目を開く。ゆっくりと眠れたおかげで体の震えも収まっていた。時計を見る。まだ少し早いが起きても問題ない時間である。が、特になにをするわけでもなくただぼんやりとする。
暇だったのでまだ眠っている銀二に声をかけて起こして適当に会話をする。お互い遠慮することも減ってきたのはいいことだ。布団の中、股間を大きく膨らんでいる。この学園に来てから満足に射精できていない。自慰は負けた気がするのでやりたくない。だからと言って誰かに射精させてもらうのも気が引ける。一度死んだからと言ってはっちゃけられるような人間なら困っていない。いずれはどうにかしなければと思うものの、それができれば苦労はしない。朝勃ちが収まるまで待つ。明らかに勃起していようが、それを気にするような間柄ではないが、羞恥心がないわけではない。できれば男といえども知られたいものではない。
適当に時間をつぶし、ちんぽも十分小さくなったので身支度を始める。鞄の中身を確認して着替えを済ませる。いつでも出発できる準備ができたら電子手帳をいじくりまわしつつ、雑談をして時間を潰した。
食事をした後に三階の部屋まで戻るのは面倒なので荷物を持ったまま食堂へと向かう。男子寮であるのにも関わらず、そこには当たり前のように女子がいる。誰かが連れ込んだ女、パートナーというよりも性処理用に使われているだけの女なのだろう。昨日もどこかの部屋、あるいは便所かどこかで犯されていたのだろう。可愛そうに、なんて思ってしまうのはまだこの学園に染まっていないからかもしれない。
さすがに食堂ではセックスはしていない。この寮に来てから見たことがない。が、張り紙で禁止されているところを見れば過去何度も行われていたのは確かだろう。ただ僕がまだ遭遇していないだけで、頻繁に行われているのかもしれない。
寮内に連れ込まれた女は共用のようにして扱われることが多い。後輩にいい恰好をするために、あるいは先輩と仲良くするために女が用いられることもある。先輩に使わせてもらったら、逆に後輩からも紹介したほうがいい。なんて暗黙の了解のようなものがあるという。いろんな女の子との楽しいセックスライフを送るためには都合がいいシステムなのかもしれないが、そんなことができる気もしない。見ず知らずの男たちにかわるがわる犯される。男子寮に女子を連れ込んだら、先輩を含めた他の男たちに回されてしまう。仲良くなりかけの女の子をこんなところに連れてこられるわけがないのだ。
入学したての一年が女の子を守り切れるはずがない。それができるのは空間収納を持つ叶馬ぐらいだろう。化物みたいな叶馬でもチート能力があってこそ守れただけで、なければその叶馬でも無理だった。それほどまでに先輩は理不尽な存在なのだ。なんにせよ、女性を連れ込むだなんて行為が出来そうもない小心者な僕にとっては連れ込む、連れ込まないなんてことを考えるだけ無駄である。
食事を終えて寮を出る。街並みを眺めつつ歩く。まだ歩きなれていない道を学園に向かって一直線に歩く。道すがら嬌声が聞こえてくるのにはもう慣れた。
壱年丙組のクラスに着く。各々が会話をしていてざわついている。教室の中が騒々しいのはまだ叶馬が来ていないからだ。いたらこんなにも騒げないだろう。
僕らが来たことに気が付いたのか、会話を切り上げてこちらに向かってきてくれた。それがなんとも嬉しい。
「おはよー。よく眠れた?」
「おはよ」
今日も決まった姿の燈子と、普段通りの理奈。朝にシャワーでも浴びたのか心なしか良い匂いがしている。
「あ、うん。おはよう。それはもうぐっすりと」
「あはは、それはよかった。それでね、さっそくだけど今日の授業終わりにちょっと打合せしない?」
「あ、うん。別にいいけど……」
「よかった。それじゃあ、食堂でご飯食べながらでも話そう?」
「あ、はい」
「あ、何ならその後うちらの寮に来る?」
なんてこちらをからかうようににやけた顔でそう誘ってくる。
「うぇ? あ、いや。え? あーっと……」
「あはは、ごめんごめん。嘘嘘、冗談だよ」
すぐに冗談だと訂正してくれた。畜生。そんなことだろうと思った。
少し落ち込んでいると、里奈がこちらに近づいて耳元でささやいてきた。
「残念?」
耳元で話されるものだからくすぐったくて仕方がない。女の子の熱と匂いを強く感じてしまい、勃起しそうになる。いや、し始めている。ばれないように少し腰を引くのだが、その行動自体でばれてしまっているかもしれない。どうすればいいかわからない。かなり恥ずかしいが僕にはどうすることもできなかった。里奈は囁くだけ囁くとそっと離れていく。いや本当、こういうのはやめて欲しい。想像もしていなかった行動にドギマギしつつ、それを悟られないように笑う。
「あ、あはは。なーんだ冗談かぁ。それは残念だなぁ」
「ごめんね。そう言うのはもっと仲良くなってから、ね?」
「あ、うん。わかった、楽しみにしとくよ。えっと、それじゃあ今日は食堂でってことで。銀二もそれでいいよな?」
「ああ、それでいい」
「ありがと。それじゃあ、放課後食堂で」
「またね」
気軽に話しかけられて、少しからかわれたのちに手を振りながら颯爽と去っていく。本当は誘っている? それともこちらを試しているだけ? そんな疑問が頭に浮かんでは消える。掌の上で転がされているのは確かだ。だが、それが嫌なわけではない。可愛い女の子とかかわれるだけでありがたい話である。
なんてことを考えていたら、恐怖が体を襲う。他のことなんて一切考えられないほどの重圧が体にのしかかる。一瞬でクラスの皆が口をつぐみ騒然としていた教室が静かになった。ああ、来たのか。そう思って教室の入口へと顔を向ける。やはりそこには叶馬の姿があった。教室の中で平然としているのは、一緒に入って来た静香と、彼とパーティを同じくする誠一、麻衣ぐらいだろう。
