※この作品はR-18です。

濁った宝石   作:湖畔R

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第3話 日常の向こうの請求書

 冬木の朝は、澄んでいた。

 

 風は冷たいが、空は高く晴れている。通学路へ斜めに差し込む光が、隣を歩く衛宮士郎の赤みがかった髪を照らしていた。

 

 遠坂凛は、その横顔をちらりと見て、唇の端を上げる。

 

 研究は順調だ。

 

 新しい触媒は安定して反応を返し、留学前の計画も一段先まで見通せるようになった。昨夜の映画館で交わした言葉と体温も、胸の奥にまだ甘く残っている。

 

 何もかもが、うまく回り始めたように思えた。

 

「今日の授業、午前中で終わりだろ」

 

 士郎がいつもの調子で言う。

 

「そうね。わたしは終わったらすぐ帰る予定だけど」

 

「いつもの研究か? 俺も手伝うよ」

 

「いいわよ。アンタも自分の訓練をしておきなさい。来年の留学までに間に合わせることが、山ほどあるんだから」

 

「遠坂こそ、根を詰めすぎだ。昨日だって、帰ってからもやってただろ」

 

「一時間だけよ」

 

「いや、その顔は二、三時間やった顔だ」

 

 凛は足を止めかけた。

 

「……なんで分かるのよ」

 

「勘」

 

「そんな曖昧な根拠で、遠坂の当主を断定しないでくれる?」

 

「じゃあ、外れか?」

 

「…………」

 

「当たりだな」

 

 士郎が小さく笑う。

 

 その笑顔が朝の光に溶けた。昨夜の温度が胸へ戻り、凛は悟られないよう前を向く。

 

(……調子に乗ってるわね、わたし)

 

 研究も、留学も、士郎との時間も。全部、自分なら手放さずに進められる。

 

 そんな万能感さえ、今朝は少しだけ許される気がした。

 

「姉さんと先輩、おはようございます」

 

 前方から、柔らかい声が届いた。

 

 見ると、間桐桜が立っていた。紫がかった長い髪を朝風になびかせ、制服の裾をきちんと揃えている。控えめな微笑みも、いつもどおりだった。

 

「おはよう、桜」

 

 士郎が自然に返す。

 

 凛はほんの少し遅れて、頷いた。

 

「……おはよう。今日は朝練ないのね」

 

「はい。姉さんたちと一緒に行けるかと思って」

 

 三人で歩き始める。

 

 桜の声は穏やかだった。けれどその目は、並んでいた凛と士郎を一度見て、すぐに前へ戻る。微笑ましく思っているだけではない、薄い寂しさが一瞬だけ滲んだように見えた。

 

 凛は、それを見なかったふりをした。

 

「研究、順調なんですか?」

 

「ええ、まあね。新しい触媒がいい感じよ。来年の留学までに、もう少し形にできそう」

 

「よかったです。姉さん、頑張ってますね」

 

「当然よ。やるからには徹底的に、だもの」

 

 胸を張った凛へ、士郎が横から口を挟む。

 

「遠坂、最近機嫌はいいけど、頑張りすぎなんだよ」

 

「うるさいわね。アンタのせいでもあるけど」

 

「俺のせい?」

 

「……何でもない」

 

 桜が口元を押さえ、小さく笑った。

 

「姉さんと先輩、本当に仲、いいですね」

 

「べ、別に普通よ」

 

「はい。では、普通ということにしておきます」

 

「桜まで何よ、その言い方」

 

 問い詰めても、桜は微笑むばかりだった。

 

 朝の通学路は、生徒たちで少しずつ混み始めている。三人で並ぶには狭くなり、桜が半歩後ろへ下がった。

 

 士郎はそれに気づいたのか、自然に話を振る。

 

「桜も最近どうだ? 部活とか」

 

「弓道部は、いつもどおりです。先輩が来てくれると、みんな喜ぶんですよ」

 

「俺は、たまにしか行けないけどな」

 

