ボクサーがどういう練習して何を考えてどんな悩みがあるか、なんとなーーーく分かる。あとスポーツ女子のえっちな挿絵がすこーーーし楽しめる。
そんなラノベ風AIマンガを目指しました。
# 第1巻 第1話:『金髪とバンテージ』
「……これで良し、ですわね」
美容院の大きな鏡の前で、リンは満足げに自分の髪をさわりと撫でた。
光を受けて鮮やかに輝く金髪。ほんの少しだけ残るくせ毛のウェーブが、上品な柔らかさを演出している。
手入れの届いた指先でスマホを掲げ、少し上目遣いで自撮りを一枚。
画面に映る自分は、どこからどう見てもお洒落で洗練された、充実した日々を送る女子高校生そのものだ。
(ふふん、完璧ですわ。これならどこへ出かけても、誰が見ても……)
すりすりと画面をタップし、SNSの投稿画面を開く。
『美容院でメンテナンスしていただきましたの♪』というキャプションを添えて、送信ボタンに指をかける。
しかし——その指は、画面の上でぴたりと止まった。
「…………」
画面をそっと閉じ、スマホを鞄に押し込む。
胸の奥にぽっかりと開いた、冷たくて暗い穴。そこからヒタヒタと溢れ出してくる空虚感から逃げるように、リンは深く息を吐き捨てた。
(……一体、何をやっておりますの、私は)
無理をして買ったブランドの服。トレンドを意識した金髪ボブ。
いくら外側を「リア充」っぽく取り繕ってみたところで、自分の内側がカラカラに乾いていることくらい、自分が一番よく分かっている。
回想——頭の奥で、白く殺風景な病院の診察室が蘇る。
『残念だけど谷宮さん、股関節の損傷が酷すぎる。……もう、選手レベルで水泳を続けるのは無理だ』
あの日、リンの青春は途絶えた。
幼い頃から水の中で生き、身体をしならせて誰よりも速く泳ぐことだけを目指してきた。それ以外の生き方なんて、教わっていなかった。
水泳を失ったリンに残されたのは、使い道のない体力と、お嬢様としてのちっぽけなプライド、そしてどうしようもない退屈だけだった。
「……ハァ」
お気に入りのヒールでアスファルトを打ち鳴らしながら、通りを歩く。
歩き方の癖で、どうしても少し内股気味になってしまう足を気にしつつ、リンが溜め息をついた——その時だった。
どむっ、と肩に強い衝撃が走った。
「きゃっ!?」
内股の足がもつれ、あやうくその場でのめりそうになる。
とっさに体勢を立て直し、ふくれっ面で振り返った。
「痛いですわね……! あら、人にぶつかっておいて謝りもしませんの!?」
抗議の声を上げたリンの視線の先にいたのは、一人の少女だった。
すらりと伸びた長い手足。モデルのように引き締まった背中。青いショートヘアの隙間から覗く横顔は、刃物のように鋭く冷ややかだった。
少女は足すら止めず、チラリと横目でリンを一瞥した。
その目は、「わざわざ関わる価値もない」とでも言いたげな、圧倒的な蔑みに満ちていた。
そのまま何事もなかったかのように去っていく青髪の少女。
「な、なによあいつ……! なんですのあの感じの悪い女は!!」
リンの額にピキッと青筋が浮かぶ。あまりの無礼さに開いた口が塞がらない。
だが、怒りに震えながら去り行く背中を睨みつけていたリンは、彼女が肩に下げていたエナメルバッグの刺繍に目を留めた。
(あの校章……私と同じ高校の制服ですわよね?)
胸の中にくすぶる不快感と、かすかな引っかかり。それは翌日、あっさりと解消されることになる。
◇
「ねえ聞いてくださいまし、昨日道でぶつかった女、うちの生徒でしたのよ。青い髪の、すごく感じの悪い」
昼休み、リンは友人の一人にその話を振った。特徴を話しただけで、相手はすぐにピンときたようだった。
「ああー、それたぶん礼堂さんだよ。ボクシング部の」
「ボクシング……部?」
「うん。ジュニアの頃から結構有名だったらしいよ、リン知らない? 大会でいくつも結果残してて、うちの高校の期待の星、みたいな」
「そう、なんですの……」
聞けば聞くほど、あの態度の悪さと「期待の星」という肩書きの落差が、リンの中でどうにも噛み合わなかった。
(ふん、どうせ実力に驕った、鼻持ちならない性格なんですわね)
そう決めつけて、その日はそれ以上気にしないようにした——つもりだった。
◇
その週の放課後。
リンは吸い寄せられるように、商店街の裏手にある古びた建物の前に立っていた。
夕闇の中にぽつんと灯る看板。ガラス張りの大きな窓からは、熱気と、独特の汗と革の匂いが漏れ出ている。
「……やっぱり、あいつですわ」
大きなガラス越しに、リンは中の様子を伺っていた。
リングの脇、大きなヘビーバッグが並ぶ一角で、あの「感じの悪い青髪の女」——礼堂玲が、バンテージを巻いた拳を構えていた。
(ふん、どうせ学校でも威張り散らしているのでしょうね)
そう思いながら眺めていたリンだったが——次の瞬間、言葉を失った。
バンッ! バシィッ!!
