※この作品はR-18です。

【公式不倫 R-18二次創作】消せないラスト・ノート   作:ひよこレモン

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5 岐路

彼は5分と経たないうちに小走りで戻ってくる。

 

「待たせたね。こんなところで立ってないで、そこのベンチにでも座っててくれたらよかったのに」

「別に…大丈夫です」

「じゃ、行こう」

 

私は木漏れ日の並木道を家へと戻り始める。

その1、2歩前を、タカヒロさんが行く。

私は少し下がった位置から、微妙に距離を取って、同じ方向へと歩みを進める。

 

不揃いな足音だけが、夕方の住宅街に響く。ふたつの影が横に並ぶことはない。

親しげに言葉を交わすこともない。

特に共通の話題もない。

 

私はただ、前を行くタカヒロさんの足元、スニーカーのエンブレムに視線を落として、一定のリズムで歩いていく。

 

「…今日も、家でお仕事を?」

 

漂う沈黙に居心地の悪さを覚え、私はぼそぼそと話題を振る。

 

「ん? そうだな、最近は会議があってもリモートで何とかなるからな」

 

一方通行の問いかけに、一方通行の返事。

 

「しーちゃん、お泊り、大丈夫でしたか?」

 

私も別に興味があって聞いているわけじゃない。

 

「あぁ、ウチの娘は誰に似たのか社交的でね」

 

形式的な上滑りの会話。それは寄る辺のないしゃぼん玉みたいに、ふわふわと宙をさまよい、どこにもたどり着くことなく、弾けて消えていく。

 

私たちは青々と葉を茂らせたイチョウ並木の道をたどっていく。ただ間をつなぐためだけの言葉のやり取りは、けたたましい蝉の鳴き声に上書きされ、途切れ途切れになってしまう。

 

もう少し歩くと、あの丁字路に差し掛かる。

心が躍るような素敵な歩道なのに、今はその景色に注意を向けることができない。

 

タカヒロさんがわざわざ自分で幼稚園まで出かけてくるということは、彼の奥さん…なるせさんはまだ仕事から帰っていないし、たぶん、暗くなるまで帰ってこないはずだ。

 

…タカヒロさんは、寄っていかないか、と誘ってくるだろうか?

 

そして、そのとき…私は?

 

答えはもちろん明らかなのに、私はそんなことばかり考えていて、ろくに前も見ていない。

丁字路で立ち止まっていたタカヒロさんの背中に、どすん、と思い切りぶつかってしまい、ようやく我に返る。

 

「はは、何してるんだ」

「す、すみません…暑さでぼーっとしてて」

 

適当な言い訳をして、ごまかすために水筒を取り出し、ごくごくと中身を飲み干す。

 

それじゃ、ここで。

 

たったそれだけなのに。

その一言を、どうしても発することができない。

 

そんな風に私がぐずぐずしていると、逆にタカヒロさんが口を開く。

 

「じゃ、また連絡するよ」

 

彼の口から出てきたのは、予想に反して、味も素っ気もない別れの挨拶だった。

 

「え…っ?」

 

意外な言葉に肩透かしを食った私は、思わず小さく本音を漏らしてしまう。

あんなに身構え、あれこれ考えを巡らせていた自分が、何だかとても滑稽で、馬鹿馬鹿しく思えてくる。

 

少しでも期待をしてしまっていたのは…私だけなの?

 

放心している私のことなど、タカヒロさんはまったく意に介さない様子で、くるりと右を向き、横断歩道を渡ろうとする。

 

「もういい時間だし、ちなみは遅くなるわけにはいかないだろう」

 

そう言って一歩踏み出した彼のTシャツの裾を、ぐっと掴み、引き留める。

 

「あっ…あの」

 

それは咄嗟に出たほとんど無意識の行動だった。

 

「今日は、私、ひとりなんです」

 

聞かれてもいないのに、私のおしゃべりな口が、余計なことをべらべらと話し始める。

 

「史也さん、出張で、明日まで…帰ってきません」

 

単に、事実をありのままに告げただけ。

それだけなのに。

その告白は、他のどんな言葉よりもあからさまに、私の願いを乗せ、彼のもとへと届いてしまう。

 

タカヒロさんは何も答えず、丁字路を右に折れて、変わらないペースで歩き始める。

その口の端に、小さく笑みが浮かぶのが見えた気がした。

 

 

*

 

 

少し陽が落ちてきた、真夏の住宅街を、私は歩く。

視線は下に落としたまま、大きな背中の後ろを、ただついて行く。

 

家までの道を行くタカヒロさんと私は、言葉を交わすこともない。

もう、そんな必要もない。

これから何が起こるのか。

何をするのか。

何をしたいのか。

 

何も言わなくたって、ふたりとも全部わかっているから。

 

さっきまでの気まずい沈黙とは違う。

一歩ずつ、目的地に近づくごとに、高まる期待。

そわそわと気持ちが浮つき、胸が高鳴るのが聞こえてくる。

 

せっかちな私の身体が、待ちきれずに、じんわりとショーツを湿らせていく。

 

そして、とうとう、彼の家にたどり着いてしまう。

 

タカヒロさんが玄関のドアの鍵を開ける。

周囲をきょろきょろと確認してから、私はそれに続いて家の中へ入る。

 

誰もいない、静まり返った家の中。

暗く翳った、空虚に満ちた玄関のホール。

私はゆっくりとドアを閉めると、そのまま後ろ手で、慣れた手つきで、鍵のノブを回す。

 

かちゃり、と重苦しい音が響いて、ふたりだけしかいないその空間は、日常の世界から切り離される。

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