「それでも十分です。先輩がいるだけで、雰囲気が違いますから」

 

 桜は優しい。

 

 士郎に対しても、凛に対しても。姉として慕い、二人の幸福を心から喜ぼうとしてくれている。

 

 だからこそ、その優しさの奥にある寂しさへ、凛はうまく踏み込めなかった。

 

 来年、凛と士郎は冬木を離れる。

 

 桜は、ここに残る。

 

(……姉として、ちゃんとしないと)

 

 何をすれば「ちゃんと」なのか、まだ言葉にはできない。それでも、距離を見ないふりだけはしたくなかった。

 

「桜。今日の午後、空いてる?」

 

「はい。どうかしましたか?」

 

「ちょっと遠坂の家に寄らない? 簡単な実験を見せてあげるわ」

 

 桜の青紫の目が、わずかに輝いた。

 

「いいんですか?」

 

「いいわよ。アンタも遠坂の血を引いてるんだから、少しは見ておきなさい。ただし、基礎部分だけ。危険なところには触らせないわよ」

 

「……ありがとうございます、姉さん」

 

 桜の返事は、いつもより少しだけ弾んでいた。

 

 士郎も満足そうに頷く。

 

「いいな。俺もあとで行く」

 

「士郎は台所」

 

「なんでさ」

 

「終わったら夕飯を三人で食べるの。役割分担よ」

 

「先輩のお料理、楽しみです」

 

「桜、甘やかさないで。こいつ、頼まれると際限なく作るんだから」

 

「凛が一番食べるだろ」

 

「成長期なのよ」

 

「三年生でもですか?」

 

 珍しく桜まで乗ってくる。

 

 凛が振り返ると、妹は少しだけ肩をすくめた。それでも笑みは消えない。

 

「二人とも、いい度胸ね」

 

「俺は事実を言っただけだぞ」

 

「わ、わたしもです」

 

 笑い声が、朝の雑踏へ溶けていく。

 

 桜の表情がほどけたことに安堵する一方、凛は留学までの時間が思っていたより短いことも感じていた。

 

 校門が見えてくる。

 

「姉さん、先輩と一緒に留学するんですよね」

 

 桜が、今度はまっすぐ尋ねた。

 

「ええ。決まってるわ」

 

「……よかったです。少し、寂しいですけど」

 

「会える時間が減るだけよ。なくなりはしないわ」

 

 凛は歩調を緩め、桜と肩を並べる。

 

「帰ってくるし、連絡もする。遠坂の家だって、アンタが来たいなら来ればいい」

 

「……はい」

 

「桜こそ、こっちに残るんだから。ちゃんとやりなさいよ」

 

「はい。わたしも頑張ります。姉さんたちが帰ってくるまで、冬木を守っておきますね」

 

「大げさよ」

 

「でも、本当です」

 

 校門をくぐる前、凛は桜の横顔を見る。

 

(……大事な妹、だもの)

 

 離れることと、失うことは違う。

 

 その当たり前を守れる未来にしたかった。

 

 そのとき、道路脇に停まった黒い車の窓が朝日を返した。

 

 濃いガラスに、校門と制服姿の三人が歪んで映っている。助手席側に、カフェで見たものと似た淡い色の袖があった――ような気がした。

 

「凛?」

 

 士郎に呼ばれ、凛は意識を戻す。

 

「何でもない。行きましょ」

 

 魔力の気配はない。

 

 誰かの送迎か、近くへ来た営業車だろう。わざわざ足を止めて調べるほどの根拠はない。朝の日常には、意味のない雑音もいくらでも混じる。

 

 三人が校舎へ入る直前、背後で低いエンジン音がした。

 

 凛は振り返らなかった。

 

 放課後に桜へ見せる触媒と、士郎に何を作らせるかで、頭の中はもう満ちていた。

 

 その日の実験は、予定どおり行われた。

 

