指定されたホテルの個室へ入った瞬間、背後でドアが閉まった。
かちり、と小さな音がする。
それだけで、廊下まで続いていた日常を切り離された気がした。
遠坂凛はドアから手を離し、息を整えた。手の中には、昨夜届いた契約書がある。
契約書は四度読み返した。
全四回。避妊必須。撮影なし。拘束なし。第三者の同席なし。拒否した追加条件は実行しない。要求の変更には書面での再合意が必要。報酬はジェイクを経由し、研究費へ充当される。
自分で確認した。
自分で境界を引いた。
それでも、紙を持つ指先の震えは止まらなかった。
士郎にも、桜にも何も言っていない。
相談すれば止められる。止められなくても、士郎は自分の金と時間を差し出す。だから黙ってきた。その判断を正しいと言い切るには、胸の奥が重すぎた。
部屋は静かで、いかにも高級な造りだった。厚い絨毯、磨かれたテーブル、奥に置かれた大きなベッド。窓を覆うカーテンの隙間から、昼の光が細く差している。
その光の外で、ジェイクから紹介された資産家がソファに座っていた。
白髪混じりの初老の男。仕立てのいいスーツに、穏やかな笑み。立ち上がりもせず凛を眺める目だけが、値踏みするようにゆっくりと上下した。
「遠坂凛さん。お越しいただき、光栄です」
低く、丁寧な声だった。
「話は、ジェイクから聞いています」
「その前に条件を確認するわ」
凛はソファへ近づかず、テーブルの反対側で契約書を開いた。
「全四回。避妊は必須。撮影、拘束、第三者の同席は禁止。わたしが中止を告げたら、その時点で終わり。追加や変更は、双方が書面で再合意した場合だけ有効よ」
一項ずつ読み上げる。
男は口を挟まなかった。最後まで聞いてから、鷹揚に頷く。
「確認しました。いずれも承知しています」
「なら、始める前に部屋を確認させてもらうわ」
「どうぞ。慎重なのは結構なことです」
凛は室内へ視線を巡らせた。
見える範囲に撮影機器はない。室内に第三者はいない。ベッドの周囲に拘束具はなく、男の手元には未開封の避妊具が置かれている。
確認できるものを一つずつ潰していく。
恐怖を、手順に変えるために。
「これでいいわ」
「では、こちらからも一つお願いがあります」
男はそこで初めて立ち上がった。
ゆっくりとテーブルを回り込み、凛との距離を詰めてくる。
「私は、君のような存在に触れる日を、長く待っていました。せっかくなら、ただ身体を重ねるだけでは惜しい」
凛は一歩、後ろへ下がった。
「何を求めているの」
「魔術で、意識を同調させてください。君の感覚と、私の感覚を重ねたい」
契約書を握る指へ、力が入る。
「……それは条件にないわ」
「行為の内容ではなく、味わい方のお願いです」
「言い換えないで。神経を繋げろって言ってるのね」
「ええ。一時的に。私には扱えません。魔術師である君にしかできない方法ですから」
「嫌よ」
凛は即座に答えた。
男の笑みは崩れない。
「お断りになるなら、今回の支援は成立しません。その点は、ジェイクにも伝えてあります」
部屋の空気が、急に重くなった。
契約書には、感覚同調を義務づける条項はない。
だが、男が金を出さないと言えば、ここで終わる。
来週までに必要な宝石は買えない。触媒の亀裂から魔力が抜け、積み上げた成果は失われる。
士郎へ助けを求めれば、あいつは迷わず自分を削る。
凛は奥歯を噛み、男を睨んだ。
「同調を維持するかどうかは、わたしが決める。切ると言ったら、その瞬間に終わりよ」
「もちろんです」
