暗いダクトの中から一転して、明るい廊下へと放り出される。
光が苦手なんだろうか? 服の中へと逃げ込もうとするイモムシの一匹を掴み取り、力任せに投げつけた。__べチャリ。潰れて、薄黄みがかった粘液が、床に飛び散る。
イモムシの一匹くらい、普段ならむしろ可愛いとさえ思うのに。
今は憎たらしくてしょうがない。追い払うだけじゃ、許せなかった。体を汚された分の恨みをぶつけるように、何度も、何度も、そうしてあたしの体からいなくなるころには、辺り一面から青臭い腐敗臭が漂いだす。
「うぇ……んっ、ぐっ……はぁ、はぁ……」
最後の一匹。ホットパンツの留め具を外して、ショーツの中を覗き見る。
よかった、まだいてくれた。落ちた衝撃で潰れてしまったのか、もう身動き一つする様子もない。
これで、ちょっとは……。
全部潰れてしまったと思いたい。ほぅっと熱の絡んだ吐息を吐き出すと、少しだけ余裕が戻ってくる。イモムシたちから解放されても、肌の熱は引かないまま。
手足の痺れが収まってきただけ、まだ良かったのかもしれない。
お家、帰りたい。
お風呂に入って、ベッドで眠る。当たり前の日常が恋しくなった。
そこには当然、陸も一緒にいて……。痛む体は魔法で誤魔化せても、心の傷は塞がらない。汚れた体を引きずって、壁に手をつき何とか立ち上がる。
「ここ、は?」
真っ先に気にしなきゃいけないことが、随分と後になってしまった。
既に囲まれていたっておかしくはないのに、幸い人の気配は何処にもない。
真っ白い廊下が延々と続いているような、明るすぎる廊下に目を細める。
病院、みたいだな。
上が製薬会社の建物だったし、何かの研究室なのかもしれない。
じゃあ、人がいないのは夜も遅いせい? 一瞬、想像仕掛けた時計の針を振り払う。ダクトの中を這いずったくらいで、そう何時間も経ってはないはず。
体感としては、一時間もないはずだ。イモムシ達の様子からは、床に落ちて気絶してた時間も長くはない。
天井を見上げても、ダクトにはもう届かなかった。
ハシゴに使えそうなものも見当たらない。そもそも、もう一度あの場所を通り抜ける事を考えただけでゾッとする。振り返った帰り道は、ずいぶん遠くにあった。
ここからなら、亜音ちゃんの気配の方がずっと強く感じる。それが、せめての慰め。このまま何も出来ないで帰れない。亜音ちゃんを助けてやっと、あたしは自分の無茶を許せる気がする。
壁に手をつきながら、ヨタヨタと。
頼りない足取りを引きずって、ひたすら前に。
不意に、もつれた歩幅が乱れた時だった。__ヒタリ。一つ、足音が増えた。
ただの気のせい? 振り返った廊下は真っすぐ伸びて、隠れる場所なんて何処にもない。こんな状況だもん。自分の足音を、数え間違えただけかもしれない。人の気配を探っても、存在は微かだ。とても、足音が聞こえるような場所にはいなかった。
きっと、あたしの弱気が聴かせた幻聴だ。
なのに、一度感じた不安は引きずるほどに、大きく、重たくなる。
まるで、転がる雪玉みたい。廊下の気温が、ぐっと下がった気さえする。その悪寒は、背中に氷の粒を放られたようだった。__ヒヤリ。濡れた感触に、首筋が凍る。
「ちっ……」
舌打ちなんて、初めてしたかも。
慌てて首の後ろに手を回すと、そこにはイモムシがまだ居座ってた。他のよりも小さくて、見逃していた。振り払って、踏みつける。これで、やっと。安堵の吐息は、それでも不安を消してはくれなかった。
まだ、いるの?