 凛が危険な工程を引き受け、桜には基礎部分だけを見せる。実験を終えれば、台所から士郎の声が飛んできた。三人で食卓を囲み、桜は何度も楽しそうに笑った。

 

   ◇

 

 その実験と夕食から、三週間が過ぎた。

 

 夜の遠坂邸。

 

 自室の机に向かった凛の前で、新しい触媒が淡く光っている。

 

 研究は次の段階へ進んだ。その証拠として、触媒の中央には髪の毛ほど細い亀裂が走っている。

 

 成功の印であり、同時に期限の印でもあった。

 

 来週までに同質の宝石を追加できれば、術式は安定する。間に合わなければ、ここまで蓄えた魔力は亀裂から抜け、最初からやり直しになる。

 

 凛は注文票と口座残高を見比べた。

 

 次回送金に含まれる上乗せ分を前提にすれば、必要な宝石へ届く。

 

 計算を確かめ終えたところで、机の上のスマートフォンが震えた。

 

 ぶぶっ、ぶぶっ。

 

 表示された名前は、ジェイク。

 

 凛は一度だけ触媒を見てから、通話を取った。

 

「……はい」

 

「遠坂さん。夜分に失礼します」

 

 いつもの穏やかな声だった。

 

 けれど挨拶のあとに落ちた間が、いつもより長い。

 

「どうしたの。こんな時間に」

 

「報告がありまして。少し、都合の悪い話です」

 

 凛の指が、スマートフォンを握り直す。

 

「都合の悪い話?」

 

「私の事業の一部が、うまくいっていません。資金繰りが一時的に厳しくなりまして……次回の上乗せ分を、予定どおりには実行できなくなりました」

 

 部屋の空気が、すっと冷えた気がした。

 

「……は?」

 

 凛は椅子から腰を浮かせる。

 

「どういうことよ」

 

「申し訳ありません。援助が完全に止まるわけではありませんが、裁量分の額を大幅に減らさざるを得ない状況です。研究に支障が出るかもしれません」

 

「契約違反よ」

 

「最低保証額は履行します。ですが、初回と同等の上乗せは契約上、任意です」

 

 反論しようとして、言葉が止まった。

 

 契約書の条文が、頭の中に浮かぶ。

 

 条件の後付けは防いだ。研究成果と生データの所有権も守った。最低保証と裁量分も、混同しないよう分けて書かせた。

 

 だからこそ分かる。

 

 ジェイクの言葉は、契約上は正しい。

 

 上乗せが継続するとは、どこにも書かれていない。見落としたのではない。初回と同じだけ続くと、凛が期待したのだ。

 

 その期待を前提に、研究を先へ進めた。

 

「具体的に、どれくらい?」

 

「現状では、これまでの半分以下になる可能性があります。回復の見込みはありますが、時間がかかります」

 

「半分以下……」

 

 視線が注文票へ落ちる。

 

 届かない。

 

 宝石にも、触媒にも。来年までに研究を形にする計画にも。

 

「……何か、方法は?」

 

 口にしたあとで、凛は唇を噛んだ。

 

 自分から訊いた。

 

 ジェイクが沈黙する。

 

 ほんの数秒の間が、ひどく長く感じられた。

 

「一つだけ、あります」

 

「言いなさい」

 

「その方は、大きな資産を持つ資産家です。私よりもはるかに余裕があり、魔術についても知識をお持ちです。そして、あなたのような才能ある方へ、特別な関心を示しておられます」

 

 特別な関心。

 

 選ばれた言葉が、凛の背筋を冷たく撫でた。

 

「その資産家と会えば、金を出すってこと?」

 

「直接お会いして、お話しする機会をいただければ。その方の支援が得られれば、資金の問題は一気に解決します。これまで以上に潤沢になる可能性もあります」

 

「……何をすればいいのよ」

 

「その方の望む形で、少しお付き合いをしていただく。それだけです」

 

 沈黙が落ちた。

 

 凛はスマートフォンを耳へ当てたまま、目を閉じる。

 

 昨夜の映画館。

 