ミットを構えるトレーナーに向かって、玲の拳が炸裂する。
風を切る鋭い音。鋭敏な踏み込みと、しなやかな体幹から繰り出される無駄のない連動。
何よりリンの目を奪ったのは、その「表情」だった。
街で見かけた時の冷淡な目つきは消え去り、そこにあったのは、獣のような鋭さと、狂おしいまでの集中力。
(あんなに冷めていた奴が……あんな風に輝いて……)
ミットに拳が刺さるたび、リンの胸の奥が激しく脈打った。
水中で全身の筋肉を限界まで追い込み、水の抵抗を切り裂いていたあの頃の感覚。失われたはずの「熱」が、全身の血を駆け巡る。
無我夢中。
なりふり構わず、ただ目の前のものに全霊を注ぐ姿。
(一体何がそんなに楽しくて、あそこまで夢中になれますの……!?)
気づいた時には、リンの足は動いていた。
ガラガラと音を立てて、ジムの重い扉を押し開ける。
「——そこまでですわ!」
凛とした声が、ジム内に響き渡った。
ミットを叩く音が止まり、練習していた部員や指導者たちの視線がいっせいにドア口の金髪少女へと集まる。
リンはツカツカとリング脇まで歩み寄ると、堂々と胸を張った。
(ふふん、どうですの? 水泳で鍛え上げた私のポテンシャルを見抜けば、泣いて喜んで迎え入れるに決まっていますわ!)
自信満々に高笑いしようとしたリンの前に、ずいっと一人の影が立ちはだかった。
首にタオルをかけた、30代後半ほどの男。無精髭を生やし、鋭い眼光をした男——トレーナーの九十九誠一郎だった。
「私にボクシングを教えなさいな! 入部してあげ――」
「だが断る」
「……え?」
食い気味に放たれた、容赦のない一言。
リンの言葉は呆気なく途中で遮られた。
「素人が冷やかしで入っていい場所じゃねえ。帰れ」
九十九は吐き捨てるように言うと、あっさりと背を向けて歩き出してしまった。
「は……はぁぁぁぁぁっ!???」
静まり返るジムの中で、言葉を失ったリンの素っ頓狂な悲鳴だけが虚しく響き渡っていた。
「……はい……?」
九十九のにべもない背中を、リンはただ呆然と見送っていた。
(な……何ですのそれ!? 普通、入部希望は断らないものではなくて!?)
頭の中で盛大にツッコミを入れながらも、口から出てくるのは間の抜けた声だけだった。周囲の部員たちがクスクスと忍び笑いを漏らすのが、じわじわと羞恥心に火をつける。
「し……失礼しますわ!」
真っ赤な顔で踵を返し、リンはジムを飛び出した。夜風に当たりながら、悔しさと恥ずかしさがない交ぜになった感情を持て余す。
(もう二度と、あんな失礼な場所……!)
