ある夜のことだった。携帯が鳴り、誰かと思ったら、母親からのものだった。
「もしもし?」
「あ・・・・もしもし?藍子?」
「お母さん?どうしたの?」
「・・・・・・・。」
いきなり黙り込んでしまい、私はさらに変だなと思った。なにか、重たい雰囲気がある。電話越しでも、それがわかるのだ。
「お母さん・・・・?」
「藍子・・・・驚かないで聞いてちょうだいよ・・・・」
「えっ・・・・・」
「お母さん、いま・・・・病院からかけてるのよ。」
「・・・・・病院?誰か入院したの?」
「いいえ、違うの。私なのよ。」
「・・・・・・・。えっ、ちょ・・・・ど、どうしたの?病気かなんかで?」
「ううん、違うの・・・・」
母親は疲れたように吐息を震わせた。私は心配になって、携帯を握りしめてしまう。
「・・・・・刺されたのよ。」
「・・・・・・はっ?」
すぐには言葉が焦点を結ばない感じだった。ふわふわと無秩序に漂って、意味を成さない。
「えっ・・・・あの・・・通り魔?お母さん、大丈夫なの?」
「ええ・・・もう平気。一時期は・・・・危なかったそうだけどね。」
自嘲気味にそんなこと言って、私は声を失ってしまう。
「捕まったの?犯人は」
「・・・・いいえ、まだよ。」
「・・・・・・・・。」
通り魔なんて、なかなか捕まらないのかもしれない。私ははらわたが煮えくりかえるほどの怒りを覚えた。できることなら、私が行って、犯人を捜してやりたい。話によると、通り魔の男は実家に来たという。
「それがね・・・その人・・・・ひどい有様だったのよ・・・・」
「ひどいって?」
「なんていうのかしらね・・・凶相を浮かべていたというか・・・・・」
「凶相・・・・・・・」
すぐには漢字が浮かんでこなかった。
「憎しみや恨みを、全身から発散させていたのよ。」
「・・・・・・・・。」
「お母さん、すぐに追い返そうとしたわ。」
「そうしたら・・・・・・『娘を出せ』って。」
「・・・・・・・。」
「藍子に何のようかと思って、要件を聞いたのよ。そうしたら、娘に人生をメチャクチャにされたって言われたのよ。」
「・・・・・・・・・・。」
「ウチの娘はそんなことしませんって言ってやったわ。そうしたら・・・・・」
「刺してきたの?」
「ええ・・・。」
「それで・・・・藍子、ここが重要なのだけど・・・・」
「え?」
刺されてしまったという報告以上に、重要なことなんかあるのだろうか?
「お母さんを刺した男、きっと、藍子のところに行くわ。」
「・・・・・・・・。」
「そんなことを言っていたのよ。私はもう意識も朦朧としていたけど、はっきりと耳にしたわ。『あんたの娘は必ず殺す』・・・・・ぞっとするほど・・・・・おぞましいような声音で。」
「・・・・・・・・。」
「藍子、逃げて。」
「えっ・・・・?・・・・・・・・。でも・・・・逃げるっていっても・・・・・」
「もちろん、一時的でいいの。姿をくらましていれば、あの男も諦めるでしょう。それに、その間に逮捕されることだって考えられるから。」
「・・・・・・・・。」
「藍子、お願いよ。逃げて。ね?」
「う、うん・・・・・わかった。」
とにかく、私としてはうなずくしかなかった。
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