 今朝の登校。

 

 士郎の手。桜の笑顔。三人で囲んだ食卓。

 

 全部、綺麗なままの日常だった。

 

「……『付き合う』って、どういう意味よ」

 

「遠坂さんなら、お分かりかと」

 

「あんたの口から言いなさい」

 

 声が硬くなる。

 

「その男の性的な望みに応じて、身体を差し出せ。そういう話なのね」

 

 受話口の向こうで、ジェイクは否定しなかった。

 

「先方は、あなたとの親密な時間を望んでいます」

 

「言い換えて誤魔化さないで」

 

「……はい。あなたが理解されたとおりです」

 

「嫌よ」

 

 考えるより先に、言葉が出た。

 

「当然のお気持ちです。私としても、あなたへ無理をお願いするつもりはありませんでした」

 

「なら、この話は終わりね」

 

「ですが、このままでは研究が止まります」

 

 声は穏やかなままだった。

 

 だからこそ、その一言が逃げ道を塞ぐ。

 

「他に手段がありません。あなたの才能を、無駄にしたくないのです」

 

「止めたくないから、こんな話まで聞いてるんじゃない」

 

「はい。ですから、判断に必要な情報はすべてお伝えします」

 

 綺麗事だ。

 

 けれど、その裏に現実がある。

 

 資金がなければ研究は止まる。期限に間に合わなければ、今ある成果も消える。士郎へ困っていると知らせれば、あいつはきっと、自分のために貯めた金も時間も差し出す。

 

 ――困ったときまで、一人で片づけるな。

 

 優しい約束が蘇る。

 

 同時に、その約束を口にした士郎の未来まで浮かんだ。

 

(……嫌だ。あんな顔、させたくない)

 

 身体を差し出すのも嫌だ。

 

 士郎に自分を差し出させるのも嫌だった。

 

「そいつは、どういう人なの」

 

 口から出た質問に、凛自身が息を詰める。

 

 拒絶したはずなのに、条件を聞いている。

 

 違う、と内心で言い聞かせた。これは受け入れるためではない。他に道がないと決める前に、危険の形を把握するためだ。

 

「初老の紳士です。礼儀正しく、交渉も誠実です。ただ、好みが少し特殊なところがあります」

 

「特殊、ね」

 

「あなたのような、若く美しく、強い力を持った方に惹かれるそうです」

 

「魔術師が好みの変態、ってこと?」

 

「……魔術そのものは使えませんが、知識はお持ちです。遠坂さんの価値を、正しく理解しておられる」

 

 価値。

 

 今度は、その言葉が何を指すのか分かった。

 

 遠坂の魔術ではない。

 

 才能でも、研究成果でもない。

 

 凛の身体へ付けられた値段だ。

 

 胃の奥が重く縮む。凛は唇を噛み、声だけは震わせまいと息を整えた。

 

「……期間は」

 

「四回です。その方は、四度の奉仕と引き換えに、必要額を補填すると約束してくださいます」

 

「四回を終えれば、それ以上はない?」

 

「その条件で先方へ伝えます」

 

「伝える、じゃない。最初から書面に入れて」

 

 凛は机へ戻り、メモを引き寄せた。

 

 ペンを握る。

 

 これは契約交渉だ。

 

 そう形を与えなければ、声を保てそうになかった。

 

「避妊は」

 

「必須にできます」

 

「『できる』じゃない。避妊は必須。撮影、拘束、第三者の同席はなし。要求は四回を超えない。わたしが中止を告げたら、その時点で終わり」

 

 紙の上へ、一項ずつ書きつける。

 

「条件の追加と変更は、双方が書面で再合意した場合だけ有効。それ以外は拒否できるようにして」

 

「承知しました」

 

「破ったら、その場で全部終わりよ」

 

「先方も、無理強いは望まないでしょう」

 

「あんたの予想は聞いてない。書面にしなさい」

 

「……はい」

 

 ジェイクは苛立たない。

 

