23:40
落ちていた時計を拾い上げた時にはもう、日付が変わる直前だった。
脱がされたホットパンツを探してる余裕なんて。せめて、裸の亜音ちゃんに自分の服を被せるのがやっとだ。
「お姉ちゃん……それ」
銃を拾おうとした手が止まる。
あたしには、すっかり馴染んだ鉄の塊は、亜音ちゃんには異質に見えたようだ。
心配、不安。青白い灯火が胸に揺れている。使ってないよね? その視線は、あたしと銃の間を彷徨っていた。
「ごめん。帰ろう、亜音ちゃん」
「うんっ」
銃を拾わず、手を差し出した。
ぱっと花開いた笑顔に、心が安らぐ。亜音ちゃんの笑顔はいつも、魔法のようにあたしを癒してくれる。絶対に、離さない。彼女の手を強く握って、施設の出口に足を急がせた。
自爆装置。
名前だけ聞けば、ギャグみたい。それくらい、現実感のない言葉だった。
突然と鳴り響く警報。機械的な音声がカウントダウンを始め、職員に退避を促した。
冗談じゃない。
残り5分、4分、3分……。時間ギリギリだ。あたしも、亜音ちゃんにも、走るだけの体力なんて残ってなかった。最後の扉を見つけて、ほっと一安心。
もう少し余裕が欲しかったな。内心で悪態を付きながらも、鍵を開ける魔法を使って扉を開いた。
__ガッ
「お姉ちゃん?」
「あ、ぇ……っ。大丈夫、だよ?」
不安そうな声。亜音ちゃん前で、取り乱すわけにはいかなかった。
鍵が開くその直前。魔法の力が切れた。嘘、なんで? 勘違いであって欲しい。祈るように時計を見る。
00:00
__カチリ
秒針が通り過ぎていく。
残り2分。
無機質な機械音声。刻々と過ぎ去っていく時間に、ただ焦る。ここまできて。せめて銃でもあれば、鍵を壊せたかもしれなかったのに。今から取りに戻ってる時間なんてない。お願い、お願いだから。あと一回でいい。助けてよ。鍵を開けようと何度も願った。けれど、何一つ現実は変わらない。せめて、亜音ちゃんだけでも……。
あ、そっか。
亜音ちゃんだ。
魔法への適正。もしそれが、嘘じゃないのなら。
「亜音ちゃん」
そっと背中を押して、電子キーのパネルに手を当てさせる。
やることは変わらない。いつもと一緒だ。花を咲かせた時のように、子供じみた呪文を唱えるだけ。
「おまじないしよっか? 扉が開きますようにって?」
「うん♪」
不安を感じさないせない笑顔に、心が軽くなる。
あたしを信じてくれてるなら、あたしも彼女を信じないと。
残り一分……。
願いは一つ。
声を合わせて、開けゴマ! それが、あたしの最後の魔法だった。
「開いたっ♪」
華やいだ亜音ちゃんの笑顔に、救われる。
二人で開いたエレベーターに転がり込むと、一つしかないボタンを押し込んだ。
ぐっと、体が重くなる。立ってもいられなくなって、エレベータの床に座り込んだ。心配そうに寄り添ってくる、亜音ちゃんを抱きしめながら、数値の減っていくエレベーターのパネルを見上げていた。
3……2……1……
エレベーターの扉が開く。
ぎょっとした大人たちの視線と、遅れて悲鳴が響いた。
助かったんだ。裸で抱き合う女の子を見つけて、驚かないはずがない。当たり前の反応。最悪、施設に連れ戻されることも考えたけど、その心配もなくなった。
「お姉ちゃん?」
「ごめん、亜音ちゃん。ちょっと……休むね?」
地震かな? ゴロゴロと地面が揺れる音を聞きながら、亜音ちゃんの手を強く握る。寝てる間にも、どこか行かないように。握り返された温もりを確かめながら、瞼の重さに耐えられなくなった。
********
あれから世間は大騒ぎだ。製薬会社で爆発事故があったりだとか。
そこから助け出されたあたしは、知らぬ、存ぜぬ貫き通すしかない。向けられた視線には、同情しかなかった。化物に襲われたんだと言ったって、聞き流されるか、病院にいる時間が長くなるだけ。幸い、亜音ちゃんの方も、拐われた後の事は朧気なようなだった。
事件から数日が経ってようやく。陸と病室で二人きりになれる頃には、誕生日なんて、とっくに過ぎてしまっていた。
「好きです」
同時に。
「ごめんなさい」
あたしに告白された次の瞬間、振られた陸は、目を丸くして何も言えないでいた。
魔法のこと、地下であったこと。気づけば全部、全部、話してた。
男の人に襲われたんだろう事。イモムシ達に食まれて。化物に嬲られる。最後には、苗床になる所だった。荒唐無稽な作り話と思われるかもしれない。別れ話の言い訳にしても最悪だ。
彼の目に映るあたしは、きっといつもと変わらない。
あたしが黙ってさえいれば、嘘を突き通せばよかったのに。できなかった。できなくなった。「大丈夫だよ」警察の人や、病院の先生。両親にでさえ、言えた言葉が出こない。
掻きむしった胸元に、赤い手垢が浮かび上がる。
心の傷から流れた血が、涙に代わって頬を伝い落ちた。