寒気がする。膨らんだ不安は、視線にも近くなっていた。
一度気になったら、もうどうしようもない。服の中を覗き込んでも、見えるところには何もない。色んなところに入りこまれた。一度、全部脱いで確かめないと。変な所で、また甘咬みなんてされたら……。
廊下に誰もいないからって、まさかこんな所で脱ぐわけにはいかないし。
幸いにも、開いていた扉を見つけたあたしは、吸い込まれるように中へ入る。
なにか体を拭くものくらいあるんじゃないかと、期待さえして。
すぐに、後悔した。
手術室。というよりは、実験室のような印象を受けた。
天井からぶら下がる大きなライト。部屋の真ん中に据えられたベッドには、人を拘束できそうな、ベルトがぶら下がっている。壁の棚には何に使うかもわからない、薬品のビンが並んでた。
部屋の隅に転がっていた赤い靴。モニターの青い光に、視線が吸い込まれる。点きっぱなしのパソコンの画面。そこに、亜音ちゃんの名前を見つけ__その下に踊る文字列を、目で追ってしまった。
読めば読むほど、気が滅入る。目を逸らそうにも、張りついた視線は動かない。
この施設で行われていたこと。これでも、ほんの一部なんだろう。気をつけなさいって、あたしも言われる年頃だ。降り掛かった暴力は、まだ想像できる範囲にある。
薬物、妊娠、苗床、母体、適正。
どれも、現実と結びつかない。そこに魔法の一文が追加されると、もう他人事ではない。人体実験。凍てついた心臓を動かそうとして、浅い呼吸を繰り返す。言葉の意味を考えたくなかった。
20:30
右下に表示された時間に、息を呑む。
本当に、亜音ちゃんを連れて帰れるんだろうか? もし失敗したら。イモムシ達に弄ばれるよりも、酷い未来が想像できる。
「亜音……ちゃん?」
掠れる声で、名前を呼ぶ
部屋の中を見回しても、それらしい気配なんてない。血に染まった白衣と、千切れた手足。あとになってようやく、錆びついた血の匂いが鼻を掠める。
ここは、なんの巣なんだろう?
虎の巣穴にでも飛び込んだ気分。
一人、二人、三人と……散らばった白衣の数だけ数えれば、もう何人分かにはなる。頭が考えるのを止めていた。ここに、亜音ちゃんがいないのが分かれば十分。
早く出なきゃ。
そうじゃなきゃ、次にこうなるのは自分なんだ。感じていた微かな人の気配は、遠くにあったんじゃない。そう思うくらいに小さくなってただけ。まだ息があっても、まだ息があるから。
__ヒタリ
後ずさりをしようとして、足音が響く。
それは、さっき聞こえていた音と同じもの。あたしのじゃない。固い靴音でもなければ、もっと裸足で歩いたような柔らかさがあった。振り返った肩越しに、扉の影がぐっと伸びる。
飛び出して、そのまま逃げようか?
「ゃ……」
あれは、ダメだ。あれは無理。本能的な恐怖に、足が竦んだ。
喉に張り付いた悲鳴は掠れて、音にもならない。それでよかった。むしろ、幸運とさえ。声を出していたら気づかれていた。隠れる場所を探して、パソコンの乗った机の下に潜り混む。足を抱えて丸くなったあたしは、呼吸の音さえ薄くして。
気配を消す魔法。
__ヒタリ。人間だと思った。そうであってほしかった。
机の影から見えた手のひら。扉から入ってくる胸の灯火は、確かに人の形をしている。ペタリ床に指を広げて。だけど、おかしい。手をついて歩いてるなら、四つん這いで歩いているのなら、次にくるのは膝じゃないといけない。
手のひらの後には、手のひらが。
まるで、クモのように広がった手と手。
ああ、いっそクモだったらよかったのに。イモムシに襲われた今なら、まだ飲み込める。お願いだから……。気づかれた様子はない。あの化物からしたら、部屋に入ったあたしが、急に消えてしまったようにも感じただろう。
