阻まれ、身体はむしろ女の口へ押し返される。
手より遅い。
それなのに寸前で止められた身体には、舌のざらつきも喉の熱も一往復ごとに鋭すぎた。
もう一度、射精感がせり上がる。
「だめだ、また……出る……!」
士郎が息を詰めた瞬間、ちゅぽん、と女の口が離れた。
「っ、あ……!」
亀頭と唇の間で、唾液が細い糸を引く。
射精寸前のペニスだけが、空中で脈打った。
「わざと……なのか」
問いにも答えず、女は立ち上がる。
自分の下着をずらした。
指を濡れた割れ目へかけると、膣口いっぱいに詰まっていた異物の根元が現れる。
「何だ、それ……」
女は異物を掴み、ゆっくり引き抜き始めた。
じゅぷっ、ぐぽっ。
膣口が太い胴を咥えたまま押し広げられる。
黒々としたバイブが、まだ半分、さらにその奥からも続いて出てきた。ようやく先端まで抜けると、士郎のペニスより明らかに太く長い全体が露わになる。
透明な愛液が表面を覆い、先から内腿へ糸を引いて垂れた。
「な……っ。そんなものを、ずっと入れてたのか……?」
あれだけの太さで塞がれていたはずなのに、女は眉一つ動かさない。
そのことが、露出した衣装より、何も答えない沈黙よりも不気味だった。
女は黒いバイブを床へ置いた。
もう一度、士郎へ向き直って跨がる。
「やめろ。それ以上は——!」
女の右手がペニスを立てた。
熱を持った亀頭が、濡れた膣口へ押し当てられる。
止める間もなく、女の腰が落ちた。
ずぶり。
濡れた肉が割れ、根元まで一息に呑み込まれる。
「あ、っ——!」
寸止めを重ねられたペニスを、熱い膣壁が隙間なく締め上げた。
女が腰を一度、深く沈め直す。
それだけで、堪えていたものが弾けた。
どくっ、どくっ。
精液が噴き上がる。
「や……め、ろ……っ、まだ……!」
止まらない。
遠坂の顔が浮かんだ。
どこかに閉じ込められ、助けを待っているかもしれない恋人。
その手掛かりを探しに来たはずなのに、自分は見知らぬ女の膣内へ射精している。
拘束されている。
何かを飲まされた可能性がある。
望んでいない。
それでも身体が女を満たしている事実だけは、目の前から消えてくれなかった。
(——ごめん、遠坂)
声にすらできない謝罪が、次の射精に押し流される。
どくっ、どくんっ。
一度脈打つたび、子宮の近くへ押しつけられた亀頭から、また熱が抜かれていった。
女は射精中も腰を小さく捻る。根元まで締めたまま、残りを搾る。
「やめ……もう、終わって……っ」
普通なら、とっくに終わっている。
なのに腹の奥が痙攣するたび、どく、どく、と新しい精液が送り出された。
何かを飲まされたせいなのか。
そう考えることしかできない。
自分の身体が、自分の拒絶を無視して女の中へ吐き出し続けている。
ようやく脈が弱まる。
女は膣を締めたまま腰を上げた。
ずるり。
ペニスが抜ける。
「はぁ……っ、は……」
口を開いた膣の奥には、いま吐き出した白い精液がたっぷり溜まっていた。女が立つだけで、白濁がぬるく波打つ。
一筋だけが膣口から溢れ、内腿へゆっくり伝った。
女は表情を変えない。
床の太いバイブを拾い、精液で満ちた膣口へ先端を当てる。
「何を——」
ぐちゅり。
バイブが白い液を奥へ押し戻しながら沈んでいった。
行き場を失った精液が縁から少しだけ溢れ、太い胴と内腿を汚す。それでも女は止めない。抜く前と同じ深さまで押し込み、膣口を塞ぐように収めてから下着を戻した。
中へ溜めたまま、蓋をした。
(なぜだ)
何のために、自分の精液を女の中へ留める必要がある。
疑問が恐怖へ変わるより早く、女は士郎の前へ膝をついた。
精液に濡れたペニスへ顔を寄せる。
「もう、やめろ……」
返事の代わりに、亀頭を口へ含まれた。
ちゅぷっ。
「っ……!」
びくりと腰が跳ねる。
射精直後の痛いほどの敏感さを、舌がゆっくり撫でていく。萎えかけたはずのペニスへ、また血が集まった。
自分の身体が再び硬くなる。
その異常さに、快感より先に恐怖がこみ上げた。
扉が、二度目の音を立てて開く。
今度は三十代ほどの、少し色黒の女だった。
一人目とよく似た、乳首を晒す衣装。大きな胸。表情のない顔。
「お前たちは……誰なんだ」
二人は目も合わせない。
「遠坂はどこにいる。桜に何をした」
色黒の女が士郎の横へ膝をつき、一人目と並んだ。
左右から舌が触れる。
「くっ……」
