遠坂凛は玄関から浴室まで、壁へ手をついて歩いた。
一歩進むたび、股間を覆う金属が下腹へ食い込む。膣内のバイブは低く震え、男たちが残した精液を、ぐちゅっ、と奥で揺らした。
「……止まりなさいよ」
命令しても、機械は答えない。
浴室の扉を閉める。鍵を掛けたところで、この家には誰もいない。それでも凛は施錠し、洗面台へ両手をついた。
服を脱ぐ前から、何を試すかは決めていた。
洗浄。構造の確認。解除。全部駄目なら、動きだけでも止める方法を調べる。
順番を作る。
一つずつ結果を切り分ける。
そうしなければ、恐怖に呑まれる。
凛は震える指でコートを脱ぎ、スカートを下ろした。下着は貞操帯へ引っ掛かり、白濁液を吸って重い。脚を抜こうと持ち上げた瞬間、器具が膣奥でずれた。
ぐいんっ……。
「んっ……!」
膝が折れかける。凛は壁へ肩を押しつけ、下着を脱ぎきった。
シャワーの湯を出す。
湯気の中で、汗と、口元に残る唾液と精液、胸や腿の汚れを洗い流す。肌を伝う湯は透明になっていく。
だが、下腹へ密着した金属だけは動かない。
ぐいん……ぐいん……。
貞操帯の表面へ湯を当てる。縁へ指を差し込もうとしても深く入らない。留め具はすべて内側へ隠され、股間を覆う板と腰の帯が一体になっている。
「鍵穴は一つ。ここを壊せば……身体まで傷つく」
鏡へ腰を向け、背面を確かめる。
術式の刻印はない。魔力を流しても、回路として返る感触がない。投影や解呪の対象ではなく、少なくとも触れられる部分は純粋な機械だ。
工具を差す隙間もない。男たちは特別製と言っていた。
金属板を掌で押す。
ぐちゅっ……。
押されたバイブの先端が膣奥へ当たり、白い精液が貞操帯の縁から、とろっ、と漏れた。湯に薄まり、腿を伝って排水口へ流れる。
けれど、奥に残ったものへ湯は届かない。
「……中が、洗えない」
声にした事実が、胸へ重く沈む。
外側はいくらでも洗える。だが、バイブが栓のように膣を塞いでいる。男たちの精液は身体の中に残され、器具が震えるたび、ぐちょっ、ぬるっ、と掻き回される。
急に尿意が強くなった。
凛は脚を閉じ、すぐに息を止める。閉じれば貞操帯が押され、先端が奥へ食い込む。
構造を見直した。
貞操帯には後ろ側の開口部――大便用の穴しかない。前は金属と器具に塞がれ、位置をずらすことも外すこともできなかった。
「嘘……でしょ」
尿意は待ってくれない。
凛はシャワーの音を強くした。誰もいない家で、誰にも聞こえないようにするために。
脚を開く。
自分の意思で力を抜くまでに、三度、呼吸が止まった。
やがて熱い尿が金属の内側を伝い、膣から漏れた精液と混ざって腿を流れた。
「……っ」
透明な湯の中へ、白く濁った筋が落ちる。
凛は唇を噛み、終わるまで目を逸らせなかった。
遠坂凛が、自宅の浴室で、貞操帯を着けたまま排尿している。
誰かに見られているわけではない。それでも装置を仕掛けた相手に、排泄の姿勢も、洗い方も、生活の形まで決められた気がした。
「士郎に……気づかれたら」
声にした瞬間、涙が一滴落ちた。
凛はすぐに顔を上げ、シャワーで頬を洗う。
「泣いてる場合じゃない」
湯を止め、タオルで身体を拭いた。拭き終える前に、また白い精液が、とろっ、と金属の縁から垂れる。
次の項目へ進む。
信号の遮断だ。
凛はパジャマを羽織り、工房から簡易の測定器を持ち出した。装置の前後左右へ探針を当て、帯域を変え、魔力を使わない電気的反応も調べる。
外部からの信号らしい反応は拾えない。
金属板で腰を囲む。厚い布を重ねる。工房の遮蔽箱を横倒しにして、その近くへ座る。
ぐいん……ぐいん……。
振動は止まらなかった。
「方式が違うのか、事前設定なのか……」
口に出して仮説を分ける。
そのとき、刺激が一段強くなった。
ぐいんっ、ぐいんっ……!
