「田村。お前にお勧めの学校がある。
「は?」
思わず声が出た。
三者面談、いや実質二者面談にて呈示されたのは、どこかで聞いたことのある学園名だった。
一体どこで聞いたのだろうか? 記憶を遡ってみる。
「え、は?」
思い出して、再び疑問の声が漏れた。
その学園の名前には確かに憶えがあった。記憶の遥かそこにある。それは今世を通り過ぎて、前世で見知った固有名詞であった。
『ハイスクールハックアンドスラッシュ』というWeb小説、書籍化もされていた人気作品、そこに登場する学園名だ。
そこに思い至った時、ようやく理解した。どうやら僕は物語の世界に転生していたらしい。生まれてこの方、物語らしきものに出くわさなかったので、ただ普通に、ごく普通の世界に転生したと思っていた。中学二年ごろまで、物語の世界かと期待していろいろ調べてみたものの見つからず、三年生になった今となってはあきらめていた。普通に受験して普通に高校生になるものだと疑っていなかった。そして普通に社会人になって、平凡な毎日を送るものだと思っていた。
それが今となってついに判明したのだ。この世界が、あのセックスと暴力がありふれた物語の世界であるということに!
もしかすると自分がこの世界の主人公かもしれない。何せ僕は転生者なのだから。特別な力を得て、特別な存在になれるのかもしれない。そう浮かれてしまうのも仕方のないことだろう。
僕の人生は恵まれたものではなかった。幼きにして両親は離婚した。その理由も僕が不気味だったから。僕自身、転生するなんて初めてなのでうまく子供らしく生きることができなかった。とても奇妙な子だと思ったのだろう。途中でうまく切り替えることなんてできない。初めからやり直すことなんてできない。そんな僕のせいで、両親は喧嘩が絶えなかった。そして僕が幼稚園に入るころ、父はとうとう我慢ができなくなって、離婚する運びとなった。
僕は母親に引き取られたのだが、離婚の原因となる僕を、気持ちが悪い僕を愛してくれるはずもなく、ほぼ放置されてきた。殺されなかったことをよしとするべきだろう。
教師曰く、いなくなっても問題ないような人間、そんな僕のような人間がこの学園に推薦されると言う。そこでは、力が全てであり、僕のような平凡な人間でも一角の人間になれると言うのだ。可愛い女の子も思うがままになると言う。
そんなことを言うクズのような教師は僕を入学させればメリットがあるのか、それともノルマでもあるのか、何かとその学園のメリットばかりをアピールしてきた。
この教師からは僕のことを馬鹿にしていることが透けて見えはするが、その提案が僕にとって好ましいことに変わりはない。これからも母親に頼るつもりはないし、関わり合いたいとも思っていない。全寮制のその学園に通えることは僕にとってありがたいことではあった。
そして何より、その学園に行かなければ特別な人間になるチャンスを逃してしまうかもしれない。この波に乗らない理由はないのだ。せっかく物語の世界へ転生したのに、かかわらないなんて意味がない。それに今までなにもなかったのがおかしかっただけで、転生者である僕は特別な存在に違いないのだ。その学園に行けばチートな能力を手に入れて、ハーレムを作って、好き勝手に生きられるかもしれない。そう根拠もなく信じてしまった。
今は凡人でも、そこに行きさえすればどうにかなる。僕は転生者である。物語の神様からの加護、ご都合主義というやらがどうにかしてくれるはずだ。
この世界が物語の世界であると実感して、ワクワクしてきた。いまさら遅いかもしれないが、何もしないよりはマシだろうと、その日から最低限戦えるように筋トレやランニングに時間を費やし、動画サイトでなんちゃって武術を見よう見まねでやってみたりもした。結局強くなれたという実感が湧くことはなかったが、なんとかなるだろうと楽観的に過ごしてきた。
そして時は流れ、今僕は『豊葦原学園』、立山連峰の麓、手付かずの自然の中にいる。
『中野駅』。豊葦原学園の最寄り駅。同じ電車に乗って来た同学年の同じ立場の生徒たちが同時に降り立った。各々の服装で、希望に満ち溢れた顔もあれば絶望でいっぱいの顔もある。聞いた情報が違うのだろう。主に男は顔を上げ、女は下を向いていた。
ただ、それでもこの自然を目の前にすれば、これまでのことやこれからのことを忘れて圧倒されて呆然と立ち尽くしてしまうらしい。それは僕も同じであった。
異世界のような空間、それはより今までの感情を増幅させるらしい。希望を浮かべていた少年はより顔を輝かせ、絶望を浮かべていた少女はさらに顔を暗くさせていた。
僕にはとってはここでの生活は希望だった。僕の顔も大層輝いていることだろう。
目の前の商店街、そして、先に学園が見えた。あそこでこれから輝かしい毎日を送ることができるのだ。
服屋、飲食店、雑貨屋、コンビニなど見知った店舗も数多くあるが、その中に鍛冶屋やよくわからない店も紛れ込んでいる。ショーウィンドウに金属鎧や剣、槍、盾などが並んでいる。
この場に降り立って、自分の目で見て改めて実感した。実感できた。ここがあの物語の舞台なのだ。僕はこのために転生したのだ。ここに来るために生き返ったのだ。ここで、欲望の赴くままに好き勝手に生きるのだ!
主人公と仲良くなって、おこぼれにあずかる。いや、対等にやりあえるようになるかもしれない。むしろ、普通に勝つことだってできるのかもしれない!
胸で期待を膨らませながら、学園へと一歩ずつ大地を踏みしめて歩んでいく。
僕の未来は明るい。そうに決まっている!
なぜなら僕は転生者なのだから!
この世界の主人公なのだから!