我慢できなかったんだ。心配してくれる彼の顔を見ると、どうしても。大げさなくらいに自分を責めた。一瞬でも、陸のことを忘れるくらいに気持ちがよかったと吹聴する。慌てた陸が止めに入るのを分かって、あたしは悲劇のヒロインを演じてしまった。
もう、ズルはしないって決めたのに。
「好きだ」
約束を破ったあたしへの罰はすぐにやってくる。
一番欲しかったはずの言葉を信じられない。「それでもいい」「一人で行かせてごめん」抱きしめられることさえ辛い。
「やだ……。ダメだって、あたしもう」
同情なんてほしくなかった。未練なんか残したくもない。
優しくされると、余計 諦めきれなくなる。キッパリ振ってよ。陸の腕の中で藻掻いた。抱きしめる力は強くなるばかりで、彼は一向に離してくれない。亜音ちゃんの手を握ったあたしと一緒。こんなに心配をかけたのに、優しくしないで、ズルをした自分に耐えられなくなる。
「知らない。俺は、お前が良いんだ。魔法とか なんとかはどうでもいいんだよ。無事でよかった。ちゃんと俺の所に帰ってきてくれて。もう、勝手にどっかいくなよ? また知らない所で無茶されたらさ。怒るぞ、次は」
嘘つき。
怒れないくせに。
だから甘えたんだ。気を引きたかっただけ。自分で自分を傷つけて、ただ構って欲しかった。でも、いいよね? 普通の女の子に戻ったんだ。もう、魔法も使えない。ちょっとくらいズルをしたってさ。陸がイヤじゃないなら。本当の本当に、あたしが良いって言ってくれるなら。
感情がごった返す。
陸の優しさ。陸への想い。ズルをした後ろめたさだったり、そんな自分が恥ずかしかったり。彼に抱きついて、子どもみたいに甘えてた。溢れ出した涙を止められない。その間も、陸は嫌な顔一つしないで、背中をさすってくれていた。抱きしめる腕の力が緩んでも、あたしは彼にしがみついまま離れなかったし、彼もあたしを離そうとはしなかった。
「誕生日おめでとう、朝日」
いつもの声。いつもの笑顔。誕生日。そう言えばそうだった。
もう、すっかり過ぎてしまったけれど、陸に祝われてようやく、いつもの日常が戻ってくる。
「プレゼントは帰ってからな?」
「なにそれ、退院祝いと一緒にする気?」
「退院祝いまで強請るのかよ」
「当たり前。あたし、一杯頑張ったんだから。もっと褒めてっ」
ぷっくりと、頬を膨らませる。少し無理をしてでもおどけてみせた。
いつまでも、落ち込んでられない。あたしのせいで、陸にまで暗い顔をさせたくなかった。
でも、その代わり。
陸から貰えるものは何でも貰おう。いくらでも甘えてやるんだ。
お小遣いの心配なんて、してられなくなるくらい。陸が選んでくれたプレゼントも気にはなる。だけど、今のあたしには一番欲しいものがあった。
「陸がいい……」
「は?」
「だから、誕生日のプレゼント。陸……アンタの全部、あたしにちょうだい?」
「えっ……と、もう用意してんだけどな?」
「それは退院祝いで貰う」
「マジか……全部か?」
「うん、全部」
「ダメ?」上目遣いに問いかけた。瞳だって潤ませてやる。勝手に何処かにいくなっていったんだ。ちゃんと、掴まえててほしい。それでも足りないって言うなら。
「陸の誕生日の時は……うん。あたしの全部、上げるから」
投げ売りしちゃったかな? でもこれでお愛顧だと思うし。まぶたを閉じたあたしは、少しだけ彼の方へと顔を寄せる。真っ暗だ。鼓動の音がイヤに早い。陸はどんな顔をしてるだろう? 困らせてる? 沈黙が怖くなった。要らないって言われたら、やっぱり辛い。冗談でしたって、今ならまだ……っ。
陸の顔を盗み見ようとして、薄っすらまぶたを開くと、目が合った。
間が悪い。もうちょっと、我慢してればよかった。ううん、さっさとしない陸が悪いんだ。真っ赤になったあたし達は、さっと目を逸らす。
お預けかな?
残念だけど、今日は……。
「あっ」
不意打ちはズルいと思う。
*******
数年後。
念願叶って、白衣の裾に、あたしは手を通していた。
正直勉強は大変だった。
あたしについてきた陸のほうが、確実に受かるレベルで。合格発表で二人の名前を見つけた時は、あたし以上に彼のほうが喜んでいた。
「あさひお姉ちゃん先輩」
「あははっ。長いな、それ。いいよ、あさひお姉ちゃんで」
「にひひっ。えと、今日は? 何の検査するの?」
分かっててやってるな。イタズラ好きのする亜音ちゃんの笑顔は、イヤな気がしないどころか、くすぐったいくらいだった。
調べてみれば、不思議な力で困ってる人は以外に多い。
すっかり魔法の力が使えなくなったあたしに、何処まで出来るかは分からないけれど。困ってる人を助けたい、その気持ちだけは変わらずに。
時計の針は進み続ける。
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