この重圧にも少し慣れたのか、あるいはそれ以上にそれが気になったのか、手を繋いでいる叶馬と静香の姿にキャーキャー言う女子と舌打ちをする男子の姿が見えた。よくそんな反応ができるなぁとおどろいていたのだが、逆に無反応だと余計に怪しいのかもしれないと思いなおす。思い直したとて、それが自分にできるわけではない。
僕は平凡、凡人、ただのモブ。己の気配を限りなくゼロに近づける。気配をなくす。見えなくなる。そんな特殊な技能が自分にあるわけない。そんなことができるのなら、それはもうある意味主人公だ。影が薄い男、原作にはそんなキャラがいたように思う。それも、このクラスに。だが、今のところ心当たりもない。僕の覚え違いだったのか? いや、おそらく僕が感じられないだけで今も隠れているのだろう。それが誰かもわからない。
叶馬一行が雑談をしている様子を視線をそうとは感ぜられない程度に観察しながら、普通を装うために教科書を無意味にぱらぱらとめくりつつ鐘が鳴るのを待つ。今日は一般科目、どこの高校でもあるような普通の授業である。この重圧ある慣れない環境の中において、そんな普通の授業がなにより心地いい。ダンジョン関連、そんな非日常もいいがやっぱりこういうのが僕は好きだったらしい。
時計塔が授業開始のベルを響かせる。担当の教師が教室に入ってくる。その教師も入口のところで一度立ち止まり、顔を引きつらせて明らかに歩き方が変わる。授業を始める号令を発するが、手や口の端が震えているのがはっきりと分かった。ああ、可哀そうに。なんて同情したいのもやまやまだが、それ以上にずっとこの教室にいなければならない僕らのほうが可哀そうなのだ。僕らのためにも頑張って授業をして欲しい。
俯いたまま受ける授業、恐怖によって震えた黒板の字は歪んでいて読みづらい。緊張しているのか正常に授業ができているのかも不安である。適当なことをしゃべられても困る。ちゃんと予習復習をしっかりしないと、なんて普通の生徒らしいことを考えて、普通の授業はこの学園では評価対象にならないことを思い出し、それほど頑張らなくていいのかと肩の力を抜いた。
まったく聞く気がないわけではないが、あまり重要視されていないこの学園において必死に勉強する気にはなれない。この時期はまだ他のクラスがファーストダイブをしており専門科目の授業はない。半日授業ではなく昼食後にも授業がある。本格的にダンジョンが解放されてからは一般科目に割ける時間がないため、今のうちに詰め込んでいるのだろうが、もうすでに真面目に受ける気がない生徒も多い。
そんなこんなで、全ての授業が終わる。息が詰まる授業、平穏なのは昼食の間ぐらいだった。放課後、こんな場所に長居したくないと我先にと教室を出ていくものも多い。その中にはニヤニヤした顔をした男子がいた。先生の所だろうか? すこしうらやましい。が、僕らだってこの後、女の子と一緒に食事ができる。逆に嫉妬されているかもしれない。銀二とも話していた通り、しばらくは自主的に性行為を控えると決めていた。できればジョブが確定するまでは我慢したいものだが、それまで耐えられるだろうか。
授業終わりの放課後、四人で学生食堂にやってきた。道中も女の子の方から会話を振ってくれるので何とかなったと思うが、うまくしゃべれていたかは定かではない。
食堂は中途半端な時間でもそこそこ人が座っている。そこでデザートをつつきながら約束通りに燈子、里奈と軽く打合せを行う。フォーメーションだとか、こうなったときはこうするだとか、方針などなど、ダンジョンに向けて話し合った。朝に言われた冗談が事実になることもなく、思わせぶりな態度を取る里奈にたじろぎながらも話し合いはつつがなく終わった。ちょっと、いや、かなり残念である。
ただ、転生前を含めこれまで生きてきた中で、こうして女性と近づいたことはなかった。今日もうまく会話できていたかはわからない。転生していても、人生二度目だろうともできないことはできない。彼女らにはうまく掌の上で転がされている気がするが、そんなことも気にならないくらいには楽しい時間だった。我ながらちょろいと思う。
ダンジョン探索における方針の話、目標などの意識のすり合わせ、探索頻度やそれぞれの役割などを話したが、決められたことはほとんどない。まだ実際に挑んでいないから事前情報だけでふわっとしたことしか決められない。本格的にダンジョンに入る前までに情報収集、そしてその情報を共有することを約束してその場は終わった。今後もこうやって食事をしようと約束している。これが、彼女たちによるただ都合の良い男を確保するための餌でも僕らが拒否する理由にはならなかった。
話が終われば即解散して、寮の自室へと戻ってくる。今日もどこかで男と女がやりまくっているのだろう。なぜ自分がこれまで我慢しなければならないのかと思わないでもない。ストレスだって溜まってくる。こうして我慢したところで確実に遊び人のジョブを回避できるかもわからない。そもそも、相手を選ばなければセックスし放題のこの学園で我慢する必要があるのだろうか? 困ったときは翠先生という手段もある。我慢をしなくてもいいという理由が次々と浮かんでくる。
そんな楽な道へと流れてしまいそうな自分に、少しでもマシな生活を送るためだと、よりよい生活を送るために、ただほんの少し耐えるだけだと言い聞かせる。ちょっと我慢するだけで絶対いい未来が訪れるはずなのだ。だから、ジョブが決まるまでとは言わないが、ある程度レベルを上げるまでは我慢しよう。がんばれ、僕!