時報を告げるチャイムが響く。
如何ともしがたい趣を感じるのは録音ではなく本物の鐘だからだろうか。
そそくさと先生は教室を立ち去った。それは仕方ないだろう。誰だってそうする。僕も同じ立場だったらそうしている。
そんなどうでもいいことよりも、今は張り詰めるほどの威圧感が減ったことを喜ぼう。何が気に食わなかったのか、先ほどまで放たれていた威圧感は授業が終わったことでなくなった。先生に向けられた威圧感、ただ不可思議なことが書いてあるパンフレットに、笑ったほうがよかったのか、突っ込んだほうがよかったのかなんて考えていたのだとは誰も知らない。
本当に勘弁してほしい。この威圧、誰かを威嚇しているわけでも、深い理由もないということも知っている。ただの通常営業、普段通りがこれなのだ。転生者である僕はそれを知っていても、そう理解していても、それでも恐怖に抗うことはできなかった。
チャイムが鳴ったというのに誰も動こうとしない。動けない。誰かひとりでも席を立ってくれれば、同じように動き出すことも可能かもしれないのに、誰もが立ち上がろうとはしてはくれなかった。無言の牽制のし合い。早く誰かが動いてくれないかと望み、誰も動くことができなかった。
叶馬が後ろの席の誠一に話しかけている。あまり大きな声ではないが、静かな教室の中では全体に聞こえるぐらいの声だった。本来なら他人の雑談なんて気にならないだろう。だが、今はその会話が気になって仕方がない。聞き漏らしたことによって死んでしまうかもしれない。それほどまでにクラスメートたちは恐怖で縛られていた。
ただの雑談、それが理解できるだけで安心できる。
途中から、女子が話しかけていた。このクラスの中でも最上級に美少女な二人組、この学園で生存するために彼らに声を掛けたのだろうが、恐怖そのものである彼らに近づこうとするだなんて考えられない。その勇気は賞賛に値する。嫉妬してしまいそうになる。が、一番やばそうなところがグループを成立させてくれたことに何よりも安心した。原作通りに進んでいるようで安心した。
何かの拍子に、僕があのグループに入ることになってしまうかもしれない。そんな、ありもしない妄想だけで恐ろしかった。物語の展開を面白くするため、転生者というだけで、あのグループに入れられてしまってはかなわない。
やばそうなグループが成立したことで、少しだけ教室の空気も緩んだ。それによって残りのクラスメートたちも各々、最初のパーティーメンバーの交渉を始めていた。この恐怖から逃れるために、何よりも早く仲間を作らなければならない。その思いからか、スムーズにチームは組まれていった。
主人公グループにはかかわらないと決めたが、何も自分が強くなることをあきらめたわけではない。それには、ファーストダイブ生き残ることが最優先である。一度でも死ねば人生が終わる。ここで1回でも死んでしまえば寿命は短くなるし、今のところ考えてはいないが、子供もできなくなる。せっかくの二度目の人生なのだ大往生がしたいものである。若くして死にたくはない。
そんなことをぐちぐちと考えていたところ、
「なあ、平太。ああ言ってたけど、よかったら一緒に組まねえ?」
そう声を掛けてくれたのは、相部屋の
皆も恐怖に耐えかねて仲間が欲しかったのだろう。次々にグループができていく。イケメングループにそれに媚びるようにして群がるビジュアルが整ったトップカースト的女子たち、生存を優先してか男だけで集まる不良グループ、その他どこにでもいそうな男子女子同士。早く安心したいと次々にグループができていく。
だからこそ、その提案は非常にありがたかった。
「あ、ああ、こちらこそよろしく頼む」
「ありがとう。一緒に組めてよかった」
なんて笑いながらそう言ってくれた。そして、ちらりとだけ目線を横へとずらし、すぐに正面に戻す。
「うん。本当によかった」
銀二が向けた視線の先に視線を向ける。談笑している様子の叶馬のパーティ、他のメンバーを探している様子ではないことを確認する。
「いや、ホントホント。うん。本当にありがとう」