「んっ……!」
膝が揺れ、測定器を取り落としかける。子宮口近くへ先端が当たり、膣内の精液が、ぐちゅっ、ぐちゅっ、と動いた。
凛は針を見る。
動かない。
強弱が切り替わっても、規則は見つからない。
外部信号を拾えない事実は、外から操作されていない証明にはならない。方式が測定範囲外かもしれない。事前設定された動作かもしれない。
いま確定できるのは、どちらも排除できないということだけだった。
空腹に気づき、台所へ移る。
食べなければ、もっと判断力が落ちる。
凛は椅子へ洗える布を何枚も重ね、パンとスープを用意した。何も起きていない夜のようにナイフを持ち、パンを切る。
一口。
二口。
ぐいんっ……。
手が止まる。
「……食事ぐらい、させなさい」
返事はない。
ぐいんっ、ぐいんっ、ぐいんっ……!
「んっ、あ……あぁっ!」
腰が椅子から浮いた。スプーンが皿へ当たり、からん、と音を立てる。
膣がバイブを締めつけた。望まない絶頂が腹から背へ抜け、視界が一瞬白くなる。収縮に押された精液が、ぬるっ、と貞操帯から漏れ、重ねた布へ染みた。
凛は肩で息をしながら、テーブルの縁を掴む。
波が引く。
スプーンを拾う。
食べる。止められる。呼吸を戻す。再開する。
三度目に強い振動が来たとき、スープは冷めていた。
半分だけ胃へ入れ、食器を片づける。
工房へ戻って研究ノートを開いた。
触媒の調整。次の試行条件。同質の宝石をどう揃えるか。
一行目を書きかけたところで、ペン先が紙の上を逸れた。
ぐいん……ぐいん……。
「……っ」
集中しようとするたび、膣奥から別の命令が割り込む。
資金さえあれば研究は続けられると思っていた。いまは金の前に、自分の身体が机へ座ることさえ許さない。
凛は自分のスマートフォンを取った。
士郎へのメッセージ画面を開く。
『今夜、来て』
そこまで打ち、親指が止まる。
来れば、装置を見られる。匂いで気づかれる。浴室の濡れたタオルも、椅子に重ねた布も、何も隠しきれない。
士郎には、知られたくない。
一文字ずつ消す。
『少し困ってる。何も聞かずに――』
書き直す。
何も聞かずに来て、なんて言えば、士郎は絶対に何があったか尋ねる。尋ねないとしても、顔を見れば黙って隣にいる。その優しさに、凛は最後まで嘘をつける自信がなかった。
また消す。
画面には空欄だけが残った。
「自分で、処理する」
いつもの判断だった。
正しいかどうかは、もう分からない。
寝室へ移り、窓を開けた。冷たい空気が入る。それでも精液の匂いは消えない。部屋ではなく、自分の身体から立ち上っている。
汚れた布を替え、パジャマの中にも新しい布を重ねた。ベッドへ横になると、貞操帯が腰骨と下腹へ食い込む。
電気を消す。
ぐいん……ぐいん……ぐいん……。
暗闇では、機械音だけが大きい。
凛は目を閉じ、百から逆に数える。
九十九。九十八。九十七。
呼吸を数字へ合わせる。
九十四。九十三。九十二。
意識が沈みかけた瞬間、振動が跳ね上がった。
ぐいんっ! ぐいんっ! ぐいんっ!
「あっ……!」
身体が反り、眠りが砕ける。膣が激しく収縮し、精液が、とろっ、くちゅっ、と布へ漏れた。
凛は唇を噛み、声を抑える。
波が引く。
また数える。
八十七。八十六。
ぐいんっ……!