部屋の中を探るように。
机の影からは、そんな仕草が見て取れた。疑念に揺れる灯火は定まらない。
少し立ち止まり、やがて諦めたのか部屋の奥へと進んでいく。
__ヒタリ。手のひらを床に貼り付けながら、ゆっくりと。そこには、まだ息のある人がいる。
女の人だった。
全身に残る凌辱の跡。破られた服は、大事な所隠せていない。むしろ、大事な所だけを破かれている。白い肌には手形と、歯型と、なにかが巻き付いたような痣が滲んでいた。未来の自分を見ているようだ。男達に汚されて、イモムシたちにまで。それで、今度は……今度こそは。あんな風には、絶対なりたくない。
「んっ……ぁっ」
艶を含んだ声だった。自分の口から漏れたんじゃないか。
かき混ぜるような水音が湿り気を増していく中、震える両手で口を抑えつけた。
何をされてるのかは、考えたくない。分かってて目を逸らした。女の人の上に覆いかぶさった化物は、ただひたすらに柔肉を貪るようでもある。そこに、彼女の意思はなかった。腹部を押され、ただ空気を漏らすだけ。いっそ、マネキンだったらよかったのに。
今なら、逃げられるんじゃないか。
逃げ道を探して、床に視線を這わせる。そこには、何か黒い塊が転がっていた。
拳銃だ。マンガで見るくらいで、使い方なんて分からない。引き金を引けば、弾は出るんだろうけど。
ふと、女の人へ視線を向けてしまった。
これなら、助けられるんじゃないか。跳ね上がった心臓が、あたしを引き止めた。
逃げるんだよ、朝日。あたしにだって、出来ないことはある。ここに来て、散々に思い知らされたでしょ。あんな化物の相手なんて、拳銃なんか使ったこともないくせに。
やっぱり、ごめんなさい。
音を立てないように、こっそりと。机の下から、這い出そうとして手が止まる。
音……。そうだ、大きな音をだしたら、びっくりして何処かにいってくれるかな? 気になって、外に出ていってくれるかもしれない。ダメならダメでいい。
その時は……拳銃に目がいった。最悪、保険にはなるのかも。
音を鳴らす魔法。
イメージしたのは拳銃の音だ。__パンっ。乾いた音を、廊下の向こうに響かせる。ビクリと体を固め、動きを止めた化物は、女の人から離れていった。
扉から、廊下の向こうへ顔を覗かせる。もう一度音を鳴らすと、警戒しながらも更に外へ。
これなら。
あたしに出来るのは、ここまで。彼女を担いで行く余裕まではない。
ごめんなさい。心の中で呟いて、机の下から這い出ようとした時だった。
__ガタっ!
体をぶつけてしまう。不意に襲ってきた刺激を抑えきれない。
気が抜けてしまうような甘い痺れが、お腹の中を突き刺した。なんで? どうして? 全部払ったはずなのに、それもお腹の中になんて。入口は塞いでいたはずで、じゃあ何処から?
「……あっ、ぅ」
口を強く抑えても、飛び出した声は戻らない。
おねがい、今は動かないで。抑えた口元から吐息が漏れる。体を硬直させ、我慢しようとするほど、中を這い回る刺激に意識が向いてしまう。
__ヒタリ
化物が戻ってくる。もう一度音を鳴らしても、見向きもされなかった。
拳銃を掴もうとして、間に合わない。恐怖に押し負けたあたしは、机の下に引きこもる。
女の人の方を見やり、ほとんど反応の無くなった彼女に、化物は興味を示さなかった。ゆっくりと、部屋を見回して。あたしが隠れてる机の方へと歩いてくる。
探り、探りだ。まだ気づかれてはいないはず。脱いだ靴を投げつけて、不意をうって飛び出せば、なんとか逃げ切れるかもしれない。
いつものあたしなら、きっとそうしたんだろうな。
