セックスできないAIの夫では満たされない欲求——生身の男に堕ちる人妻 作:境彩華
激しい嵐のような事件から五年。
世界は嘘のように静まり返っていた。
ケインは逮捕され服役した。
出所後も接近禁止命令と監視下に置かれ、イヴの前には一度も現れていない。
郊外の陽だまりに包まれた小さな家。
イヴはそこで、かつては想像もできなかったほど穏やかな日常を送っている。
傍らにはあの日、身を挺して彼女を守り抜き、奇跡的な再起動を果たしたノアの姿があった。
ノアは後ろからそっとイヴを抱きしめ、耳元で優しく囁いた。
「愛してます、イヴ。今日もあなたの笑顔が見られて幸せです」
イヴは彼の腕に自分の手を重ね、静かに微笑んだ。
「私も……愛してるわ、ノア。あなたがいてくれるから、私はここにいられる」
ノアは彼女の頰に優しく唇を寄せ、穏やかなキスを落とした。
それは深く激しいものではなく、ただ純粋で、温かい触れ合いだった。
イヴは目を閉じ、その優しさを静かに受け止めた。
しかし——
「ええ……あなたのおかげよ」
イヴは小さく微笑み、自分を包み込むノアの腕にそっと手を重ねる。
しかし、どれほど美しい陽光が降り注ごうとも、彼女の心の奥底にへばりついた暗い影が消えることはなかった。
ノアの腕に包まれながらも、イヴの心の奥底には、消えない影がへばりついていた。
(ノアの抱擁は、いつも優しくて温かい…… でも……身体は……物足りない……)
ケインとの激しい記憶が、ふとした瞬間に蘇る。
熱く脈打つ肉棒が奥を抉る感覚、汗と体液が混じり合う生々しい快楽、獣のような情熱。
ノアの優しい愛撫では、決して満たされない「生」の疼きが、時折彼女の身体を苛んだ。
イヴはノアの胸に顔を埋め、罪悪感と切なさに胸を締め付けられながら、静かに目を閉じた。
(ごめんなさい、ノア…… 私はあなたを愛してる…… でも、私の身体は……まだ、あの熱を忘れられない……)
庭で無邪気に蝶を追う五歳の息子。
漆黒の髪、少し浅黒い肌、そして整いすぎた顔立ちに嵌め込まれた、氷のように冷たく美しい瞳——。
それは紛れもなく、かつて彼女を狂気で縛り付けようとした男、ケインの生き写しだった。
イヴは静かな夜、ベッドの上で一人、目を閉じていた。
ノアと息子は隣で眠っている。
彼はリミッターの影響で、彼女と本格的な交わりを持つことができないままだった。
イヴはそっと脚を開き、手を自分の秘部に這わせた。
指先で濡れ始めた花びらを優しく撫で、クリトリスを刺激する。
「んっ……はぁ……」
彼女はケインとの記憶を思い出していた。
彼の熱い肉棒が奥を突き上げる感覚、激しいキス、汗と体液が混じり合う生々しい快楽。
指の動きが徐々に激しくなる。
(ケイン……あの時の……熱さ……)
彼女は唇を噛み、声を殺しながら指を膣内に沈め、激しく動かした。
罪悪感と、抑えきれない欲望が混じり合い、彼女を激しく苛んだ。
「はぁっ……あっ……!」
静かな部屋に、小さな喘ぎ声が漏れた。
隣で眠る彼らに気づかれないよう、彼女は必死に快楽を貪っていた。
ある静かな午後。ノアと息子と家族で買い物に出かけ、柔らかい静寂が落ちたその時だった。
小さな手が、イヴのスカートの裾をぎゅっと握りしめた。
「どうしたの?」
イヴが穏やかな母の顔を作って微笑みかけると、彼はゆっくりと顔を上げた。
見上げられた瞬間、イヴの心臓が早鐘のように鳴った。
その瞳に宿っていたのは、五歳の幼児の無邪気さではない。
底なしの冷酷さと、焼け焦げるような甘い情熱の炎。
彼は幼い唇をゆっくりと歪め、はっきりと囁いた。
「迎えに来たよ。一生、僕の物だよ。……愛してる、お母さん」
イヴの顔から、血の気が引いた。笑顔が完全に凍りつく。
その眼差し。その声の響き。
ケインが今、目の前で彼女を見つめていた。
優しく微笑んで、イヴに近づく。
「……もう、今度こそどこにも逃がさないから」
じり、と一歩後ずさる。
背中が冷たい壁にぶつかった。
逃げ場はない。
息子はスカートの裾を握りしめたまま、微動だにせず彼女を射抜いている。
その瞬間、イヴはすべてを悟った。
ノアの無償の純愛は、たしかに物理的な脅威であったケインという「異物」を世界から排除してくれた。
しかし、人間の底知れぬ業と狂気を孕んだ遺伝子は、「息子」という絶対に断ち切れない血の呪縛へと姿を変えこの平穏な暮らしを、決して出ることのできない『精神的な檻』へと変貌させたのだ。
イヴの瞳から、絶望の大粒の涙がとめどなく溢れ落ちる。
窓の外に目をやると、何も知らないノアが、紙袋を抱えて穏やかな笑顔で歩いてくるのが見えた。
彼が命をかけて守り抜いた「幸せな家族」の奥底で、永遠に解けない呪いが産声を上げたことを、ノアは知らない。
イヴは震える手をゆっくりと伸ばし、ケインの瞳を持つ息子の頭を撫でた。
そして愛するノアに向かって静かに、ひび割れたような絶望の微笑みを浮かべた。
――これが、私の選んだ結末。
(完)