穏やかな返答だった。
凛は契約書をテーブルへ置き、右手を胸元へ添えた。
意識同調は、一方的に掛けられる術ではない。
凛が自分の魔術回路を開き、感覚の一部を相手へ接続している間だけ成立する。閉じれば切れる。術の主導権は自分にある。
そこにもまだ、自分の選択がある。
(……一回として数えさせる。終わったら、すぐに切る)
小さく息を吸い、魔力を循環させた。
青白い光が指先に灯る。
意識の端を細く伸ばし、目の前の男へ触れさせる。
繋がった瞬間、ぞくりと熱が走った。
「……っ」
凛は胸元を押さえる。
まだ触れられてもいないのに、男の期待が熱の塊となって神経へ流れ込んできた。逆に、凛の強張った呼吸や皮膚の粟立ちも、男へ伝わっている。
「素晴らしい」
男が目を細めた。
「まだ君の中へ入ってもいないのに、もう深く繋がったあとのように、二人の感覚が一つになっている。この心地よさ……やはり、魔術師は格が違いますね」
「感想はいい。さっさと始めて」
「では、お言葉に甘えましょう」
男はソファへ腰を下ろし、脚を開いた。
「まずは口で、丁寧にしてもらいます。焦らなくていい」
第一回。
そう数え、凛は男の前へ進んだ。
膝を折り、絨毯へつく。
男がベルトを外し、スラックスの前を開いた。下着から取り出された陰茎はすでに硬く、凛の目の前でどくん、どくんと脈打っている。
同調を通じて、その脈動のたびに高まる期待まで伝わってきた。
凛は右手を伸ばす。
熱い肉を掴んだ瞬間、男の神経を走った快感が、自分の掌から腕を逆流した。
「ん……っ」
喉の奥で声が詰まる。
「握っただけで分かるでしょう。君の手が、私に何をしているのか」
「黙って」
凛は唇を湿らせ、亀頭へ近づいた。
ちゅぷっ。
先端を唇で包む。舌先で裏側をなぞると、相手の快感が鋭い熱となって自分の下腹へ落ちた。
「……んっ」
嫌悪とは関係なく、身体の内側が反応する。
(これは、わたしの気持ちじゃない)
そう切り分けながら、少しずつ咥え込む。
じゅる……じゅぷっ。
唇を上下させ、舌を絡める。手に残した根元を握り、口の動きに合わせて擦る。
どの角度で舌が当たり、どれほどの圧力が男を喜ばせるのか。同調した感覚が、望みもしない正解を逐一教えてくる。
「そうです。そこを、もう少し強く」
「ん……んくっ……」
男の手が頭へ触れた。
髪を撫でるような手つきなのに、指は後頭部へ回り、逃げる方向を塞いでいる。
「急がなくていい。君の舌が私を撫でる感覚を、君自身にもゆっくり味わってもらいたい」
じゅぽっ、じゅるるっ、くちゅっ。
唾液が陰茎を濡らし、口元から細く垂れた。亀頭から滲んだ液が舌へ広がり、苦みが鼻へ抜ける。
男の快感が返るたび、凛の腹の底にも熱が溜まっていく。
理性では嫌だと分かっている。
この男に触れたいわけではない。咥えたいわけでもない。
それなのに、同調した神経は相手の高まりを自分のもののように伝えてくる。
(違う。これは研究の対価。四回のうちの、一回)
士郎の顔が浮かんだ。
映画館で、動く前に凛の意思を確かめた声。
触れる場所を告げ、痛くないかと何度も訊いた手。
目の前の男の快感が、それを上から塗り潰そうとする。
(ごめん、士郎)
凛は目を閉じ、口を動かし続けた。
「そろそろ出ます。全部、受け止めてください」
男の腰がわずかに浮く。
同調の向こうで絶頂の予兆が膨れ、凛の背筋まで震わせた。
「んっ、んん……!」
びゅるっ!
口内へ最初の熱が弾ける。
びゅっ、びゅるるっ……!