「や……もう……っ」
腰が跳ねる。汗が首筋を流れ、濡れた布の冷たさと膣奥の熱が、交互に意識を引き戻す。
絶頂する。震えが収まる。眠りかける。作動する。
そのたび布を替え、また横になる。
反復の回数だけが増え、夜の長さだけが削られていった。
◇
窓の外が白み始めても、凛は目を開けていた。
充血した目。重い頭。力の入らない手。
バイブは低い振動へ戻っただけで、止まってはいない。
ぐいん……ぐいん……。
一睡もできなかった。
枕元のスマートフォンが震える。
表示されたのは、ジェイクの名前だった。
凛は応答ボタンへ指を置いたまま、数秒動けなかった。
助けを求めるなら今だ。
ホテルで男たちに襲われたこと。撮影されたこと。鍵を持ち去られ、膣内のバイブと貞操帯を外せないこと。一晩中、作動が止まらなかったこと。
全部を話せば、資金援助者で魔術師でもあるジェイクは、手を打てるかもしれない。
同時に、映像の存在を知る人物が増える。
士郎へ伝わる経路も増える。
凛は通話をつないだ。
「……おはよう、ジェイク」
『おはようございます、遠坂さん。早朝に失礼します』
いつもと同じ、穏やかな声だった。
『資金に余裕ができました。遠坂さんのおかげです。本当にありがとうございました。これで研究も続けられますね』
凛は息を吸った。
「ジェイク、昨日――」
ぐいんっ……。
「……っ」
バイブが膣奥で震え、言葉が切れた。
『もしもし?』
いまの声をどう聞かれた。
問い返される前に、凛は話題をすり替える。
「……資産家から、四回完了の連絡は来てる?」
『はい。契約分は完了したと聞いています。必要額の手続きを進めます』
「そう」
『声が少しお疲れのようですね』
ぐいん……ぐいん……。
凛はベッドの端を掴み、息を音にしないよう一度だけ口を閉じる。
「一晩、研究資料を整理してただけ。問題ないわ」
『無理はなさらないでください。あなたの研究には価値がありますから』
「分かってる。入金日が決まったら連絡して」
通話を切った。
助けを求める機会を、自分で閉じた。
(大丈夫。研究費は入る。鍵を取り戻せば、昨日までのことは隠せる)
そう計算しなければ、いま黙った理由が崩れる。
トイレへ向かった。排尿するたび尿が貞操帯の内側を伝い、残った精液と混ざる。ぬるっ、と腿へ落ちる液を見ないようにして、すぐ浴室で外側を流した。
学校へ行くのは無理だった。
匂い。寝不足。いつ強くなるか分からない振動。士郎と顔を合わせれば、隠し通せる自信がない。
欠席の連絡を入れ、短い体調不良で済ませる。
次に必要なのは、漏れ続ける精液を外へ見せない方法だった。
凛は長いコートを着て、近所のドラッグストアへ向かった。歩幅を小さくする。それでも一歩ごとにバイブがずれ、硬い先端が奥へ触れる。
ぐいん……ぐいん……。
「……っ」
介護用品の棚の前で足が止まった。
大人用の紙おむつ。
自分には無関係だったはずの文字を、何度も読む。
凛は別の商品を探すふりをして周囲を確認した。薄型の紙おむつを一つ取り、籠の底へ置く。その上へ洗剤とタオルを重ねた。
レジの店員は何も言わない。
何も言わないことが、かえって想像を広げる。
会計を済ませ、店を出た瞬間、振動が強まった。
ぐいんっ、ぐいんっ……!
