【公式不倫 R-18二次創作】消せないラスト・ノート 作:ひよこレモン
丁字路を通り過ぎて幼稚園へと近づくと、歩道に等間隔で大きなイチョウの樹が植えられたエリアに差し掛かる。道の両側には、赤いレンガ造りの壁に囲まれた、趣のある戸建てやマンションが立ち並んでいる。
木漏れ日の差し込む住宅街の景色はとっても素敵で、史也さんと私は、この道の雰囲気に一目惚れし、迷うことなく引っ越しを決めたのだった。
いつか子どもをここの幼稚園に入れ、3人で手をつないでここを歩きたいねと笑いながら話した、あの幸せな日々。
日陰でときどき立ち止まり、水筒に入った麦茶に口をつけながら歩き続けると、数分でなーくんの通う幼稚園にたどり着く。立派な門をくぐって年長クラスの教室へ向かうと、私を見つけたなーくんが、園庭から元気いっぱいに駆け寄ってくる。
「ママ! きょうもね、みんなでいっぱい、いっぱいあそんだよ!」
「あらあら、なーくんったら、こんなに服を砂だらけにしちゃって…お洗濯が大変じゃないの、もう」
「きょうはね、すなばでみんなでおしろをつくって、それからせんせーにたくさんえほんをよんでもらって、それから、それからね…」
「ふふっ、そんなにいっぺんにお話されたらわからないでしょ」
いつも通り興奮ぎみのなーくんをよしよしと落ち着かせ、その小さな手を引いて教室へ向かう。そこで待っていた担任の先生と、子どもの1日の様子について話をする。
「特に変わりなく、お友達とも仲良くしていましたよ」
「そうですか、よかったです…お泊り会は大丈夫そうでしょうか?」
「ええ、去年は泣いちゃいましたけど、今年は本人もすごく楽しみにしてるみたいです」
「なら、大丈夫ですね…なーくん、今日は幼稚園にお泊りだけど、おりこうさんにできますか?」
「うん! ごはんたべてからも、いっぱいあそぼうねってみんなとやくそくしてるの」
「お友達、いっぱい仲良くなれてよかったね。いつまでも遊んでないで、夜はちゃんと寝るんですよ」
「園には夜も先生が何人も残ってしっかり面倒を見ますので、ご安心ください。もし何かあればすぐご連絡します」
「はい、いつもありがとうございます。息子をよろしくお願いします」
またあしたねー、と叫ぶなーくんに大きく手を振り、私は教室を後にする。今年も連れて帰ることにならなくてよかった。
ほっと胸をなで下ろしたのは、きちんとお泊りできるようになった子どもの成長を感じたからなのか。
…それとも?
私は手提げのバッグからスマートフォンを取り出し、史也さんにメッセージを入れる。
なーくん、おりこうさんにしてましたよ、お泊り会の参加も大丈夫でしたよ。
何秒と経たないうちに既読がつき、「ありがとう」の返事がスタンプで送られてくる。
今頃、史也さんは出張先へと向かう新幹線の中だろうか?
今夜は取引先の方と飲みに行かなくちゃ、と言っていたっけ。
あまり飲み過ぎないように、早めにホテルに戻ってしっかり休んでくださいね。
ありがとう、ちなみさんもちゃんと晩ごはん食べてくださいね。
画面の上で交わされる、他愛のない夫婦の会話。
家族のために一生懸命働いてくれる夫と、世界中の誰よりもかわいい子ども。
そうだ。私の居場所はここにある。
私の守るべき幸せも、ここにある。
スマートフォンの画面を閉じて、そっと胸に手を当てると、そこから優しくてあたたかい感情がこみ上げてきて、私は自然と笑顔になる。
夕方の空気はまだ蒸し暑くて不快だけれど、少しだけ晴れやかな気持ちになって、私は幼稚園の門に向かって歩き始める。途中で何人かのママ友に声をかけられ、立ち止まってあれこれと話をしているうちに、少しずつ陽が傾いてくる。
翳り始めた街の景色。鳴り止まない蝉の声。
ずいぶんと長くなった自分の影を追いかけ、私も家路に就こうとした、そのときだった。
門の向こう側から、彼が歩いてくる。