……どうしてそうなる?
確かに、人間はいるな。2人。
ここに来てからずっと。
ゼノと。
もう一人。
それは分かっているさ。
だからって――
(本当に…こいつら、自分たちで……?)
こいつらがどこまで調べたのかは分からないが、少なくとも。
私が人間から"何か"を得て、それを"食事"と呼んだこと。
それが無ければ理性を失う可能性があること。
そこまでは既に知られている。
なら…
古い伝承に残った、私たちの危険性くらい、
辿り着いていてもおかしくない。
人間から活力を奪い、生命力を奪う。
時にはその命だって――
だからこそ。
自分の身を使う。
(その可能性はかなり低いと……そう、思ったが……)
もしかして――
伝承は調べていない…?
または、調べきってない?リスクについては知らない…?
それともリスクについては切り離して考えているだけ……?
「スタン」
静かな空間に、声が響いた。
「ああ」
少し離れた場所から。
特徴的な、低い声。
……スタン?あの男のことか?
「彼女は"食事"がしたいらしいよ。できるかい」
「できるね」
あまりにも。
軽い返事だった。
(こいつら……本気か?)
…いや、というか待て。
もしかして"今"か?
今"食事"をさせようとしているのか?
早くて二日だと提示しただろう?
別に今すぐ寄越せとは言ってないだろ?
いや、もちろん、この時点で期間を引き延ばせる。
それはこちらとしてもありがたいが…
待て、落ち着け。
こいつらの役割が分かれていることくらいは分かる。
ゼノは私を調べる側。
そして、スタンと呼ばれた男は――
私を捕らえた男だろう。
ここへ来てから私を椅子へ固定したのも。
少なくとも今確認できている中では。
あの男が、物理的な対処を担っているはず…
なのに…リスクがあるかもしれない相手へ?
物理的な対処が出来るほうの男を差し出す…?
他の"食事"の方法だってまだ予測だろ…?
(……本当に、何を…考えてるんだ?)
微かな音がした。
何かを押し潰すような。
乾いた、小さな音。
少し遅れて。
さっきまで漂っていたはずの煙草の匂いが、薄くなる。
靴音。
一歩。
また一歩。
近づいてくる。
(待て待て待て、本当に待ってくれ)
本当に――
今。
私に"食事"をさせようとしている…?
「――まあ、待て」
足音が止まった。
「…まだ何かあるん?」
呆れたように聞こえたその声は。
私が思ったよりもずっと近くで響いた。
「お前たちは」
「何が起こるか分かってないのか?」
少しだけ、間があった。
「ヘェ…なにかって?」
本当に……知らない?
「私が人間から何かを得る」
「その程度の認識しかないなら――」
「やめておいた方が賢明だな」
「私たちが人間から」
「直接"何か"を得たその時」
「命を――奪うことだってある」
生命の危機。生存本能。
少なくとも哺乳類に分類される生物には、備わっている機能だ。
「ヘェ」
返ってきた声は。
驚くほど、変わらない。
「んで?」
(……で?)
「だから――」
再び動く気配がした。
靴音がまた。
一歩。
(……なんで?)
「っ…待て」
止まらない。
「今の話を聞いていたのか?」
「ああ」
「…何故、止めようと思わない」
少し、笑われたような気がする。
「話は聞いてんよ。だから?」
いや。
いやいや。
本当に今の話を聞いていたか…?
「奪うこと“だって”」この言い方が曖昧過ぎて伝わらなかった?
それにしたって、生命の危機だぞ?
こいつら人間だろ…?
なぜ生存本能を刺激されないんだ…?
本当に人間か…?
私がまだ知らない種族の可能性、あるか?
ダメだ、混乱するな。
落ち着け。
(知った上で……止めない?)
それとも――
また一歩。
距離が縮まる。
「私の言葉が、嘘だと思っているのか?」
「自分で試すなんて、愚かな事だな」
足音は止まらない。
…駄目だ。
これじゃ止められない……っ!
……というか、私にどう"食事"させるつもりなんだ…?
いやわかる、分かりたくないが、想像はつく。
なら――
「命を…奪うだけじゃない」
「…ヘェ、今度はなんよ」
さすがに、止まったか…
「私にどう、"食事"をさせるのか」
「ある程度想像は出来るがな」
「"命を奪うこともある"」
「この言葉で、もし」
「一回なら、数回なら」
「間を置いて回復すれば」
「そう、勘違いしているなら」
「やめた方がいい」
「私の体液には、依存作用がある」
「止まれないさ」
「その命――尽きるまで」
「それでも」
「止めるつもりはないと?」
ここまで言えばさすがに――
「ほう、依存?」
少し離れた場所から聞こえた男の声は。
これまで以上にひどく愉しそうだった。
…失敗した。
生存本能を刺激されない奇特な連中だった。
むしろ研究出来る項目が増えて嬉しいのだろう。
(……最悪)
でも。
スタンと呼ばれた男の動きは止まった。
「…」
「んで…」
低い声はこれまで以上に近く。
「終わったん?」
「その話」
何も気にしていないように聞こえた。