魔法の力をアテにして、どんな無茶でも出来たはず。頼ってばかりなんだ。
それで失敗しても、陸が手伝ってくれるだろうって。心の何処かで、思っちゃった。助けてって、彼の名前を呼びそうになる。
口元を強く抑えた。これ以上、声が漏れてしまわないように。吐息の一つも漏らさないように。心音を止められるなら、すぐにも使いたい。__モゾリ。肌を這い回る感触を思い出す。机の下の影に入り、廊下の光が遠ざかると、まだ残っていたイモムシ達が動き出した。
やだ、うそでしょ……。
数は、そんなに多くはない。小さいのが何匹か。
それでも、甘咬みされた肌は熱を持った。敏感になって甘く痺れる。
あ、だめ……。声を抑えられても、吐息は隠せなかった。開いた脇の隙間から、ブラの奥へ。乳首を噛まれる事を想像しただけで、背中に汗が浮き上がる。
恐怖と、焦りと、もう一つは考えたくもない
凍えていた心臓が、僅かに熱を持ち出した。
口元を抑えながら、汗と粘液で張り付いたブラを引き剥がす。伸ばした指すらイモムシみたいにみえて、気味が悪くなるのをぐっと堪えた。お願いだから、良い子だから、じっとしてて。
ようやく掴まえた。
指で挟んで、小さな体を引き上げる。
そのまま潰せば良かったんだ。ブラの上からぐっと押すだけでもいい。でも、これ以上汚れるのを嫌ったあたしは無意識に。最後の抵抗。肌から引き剥がされそうになったイモムシに、牙を突き立てられた。
「んっ……!」
肩が跳ねてしまった。ガタっと机が揺れてしまう。
なんで、こんなにも。選択の全部を間違えてるような感じ。いつもは魔法で乗り切れる事も、今日はそれすらも上手くいかない。
目が合った。
違う。目なんて、顔もない。鼻も耳も、のっぺら坊があたしを見ていた。
大きく裂けた口から、蛇のように細長い舌が伸びてくる。目で見てないなら、なんだろう? まだ見つかってないなら逃げられるんじゃないか? でも、下がる場所なんてなかった。机の下は密室と変わらない。あたしは自分から、逃げ場のない所に隠れちゃったんだ。
2つに分かれた舌先に、チロチロと頬を舐められる。
無理にでも、悲鳴を飲み込んだ。今、動くわけにはいかない。
困惑してる感じだ。何かあるのに、それが分からず舌先は肌をなぞるだけ。
首筋から、胸の隙間に、汗の雫を舐め取られた。早く、お願いだから諦めて。向こうで倒れている彼女が、息を吹き返してくれないかな。助けようとしたことすら後悔して、酷いことすら脳裏にチラつく。
胸の上で固まったままの指先に、長い舌が絡みついた。
ミミズにも似た感触に、思わず手を引きそうになる。
このまま奥に入り込まれたら。口元を押さえる手が震えだす。細長い舌に、胸を嬲られるんじゃないか。火照った肌から、汗が吹き出した。一瞬、自分が何を望んだのか分からない。
長い舌が、イモムシをグリルと巻き取った。
少し、ホッとする。巻き込まれたイモムシは、裂けた口の中へと消えていく。
肉を轢き潰すような音が、耳に張り付く。咀嚼され、飲み込まれる。
一匹、二匹、三匹と。全部払ったつもりでこんなにも残ってたんだ。髪の中に舌が入り込んできた時は、流石に悲鳴を上げそうだった。全身の不快感がなくなって、楽になる反面。嫌なことに気づいてしまう。
まだ、一匹残ってる。
あたしの、お腹の中だ。モゾリと動いて、小さな牙で戯れてくる。思わず足を閉じた。出来るなら、気づかないで。イモムシを引きずりだしてくれるなら、それでもいい。だけど、抵抗が無いわけがない。
それに、その次は?
目で見てるわけじゃないんだろう。イモムシの匂いか、なにか。じゃあ、その粘液にまみれたあたしは、一体どんな風に映っているの?