「……っ」
凛は看板の陰で立ち止まり、買い物袋を胸へ抱く。膣がバイブを締めつけ、精液が貞操帯の縁から、とろっ、と漏れた。
通行人が途切れるまで、奥歯を噛んで立ち続ける。
帰宅すると、紙おむつを貞操帯の上から身につけた。
屈辱より、痕跡を隠す実用性を優先する。
それが、いま凛に残された選択だった。
工房の窓を全開にし、研究ノートを開く。触媒を並べ、魔力の流れを測る。
だが、寝不足で数値が二重に見えた。
ぐいん……ぐいん……。
集中が切れるたび、同じ行を読み直す。
◇
夕方、玄関のチャイムが鳴った。
何かを注文した覚えはない。
凛はコートを羽織り、ドアチェーンを掛けたまま扉を開ける。制服姿の配達員が、小さな段ボール箱を抱えていた。
「遠坂さん宛てのお荷物です。こちらにサインをお願いします」
差出人欄は空白だった。
「誰から?」
「伝票には記載がありません。受取拒否もできますが」
拒否すれば送り主へ戻る。
受け取れば中身を確認できる。
凛はチェーンを外し、ペンを取った。
遠坂――と書いたところで、バイブが突然跳ね上がる。
ぐいんっ! ぐいんっ! ぐいんっ!
「……あっ!」
膝が折れかけ、肩を玄関枠へぶつける。ペン先が伝票へ長い線を引いた。
「大丈夫ですか?」
配達員が箱を置き、手を伸ばしかける。
凛は反射的に一歩退いた。
「触らないで。……ごめんなさい、少し立ちくらみがしただけ」
「救急車を呼びましょうか」
「必要ないわ。サイン、書き直すから」
声の震えを押さえ、最後まで名前を書く。
その最中にもバイブは奥を擦り続ける。膣が収縮し、望まない絶頂が腹を駆け抜けた。
「んっ……!」
紙おむつの内側へ、精液と体液が熱く広がる。
「本当に、一人で大丈夫ですか」
「ええ。ありがとう」
扉を閉め、鍵を掛けた瞬間、凛は床へ手をついた。
呼吸が戻るまで待ち、小箱を開ける。
中に入っていたのは、見覚えのないスマートフォンが一台だけだった。
電源は最初から入っている。
連絡用らしいアプリのアイコンに、赤い新着表示が点っていた。
凛は端末を工房へ持ち込み、魔術的な反応だけを外から確かめる。少なくとも、触れる前に分かる罠はない。
アプリを開く。
画面へ地図が表示され、冬木の歓楽街に赤いピンが立った。
すぐにメッセージが重なる。
『19:00 ここに来い。貞操帯を外してやる』
凛は自宅の玄関と、手の中の端末を交互に見た。
この荷物は、家へ届いた。
住所を知られている。
装置を外す条件は相談ではなく、時刻と場所だけで指定されている。拒否した場合にどうなるかは書かれていない。
説明しないこと自体が脅しだった。
画面右上の時刻は、十七時十二分。
残り一時間と四十八分。
バイブが急かすように、低く唸る。
言われた場所へ行けば外してもらえる――そんな期待だけで動くほど、凛は相手を信用していない。
これは罠だ。
問題は、罠だと分かっていても行かなければ鍵へ手が届かないことだった。
鍵だけ奪っても、撮影された映像は残る。
ならば、鍵を持っていた金髪の男を先に拘束する。記憶を読み、撮影データの保管場所と複製先を突き止め、その場で残らず破壊する。
敵の人数と動線を先に押さえる。不意を打つ。目的を果たしたら、長引かせず離脱する。
凛は工房の保管箱を開き、戦闘に使える宝石を選んだ。
迎撃用。拘束用。目眩まし。結界破り。
一つずつコートの内側へ収める。
紙おむつを替え、精液の漏れが外へ染みていないことを確認した。
家を出る。
◇
指定時刻の数分前、歓楽街へ着いた。
赤いピンが示したのは、その中でも一際大きなキャバクラのような店だった。正面には黒服。厚い壁。看板の光が濡れた路面へ揺れている。
凛は店から少し離れた路地で足を止めた。
短い詠唱を組む。
張ったのは、人の位置と移動だけを拾う簡易結界だ。
壁越しの人影が淡い点となって意識へ浮かぶ。正面を固める黒服。奥の一室に集まった複数の人影。裏へ抜ける細い通路。
どれが誰かまでは分からない。
それでも、入る順序は決められる。
凛は突入後の動線を頭の中でもう一度なぞった。
コートの内側で、宝石の位置を指先で確かめる。
そして、店の重い扉へ手を掛けた。