陰茎が舌の上で脈打ち、続けて精液を吐き出した。生温かい液体が口いっぱいに広がり、喉の手前へ溜まる。
男の射精感が同調を通じて流れ込み、凛の身体まで内側から痙攣した。
「んんっ……く、ぅ……」
息を止める。
ごくっ。
一度では飲みきれず、もう一度喉を動かした。
ごくんっ。
粘つく感触が喉を滑り落ちる。凛は口を離し、乱れた息を鼻から吐いた。
「よくできました」
頭上から落ちた声に、凛は唇を手の甲で拭う。
「これが一回目で、次が二回目?」
「まさか。これは一回目の前戯ですよ」
男は立ち上がると、未開封の避妊具を凛の前で開け、硬さを保った陰茎へ装着した。
凛はそれを目で確認する。
破れていない。根元まで覆われている。
「ベッドへ」
短い指示に、凛は自分で立った。
ベッドの端へ腰を下ろしたところで肩を押され、背中がシーツへ沈む。男の手がスカートを捲り、下着を横へずらした。
脚の間へ身体を入れられる。
避妊具に覆われた亀頭が、膣口へ触れた。
「では、入れますよ」
「……早くして」
ぬぷっ……。
濡れた入口が押し開かれる。
「んっ……!」
ぬちゅっ、ずぷっ……。
太い肉が膣壁を擦り、奥へ進んだ。自分を内側から押し広げられる感覚へ、男の「凛へ入っている」という快感が重なる。
一つの接触が、二人分の感覚になって神経を焼いた。
「あっ……く……っ」
「君の内側が、私を締めています。私が感じるほど、君にも返っている」
「説明、しないで……っ」
男が腰を引く。
ぬちゅっ。
膣壁を擦って陰茎が浅くなり、すぐにまた押し込まれた。
ずぷっ、ぬちゅっ、ぬちゅっ。
ゆっくりとした反復が続く。
凛はシーツを掴み、顔を横へ向けた。男の身体を見ないようにしても、同調した感覚からは逃げられない。
自分の膣が陰茎を締める感触。
それを男が味わう快感。
返ってきた熱で、さらに内部が濡れていく感覚。
身体だけが循環へ巻き込まれていく。
「んっ……あ、ぁ……」
漏れた声に、凛は唇を噛んだ。
(士郎の時と違うのは、同調のせい)
そうだ。男の快感まで重なって返ってくるから、身体がいつもより過敏になっている。
この男を望んでいるわけではない。研究を失う恐怖に押され、金と引き換えに横たわっているだけだ。
どれほど身体が熱を持っても、その違いだけは渡さない。
「声を抑える必要はありませんよ」
「……アンタのために、声を出す気はないわ」
「強情なところも美しい」
男の腰が速くなる。
ぱんっ、ぱんっ。
肌のぶつかる音が部屋へ響き、ぬちゅっ、ぐぷっ、と濡れた音が重なる。
「くっ……ん、あっ……!」
奥を突かれるたび、相手の快感まで腹の底へ流れ込む。凛は脚へ力を入れ、せめて声だけでも押し殺そうとした。
「もう出ます。君にも分かるでしょう」
分かってしまう。
男の腰の震えも、射精寸前に膨らむ熱も、自分の神経の内側にある。
「や……いや……っ」
びゅるっ……!
押し込まれた陰茎が脈打つ。
避妊具の中へ精液が吐き出される感覚まで、同調を通して凛へ流れ込んだ。
「っ……ぁ、く……!」
声を噛み殺し、凛は歯を食いしばる。
男の動きが止まった。
数度の脈動を残し、陰茎がゆっくり抜かれる。避妊具は外れていない。中身も漏れていない。
凛は身体を起こすより先に、魔術回路を閉じた。
ぶつり、と熱の循環が切れる。
男の満足が遠ざかり、自分の荒い呼吸と、膣内に残った鈍い熱だけが身体へ戻った。
「十分です。報酬は、ジェイクに直接渡しておきます」
凛は返事をせず、ずれた下着とスカートを直した。
避妊は守られた。
撮影機器も、第三者もなかった。
拘束されず、終わったあとには自分で同調を切れた。
少なくとも第一回は、書面に引いた境界の内側で終わった。
(……これなら、管理できる)
凛はそう考えた。
嫌な仕事を、終わりのある手順へ落とし込む。
全四回のうち、一回。
あと三回。
そう数えられたことを、凛は安心と呼ぼうとした。
◇
翌日。
二回目の個室へ入ると、男は挨拶もそこそこにソファを指した。
同じ部屋。同じ厚いカーテン。同じベッド。
昨日と変わらないはずなのに、男の目だけが、もう凛を客として見ていなかった。
「今日は、喉の奥まで咥えてもらいます」
男は脚を開き、凛へ近くへ来るよう手招きした。
「君との同調を、もっと深く味わいたい」
「……契約書にないわ」
凛は立ったまま返す。
