目を開けた瞬間、桜は静かすぎることに気づいた。
昨夜、寝巻きの内側を這い上がり、乳房へ巻きつき、乳首を吸いながら意識を奪ったものが、今はどこにも触れてこない。
枕元の時計は十時七分を示していた。
「……っ!」
姉との約束まで、二時間もない。
桜は跳ね起きかけ、下腹部の重みに腰を止めた。膜の奥に閉じ込められたものが、たぷん、と身体の動きから遅れて傾く。完全に閉じた処女膜も、腰を覆う貞操帯も、そのままだった。
寝巻きの裾から手を入れ、冷たい金属の縁へ指を沿わせる。
半透明の粘体は貞操帯の内側へ戻っていた。クリトリスを包み、細い一部をアナルへ残している。
だが、昨夜まで絶え間なく続いていたクリトリスへの吸いつきも、擦り上げる動きもない。粘体生物は、動いていない。金属越しに指で押しても、ぷに、と形を変えるだけだ。
(どうして、急に……)
分からない。
動かないことに安堵していいのかさえ分からない。だが、考えているうちに十二時を過ぎれば、姉へ会えるかもしれない唯一の機会を失う。
桜はベッドから降りた。足裏が床へついた拍子に、胎内の重みがもう一度揺れた。
トイレへ入り、便座へ腰を下ろす。尿意がほどけても便器へ落ちる音はしない。股間の奥でぬるい感触が広がり、すぐに消えた。
動かなくても、排泄物を処理する働きだけは残っているらしい。
「……まだ、外れないんですね」
返事などない。
桜は顔を洗い、鏡を見た。目の下には薄い影がある。けれど、昨夜あれほど絶頂させられた身体に傷も疲労も残っていない。それが少し眠れたからなのか、作り直された身体のせいなのか、判断できなかった。
動きやすい服へ着替え、スマホを握る。
士郎の番号を押した。
呼び出し音が一度、二度と続く。
「先輩……出てください」
五度。八度。十度。
応答はない。
一度切り、もう一度かける。それでも同じだった。
金曜の夜、何かあれば必ず言え、と士郎は約束してくれた。その声を思い出すほど、返事のない呼び出し音が胸へ刺さった。
(寝ているだけ……ですよね)
そう思おうとした。だが、姉を助けるためなら自分の傷を後回しにする人だ。日曜まで待つという約束を守れず、一人で何かをしようとした可能性もある。
それ以上は、何も分からない。
桜はメッセージ画面を開いた。
『今日の十二時、公園の入口です。姉さんに会えるか確かめてきます。来られなくても大丈夫です。場所だけ、残しておきます』
送信したあと、最後の二文を見つめた。
大丈夫ではない。
先輩に来てほしい。声を聞きたい。けれど、返事を待って約束に遅れるほうが怖かった。
パンを半分、お茶で流し込む。喉を通る感触さえ落ち着かない。ここへ何が通るのか、このときの桜はまだ知らなかった。
十一時五分、家を出た。
◇
指定の公園の入口へ着いたのは十一時五十分だった。
休日の昼前。親子連れが遊歩道を横切り、犬を連れた老人が信号を待っている。冬の薄い日差しの下、見慣れた日常だけが続いていた。
その中で、桜だけが行き先の見えない場所へ立っている。
スマホに返信はない。
十一時五十九分。
桜は入口から動かず、通りへ目を凝らした。
十二時ちょうど、黒塗りのバンが歩道へ寄せて止まった。
運転席は見えない。後部のスライドドアが、がらら、と横へ開いた。
「よぉ。時間ぴったりだな、桜ちゃん」
身を乗り出した金髪の男を見て、桜の足が止まった。
キャバクラのオーナー。あの夜、店の中で桜を値踏みしていた男だ。
「……どうして、あなたが」
「迎えだよ。お姉さんのとこ、行くんだろ」
姉妹だと知っている。
桜の警戒を見て、金髪男が車内を親指で示した。
「乗らないなら帰るけど?」