一人目が根元を握り、ペニスを上向かせた。
色黒の女が亀頭へ唇を被せる。
ちゅぷっ。
先端だけを吸い込み、舌で亀頭の縁を一周した。
その下では一人目の舌が、陰嚢のすぐ上から裏筋へ沿って、ぬるりと長く這い上がってくる。
「やめ、ろ……っ」
二つの舌が亀頭の裏でぶつかった。
片方が尿道口を舐め、もう片方が亀頭の段差へ舌先を潜り込ませる。すぐ役目を入れ替え、じゅるっ、ぬちゅっ、ちゅぷっ、と唾液を啜る音だけを重ねていった。
竿全体が二人分の唾液で濡れる。
伝った雫が陰嚢へ落ちた。
片方の口に亀頭を吸われたまま、もう片方の舌で根元から先端までしごかれる。吸引と舌圧が同時に来るたび、腰の奥が勝手に跳ねた。
一人目の舌が裏筋から離れる。
その手が、士郎のシャツをまくり上げた。
色黒の女が亀頭を吸い続ける横で、一人目は士郎の乳首を指で摘む。
「な、に——」
爪で擦られ、そのまま熱い口へ含まれた。
ちゅうっ。
「っ、は……あ……!」
胸を吸われる。
下では亀頭が、じゅぽ、じゅぽ、と口内へ引かれる。
乳首を解放した一人目が顔を戻すと、また舌が根元から這い上がり、二人分の舌が亀頭の裏で重なった。
「やめ、ろ……!」
拒んだはずの声が、甘い吐息に崩れる。
胸から下腹へ、幸せと錯覚しそうな痺れが走った。
四肢の力が抜け、頭の芯までじんと温かくなる。
無理やり口で弄ばれている。
逃げなければならない。
そう分かっているのに、二つの舌で包まれた場所だけが、何も考えなくていいような甘い快感を送り込んできた。
「違う……俺は……っ」
士郎はその感覚を拒むように、手首の金具へ力を込めた。
椅子ががたつき、金属が鳴る。
がたっ、がちゃっ。
それでも女たちは口を離さない。
亀頭を吸い上げる頬がへこみ、裏筋を舐める舌が速くなる。
「だめ……それ以上、は……っ」
腹の底がきゅっと縮む。
痺れる幸福感の中心へ熱が集まり、射精の予感へ形を変え、根元から一気にせり上がった。
また出る。
そう悟った瞬間、ちゅぽっ、ぬるっ、と二人の口が同時に離れた。
「……また、か……っ」
射精寸前のペニスだけが、空中で脈打っている。
搾り取るつもりだ。
目的までは分からない。
それでも、この停止と交代が偶然でないことだけは分かった。
「何を……集めてる」
答えはない。
色黒の女が立ち上がり、士郎へ背を向けた。
下着をずらし、膣から太いバイブを引き抜く。
じゅぽっ。
ぽた、ぽた、と愛液が床へ落ちた。
大きな尻が、士郎の視界を塞ぐ。
「待て……もう、やばい……!」
女は背面からペニスを掴み、濡れた割れ目へ導いた。
腰が下がる。
ずぶっ、と亀頭が呑まれた。
続けて根元まで深く埋まる。
「ぐ……っ!」
一人目の時とは違い、女はすぐに腰を動かした。
尻が士郎の腿へぶつかる。
ぱん、ぱんっ。
前後に擦る動きが亀頭を膣奥へ押しつけ、次には膣壁が根元から先端まで精液をしごく。
射精後の鈍い痛みと、新しい快感が混ざった。
息を整える隙もない。
「やめろ……遠坂に、何を……っ、あ……!」
問いは最後まで言葉にならなかった。
女が腰を深く沈め、内側を絞る。
寸止めで溜め込まれた熱が、逃げ場ごと潰された。
「だめだ、出る……出るっ!」
どくん、とペニスが跳ねた。
二度目の射精が始まる。
どくっ、どくっ、どくっ——。
空になったはずの身体から、また異常な量が吸い出されていく。
女は止まらない。
背を向けたまま腰を擦りつけ、射精のたびに膣を締め、奥へ吐き出させる。
「あ、あぁ……っ、もう……」
拒む声さえ、途中から形を失った。
視界の端が暗くなる。
指先の感覚が薄い。
椅子に縛られているのに、身体だけが遠くへ沈んでいく。
女がゆっくり立ち上がる。
ずるりと抜けた膣口から白い精液が溢れ、色黒の腿を伝った。
ぽたっ。
床へ落ちる雫を見て、士郎はようやく、自分が何一つ掴めないまま捕まったのだと理解した。
遠坂の場所も、桜が隠していたことも分からない。
助けるどころか、自分まで戻れなくなった。
その時、扉が三度目の音を立てた。
戸口に、別の女が立っている。
三人目。
(顔を見なければ)
何か一つでも覚えて、伝えなければ。
士郎は重いまぶたを持ち上げようとした。
輪郭が滲む。
裸電球の白さと女の影が溶け合い、もう区別できない。
凛の場所も。
桜の秘密も。
何一つ掴めないまま、士郎の意識は、そこで途切れた。