「あんまり強くしたら同調を切るわよ」
「ええ。しかしその場合、今回分に含めるかは私次第です。ジェイクに確認していただいてもかまいませんよ」
凛の足が止まった。
「……数えない?」
昨日は見えなかったものが、その言葉で形を持った。
四回を数えるのは、凛ではない。
報酬の判定権も、自分の手元にはない。
契約書に回数を書かせても、相手が「一回ではない」と言えば、研究費へ届かない。
分かっていたはずの不均衡が、初めて鎖のように見えた。
「……分かった」
凛は男を睨んだまま、胸元へ手を添えた。
再び魔力を流す。
意識の端が繋がった途端、男の期待が熱となって押し寄せた。
昨日より強い。
すでに凛の口と身体が何を返すか知っている熱だった。
男は陰茎を取り出し、ソファの前に立つ凛を見下ろした。
「跪いて」
短い命令。
凛は唇を引き結び、膝をついた。
「まず、口を開けなさい」
顎へ指をかけられる。
硬い陰茎が唇へ押し当てられ、凛は仕方なく口を開いた。
次の瞬間、後頭部を掴まれる。
ずぶっ。
「んぐっ……!」
一気に深く押し込まれた。
亀頭が舌の奥を越え、喉口へ触れる。息が詰まり、凛の両手が反射的に男の腿を掴んだ。
「力を抜いて。喉で受け入れるんです」
「ん゛っ……む、り……っ」
首を引こうとしても、後頭部の手が動きを止める。
じゅぽっ。
一度浅く抜かれ、空気を吸う間もなく、また喉奥まで押し込まれた。
じゅぽっ、ぐぷっ、じゅるるっ……!
「んぐっ、ぅ……! 待っ……」
目尻から涙が溢れる。
喉を陰茎が擦る苦しさ。それを男が味わう強烈な快感。その快感が同調を通じ、熱となって凛の腹の底へ流れ込む。
苦しい。
嫌だ。
なのに身体は、相手の高まりを受けて熱くなる。
「我慢しろ。君の感覚が、私をさらに興奮させている」
再び頭を引き寄せられる。
ずぶっ、じゅぽっ、ぐぷっ。
「ん゛っ……! んぐ、ぅぅっ……!」
唾液が口端から溢れ、顎を伝った。
前後するたびに喉が擦られ、息が細く途切れる。男の快感はますます強くなり、同調した神経を通じて凛自身の腰まで震わせた。
(士郎……ごめん)
あの優しい声を思い浮かべても、今は喉を塞ぐ肉の感触と、相手から返る熱を消せない。
「出る……このまま受け止めろ」
行為の最中だけ、男の言葉から丁寧さが消えた。
後頭部を押さえる手へ力が入る。
「んっ、んんんっ……!」
びゅるるっ!
喉のすぐ手前へ、熱い精液が叩きつけられた。
びゅっ、びゅるっ……!
陰茎が何度も脈打つ。口内へ溢れるより早く奥へ流れ、凛は咳き込みそうになる喉を無理に動かした。
ごくっ、んくっ……。
「っ、げほ……! はっ、はぁ……っ」
ようやく頭を解放され、凛は片手を絨毯についた。
唾液と残った精液が顎から落ちる。喉は熱く擦れ、呼吸をするたびひりついた。
同調の向こうから、男の満足が余韻となって流れ続ける。
凛は震える手で口元を拭った。
男は息を整えながら、静かな口調へ戻った。
「次は、中に出させてください」
凛の動きが止まる。
「そうすれば、三回にしてもいい。つまり本日が終われば、あと一回です」
三回。
今日を終えれば、あと一回。
必要額へ届くまでの回数を、一度減らせる。
ホテルへ来る回数も、士郎へ嘘を重ねる回数も減る。
一瞬で利点が並ぶ。
けれど、その先にある感触を思った瞬間、身体の芯が冷えた。
避妊具なしで挿入される。
男の精液を、膣の中へ直接出される。
そこは絶対に渡さないと、自分で決めた境界だった。
「断る」
凛は顔を上げ、即答した。
「迷いませんね」
「ええ。契約の通り、避妊して」
「あと一回で終わっても?」
「何度言わせるの。避妊具を着けなさい」
「そこまで言うなら、無理強いはしません。君の意志を尊重しましょう」
男は凛の目の前で包装を破り、避妊具を陰茎へ被せた。
凛は根元まで装着されたことを確認する。
拒否できた。
境界を守らせた。
胸の奥へ、その事実だけを強く刻む。
「では、後ろを向いてください。今日は少し強くいきます」
凛はベッドへ移り、四つん這いになった。
両膝がシーツへ沈む。自分の手でスカートを腰まで捲り、下着をずらす。
背後へ男の体温が近づいた。
腰を掴まれる。
避妊具に覆われた亀頭が膣口へ押し当てられた。
ぬぷっ……。
「んっ……!」
昨日より速く、太い肉が入ってくる。
ぬちゅっ、ずぷっ!
