「なんて、そんなふうに考えていた時期が僕にもありました……」
イヤイヤイヤイヤ、何あれ? マジやばい。やばいって!
やばいとしか言いようがない!
化け物だ。化け物。あんなのに勝てるわけがない!
あんな化け物と対等だなんて、自惚れも大概にしろよ。僕。
あんな存在を軽く見るなんてありえない!
僕が主人公であるなんて夢のまた夢なのだ。
この世界は彼の世界であり、僕はただのモブだ。そう自ずと理解させられた。
新幹線、在来線と乗り継いでこの学園にやってきて、自然や建物に圧倒されて、そして、寮にたどり着いた。相部屋の相手や寮の先輩とそれなりに仲良くなった。一年丙組だということをそこで知ったが、己は転生者であるから大丈夫だと無根拠で信じていた。
だが、現実は非常である。狭い教室の中、同じ空間にいるだけで何もできなくなった。
肩を並べることも、敵対することも考えられない。ただ関わりたくない。そんな思いで脳がいっぱいになる。
雑談でにぎやかだった教室も静かになる。
イケメンでリーダーシップを取りそうな少年も、チャラくていかにも不良そうな少年も、テレビで見たアイドル以上に美しい少女たちも、等しく口をつぐむ。誰もが一言もしゃべらなくなった。
クラスの思いは一致していた。あいつはやばい。関わってはいけない。
雑談に興じていた人たちは、自然を装って自分の席に座る。あの存在から興味を向けられないように、ただの置物になる。顔を覚えられないよう俯いてしゃべらない。慌てて逃げようとすれば印象付けてしまうかもしれない。誰と相談するでもなく、クラスメートの行動は一致していた。
うつむいて静かに息を殺す。
それだけしかできなかった。転生者であるのにも関わらず。それしかできなかった。
悔しかった。だが、それ以上に目を向けられるのが嫌だった。
重圧が重くのしかかる。震えそうになる体を必死で抑えつける。
他人と違う行動をとって、興味を向けられたらたまらない。
そんな静かな教室では、その声は大きく聞こえた。
「よっ。叶馬」
その男へと気軽に話しかけている男を見て、嘘だろ? なんて正気を疑った。
そしてすぐに思い出した。あの男が物語に登場していた重要人物、主人公と親しくなる相棒キャラで友人キャラの誠一。こうして叶馬に直接出会うまではその立場を狙おうかなんて考えていた。フレンドリーに話しかけて、仲良くなって、物語に積極的に関わっていくことも考えていた。だが、その考えは叶馬に出会った瞬間消えてなくなった。頼まれても嫌である。絶対に近寄りたくもない。
舐めていた。転生者である僕なら何とかなると勘違いしていた。なんなら勝てるのではないかと愚考していた。
転生者だとか、前世を含めれば年齢が上だとか、そんなことは叶馬の前ではそんなことは関係ない。やつの前ではすべてが無意味だ。僕は無力だった。
あれは、関わってはいけない存在だ。出会ってはいけない存在だ。
それはクラスの共通認識だった。皆が皆、ただ俯いてひたすらに息を殺して耐えることしかできなかった。
一時限目を告げる時計塔の鐘の音が聞こえてくる。
それが一瞬福音のように聞こえた。授業が始まればこちらに興味を向けられる可能性が減るだろう。この重圧も減ってくれるかもしれない。もしかすると、大人である先生ならどうにかこの空気を、この重苦しい空間をどうにかしてくれるのかもしれない。たぶん無理だろうと半ばあきらめながら、ほんの少し期待していた。
淡い期待はすぐに消え去った。
教室に入ってきたのは、年若い女教師だった。ぴっちりとしたスーツを身にまとった真面目が服を着ているような女性、お洒落な眼鏡を掛けた女の先生だった。可愛いというよりも美人系、普段であればそんな美しい先生が担任だったら喜んでいただろう。だが、この瞬間においては、役に立たなそう。そうとしか思えなかった。
授業内容のオリエンテーションガイダンス、配られた資料を説明してくれている様子を見ても、ピリピリした様子、口の端が震えており、焦っていることがまじまじとわかる姿だった。恐怖を感じているのは確かだろう。
ああ、やっぱり。先生でもどうにもならないのだ。
その落胆は僕のものでもあり、そして、教室ほぼすべての生徒からのものだった。これからずっとこの空気の中で勉強をしなければならないのかと、未来に絶望しかない。
レベルを上げればどうにかなるのだろうか。頼りになりそうにない弱そうな先生でも、僕らよりレベルが高いのだろう。おびえてはいても直接目を合わせられている。そのことを思えば、あの存在に対抗するために、この恐怖に抗うためにレベル上げは効果があるのだろう。そう思わないとやってられない。
強くならなければ。生存本能のため、生きるためにクラスメート皆の無意識にそんな思いが刻み付けられた。
あの化け物がいるこの学園で生きていくためにも、ルールや、強くなるための方法は知っておかねばならない。それが最重要事項である。男であればダンジョンでレベルを上げて単純に実力を伸ばすことができるだろう。女であれば強い男に媚びて守ってもらうことが重要になってくるのかもしれない。生き延びるための手段を何としてでも手に入れなければならない。自分の身は自分で守らなければならない。
その点、僕にはほかの誰もが持っていない特別な心の支えがあった。そのおかげで他人と比べたらほんの少しは余裕があった。前世の記憶、転生者であるという事実。よくある転生物語、二次創作における主人公になりうる存在である。転生者である僕に特別な力がないわけがない。いずれはチートな能力が手に入るはずだ。僕はなんといっても転生者だ。あの化け物には勝てないにしても、それなりの生活はできるだろう。ご都合主義がどうにかしてくれるはずなのだ。そう自分に言い聞かせ、この重圧に耐える。
あの男のことは見なかったことにしよう。あの男とは別の場所で強くなろう。別の場所で可愛い女の子たちのハーレムを作ればいいのだ!
この世界はエロと暴力の世界、強くなれば問題ない。強ければ強いほどご褒美が待っていることもわかっている。顔面偏差値の高いこの学園なら、可愛い女の子とのイチャラブセックスも夢ではない。寮の先輩たちからも夢のある話をたくさん聞いてきた。外でも寮の中でも性行為をしているところを何度も見てきた。
この学園で楽しく生きていく。そのためには、まずファーストダイブを死なずに乗り切ろう。と、そう決意した。