午後四時羅城門前、周りを見渡せば生徒の姿はちらほらある。想像していたよりも少ないのは今日がまだ初日だからだろう。新入生はよくわからないままおのぼりさんのようにして授業終わりにそのままダンジョンに飛び込んだ者もいるのだろう。先輩たちは先輩たちで、わざわざこんな時間に来る必要もない。そんなわけでこの時間帯は人が少なめになっている。その時間を狙って来た甲斐があったというものだ。
ダンジョン探索において初心者が死ぬ原因は大きく2つある。ひとつはモンスター、もう1つが初心者狩りである。まだ弱い新入生をいたぶるため、まだ慣れてない初々しい女子生徒を犯すために先輩たちが待ち構えていることも多いという。もうしばらくすればこなれた新入生がほかの新入生を狙うこともあるだろう。それまでには一歩先に出て、ある程度の力を手に入れなければ。午後四時過ぎ、さすがにこの時間まで先輩が入口付近で張っていることもない。と、思っている。
地下への階段を降りてすぐの場所で待っていると女子二人もやってきた。僕らと同じく真新しい新入生おすすめ装備を身にまとっている。普通科学生服の上に無骨なボディーアーマー、下手なコスプレのようにしか見えない。燈子はそれを気にしたのか、ところどころアレンジしているように見える。一方里奈はあまり自分の見た目を気にしていないのかそのまま装備しただけみたいだ。
「おまたせ、待った?」
「いや、今来たところ」
なんて付き合いたてのカップルの定番のようなやり取りをしてしまう。それがなんだかこそばゆく、どう反応すればいいのかわからなくなった。が、そんな僕の様子には目もくれず、燈子は目の上あたりに手をかざして周りを見渡す。
「うん、予定通りって感じかな?」
「だね」
「いつまでもここに居たって仕方ないし、早速入っちゃおっか?」
「ああ、そうだな」
比較的に少ない時間帯とは言え、この学園には大量に生徒がいるため、それでもしばらく列に並ぶことになった。徐々に前へと進む列、前の人達に続いて歩いていく。目の前のパーティー、聞こえてくる話からおそらく先輩だろうパーティーが羅城門のゲートへ入っていく。ようやく自分たちの順番が回ってくる。
「それで、誰が行く?」
そう聞いてくる銀二、
「あ、じゃあ僕が行ってもいい?」
手を上げて立候補する。
「ほかに行きたい人いる? いないみたいだね。それじゃあ、平太にお願いするね」
皆の了承を受けて意気揚々と門の中へと入る。足下に描かれた転送二重円の中心に立つ。そして、他のメンバーが入ってくるのを待つ。羅城門は円の中心にいる者をベースマーカーにして転送座標を設定する。新入生であれば瘴気濃度が薄い場所、始階層中央付近になる。せっかくだからと、僕はその役目を受け持つことにしたのである。
周りにいる先輩が新入生狩りではないことだけを祈る。飛ばされた場所に誰もいないことを望む。皆が転送二重門の中へと足を踏み入れる。離れた場所に飛ばされないようお互いの体に触れたまま、最後の一人が入る。羅城門は僕たちパーティーをダンジョンの同じ座標へと転送させるのだった。
——穿界迷宮『YGGDRASILL』、接続枝界『黄泉比良坂』——
——第『壱』階層、『既知』領域——
目の前の光景が変わる。変な文字、まったく読むことができない文字列が見えたかと思うと、広めの回廊に立っていた。警戒のため周りを確認する。幸いにして人もモンスターも見当たらない。天井、床、壁から圧迫されるようなプレッシャーが身体を襲う。が、先生や先輩たちが言うほど恐ろしいものではなかった。初めは全く動けなかった。なんて聞いていたが、実際はそれほどでもなかった。
「あ、これがそうなんだ。うん、やばいには違いないけど、でも聞いてたよりはマシ、かな?」
燈子が少し寒そうに身体を抱きしめながら、周りを見回す。
「大げさに言ってただけかな? それとも新入生にはそう言っておくみたいな、しきたりでもあるのかも」
「あー、いや、それはないんじゃない? 先生も先輩も同じようなこと言ってたし、なんなら教科書にも書いてた」
「確かに。じゃあ、なんで俺らは無事なんだ?」
「多分だけど、アレに比べたらマシってだけなんじゃない? ここもやばいことには違いないけどな」
銀二は少し顔を青くさせ、剣を持つ手に必要以上の力が入っているように見えた。気合を入れるためか燈子がパシリと両頬を叩く。そして回廊の先に人差し指を向けて、
「ここにいてもしょうがないし、とりあえず動かない?」
「そうだね」
その提案に断る理由もないので、燈子の指し示すほうへと歩く。今は現在地もわからないので適当に歩くしかない。事前に決めておいたフォーメーションで進んでいく。前衛として僕と銀二、後衛を燈子と里奈にしていた。僕と銀二が前を警戒しながら進み、燈子は時々後ろを確認しながらついてくる。そして、その間には白い紙の上に地図を描く里奈がいる。まだジョブも決まっていないのでとりあえずの編成だ。
