羅城門を見上げる。瞬間移動したように視界は変わり、朱い鳥居が並ぶ羅城門を見上げていた。
つい先ほど柱と柱の間にある空間、『始之扉』に入った。確かな自信を持って意気揚々と乗り込んだはず……。その記憶はしっかりと残っている。だが、今は少し離れた場所に立っている。羅城門の正面、能舞台のような広場で、ぼんやりとした頭でただ見上げていた。
顔を左右に動かしてあたりを見回してみると、同じように呆然と立ち尽くしている生徒や、貧血のようにして倒れている生徒もいる。特に女子の多くが座り込んでいた。
ああ、そうか。僕は死んだのだ。死んでしまったのだ。この大事な大事なファーストダイブで、生き残れもせずにあっさりと死んだのだ。ああ、なるほど。そうか、そうなのか。隣に立つ銀二、そしてしゃがみこんでいる燈子、かろうじて立っている里奈。皆がよくわかっていない顔で羅城門を見ている。
皆死んだのだ。誰も生き残ることができずに死んだのだ。
転生者であるからと、ただそれだけを根拠にして生き残れると信じていた。その考えがなんと愚かなことだろう。
積み上げてきた計画がなんと杜撰なものだったのだろう。適当に置いて並べただけの計画とも言えない絵空事だった。
やっとわかった。こうして死んでようやく理解した。
僕は主人公なんかではない。
二次創作に登場するオリジナル主人公などではない。
ただの凡人で、どこにでもいるモブ。ただの背景なのだ。
チートもご都合主義もないのだ。
それをようやく自覚した。理解した。
ボロボロに崩れた計画を、もう一度初めから積み立て直す。そんな気力もすでにない。
心が折れた。もう心が折れてしまった。
己が転生者であるという自覚、それが何の意味をなさないのだと悟ってしまった。心の支えを失った。
この、どうしようもない喪失感。
ダンジョンの中での記憶、殺されたという記憶は残っていないが、体が恐怖を覚えている。
自分で制御することもできない。体は確かにふるえている。
ああ、もうどうでもいいや。どうだっていいや。
輝かしい未来なんてどうでもいい。ただ、楽しく過ごせたらそれでいい。
自分にあった生き方をすればいい。高望みはもうやめた。
無敵で無双でハーレムな生活はあきらめた。
僕はご都合主義が助けてくれるような人間ではない。
オリ主としての自覚はもう捨てることにした。
「おい、おい、平太、平太っ」
なんて銀二に声を掛けられてようやく我に返る。
「ん、あ、ああ。ごめん、ちょっと考え事してた」
「はぁ。まあ、無事だったらいいけどよ」
心の整理もあらかた終えたので改めて周りを見渡す。先ほどまで呆然としていた生徒たちがざわざわと騒いでいる。何が起きたのか、いったいどういうことなのか。わけもわからずにいた生徒たちも現状を理解し、帰ってきたことを自覚して、小テストが終わった後のように安堵する。
「あー、えっと、おつかれ。覚えてないけど、ありがとね」
「おつー」
隣にいた燈子と里奈に声を掛けられる。少し言葉の端が震えているのは気が付かなかったことにする。少しぎこちない笑顔であるが、可愛いことには変わりはない。それを見て気持ちも落ち着いた。
「あ、うん。お疲れ様」
僕の声も少し震えている。そのまま続けて会話しようとしたのだが、
「——皆さん。お疲れ様でした」
だんだんと騒ぎだしていたクラスの生徒たちに向かって、担任の翠が名簿を片手に声を上げた。
どこか疲れた様子と、艶のある憂いの表情を引き締めていた。こちらを同情しているようにも見えるその表情が色っぽいなと改めて感じた。今度タイミングを見計らって彼女の部屋に押しかけようか。どうせクラスの皆にこれから犯されるんだから、その中の一人になってもいいだろう。どうせ僕はただの肉棒、物語では名前さえ描写されないただのモブなのだ。先生は僕らのようなモテない男たちのための救済措置、練習用だなんて言われている。だったら僕も先生と、なんて、開き直ってしまえたらいいのに、なんだかんだとやらない理由をつけてしまう。
特別実習の終わりを告げた後、教室に戻ってから解散するという。女子にだけ連絡事項があると先生は言っていた。この学園では女子がまともに生きるのは難しいのだろう。そのための注意、アドバイスは必要なのだろう。もう犯されているだろうことも教えられるのかもしれない。
「あー、やっと終わった。緊張したー。なんも覚えてねえけど」
伸びをしながら銀二が言い、
「そうだね。本当、何にも覚えてないや。本当に……」
そんなことを言いながら僕も歩き出そうとしたとき燈子に声を掛けられた。
「ねえ、ちょっといい?」
「ん?」
「あのさ、今回のダンジョン、何にも覚えてないし、パーティは継続でいいよね?」
「あ、うん。良いけど」
「じゃあ、継続ってことでよろしく」
「わかった。こちらこそよろしく」
パーティーの継続が決まった。もしかしたら今回だけかもしれないと思っていた。こんなぱっとしない僕らと仲間でいる理由、ただ単に扱いやすそうな男だからというのが関の山だろう。自分で言って悲しくなる。が、死の経験が心にストレスを残している今、死を目の当たりにしたことによる性欲の高ぶっている現状では、どんな理由であっても彼女らと一緒にいられることの方が重要だった。
もしかして、彼女たちも僕と同じように性的欲求が高まっているのかもしれない。そのせいで平凡な男である僕に対しても性的魅力を感じてくれているのかもしれない。なんて自分に都合のいい妄想をする。それが間違っていたら恥ずかしいということから確かめることもできない。いつかエッチなことができたらなぁ。なんて願望だけが心に募る。
「それで、今後のこととかいろいろ決めたいから……」
なんて、緊張から解放されたクラスメートたちの中に混じり、これからのダンジョン探索について話合う約束をする。ああ、確かに今僕は青春している。死んでしまって、英雄になりうる資格を失った。自分は凡人、ただのモブだと自覚して、主人公なのだから頑張らなければならないなんていう無意識からの脅迫も消え去った。
この世界がハイスクールハックアンドスラッシュという物語の世界であることを知ってから乗せられた重圧、ありもしない使命から解放されて、すがすがしい気持ちでいっぱいになっていた。