【公式不倫 R-18二次創作】消せないラスト・ノート 作:ひよこレモン
「史也さん、なーくん、ごはんできましたよー」
梅雨も明け、いよいよ暑くなってきた夏の日の夜。私は食卓に少し遅めの晩ごはんを運びながら、ソファでくつろぐ史也さんに声をかける。幼稚園の年長になった息子は、おかずを運ぶのを手伝おうと、ぱたぱたと可愛らしい足音を立てて駆け寄ってくる。
「ほら、今日はなーくんの大好きなハンバーグよ」
「やった!」
まだ背の小さななーくんから、史也さんがメインディッシュのお皿を受け取って、机に並べてくれる。
そうして準備が整うと、3人で椅子に座り、いつもと変わらない夕食が始まる。美味しい、おいしい、と、口いっぱいに頬張る夫と息子を見ると、こちらまで自然と笑顔がこぼれてくる。
「ちなみさん、ごめんね、今日もちょっと帰りが遅くなっちゃって」
「あ、いえ、大丈夫です。ちゃんと早めに連絡もくれたので」
最近、史也さんはまた帰りが遅くなることが多くなった。大きな案件がいくつか重なったと言って忙しくしている。それでもこうして、できるだけ3人揃って晩ごはんを食べるのが、私たち家族のルールだ。
昼の間にどんなことがあっても、この時間があることで、私はいつもと変わらない幸せな日常に戻ってこられる。そんな気がするから。
それはきっと…きっと史也さんも同じなのだろう。
「…あ、そうそう、ちなみさん」
「? どうしたの?」
「来週末、泊まりがけの出張の仕事が入っちゃって。大口の取引先との契約がまとまりそうなので、直接あちらに伺うことになって…」
「そうなんだ…わかりました。お仕事、がんばってきてくださいね」
「ええ、すみません。なおくんの幼稚園のお泊り会の日なのに、家を空けることになってしまって」
「あ、そういえば」
お泊り会。年に一度、この夏の時期に開催されている、子どもたちが幼稚園に一晩泊まり込むイベントだ。それが来週末に予定されていたのを、すっかり忘れていた。
「じゃ、私は一晩ひとりぼっちってことか…なんだか、寂しいです」
「本当、すみません…ほら、でもまだなおくんが帰りたいって駄々をこねるかもしれないし。去年みたいに」
両親と離れて一晩を過ごす、というのは、年端もゆかぬ園児にとってはなかなか難しいことだ。なので、お泊り会の日は、夕方に親が園まで赴き、お泊りが大丈夫かどうかを子どもに確認してから、参加を判断することになっていた。去年のなーくんは私たちの顔を見るや、すぐさまぎゃんぎゃんと泣き始め、結局お泊り会には参加せずに家に戻ってきたのだった。
「えー、ぼくもうおっきくなったし、おとまりヘーキだよ」
「そうね、なーくんもう年長さんだもんね」
息子は私たちの心配もどこ吹く風。口のまわりをソースでべたべたにしながら、夢中になってハンバーグにかぶりついている。そんな様子がとても可愛くて、愛おしくて、たまらなくなる。幼稚園に仲のいい友達も増えたし、きっと今年は大丈夫だろう。
「わかりました、お泊り前の確認は私が行ってきますから、気をつけて行ってきてくださいね」
「ありがとう。金曜日は出張帰りに幼稚園に寄れると思うので、なおくんをお迎えして一緒に帰ってきます。この埋め合わせは必ず…そうだ、おいしそうなお土産を探して買ってきますから」
「ふふ、楽しみにしてます」
食事を終えて、リビングで楽しそうにじゃれつく夫と息子を眺めながら、キッチンで洗い物を片付ける。
夫も息子も、来週末は一晩帰ってこない。
私は家で、ひとり。何をして過ごそうか。
積み残して手をつけていない本でも読むか、前から見たかった映画をネットで見ようか、それとも…
ふと別の可能性が頭をよぎって、胸の奥で、心臓の鼓動がとくんとくんと速くなる。
「…」
ありふれた家族団らんの時間の中にいるのに、一瞬、私だけはぜんぜん別のことに考えをとらわれてしまう。ほんのり赤らむ頬と、火照り始めてしまった身体に、少しだけむず痒さのようなものを覚える。
「…ふうっ」
私は長い息を吐き、気を取り直して残りの洗い物を片付ける。タオルで手を拭き、エプロンを脱ぐと、足元に寄ってきた息子に手を引かれて、私はまた3人の団らんの輪の中へと戻っていく。