そう心の中で誓ったはずだった。
◇
——なのに。
「……あら」
翌日の帰り道、リンの足は無意識にジムのある通りへと向いていた。
ガラス窓の向こうで、玲がシャドーボクシングをしている。誰もいない空間に向かって、鋭く拳を突き出し、風を切る。その一挙一動に一切の無駄がない。
(別に、見物したいわけではありませんのよ。ただ、通り道が偶然……)
言い訳のように胸の内でつぶやきながら、リンは足を止めて見入ってしまう。
その翌日も。
そのまた翌日も。
気づけばリンは、毎日のように帰り道を遠回りして、ジムの前を通るようになっていた。
ある日は、玲がミットに向かって渾身のコンビネーションを叩き込んでいた。汗が飛び散り、息が上がっても、目の光は少しも陰らない。
またある日は、縄跳びだけを黙々と、単調な動作をひたすら繰り返していた。誰に見せるでもなく、誰に褒められるでもなく。
(……楽しいんですの? あんな地味な事の繰り返しが……)
分からなかった。分からないはずなのに——ガラス越しに見るその横顔から、リンは目を離せなかった。
自分が水の中で無我夢中に腕を掻いていた、あの頃の感覚。
指先まで意識を研ぎ澄まし、余計なことを何も考えず、ただ「もっと速く」「もっと強く」とだけ願っていたあの熱。
(私にも、あったはずですのに。あんな風に、何かに夢中になれる時間が……)
冷たく凍りついていた胸の奥で、小さな何かが疼き始めているのを、リンは感じずにはいられなかった。
◇
一週間後の放課後。
リンはジムの扉の前に立っていた。何度も深呼吸を繰り返し、握りしめた拳に力を込める。
(今度こそ……! 半端な覚悟だと思われないよう、しっかりお話しいたしますわ)
ガラガラと扉を開ける。革と汗の匂いが、もうすっかり馴染みのものになっていた。
「あの、また来ましたわ」
声をかけると、練習の合間だったのか、九十九がタオルで首元を拭いながらこちらを見た。今日は前回のように吐き捨てるような態度ではなく、静かにリンを見据えていた。
「……何度も来てるのは知ってた。窓の外から、ずっと見てただろ」
「っ……! そ、それは……」
見透かされていたことに動揺しながらも、リンは真っ直ぐに九十九を見返した。
「本気ですの。冷やかしでは、ありませんわ」
九十九はしばらく黙り込んだあと、ふんと鼻を鳴らした。
「谷宮リン、だったな。……お前、水泳の谷宮だろ」
「え……」
「知らねえと思ったか? 中学の頃、県で名前見ねえ大会なかったぞ。怪我で選手生命絶ったのも、まあ、風の噂で聞いてる」
淡々とした口調だが、その言葉には隠しきれない棘があった。
「今はもう治ってますわ! 日常生活には何の支障も……」
「治ってる、ね」
九十九は鼻で笑うように言葉を遮った。
「完治したって言い張る奴ほど、後になって『やっぱり不安が』とか言い出すもんだ。ボクシングは全身運動だ。踏み込み、ステップ、体重移動、全部足にくる。一度あそこまでの怪我した奴が、また同じ場所を痛めたらどうする」
「……」
「せっかく治ったんだろ。だったら、わざわざ危ない橋渡る必要ねえだろうが。やめとけ」
突き放すような言い方だった。だがその奥に、単なる意地悪では片付けられない何かが滲んでいる気がして、リンは咄嗟に言葉が出なかった。
——この人は、本気で心配している。だからこそ、こんな言い方しかできない。
そんな予感が、なぜか胸の中をよぎった。
「……」
俯くリンと、頑なな表情を崩さない九十九。ジム内に、気まずい沈黙が落ちる。
そこへ——。
「おいおい、なーに深刻な顔してんだよ九十九」
のんびりとした声とともに、恰幅の良い初老の男が奥から姿を現した。片手にペットボトルのお茶を持ち、もう片方の手をひらひらと振っている。ジムのオーナー兼監督、熊谷五郎だった。
「会長……」
「入部希望の子を、また塩対応で追い返そうとしてんだろ。顔に書いてあるぞ」
熊谷はリンの姿勢や足元をちらりと一瞥すると、うんうんと一人納得したように頷いた。
「なるほどなぁ。お前が心配する気持ちも、まあ分からなくはないよ」
熊谷はそれだけ言うと、それ以上深くは踏み込まなかった。ただ、意味ありげに九十九を見やる視線には、何か知っている者だけが浮かべる含みがあった。
「……何がですか」
九十九が低く聞き返す。声にはわずかな警戒が滲んでいた。
「いやいや、何でも」
熊谷はひらひらと手を振って誤魔化すと、リンの方に向き直った。
「お嬢ちゃん、名前は?」
「た、谷宮リンですわ」
「谷宮な。よし——一つ、条件を出そう」
パン、と熊谷が手を打ち鳴らす。ジム中の視線が、いっせいに彼へと集まった。
「その条件を満たせたら、九十九、お前も文句ないだろ?」
にやりと笑う熊谷の視線の先で、九十九が黙って腕を組む。
その条件とは——。
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