 最初の契約交渉でもそうだった。凛が条件を挙げれば、穏やかに受け入れ、こちらが主導権を持っているように見せる。

 

 その従順さに安心しかけた自分を、凛は奥歯を噛んで止めた。

 

「遠坂さんなら、問題なく終えられると思います」

 

「問題あるに決まってるでしょう」

 

 身体を差し出す。

 

 士郎へ隠して。

 

 遠坂の誇りを、四回に切り分けて売る。

 

 何が問題ないものか。

 

「……考えるわ」

 

「できるだけ早く、お返事をいただけると助かります。触媒の期限も近いですね」

 

 凛の視線が、亀裂へ戻る。

 

 細い裂け目の奥で、淡い光が揺れていた。

 

「……どうして知ってるの」

 

「先月の進捗報告に、反応周期が記載されていました。急かす意図はありません。ただ、判断材料は正確であるべきですから」

 

「親切ね」

 

「あなたの研究を止めたくないだけです」

 

「分かった。時間をちょうだい。本当に他に道がないのか、一晩かけて調べる」

 

「もちろんです。では、失礼します」

 

 通話が切れた。

 

 つう、と短い電子音がして、部屋へ静けさが戻る。

 

 凛はスマートフォンを机へ置いた。

 

 すぐには動けなかった。

 

 指先が冷たい。胃の奥へ沈んだ重さは、呼吸をしても消えない。

 

 それでも両手で顔を覆ったのは、ほんの数秒だけだった。

 

 感情を脇へ押しやる。

 

 まだ、受けると決めたわけではない。

 

 代替策を探す。

 

 凛は手帳、口座残高、注文票を並べた。

 

「預金は……足りない」

 

 声に出し、最初の案を消す。

 

「手持ちの宝石を売れば、必要な触媒は買える。でも、別の術式が半年止まる」

 

 次の案も消す。

 

「注文を延期すれば――」

 

 触媒の亀裂を見る。

 

 来週を越えれば、蓄えた魔力が抜ける。ここまで積み上げた成果は失われ、最初からやり直しだ。

 

 延期は、延期ではない。

 

 現在の研究を捨てる選択だった。

 

「……やるしか、ないのかしら」

 

 誰に問うでもなく、独り言が落ちる。

 

 違う。

 

 まだ一つ、残っている。

 

 凛はスマートフォンを手に取り、士郎とのメッセージ画面を開いた。

 

『少し相談がある』

 

 そこまで打って、指が止まる。

 

 ――困ったときまで、一人で片づけるな。

 

 昨夜の声が、今度はさっきより鮮明に蘇った。

 

 送信すれば、士郎は来る。

 

 事情を聞き、来年のために貯めた金を出す。足りなければ働く時間を増やす。自分の訓練も睡眠も削って、それを大したことではないように言う。

 

 目に見えるほど、想像できた。

 

 自分の身体を差し出すか。

 

 士郎の未来を差し出させるか。

 

 凛には、二つしか残っていないように見えた。

 

 親指を動かす。

 

 入力した文字を、一文字ずつ消した。

 

 四回で終わる。

 

 避妊は必須にする。撮影も、拘束も、第三者も認めない。中止権がある。条件を増やすには、書面での再合意が要る。

 

 自分なら管理できる。

 

 そう結論しなければ、選べない。

 

 スマートフォンが一度だけ震えた。

 

 ジェイクからホテル名と契約書が届いた。

 

 まだ返事をしていない。

 

 それなのに、準備だけはもう整えられている。

 

 凛は添付を開かず、スマートフォンを伏せた。

 

 ぴし、と微かな音がした。

 

 机上の触媒を見る。

 

 中央の亀裂から、蓄えた魔力が細い光となって漏れていた。

 

 来週までの研究期限。

 

 明日までの回答期限。

 

 二つの時間が、同じ亀裂の上で重なる。

 

「……明日、答えを出す」

 

 誰もいない部屋で、凛は自分に言い聞かせた。

 

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