ゼノは、随分と長く尋問を続けていた。
椅子へ固定された女は、答えなかった。
スタンリーは少し離れた場所で、煙草を口元へ運ぶ。
拘束してから一度だけ、固定の具合を確かめていた。
それ以外は大人しいもんだ。
暴れない。
怒鳴らない。
助けを求めない。
ゼノが何を聞こうと。
沈黙。
時折。
ほんの僅かに呼吸が変わるのは分かるが。
さっきゼノとやりあってた時も…頭の回転は早そうだった。
何もしていないわけじゃねえのは、分かる。
こんだけ黙ってる間も、何かしら考えてんだろ。
「――」
煙を吐く。
ゼノの話が、少し変わる。
BARで得ていた"何か"。
ピアノが無い事実。
理性を失うまでの、タイムリミット。
失ったところで観察は出来る、その言葉。
女の呼吸が――わずかに止まる。
スタンリーは煙草を口に咥えたまま、目を細めた。
女の反応が変わった。
ゼノは声の調子を変えないまま、その先へ話を進めていく。
女は黙ったまま。
何も答えない。
ただ。
さっきまでと同じ沈黙には、見えなかった。
「……随分」
掠れた声を出した。
「効率の悪い研究をするんだな」
(やっと口、開いたんか)
スタンリーは煙を静かに吐き出した。
「理性を失ったものを眺めたいだなんて、奇特な趣味だな」
"仲間"を使った脅しとは、感じが違うな。
(こいつ、皮肉も言えんのか)
それでもゼノは楽しそうだった。
「三日――いや、下手したら二日で限界が来る」
「……ふむ」
「想定より…期間が短いな…」
ゼノの呟きが部屋に響く。
女は話し続けた。
今の自分にだって興味はあるだろうと。
なら、最低限――
「食事を与えるべきだと」
「そうは思わないか?」
ヘェ、"食事"…ね。
煙草を咥えたまま女を見る。
客から得ていた"何か"。
それをこの女は"食事"と呼ぶらしい。
「君は今――」
「"食事"」
「確かにそう、言ったね?」
女はまた黙った。
僅かに身体に力が入っているのがわかる。
だが――
ずっと黙るつもりでは、無いらしい。
「他の方法…か」
「ある程度の予測はしているんだろう」
「人間を――」
「連れてくればいい」
スタンリーは煙を吐いた。
「ほう?」
「…なるほど」
「人間を連れて来る…か」
ゼノの声が弾む。
「――その必要は、ないよ」
だろうな。
「わざわざ外から、人間を連れてくる必要はない」
ゼノが続ける。
「もう居るだろう?」
女が顔を僅かに動かした。
「ここには人間が」
「おお、2人も」
沈黙。
「スタン」
「ああ」
「彼女は"食事"がしたいらしいよ」
「できるかい」
楽しそうだな、ゼノ。
スタンリーは短く煙を吐いた。
「できるね」
煙草を灰皿に押し付け、女に向かって歩き出す。
「――まあ、待て」
女の声に、足を止める。
「…まだ何かあるん?」
黙ったり皮肉ったり。
今度はなんよ?
忙しいヤツ。
「お前たちは」
「何が起こるか分かってないのか?」
「ヘェ…なにかって?」
「私が人間から何かを得る」
「その程度の認識しかないなら――」
「やめておいた方が賢明だな」
また脅しか?芸がないね。
「私たちが人間から」
「直接"何か"を得たその時」
「命を――奪うことだってある」
「ヘェ」
「んで?」
一瞬黙った女を気にかけず、再び歩き出した。
「っ…待て」
しつけえな。
「今の話を聞いていたのか?」
「ああ」
「…何故、止めようと思わない」
やるこた決まってんだ。今更だろ。
「話は聞いてんよ。だから?」
女の口が開いたまま止まった。
絶句。
例えるならそれが一番近いか。
「私の言葉が、嘘だと思っているのか?」
「自分で試すなんて、愚かな事だな」
「命を…奪うだけじゃない」
「…ヘェ、今度はなんよ」
ホント、しつけえな。
んでも…さっきとは話がちげえか。
望み通りに足を止めてやる。さっさと話せ。
「私にどう、"食事"をさせるのか」
「ある程度想像は出来るがな」
「"命を奪うこともある"」
「この言葉で、もし」
「一回なら、数回なら」
「間を置いて回復すれば」
「そう、勘違いしているなら」
「やめた方がいい」
「私の体液には、依存作用がある」
今度は依存、ね。
「ほう、依存?」
少し離れた場所で、ゼノが反応する。
――楽しそうだな。
ま、新情報ならそうなっか。
「止まれないさ」
「その命――尽きるまで」
「それでも」
「止めるつもりはないと?」
そこまで言って、やっと黙った。
まだ続くかと、少し待ってやるが。
「……」
終わったか?