周囲に目を配りながらおそるおそる歩く。しばらくそのまま歩いていると、遠くのほうでぐぎゃぐぎゃと言っている声が聞こえてきた。その方向へと足音を控えめにしながら進むと、目の前にはゴブリンの姿があった。いつかは戦うことになる。ここで逃げる必要も理由もない。
廊下の先、こちらに気が付く様子もなく、何が楽しいのか鳴き声を上げながらふらふらとゴブリンが歩いている。バレないように音を立てないように近づく。なんてことが初心者の僕らにはできるはずもなく、普通に気が付かれてしまった。勢いよく振り返るゴブリン、
「気づかれた!」
そう声を出してから構えを取る。ゴブリンは女子二人の姿を見て嬉しそうに気持ち悪くニタニタと笑って襲い掛かってきた。
「っ、やばい」
標準的な個体で筋力は十歳の女児程度、知能は幼稚園児を下回る。と知識では知っていても武器を持った人型の存在が、こっちを害する意識をもって走ってくるのは怖い。正直言って逃げ出したくなった。だが、これでも男である。女の子の前で尻尾を巻いて逃げるなんて恥ずかしいことできるはずがない。勇気を振り絞る。
盾を構えて槍を力いっぱい握りこむ。ゴブリンは女子に狙いを定めているのか、そっちに向かって走ってくるので、その射線をふさぐように盾を向けて立つ。ゴブリンが至近距離までやってくる。女子の前に立ったはいいものの、こわばって体が動いてくれない。走った勢いでぶつかるようにして振りかぶった右腕を叩きつけられる。かろうじて盾を突き出すことができたのだが、へっぴり腰だった僕はその衝撃に耐え切れず後ろに転んでしまうのだった。
「チッ、何してる!」
なんて聞いたこともないような里奈の声。僕が吹き飛んだのを見て、すぐ後ろにいた里奈が慌てて手に持ったメイスを横なぎに振るいゴブリンの顔を強打する。
「立て!」
「は、ハイ!」
普段とは違う強い口調の里奈の声を聴いてすぐさま体を起こす。立ち上がった時には、里奈に吹き飛ばされたゴブリンは銀二にとどめを刺されていた。
「はぁ」
なんてため息をつきながらこちらを見る里奈にいたたまれなくなった僕は、
「ご、ごめん」
と思わず謝るものの。
「別に謝らなくていい。次からちゃんとやって」
「う、うん。わかった」
恰好いい姿を見せたいという希望が叶うどころか、逆に情けない姿を見せてしまった。こちらを見る里奈の視線の中に呆れと見下しが混じっているように見えるのは僕の気のせいであって欲しい。里奈が僕を少し責めるような態度をしているように見えたのか、
「里奈! 平太、気にしなくていいよ。次から頑張ろう?」
なんて燈子にフォローされてしまうのだが、それによってむしろ恥ずかしさが倍増するのであった。
「反省は後でいいだろ。もう時間ないんだから、先に進もうぜ」
「それもそうだね」
一度吹き飛ばされたことで気持ちがほぐれたのか、そのあとからは、どうにか戦えるようにはなっていった。一階層の初期地点付近ではゴブリンにあまり遭遇することもなかったが、それでも皆が適度にゴブリンにとどめを刺して、経験値を分け合うようにして戦うことはできた。
現在地はわからない。が、瘴気が濃そうなほう『既知外』領域の方へと向かっていく。初めはモンスターにやられるより先輩を含む他生徒の方が危険。だからこそ、そこから離れるためにはそれも1つの案だと僕が言った。そう言った僕がまともに戦えなかったことが余計に恥ずかしいのだった。
ゴブリンにも少し慣れてくる。ある程度倒せば疲れているはずなのに、最初よりも動けるようになった。手帳を見ればレベルが上がっているのも確認できた。それはいい。強くなるのはうれしいことだ。だが、それに比例するように無性にムラムラとしてくる。ちらちらと視界に移る女子二人の姿、露出が多いわけでもないのに、姿を見ているだけで勃起しそうになってしまう。ああ、これがレベルアップによる性欲の増加というわけか。それを己の身をもってして理解した。
うん、これ以上は我慢できそうにない。このまま襲ってしまいたい。なんて思っていたら、僕は羅城門を見上げている。ダンジョンにいたはずの僕らは気が付いたら外にいた。
ああ、生き残れた! 僕らは帰ってこれたのだ。ただそれだけのことがうれしい。
が、その喜びを分かちあうよりも、今はすぐにでも射精したいという気持ちの方が大きかった。金玉にたまった精液をひりだしたい。しかし、オナニーでは我慢できない! セックスがしたい! そんな欲望があふれ出してくる。
この欲望はセックスではないと解放できないのだ。なんて全く根拠も論理もない考えで頭いっぱいになる。それでも、近くにいる女子二人に対して襲い掛かるなんてできないと、かろうじて残った理性がブレーキを掛ける。
ちらりと横を見る。いまだぼんやりとした表情のまま羅城門を見る仲間達に、
「それじゃあ、また明日!」
それだけを言って、その場を足早にそそくさと立ち去るのだった。待っててね先生。今から行くから。