【公式不倫 R-18二次創作】消せないラスト・ノート 作:ひよこレモン
西陽を浴びて長く伸びた自分の影の先に、タカヒロさんの姿をとらえる。とっさに物陰に身を隠すこともできたはずなのに、私は金縛りに遭ったかのようにその場で棒立ちになり、動くことができない。そうしているうちに彼もこちらに気づき、声をかけてくる。
「やあ、こんなところで会うなんて」
「どうして、貴方がここに…?」
「そりゃ、僕だってここに子どもを通わせている親だからな」
「いつもだったら、子どもの世話なんて奥さんに任せきりで、送り迎えなんてめったにしないじゃないですか」
「たまには父親らしいこともするさ」
そううそぶく彼は珍しくきちんとした身なりをしている。髪はちゃんと整えられていて寝癖もなく、無精髭も剃ってから出てきたようだ。グレーのVネックTシャツにカーキ色の綿パンをはき、足元は有名ブランドの白いスニーカー。
落ち着いた雰囲気のこの幼稚園、彼も体面を気にするくらいの感覚は持ち合わせていたらしい。
「…貴方も、しーちゃんの様子を見に?」
「ああ、今日は僕の当番になっていてね。溜まった仕事を片付けていたらちょっと遅くなってしまった。それにしても、せっかく連絡しているのに返事もくれないなんて、冷たいじゃないか」
「…」
こうして彼と顔を合わせるのは2週間ぶりだ。
少し体調の悪かった私は、タカヒロさんからのメッセージにそう返信したきり、しばらく連絡していなかった。
「本当に調子が悪かったんです。そんな言い方しなくたって」
「ごめんごめん、悪かったよ。体調は戻ったのか? これでも心配してたんだ」
「本当ですか? …まぁ、なんとか元気にはなりました」
「それはよかった」
そう言って、彼はきょろきょろと周りに視線を向ける。近くに人がいないのを確認すると、不意に私の耳元に顔を近づけ、声を落としてこう囁く。
「ちなみに会いたくてたまらなかったよ」
「! また、そんな…っ」
「君だって同じだろう?」
「馬鹿なことを言わないでください」
私は咄嗟に1歩、2歩と後ろに下がり距離をとる。こんなところ、知り合いの誰かに見られでもしたら…。
「はは、済まない。何もそんなに警戒しなくたって」
「いい加減にしてください。外ですよ?」
「悪かったと言ってるだろう」
悪びれることもなく、彼はそんな調子で私の言葉を受け流す。
出逢った頃はもっと誠実な人だって思っていたのに。
いつからこんな風になってしまったのだろう?
答えはわかっている。彼はもう理解しているのだ。
どれだけつれなくして強がってみせたところで、私がもう彼から離れられはしないことを。
「せっかくだから、ほら、一緒に帰ろうじゃないか。娘の様子を見てくるから、少しそこの日陰で待っててくれないか」
「大丈夫です。どうしてそんな必要が…それに」
「それに?」
「…人に見られたらどうするんですか」
「別に、同じ幼稚園に子どもを通わせる親同士で、帰る方向も同じ。一緒に歩いていたって何もおかしくないだろう」
「そ、それは、そうですけど…」
「それとも何だい」
「?」
「2人一緒に『家まで』帰るつもりなのか?」
「…っ」
しまった、自分が隙を見せてしまったと気づいたときにはもう遅かった。
彼は、してやったり、とでも言いたげな表情を口元に浮かべて私を見下ろしている。
「そ、そんなこと」
「ははっ、相変わらず、ちなみはわかりやすい。つい意地悪をしたくなってしまう」
「変なことを言うのはやめてください」
「いや、済まないね。こういうひねくれた性格なもので。君もよく知っているだろう」
「もう…」
「そういうつもりでないのなら、なおさら一緒に帰ったって問題ないじゃないか。ほら、すぐ済ませて戻って来るから」
そう言って、私の返事を聞くことなく、彼は園の教室へと走っていく。
私はと言えば、どうしてだろう。
彼のことなんて放っておいて帰ってしまえばいいのに。
絶対に、そうするのが正しいはずなのに。
遠ざかる彼の背中をぼんやりと見つめたまま、その場から動けない。
もう知り合ってから何年が経っただろう。
望まぬ出逢い、望まぬ関係から始まり、いつの間にか、道を外れた逢瀬だけが、私とタカヒロさんを繋ぐ唯一の鎖になっていた。
そしてその鎖は、何よりも強固に、私たちを縛りつけて離さない。
この先に待ち受けるものへの予感、それに、期待。
私は、身体の奥から湧き上がってくるかすかな火照りを抑えることができずにいる。