「んで…」
一歩、距離を詰める。
「終わったん?」
「その話」
「んじゃ、始めっかね」
やっと仕事に入れんな。
肩へ手を掛ける。
「――」
……ん?
一年前とは――少し違う?
彼女が"食事"を終えた後。
大きく乱れていた呼吸は戻っていなかった。
椅子へ固定された身体は、完全に力が抜けている。
頭が僅かに傾いたまま。
呼びかけても――反応はない。
「……ふむ」
意識を失ったらしい。
指先につけた機材も、まだ反応している。
呼吸もある。
ただ。
摂食前とは、明らかに違う。
直接人間から"何か"を得たであろう、その直後。
強い身体反応を示し、そして――
意識を失った。
(なるほど……)
理性を失うまで、二日か三日。
そう言っていた彼女が。
実際に"食事"をした、その結果。
(スタンには今のところ…)
(…目に見える変化は…ない)
"依存"作用。
少なくとも、即座に現れるものではないらしい。
彼女の嘘か。
もしくは、誇張か。
それとも――
発現には、別の条件があるのか。
ゼノはもう一度、目の前の女を見る。
調べたいことが随分と増えたな。
増えた項目を、一つずつ整理していく。
摂食方法。
体液。
依存作用。
摂食時の身体反応。
供与者側への影響。
そして――
(個体特性か……)
彼女だけに起きる現象なのか。
それとも。
同じ性質を持つものが、他にもいるのか。
その手掛かりなら、すでにある。
――"同胞"たち。
あの路地裏で、彼女自身が確かに口にした言葉。
――あの時。
『私がいなくなれば"同胞たち"が黙ってない。』
(――同胞…なるほど?)
彼女一人ではない。
自分の他にも、同じ側に属する存在がいると示唆した。
同種か。
同じ能力を持つ人間か。
あるいは、それ以外の何らかの集団か。
それともただの脅しか。
まだ分からない。
ただ…そう。
一年前。
事件を調べていた時。
真偽不明。
根拠もない。
科学的に検証出来る材料もない。
都市伝説。
伝承。
そんな類の、断片。
当時は。
調べる価値のある情報だとは思わなかった。
だから、
(捨て置いたんだが…)
目の前にいる彼女は。
今自分から――"同胞たち"と口にした。
「……なるほど」
もし。
彼女のような存在が、一人ではないのなら。
「それは実に―――」
以前の情報にも"価値"がある。
本当に"同胞"がいるのか、ただの脅しかは分からないが。
今。
彼女は確かに。
"同胞たち"
そう、口にした。
なら――
賭ける価値がある。
これほど長く、人間社会に存在を知られずにいる。
優先することは?
一個体の救出?
…本当に?
集団そのものが、見つからないことでは無いか?
彼女が口にした"同胞"。
その言葉で、また仮説が増えた。
楽しくなって、つい笑みがもれた。
「実に理にかなった、エレガントな脅迫だ。」
「誰も助けには来ない―――そうだろう?」
彼女の動きが、目に見えて固まる。
――なるほど。
彼女の言う"同胞"は存在する可能性があるな。
特殊な能力を持つ人間。
確かに、その可能性はある。
ただ――
「生き残るためには目立たない方が合理的だ」
一年前に捨て置いた、あの情報。
「そんな彼らが」
今、彼女自身が口にした"同胞"。
二つを重ねれば――
「ただ一人、君のために?」
人とは異なる種である可能性を。
以前よりは、高く見ていい。
「そうだろう?―――ステラ。」
「……」
短い沈黙の後。
「――チッ」
小さな舌打ちが、夜の路地に落ちた。
なるほど。
僕は賭けに勝ったらしい。
また一つ。
観察するものが増えた。