太ももの内側に舌が触れる。生乾きの粘液を舐めながら、ホットパンツの隙間へと長い舌が差し込まれた。悲鳴の一つも漏れないように。両手で強く口を抑えたあたしは、ただ震えることしか出来ない。
足を抱えたまま、体育座り。身じろぎ一つも許されない。
ショーツにまで入り込んできた舌先は、割れ目へは向かわなかった。からかうように筋を舐めるだけ。その奥へと、さらに潜り込んでくる。
違う。そこは入ってくる所じゃないの。
長く伸びた化物の舌先が、窄まった皺の一つを広げていく。
唾液に塗れていく嫌悪感。でも、それは慣れるんだ。イモムシ達に這い回られていた時と一緒。まだ肌に残っているのに、その内気にもしなくなる。
次にやってきたのは、羞恥心だった。
青ざめていた頬に熱が戻り、身を捩る。
落ち着かない。だって、そんな所を。自分でも、意識して触る事はめったにないのに。誰かに見せる事もなければ、まして舐められるなんて思いもしてなかった。
隙間を塞ぐ魔法
前と同じだ。これで入ってこれないはず。
だけど、化物は愛撫を止めなかった。すぐに挿れてこようとはしない。丹念に舐められた窄まりが、解れて、緩む、トロトロと。前の方から流れてきた愛液が唾液と混ざり、お尻を濡らし始めた。下腹部が熱を帯び、抱えていた足を擦り合わせたくてしょうがない。
机の下の暗がりで、あたしはただただ震えていた。
声を出してもいけない。身じろぎをしてもいけない。バレたら終わる。
その瞬間を遠ざけるのに必死だった。嫌悪の震えが止まり、羞恥の波が過ぎ去った。次に来たのは、何かよくないもどかしさ。トイレの時の刺激を何倍も強くしたような。
快感を追い出す魔法。
体の熱を下げるよりも、確かに心を落ち着けてくれた。
ここにきて、こんなことばかりが上手くなっていく。未知への刺激に慌てたあたしは、とっさに魔法に頼っていた。気持ちよくなんて、なってないのに。
でも魔法の力は、確かにあたしを鎮めてくれる。最初に打たれた薬のせい。イモムシの毒のせい。あるいは、この化物の唾液にだってそういう効果があるのかもしれない。
「ふぅ……っ、ぁ、ふぅっ……」
口元を抑えた指の隙間から、乱れた吐息が漏れた。
いつまで続くの? 早く何処かにいって。恐怖と、混乱で、集中力が切れ始めていた。快感が熱を取り戻す。何度も穿られた出口は少しずつ緩み始め、弱気が囁き出した。いっそこのまま、お腹の中のイモムシが目的なら。そこに繋がる甘い刺激が、ぼんやりと頭に浮かんでいた。
__ツプ
舌先が、とうとう出口に入り込む。
先端だけを僅かに差し込み、解すようにとくすぐられた。反射的に、力んでしまった。舌を防ごうと力を入れるほど、イモムシは奥へと潜り込む。もう、自分の指じゃ届かない。
出してもらうしかないの?
躊躇いは一瞬でも、出口を緩ませる。化物は、その隙を見逃さない。スルリと細長い舌が滑り込んできた。慌てて力を入れ直すと、イモムシに届く手前で、ようやく止まる。安心から吐息が漏れた。お腹の奥、おヘソの真下で動きを止めたかと思えば、入ってきた時以上にあっさりと抜け出していく。
「……ぁっ」
腰が抜けそうな感覚だった。じんわりとお腹が熱を持ち、深いため息が漏れる。
歯がカチカチと鳴っていた。口を抑えていた手のひらに、涎が広がっていく。