開いた扉の向こうは暗い。ジェイクの姿はない。凛がいる証拠も、この車がそこへ向かう保証もない。
それでも、ここで扉が閉じれば次の手掛かりはなかった。
桜はスマホを強く握り、バンへ足を掛けた。
「姉さんに会わせてください。約束は、それだけです」
「はいはい。いい子にしてりゃな」
背後で扉が閉まった。
外の音が遠のく。
窓には黒いカーテン。前方も厚い布で仕切られ、運転手の姿さえ見えない。桜が腰を下ろした横向きの座席の向かいには、男が二人、足を広げて座っていた。
逃げ道を確かめるより先に、バンが動き出す。
「あれ? この子、店にいた子っすよね」
「そう。おっさん相手に手ぇ動かしてた桜ちゃん」
金髪男が隣へ腰を下ろした。肩が触れそうな距離まで寄られ、桜は扉側へ身を詰める。
「あの客さ、次の日も来てたぜ。桜ちゃんいないの、すげえ残念がってた」
「本気で働けばいいのに。処女のくせに手コキ上手いとか、絶対売れますって」
「やめてください」
膝の上で握った手へ爪が食い込む。
金髪男の口元が、桜の反応を待っていたように吊り上がった。
「へえ。処女ってとこは否定しないんだ?」
しまった、と思ったときには遅かった。
「貞操帯までつけて、大事に守ってんだってな。凛ちゃんの妹は清純だねえ」
「どうして……それを」
店で見られたのは、再構成される前の身体だ。処女へ戻ったことも、今の貞操帯も、男たちが知るはずはない。
車内にいる全員が、同じ情報を渡されている。
誰から、と考えた瞬間、ジェイクの穏やかな声が脳裏をよぎった。
「ジェイクさんは、どこですか」
「ジェイク?」
金髪男は向かいの二人へ顔を向けた。
「知ってる?」
「いや。誰すか、それ」
三人が笑った。
本当に知らないのか、口裏を合わせているのか。桜には見分けられない。
「でも凛ちゃんのことなら知ってるぜ。気ぃ強くてさ。どんだけやっても、最後までこっち睨んでんの」
「中に出すなって言いながら締めてくんの、すごかったっすよね」
「……姉さんに、何をしたんですか」
抑えたつもりの声が震えた。
「聞きたい?」
「答えてください」
「じゃ、桜ちゃんも俺らを楽しませてよ」
金髪男がベルトへ手を掛けた。
金具の外れる音に、桜は扉の取っ手へ手を伸ばす。引いても動かない。走行中だからではない。最初から内側では開かないようにされている。
「いやです」
振り返り、はっきり言った。
「姉さんのところへ連れていく約束でしょう」
「俺らは頼まれて運んでるだけ。桜ちゃんが感じ悪かったら、途中で降ろすかもな」
「そんな……」
「行けなくてもいいなら、別にいいよ?」
軽い声だった。
だからこそ、本当に桜だけを置き去りにできる男だと分かった。
姉の居場所を知らないまま、唯一の道を失う。
桜は唇を噛んだ。
自分から従いたいのではない。選べる形を残されただけで、選んでよい答えは一つしかない。
「……わかりました」
金髪男は返事の代わりに、下ろしたズボンからペニスを取り出した。半ば勃起したそれが、桜の目の前で持ち上がる。
「まず俺。ほら、下」
桜は座席の間の狭い床へ膝をついた。
車の細かな振動が膝から骨へ伝わる。金髪男の正面へ身体を向けると、向かいの二人が桜を見下ろしていた。
手を伸ばしかける。
「手は禁止」
金髪男が両膝を叩いた。
「ここに置いとけ。口だけでやってみろよ」
桜は左右の手を男の膝へ置いた。
顔を近づけると、汗と体臭が鼻へ入る。
誰にも知られていない形へ戻った唇を、最初に待っていたのは、好きな人とのキスではなかった。
「……ん」
目を閉じ、先端へ唇を触れさせる。
熱い。舌へ塩気が移る。
口を開き、亀頭を含んだ。太い縁が唇を押し広げる。舌先で裏側をなぞり、浅く吸う。
ちゅっ、ぬる……。
