ベッドの傍らで、ジェイクは呼吸を止めた。
「そこにいるのは、誰なの」
目隠しの下で、遠坂凛が声のした方へ顔を向ける。
返事を待つだけの女ではない。シーツが沈む微かな音。衣擦れ。体温。匂い。息遣い。目を奪われた分だけ、残る感覚を研ぎ澄まして相手の輪郭を組み立てようとしている。
両手首は頭上で、両足首は左右へ開いた位置で寝台に固定されていた。拘束具の革へ力を込めても、かち、と金具が鳴るだけだ。麻痺薬は指一本どころか、魔力回路まで沈黙させている。
それでも凛の意識と声は死んでいない。
「返事をしなさい。ジェイクは、これを知っているの?」
知っている。
ジェイクは答えず、その問いを胸の内で受け止めた。
資金難は偶然ではない。最初に援助を与え、凛の研究を一気に進めた。成果が見え、いま止めれば積み上げた時間も触媒も無駄になる――彼女自身がそう判断する地点まで待ってから、送金を絞った。
資産家は金と場所と人間を用意し、その見返りに凛を求めた。ジェイクが必要とする過程と、あの男の欲望。その利害が一致しただけだ。
『私は、あなたが根源へ至る過程を、近くで見守りたい』
初めて会った夜に告げた言葉は、嘘ではない。
ただ、そこへ至るために何をするかを、彼女へ話していなかった。
「……そこにいるんでしょう」
凛は低く言い、聞き耳を立てる。
ジェイクはベルトへ手をかけた。
かち、と金具が鳴った。
凛の呼吸が一拍、止まる。
「待ちなさい。何をするつもり?」
頭上の手首が動く。ぎしっ、と革が軋み、拘束具がベッド枠を叩いた。脚を閉じようとしても足首は離れたまま、膝がわずかに内側へ震えるだけだった。
ジェイクは寝台へ片膝を乗せた。マットレスが傾く。
凛がすぐに顔を向けてくる。
「ベッドに乗らないで。さっきの男はどこ?」
返事はしない。
その沈黙さえ手掛かりに変えようと、凛は浅い呼吸を押し殺した。
ジェイクは彼女の右膝へ手を置く。びくっ、と腿が震えた。左膝にも掌を添え、固定された足首のあいだで、膝をゆっくり左右へ開いていく。
「やめなさい……っ」
奉仕を終えたばかりの股間には、資産家が残した熱と匂いがこびりついていた。濡れた肉のあいだから白い液が糸を引き、シーツへ染みている。
凛は腰を逃がそうとした。腹が強張り、尻がほんのわずか浮く。しかし麻痺した脚も拘束された腕も支えにならず、すぐに元の場所へ落ちた。
「誰なの。答えなさい。あの男の指示? 勝手に――」
ジェイクは熱を入口へ押し当てた。
濡れた陰唇が先端に押され、ぬるっ、と左右へ分かれる。
「……っ、生……?」
見えなくても、凛は接触の意味を悟った。
「待ちなさい。……入れるなら避妊して。聞こえてるんでしょう」
返事の代わりに腰を押す。
ぐちゅっ……。
先端が濡れた入口を押し広げ、柔らかな肉壁へ沈んだ。
「んっ……あ……! やめて、出して……!」
ぬちゅっ、ぬぷっ……。
一息に奥まで入れる。凛の背がびくんと反り、頭上の拘束具が、かちっ、と鳴った。
「あぁっ……!」
腹だけが逃げるように引きつる。腿は震えているのに、足首の位置は一寸も変わらない。目隠しの縁から滲んだ涙が、こめかみを伝って髪へ吸われた。
ジェイクは奥に留まったまま、凛の腹へ意識を澄ませた。
必要なのは、ただ彼女を汚すことではない。
異質な生命力を内側へ残したとき、五大元素を操る魔力回路がそれをどう受け止め、どんな痕跡を刻むのか。その反応が、彼には閉ざされた根源への道を開くかもしれない。
「何が目的よ……私の身体?」
凛は問いを重ねる。声が震えても、思考だけは止めない。
答えなら、最初の夜に伝えてある。
根源。
だが、今ここでそれを口にすれば、明日の仮面は剥がれる。
ジェイクは声を殺したまま腰を引いた。締めつける肉壁を先端が擦り、ぬちゅっ、と半ばまで戻る。次の瞬間には深く押し返した。
ぬぷっ……ぬちゅっ……。
「んっ……や……動かないで……!」
ゆっくりと往復するたび、凛の命令が短く千切れる。彼女は魔力を回そうとしているのだろう。下腹が硬くなり、指先まで力を送ろうと肩が震えた。
だが、回路は起きない。
頭上の拘束具が、かち、かち、と空しく返事をする。
ジェイクは腰をさらに深く沈めた。
ぬちゅっ……ぱんっ。
「あっ……!」
膣奥に先端が当たる。凛の喉が引きつり、開かれた脚のあいだで腹が小さく波打った。
それでも、鈍らされた魔力回路は完全には死んでいない。異物を押し返そうとするような、ごく微かな揺らぎがある。
ジェイクはその痕跡を逃さないよう、速度を上げる。
ぱんっ、ぱんっ、ぬちゅっ、ぬちゅっ……!