このまま一人でいたら、あのパーティに放り込まれるかもしれない。少ない可能性でもつぶしたかった。恐怖を分かち合って安心したかった。
具体的には言葉にせずとも、お互いで通じ合っていた。同時にため息をつき、苦笑いを浮かべる。連帯感が高まった気がした。
「それであとは、誰誘う?」
「そうだなぁ、ダンジョン行くんなら強いほうがいいよな?」
「それだったら、最初は男だけで組んだほうがいいんじゃない?」
「一理ある。女の子は後からでもいいかもな」
なんて、これからのことを考えながら話し合っていた。そんなところへ、
「ねえ、よかったら、私らも仲間にいれてくれない?」
なんて、少し離れた席からこちらに歩いてきた女子二人組が話しかけてきた。一人はギャル風味がある女子。ゆるふわな茶髪に、少し派手目なメイク、着崩した制服、いかにもギャルと言った風貌をしている。だがしかし、板についているわけではなく、なんとなく無理をしているような感じもする。男が好きそうな姿を取ることで、この学園で生き延びようとしたのかもしれない。
もう一人は、前髪で目元が隠れている陰気な少女だった。髪の毛や肌についてはまともに手入れされておらず、制服も買ったそのまま着ている。文学少女というよりかは物語に登場するようなサブカル好きのオタク女、そんなステレオタイプな少女だった。こっちは、逆に男から求められないためにそんな姿をしているだろうか? なんて一瞬思ったが、ただ自分の好きなこと以外に興味がなく、おしゃれするのがただ面倒くさいだけなのかもしれない。真相は不明。
そんな彼女らであるが、世間一般で言えば美少女と呼ばれていても差し支えないくらいには容姿は整っている。ギャル風の子はもちろん、オタク女のほうもよく見れば整った顔立ちをしている。普通の学校だったらクラス一の美少女だとされていてもおかしくないくらいには可愛いのだろう。だが、この学園、ことこのクラスにおいては下から数えたほうが早いレベルの顔とスタイルである。そして、そのことを彼女たちもきっと自覚しているのだろう。
自分に自信ネキ、つまりクラスのトップレベルの美少女たち(叶馬グループに入った静香と麻衣を除く)は、イケメングループにすり寄っている。次点の女の子たちは、女の子同士で組んでいる。それより下の女の子たちは、平凡そうな男子に声を掛けている子もいれば、女同士で組んでいるところもある。
僕らに声を掛けた彼女らは妥協したのだろう。僕達は平凡な見た目をしており、おとなしそうな男たちである。強そうではないが、腐っても男である。いないよりマシ。そう思ったのだろう。女慣れしていなさそうな男であれば、自分たちも無下にはされないだろうし、無理やり襲ってもこないだろう。そう判断でもしたのかもしれない。
「私、
「よろ」
ギャルが燈子で、オタク女子が里奈。覚えた。
「あ、うん。よろしく。僕は平太、でこっちが……」
「銀二です」
おそらく舐められているのだろう。下に見られているのだろう。だが、
「それで、組んでくれるってことでいいよね?」
「え? あ、はい。わ、わかりました。」
「よかった。それじゃあ、改めてよろしくねー」
「あ、う、うん。よ、よろしくお願いします」
先ほどまで男同士で組もうだなんて言っていたのに、すぐに前言撤回してしまう。女の子からぐいぐい来られて、拒絶できるほどに僕らは女慣れしていない。女の子たちからの提案を断れるほどの勇気もない。ただ従うという選択肢しか取れない。そのことを情けないと思うが、ほんの少しこの展開を喜んでいた。
ここが人目のある教室でなければ、舞い上がって小躍りしていたかもしれない。僕だって男である。可愛い女の子と仲良くしたかった。女の子と一緒のパーティになってみたかった。そして、ゆくゆくはエッチなことも、なんて考えたりもしていた。それが棚ぼた的にかなうかもしれない。
銀二の方へと顔を向けるとにやけづらをしてこちら見ている。同意見であるらしい。その顔が気持ち悪いとは思いつつ、おそらくきっと自分の顔もそうなっているのだろう。