自分の唾液が男の皮膚を濡らす音が、閉ざされた車内に大きく響く。
桜は両手を膝へ置いたまま、ゆっくり首を引いた。また亀頭だけを咥え、時間を掛けて舌を回す。
車が先に着けば、この行為も途中で終わるかもしれない。
「おい。わざと遅くしてるだろ」
髪を掴まれ、桜の肩が跳ねた。
「……んぅ」
「もっと深く。頬へこむくらい吸え」
頭を押される。ペニスが舌の上を滑り、喉の手前まで入った。
「んんっ……!」
吐き気に首を引こうとしても、髪を掴む手が許さない。鼻から短く息を吸い、頬を窄める。
ずちゅっ、と唾液が押し出された。
「そう。亀頭へ舌巻いて」
桜は指示どおり、太い先端へ舌を沿わせた。首を動かすたび、男の膝へ置いた掌に力が入る。
「そうだ。凛ちゃんに何したか、だっけか」
さっきの問いを、金髪男は今になって思い出したように口にした。
桜が顔を上げようとすると、後頭部を押さえ込まれる。聞きたければ続けろとでもいうように、亀頭を舌へ押しつけられた。
「まあ、簡単に言えばマワしただけさ」
「ん……っ!」
「たっぷり中出しして、家でも、公衆トイレでもやったな。バイブで蓋して、桜ちゃんみたいに貞操帯つけてな」
男の膝へ置いた指が強張った。
(姉さんも……)
金属の重みと、自分の胎内に閉じ込められたものが、男の軽口一つで姉の姿に重なった。
咥えたままでは問い返せない。桜は鼻に掛かった声を漏らし、亀頭の裏へ舌を押し当てた。
「そういや、舌使いは姉ちゃんとそっくりだな。なかなか上手いぞ」
「ホームレスにやらせちゃったの、勿体なかったんじゃないすか? まだ楽しめたのに」
向かいの男が、惜しい品物の話でもするように言う。
「しゃあねぇだろ。とにかく大量に中出しさせろって言われたんだから」
誰に言われたのか。
桜は目だけで金髪男を見上げた。男は答えず、口の動きが止まったことだけを咎めるように腰を突き出した。
「ほら、聞きたかったんなら口も止めんな」
「んぐっ……!」
喉口へ亀頭が当たり、息が詰まる。
姉のことを知るには、このまま聞くしかない。
桜は涙の滲む目を閉じ、舌を動かした。
「唾、溜めろよ。乾いてんぞ」
唾液を飲み込まず、口の中へ集める。ペニスを抜かれると、濡れた糸が唇から先端へ伸びた。
ぬちゃ、ちゅぷっ。
もう一度、ゆっくり咥える。
「まだ時間稼ぐ気か。言っとくけど、三人イカせるまで目的地には着かないから」
「……っ」
動きが止まりかけた桜の横で、カーテンが一気に開いた。
真昼の光が差し込む。
「ちょ、ルート見せるなって言われてるんじゃ」
後席の男が身を起こした。
「まだ近場だしいいだろ。それより桜ちゃんに外見せてやろうぜ」
繁華街だった。
歩道を買い物客が行き交い、信号待ちの列が車のすぐ横にある。ガラスへ顔を向けた誰かが、膝をつく桜へ気づいてもおかしくない。
「このまま知らない人に見てもらう?」
金髪男が後頭部を掴み、腰を前へ出した。
ペニスが喉へ押し込まれる。
「んぐっ……! んんーっ!」
両手を膝から離して押し返そうとした瞬間、向かいの男に手首を掴まれた。
「手ぇ使うなって言われただろ」
掌を男の膝へ戻される。
外から見える。逃げようと顔を上げれば、そのぶん桜の姿が窓へ近づく。
「ほら、人来たぞ。見つかる前に気持ちよくして」
桜は目尻に滲んだ涙を堪え、首を動かした。
ずちゅっ、ぬちゅっ。
先ほどまでの遅さを捨て、喉の手前まで咥えては抜く。舌で亀頭の裏を擦り、頬を窄めて強く吸う。
「んっ、んぅ……んんっ……!」
苦しい声が漏れるたび、三人が笑った。
通行人の影が窓を横切る。
気づかないで。
そう願いながら、自分から男のペニスを激しく吸っている。
「ああ、いい。そろそろ出るぞ。喉、開けとけ」