こんなこと、もう何回もされたら堪らない。絶頂の瞬間を、自分で寸止してしまったことを思い出していた。次にあたしが願ったのは、なんだったのか。
助けになるはずの魔法の力で、どんどん追い詰められていく。
「んっ、ふっ、ぁ、ゃっ……ふぅ、ふぅ……ぅ、ぁ」
塗りたくられた唾液が溢れるほどに、興奮を自覚させられる。吐息にも、艶が乗り始めていた。繰り返される律動に、抽挿が深くなる。見つかっちゃダメ。感じちゃダメ。動いちゃダメ。声を出しちゃダメ。ダメなことが増えるほど、一つ一つに意識が向かない。
思わず、身を捩る。
堪らず、声が漏れた。
じんわりとお腹の熱を感じれば、意識が遠のき、魔法の力が揺らぎだす。背徳的な快感。自分への約束を破るほど、諦めが近づいてくる。
「んぁっ……♥」
おヘソの下をくぐり抜け、細く長く伸びた舌は、とうとうイモムシの尻尾を掴まえた。同時に、鋭い刺激があたしを襲う。イモムシの甘咬み。腰がガクッと跳ね上がる。揺れる視界の片隅で、化物の顔を覗き見た。
ニヤリ……
笑ってた。こんなのにも、感情があるんだ。
イモムシを食べて、お腹がいっぱいになって、満足してくれた? そんな訳ない。
胸に浮かぶ灯火。黒々とした灯りは、あたしに乱暴した男の人達のそれとも違う。もっと暗い欲望を孕んでいた。
ズルリ……
舌が一気に引き抜かれた。飛び散った快感の火花が、一気に燃え広がる。
何もされていないはずなのに、割れ目から溢れた大量の愛液が、垂れ流されていく。イキたくない。お尻で、絶頂はイヤ。だけど、無意識に快感をせき止めようとする魔法を、自分からやり込める。
絶頂の寸止め、またあんなの耐えられるわけがない。完全に動けなくなったあたしに待ってるのは、あの女の人と同じ。死にたくなるような現実だ。
イモムシの踊り食い。
あたしのお尻から引きずり出されて、化物の口の中へと放られる。
明滅する視界の中で、その光景を呆然と見つめていた。早く、早く。化物の意識がイモムシにそれているその間に。早鐘を打つ鼓動が、リズムを取り戻す。大きく深呼吸をすると、全身を覆っていた甘い痺れが抜けていく。
体に自由が戻った瞬間、脇目も振らずに机の下から飛び出した。
化物の真横を通り過ぎるその一瞬、肝が冷えた。
出遅れた化物の手は、背中を掠めて届かない。勝ったんだ。四角く切り取られた白い廊下に向かって、ただ駆け出す。足を蹴り出し、振り切って、前のめりなったあたしは、力いっぱい倒れてしまった。
「あ……やだ。やだっ、ぃやっ、離して、離してよっ!」
体が引きずられた。あと少し、廊下までの距離が遠ざかる。
太ももに、細長い舌が巻き付いていた。蹴り出した足は、何処にも届かず空を切る。舌を振りほどこうと掴んでも、あたしの力じゃビクともしない。
少し力が強くなる魔法。
でもそれは、粗末なベッドを持ち上げられるようになる程度。
化物と力比べをして、勝てるようなものじゃない。一本、二本、伸びた腕が両足を掴まえる。足を大きく開かされたあたしに、自分を守るすべなんて無かった。
三本目、四本目、さらに増えた手に腰を抱きかかえられた。
股間にそそり立つ、肉の塊はなんだろう? とても人間のソレとは思えない。朧気な記憶の中にもないものだ。開いた足の間。ホットパンツの上からなすり付けられる。先端からは、ダラダラと汁を零して、お腹の方へと垂れてきた。