「あっ、や……っ、待って……!」
腰がぶつかるたび、凛の身体が寝台の上を揺さぶられる。手首の革が軋み、足首の金具が乾いた音を立てた。見えない相手の体重、熱、奥へ当たる角度。凛の世界を、接触だけが塗り潰していく。
ぬちゃっ、ぱんっ、ぬちゅっ……!
「いや……中には出さないで……!」
その言葉に、ジェイクの呼吸が大きく乱れた。
凛の顔が、音を追ってぴたりとこちらを向く。
「……今、息が変わった」
荒い息の隙間から、確信を拾い上げる声だった。
「私の言葉に反応したわね。私を知ってるんでしょう」
核心へ指が掛かった。
ジェイクは沈黙を守り、返事の代わりに腰を強く打ちつける。
ぱんっ! ぱんっ! ぬちゅっ! ぬちゃっ!
「あっ、あぁっ……! 答えて……!」
明日もパトロンを演じる。そのためには、吐息の一つでさえ声にしてはならない。
凛は目隠しの下で眉を寄せ、なおも音を拾おうとする。だが、速くなる水音と衝撃が、思考のための間を奪っていった。
ぬちゅっ! ぱんっ! ぬちゅっ! ぱんっ!
「や……いやっ……! 出さないで……お願い……!」
拒絶の合間へ、押し殺せない喘ぎが混じる。先端が同じ奥を突くたび、凛の声は「あっ」「ひっ」と高く跳ねた。
「士郎……っ……!」
士郎の名に、ジェイクの呼吸がもう一度崩れた。
嫉妬がないと言えば嘘になる。
だが、ここでそれに溺れるわけにはいかない。ジェイクは意識を凛の下腹へ、五大元素の回路へ引き戻す。
腰を引き、濡れた肉壁を長く擦る。
ぬちゅうっ……。
「やっ……中、だめ……!」
奥まで一気に突き上げ、そのまま解放した。
びゅるっ……!
びゅるるるっ、びゅっ、びゅるるっ……!
「あぁっ……!」
膣奥で脈打つたび、熱い精液が中へ注ぎ込まれる。逃げる余地のない凛の身体がびくびくと痙攣し、足首の拘束具が激しく鳴った。
「いや……っ、やめ……!」
声を殺し、奥へ押しつけたまま、ジェイクは呼吸を止める。
こちらから術を加えてはいない。
それでも凛の魔力回路は、流れ込んだ生命力に呼応するように微かに揺れた。一度。遅れて、もう一度。拒絶しながら、異物の痕跡を内部へ残そうとしている。
小さな反応だった。
だが、十分だった。
「……っ、あ……」
凛の声がかすれ、消えかける。
ジェイクは奥に留まり、射精の脈動が収まるまで回路だけを読んだ。凛は動かない。動けない。それでも唇を固く結び、泣き声を飲み込もうとしている。
やがて腰を離し、ゆっくり抜く。
ぬるっ……どろっ……。
白い精液が膣口から溢れ、腿を伝い、汚れたシーツへ落ちた。
「……中に……」
凛は起きたことを確かめるように呟く。
その次に漏れた声は、もっと小さかった。
「士郎……」
彼女は士郎へ隠すだろう。
強いからではない。守ろうと決めた相手へ弱みを渡せず、自分一人で処理できると信じる女だからだ。ジェイクはそれを知っている。そして、その選択まで計画に含めていた。
部屋の入口で、資産家がスーツの袖を整えた。
ジェイクも無言のまま身支度を戻す。ベルトを締め、表情から熱を消し、目隠しされた凛を一度だけ振り返った。
「……終わったならこれ外しなさいよ」
答えない。
二人は部屋を出た。
扉が閉まり、外側で鍵が回る。
沈黙が落ちた。
寝台の上で、凛は荒い呼吸を一つずつ整えながら、遠ざかる二人分の足音を数えていた。
一人分が右へ。もう一人分が、その半歩後ろを追う。
やがて、どちらも聞こえなくなる。
その直後だった。
廊下から、もっと重く、揃わない足音が近づいてくる。
一人ではない。
凛が顔を上げる。頭上の手首を引き、開かれた足首へ力を込める。拘束具が、かち、と鳴っただけだった。
鍵が開く。
扉が押し開けられ、靴底が次々に室内へ入ってくる。男たちの低い笑い。何か大きな機材を床へ下ろす、硬い音。
ごとっ。
別の場所でも、ごとん、と鳴る。
「……今度は誰」
今度は、沈黙ではなかった。
凛の問いへ、男たちの笑い声が返る。
複数の気配が、ベッドを囲んだ。