桜は首を振ろうとした。
髪を掴む手が強まり、亀頭が舌の奥へ押しつけられる。
「んぐぅっ!」
どくっ、とペニスが脈打った。
熱く粘る精液が舌の奥へ飛ぶ。次が上顎へ当たり、三度目は直接喉へ流れ込んだ。
どくっ、どくっ。
口を離せない。溜まった量に息が詰まり、桜の喉が反射的に上下した。
「そう、全部飲め」
ごくっ。
飲み下すたび、濃い塩気が喉へまとわりつく。
最後の一滴まで舌へ落とされてから、ようやく頭を放された。
桜は咳き込み、男の膝へ置いたままの手を震わせた。
カーテンが閉まる。暗さが戻っても、見られる恐怖は胸から消えない。
「次、俺いいすか」
向かいの男が立った。
金髪男に顎を向けられ、桜は膝立ちのまま身体の向きを変えた。
二人目は最初から硬くなっていた。
桜は自分の腿へ両手を置く。震える指で布を掴み、舌を出した。
「ちゃんと根元まで舐めて」
陰嚢の近くから濡れた舌を上へ這わせる。汗の苦みと、先ほど飲まされた精液の味が口の中で混じった。
ぺちゃっ、ちゅっ。
亀頭まで舐め上げて咥える。
「さっきみたいに吸えよ」
後頭部へ手を添えられただけで、桜の身体が怯えて強張る。押される前に深く含み、頬を窄めた。
「んぅっ……んっ、んん……」
男は桜の恐怖を確かめるように浅い動きを何度か繰り返したあと、急に腰を突き出した。
亀頭が喉口へ当たる。
「おっ、締まる。吐くなよ」
桜は鼻から短く息を吸った。顎が疲れ、口を開き続けるだけで痛い。それでも止めれば、またカーテンを開けられる。
姉へ続く道も閉ざされるかもしれない。
腿を掴む手に力を込め、自分から頭を上下させた。
「んっ……ふぅっ、んぐっ……!」
ずちゅ、ずちゅっ、と速度が上がる。唾液が口角から顎へ垂れた。
「そういえば、凛ちゃんマワしたとき撮影したやつ、あれ売るんすか? 電車の中とかのも」
「まだ止められてる。良い編集ができたんだけどなぁ」
金髪男が残念そうに答えた。
「色んなとこで撮りましたしね。大作っすよ」
二人目が口惜しそうに続ける。
撮影されていた。少なくとも、男たちはそう話している。
姉が男たちにされたことが、映像として残されているという。
(売るって……そんな……)
誰が止めているのか。何のために残しているのか。
桜が目を見開いたまま動きを鈍らせると、二人目が後頭部を掴んだ。
「止まるな」
「んぐぅっ……んっ……!」
腰を押しつけられ、二人目が桜の口内で短く脈打った。
「出る」
どくっ。
精液が頬の内側へ広がる。一人目より少ない。けれど、飲み込む前にもう一度腰を押しつけられ、残りを喉へ塗り込まれた。
「んぐっ……ごくっ……」
桜が精液を飲み下すあいだに、二人目は満足そうに座席へ戻った。
入れ替わった三人目は、すでにズボンを開いている。
休ませる気はない。
「ほら。俺で最後」
「少し、待って……ください」
「待ったら着くの遅れるけど?」
桜は目を閉じた。
顎の痛みも、喉の熱も、口いっぱいに残る他人の味も、姉へ近づくための代償だと言い聞かせる。
三人目のペニスを咥えた。
「んむっ……」
この男は頭を押さえず、桜に動かせた。
それが自由なのではない。止まれば金髪男の指がカーテンへ伸び、車がどこかで桜を降ろす。
ちゅぷっ、ぬるっ、ぴちゃっ。
桜は舌を裏筋へ押し当て、首を振るように亀頭を舐め回した。吸って、抜いて、唾液を絡め、また奥まで含む。
「この子、嫌がってるわりに覚えるの早いな」
「天然だからな」
聞こえないふりをする。
身体が反応を覚えたのではない。どうすれば早く終わるかを、奪われながら選んでいるだけだ。
「もっと速く」
姉へ続く道を失わないため、桜は従った。