「あっ……くぅっ……!」
一息に奥まで押し込まれ、凛の腕が震えた。
男の快感が同調を通じて返り、自分の膣を内側から突き上げられる感覚と重なる。
すぐに腰が引かれた。
ぬちゅっ。
また深く打ち込まれる。
ぱんっ! ずぷっ、ぬちゅっ。
「んっ、あ……っ! や、ぁ……!」
「よく響く。君の声も、同調を通じてこちらへ伝わっている」
「嫌……声、出さない……っ」
凛は唇を噛み、肘を張った。
だが男の腰は緩まない。
ぱんっ、ぱんっ、ぱんっ!
尻へ腿がぶつかり、そのたび膣奥を抉られる。同調した熱が遅れず返り、身体の内側で逃げ場のない輪を作った。
「んっ……く、ぅ……! あっ……!」
声が漏れるたび、男の興奮が高まる。
その高まりがまた凛へ流れ込み、濡れた膣が陰茎をきつく包む。
身体は反応しても、凛が望んだことにはならない。
その線だけを、意識の中で握り続ける。
(あと二回。これが終われば、あと二回)
「そろそろ出ますよ」
男が腰を深く押しつけ、陰茎が根元まで入ったまま強く脈打った。
びゅるっ……!
「っ、あ……!」
避妊具の中へ射精される。
直接注がれてはいない。それでも同調が、男の射精感を凛の腹の底へ流し込んだ。
びゅっ、びゅるるっ……。
続く脈動のたび、凛の指がシーツへ食い込む。
「ん……っ、く……ぅ……」
男は最後までゴムを外さず、激しく果てた。
やがて腰を引き、陰茎が抜ける。
凛はすぐに振り返った。
避妊具は装着されたまま。破損も、漏れも見えない。
確認してから、同調を切る。
ぶつり、と男の満足が遠のいた。
だが、喉と膣に残った感覚までは消えない。特に喉の奥には、男が射精した瞬間の熱が残響のように貼りついていた。
凛はベッドへ崩れ落ちるように座り、自分の腕を抱いた。
それでも拒否できた。
回数短縮を示されても、避妊を守らせた。
まだ選べる。
その事実を、凛は安全の証拠として握り締めた。
男はもうスーツを整え、ドアへ向かっていた。
「次回も、楽しみにしています。報酬は、昨日と同じくジェイクへ渡しておきます」
凛が返事をする前に、ドアが閉まった。
部屋に、一人残される。
荒い呼吸だけが、静かな個室へ落ちた。
凛は喉を押さえた。
「……あと、二回」
声が掠れる。
あと二回、耐えれば必要な資金が揃う。
そう信じなければ、ここまで来た意味がなくなる。
服装を直し、部屋を出る。
廊下へ出てすぐ、凛はスマートフォンを取り出し、ジェイクへ入金確認を送った。
返事は早かった。
『二回分、確かに受領しました。研究費への充当手続きを進めます』
凛は立ち止まり、画面を見つめた。
金額は書かれていない。
問い返す文を打ちかける。
指が止まった。
残り二回を終えれば、必要額は揃う。そのときまとめて確認すればいい。
今は、一回目も二回目も数えられた。
避妊も守らせた。
まだ自分で管理できている。
凛は入力欄を閉じ、スマートフォンを鞄へしまった。
ホテルを出る。
外には、昨日までと変わらない街の音があった。
士郎の待つ日常も、変わらずそこにある。
そう数え直しながら、凛は同調の残響が消えない喉を押さえ、そこへ戻っていった。