熱くて、固い。
破こうと思えば出来るはずなのに、化物はそうしないまま、あたしの股間にソレを押し付けるだけ。愉しんでいるんだ。ゴウと燃えた胸の灯りは、濁りを増した。
怯えるあたしを見下ろして、ニヤリと口元が大きく裂ける。無駄な抵抗だと分かっても、暴れずにはいられない。
化物の腕を殴りつけて、引っ掻いた。引きずられる体を止めようと、手当たり次第に手を伸ばす。その一つも効果はない。最後に掴んだ鉄の冷たさが、凍えた肌に張り付いた。
__パンッ!
花火の匂いがする。陸と一緒にはしゃぎ回った、夜の浜辺を思い出していた。
強烈な音と光に、大きく視界が揺らされる。暴れるあたしの手を掴もうと、増えた腕が伸びてきた。__パンッ。狙いが外れて、パソコン画面が弾け飛ぶ。更にもう一度__パンッ。音が響いた瞬間に、目の前が真っ赤になった。悲鳴を上げたあたしは狂ったように、何度も引き金を引き続け、喉が枯れはててようやく。
「あ、あ……」
言葉が、出ない。倒れてきた化物を押しのけて、その下から這い出した。
手に残る、重さと衝撃。漂う火薬の匂いに、顔をしかめた。遅れて、命を奪った罪悪感が伸し掛かってくる。こんな化物相手に何をと思っても、次の引き金は一段と重い、意識的に力を込めてようやく。
__パンッ
化物の頭に銃口を押し付けて、そのまま動かなくなった。
魔法じゃ、どうにも出来なかったのに。こんな、ポケットに押し込めそうな拳銃一つで倒せてしまった。悔しいな。些細な魔法なんかより、確かな道具の方がいい。今までの自分が否定された気分だ。
こんなものが無くたって……
捨てようとして、捨てられなかった。
まだ、何があるかも分からない。人に向けるだけでも威嚇は出来る。例えばこんな風に。
倒れている彼女へ銃口を突きつけた。
そんな事をしなくたって、もう息も絶え絶えだ。八つ当たりなんだろう。
自覚はあった。だけど、今までの理不尽を許せるほど大人にもなれない。いくら、化物に乱暴されていたとはいえ、こんな所で白衣を着ている人が、無関係だとは思えなかった。
何処を見てるんだろう?
重なり合った視線は、ボンヤリとしたまま定まらない。
もう長くもないのなら、一思いにさ。初めて抱いた感情だった。手にした狂気が、気軽にソレを人に向けさせる。
「……まっ、て?」
命乞い? 急に声を掛けられて、引き金を弾く指が鈍る。
構うもんか。でも「あ、のん……」その名前だけは、聞き捨てならなかった。
ここで、彼女を撃ってしまったら。あたしは「あさひお姉ちゃん」じゃいられなくなるんじゃないか。亜音ちゃんが懐いてくれているあたしはきっと、こんな事をするわけない。むしろ……。
傷を癒す魔法。
銃をおろして、彼女の側でしゃがみ込む。
出来ることなんて、多くはない。あたしが治せる傷は、絆創膏でも大げさだ。ささくれや、小さな切り傷。痛みを和らげて上げられるのが精々だ。
「亜音ちゃんは……どこ?」
これだけは、聞かなきゃいけない。
返答次第では、抑えた感情が爆発するかもしれないけれど、逸る気持ちを撫でつけて言葉を選んだ。
「施設の、奥。助けて……あげて? ごめんね。お姉さん、失敗しちゃった」
どうして、こんな事を。聞かずにはいられなくなった。
拐っておいて助けるなんて。勝手が過ぎる。だったら最初から何もしなければ、何処にも不幸は無かったのに。あたしだって、きっと今頃は。明日のことを考えながら、ドキドキしてさ。眠りたくても、眠れなかったはずだ。
「嫉妬。羨ましかったんだ……。誰だって、魔法使いになりたいよね? 好き勝手、して……はぁ、きたんでしょ?」
「それはっ……」
言い返せない。
あたしだって、ズルをしてた側だ。陸に負ける以前には、誰かを傷つけていてもおかしくない。
「もう、いいの。あははっ……私は好き勝手して、こうなんだから。あなたはさ、きっと優しいんだよね。わたしなんかも、助けようとしてくれてたんだよね? やっぱりダメだよ……あんな子まで、実験に使うのは。だから、お願い……」
弱々しく手を掴んだ指が、一人でに解けていく。
すぅと、吐息が抜けてそれっきり。腕に巻かれた小さな時計が、カチリと針を進めるだけだった。
21:30
「もう、行かなきゃ。これは……借りていきますね」
彼女の腕から時計を外して、ポケットに押し込む。
拳銃を握り直したあたしは、施設の奥へ足を急がせた。