顎が震え、喉から苦しい声が漏れる。男の呼吸が荒くなるほど、首の動きを速めた。
「あ、出る……そのまま」
陰嚢が縮み、亀頭が舌の上で膨らむ。
どくっ、びゅっ。
粘い精液が口蓋へ飛び、唇の隙間から一筋こぼれた。
「こぼすなよ」
指で口角を塞がれる。
桜は目を潤ませたまま、口内の精液を二度に分けて飲み込んだ。
ごくっ、ごくっ。
空になった口にも塩辛さだけが残る。
これで終わる。
そう思って顔を離した桜の前へ、また金髪男が座った。
「よくできました。じゃ、着くまで仕上げな」
「三人、終わったはずです」
「俺はもう一回出せなんて言ってないよ。舐めてろってだけ」
勝手に決めた条件は、男たちにとって約束ですらなかった。
桜は睨み上げた。
金髪男は笑い、膝を叩く。
「その顔のままでいいから、手ぇ置いて」
桜は再び両手を男の膝へ置いた。
一度射精したペニスはまだ濡れ、精液と唾液の匂いを残している。唇で先端を挟み、舌を当てた。
ぺろっ、ちゅっ。
動く車内で、いつ終わるかも分からないまま舐め続ける。
顎が痛い。喉が熱い。飲み下した三人分が胃の中にあると意識するたび、吐き気が込み上げる。
男の膝に爪を立て、怒りをそこだけへ逃がしながら、桜は舌を這わせ続けた。
やがてペニスが再び硬さを取り戻した頃、車の速度が落ちる。
「お。着いたな」
ブレーキに身体が傾いた。
金髪男の膝を掴んで堪え、桜はようやく口を離した。
唇と顎についた精液を手の甲で拭う。どれだけ拭っても、喉の奥へ貼りついた味までは消えなかった。
◇
スライドドアが開くと、白い昼光が目に刺さった。
「気持ちよかったよ、桜ちゃん。また店来てくれよな」
桜は答えない。
立ち上がる。狭い床へついていた膝が痺れていた。段差を降りた拍子に胎内の重みが揺れ、服の下の貞操帯が股間へ食い込む。粘体だけは最後まで動かなかった。
振り返り、男たちを睨む。
「姉さんにしたことを、忘れません」
「こわ。凛ちゃんにそっくり」
笑い声とともに扉が閉まった。
黒塗りのバンは、桜だけを残して走り去る。
目の前にあったのは、ホテルのように広いエントランスだった。
磨き上げられた床。深い赤の絨毯。壁際には角の大きな鹿や、牙を剥いた獣の剥製が並ぶ。宿泊客も係員も見えない。大きな施設なのに生活音がなく、高級というより、所有する力を見せつけるための空間に思えた。
スマホを確かめる。
士郎からの返信は、まだない。
自動ドアへ近づくと、音もなく左右へ開いた。
外の排気と精液の匂いを押し流すように、花とも香木ともつかない甘い香りが流れてくる。
その奥に、スーツ姿の男が立っていた。
「お疲れ様です、桜さん」
穏やかな声。
土曜の朝、電話で時刻だけを告げたジェイクだった。
「ジェイク……さん」
桜は歩み寄り、痛む顎を上げた。
「さっきの男たちは、あなたが寄越したんですか」
「道中のことは存じません」
ジェイクは困ったように眉を下げる。
「私も、ただの召使のような存在ですので」
謝罪も、驚きもなかった。
知らないと言いながら、桜がその車でここへ着くことだけは知っていた。
「……姉さんは、ここにいるんですか」
ジェイクは答えず、奥へ続く扉へ手を向けた。
「こちらへどうぞ」
背を向けて歩き出す。
桜はその背中を睨んだ。
口と喉には三人分の精液の味が残っている。胎内にも別の男たちが残したものが閉じ込められ、腰には外せない金属がある。好きな人には何も告げられず、その人からの返事もない。
それでも、扉の向こうに姉がいる可能性だけは捨てられなかった。
ジェイクが通った扉が、ゆっくり閉まり始める。
桜はスマホを握り直し、その隙間へ身体を滑り込ませた。
「姉さん……」
答えの代わりに、扉が背後で閉じた。