ドラえもん♀ のび太♂の並行世界(パラレルワールド) 作:脊髄反射
思ったより前置きが長くなってしまったので、プロローグ↓は読み飛ばして、1から読んでもらっても大丈夫です。
ザアアアアアーーーーーー
蛇口が壊れたかのように、雨が辺り一面に降り注いでいた。
深夜2時すぎ。
人々が寝静まる街並みから遠く離れた廃工場の敷地内を、一人の男が歩いている。
男は雨から身を隠すように厚手のロングコートの襟を立て、深々とかぶったハンチング帽と口元まで覆ったコートの襟の隙間から、そこにある何かを睨みつけるかのごとく、目ん玉だけを動かしながら辺りを見回していた。
降り注ぐ雨水の轟音とジャリジャリという足音だけが響く深い闇の中、時おり落ちる雷と、遠くから空を照らす都会の灯かりだけを手掛かりに
周囲の様子を探っていた。
ーーーこんな所に本当にあるのだろうか?
あんな噂話程度の情報、どこまで信用できるのか。
はるか昔に廃業したとは聞いていたが、あるのは壊れた建物や残骸ばかりで、今も使えるものが残っているとはどうにも思えない。
それに、廃工場とはいえ不法侵入には変わりない。こんなところを誰かに見られたりしたら?
いや。どうなろうとも今より悪くなることはありえない。
だって今が「最悪」なんだからーーー
かつては忙しく稼働していたであろう、その工場の広々とした敷地を、男はくまなく歩き続けた。
窓にへばりつくように建物の中を見渡し、ドアというドアが開くかチェックしながら、根気強く探し続けた。
そうして敷地の西側まで周ってきた時、建物の横に何やら光るものがあるのを見つけた。
辺り一面が暗い中、そこだけがボウっと、うす弱い白い光を放っている。
近づいてみると、ちょうど人一人が立って入れるほどの大きさの箱がポツンと光っていた。
高さは2メートルほどはあるだろうか。四面はガラス張りで、中にある蛍光灯のようなものの光が外に漏れていたようだ。
正面には取手がついており、引くと錆びついた音と共に、箱の一面が開いた。
そこには、見慣れない緑色の小箱が一つ置かれていた。
小箱の横には、同じ色のダンベルのようなものが、小箱とチューブで繋がれて引っかけられていた。
ーーー間違いない。これだーーー
小学校の教科書で見た覚えのある、20世紀にあったという「公衆電話」の写真とほぼ同じだった。これに違いない。
ーーー本当にあったのかーーー
半信半疑ではあったが他に縋るものもなく、都市伝説のような与太話に飛びついてみたものの、正直、本当にあるとは思っていなかった。
だが事実、今こうして、探していた「それ」が目の前にある。
男はボックスの中に入り、扉を閉めた。
受話器と呼ばれるものをあげ、耳に当ててみる。プーっという電子音が聞こえてきた。どうやら「これ」は使えるらしい。
男は震えた。
震える指先で、情報屋から教わった番号をダイヤルすると、先ほどまで流れていた電子音が途切れ、プルルルルっという音に変わった。
ーーーかかったーーー
受話器を握る手が異様に汗をかいている。
呼び出し音が3回鳴った後、ガチャ、という音と共に無音になった。
ーーー情報屋が言っていた通りだ。
呼び出し音が3回鳴ったあと、音が途切れて無音になる。そうしたら、受話器に向かって言えばいい。お前の望みを。もしもーーー
「もしも」
顎から滴り落ちる雨水に、冷たい汗が混じる。
耳に当てた受話器を通して、速まる自分の心臓の音が聞こえてくる。
「もしも、源静香が、剛田武に寝取られたら」
言い切って受話器を置こうとした時、急激に不安が体内を駆け巡り始めた。このまま電話を切れば、この願いが叶う。
ーーーそれで本当にいいのか?
自分がしようとしていることは本当に正しいのか?
もしこれが、本物の「もしもボックス」だったとしたら、自分が言ったことが現実になる?ーーー
もしもボックスは、あくまで仮想現実を作り出すだけの道具とされている。だが一説ではパラレルワールドへ移行するだとか、パラレルワールドを作り出すとか、はたまた今いる現実を作り変えるほどの効力を持つとまで言う者もいた。
実際のところがどうであるにせよ、結果的に、青少年や犯罪者などへの影響を考慮され、もしもボックスは製造停止、販売停止にまで追い込まれた。法律で売買を禁止した国もあるほどだった。
ーーーそんなものがこんな所に打ち捨てられているはずはないーーー
そう思いつつ、21世紀にただの公衆電話が今も使える状態で残っているはずもなかった。しかも、かつてもしもボックスを製造していたこの工場に。
本気で自分の人生を変えたいと思いつつも、半ば肝試しのような、本当にあるとは信じていないままここまできてしまったことに、男は今になって気づいた。
そうなると急に迷いが生じる。この一歩を踏み出すかどうかで、本当に世界が一変してしまう可能性がある。
その現実を今になってようやく自覚する。いや体感した。
呼吸が浅くなり、立っていられなくなった男はその場に座り込んだ。
びしょ濡れの体が急に寒くなってきた気がして、雨水を大量に吸い込んで重くなったコートをギュッと抱き寄せる。
するとコートの内ポケットに、違和感を感じた。
内ポケットを探ると、一枚の紙が出てきた。
薄汚れて皺くちゃになってしまっているが、男の祖父が大切にもっていた写真を、紙に印刷したものだった。
そこには、白い衣装に身を包んだ、幸せそうに寄り添う二人の男女が写っている。後ろには彼らを祝福する家族や友人たちもいる。
眼鏡をかけた誠実そうな男性と、その男性とはとうてい不釣り合いに思えるほど美人で優しそうな女性。お互い愛し合っているのが見ているこちらにも伝わってくるような、穏やかで温かな写真。
大好きだった祖父が家宝のように大切にし、いつもそれを見せながら幸せな二人の物語を聞かせてくれた。
その時間が男は大好きで、祖父にねだって写真を印刷してもらい、いつも肌身離さずそれを持ち歩いていた。
しかし、世界は一変する。
ある日突然、祖父が逮捕された。
21世紀において重罪とされる、タイムマシンをつかって過去を変えたことが発覚したのだった。
彼は過去へ戻り、写真に写る幸せそうな二人を、先祖を結婚させていたのだ。
それから男の家族は犯罪者の家族として、どこへ行っても冷たい扱いを受けるようになった。
父は仕事を追われ自殺。母は精神を病んで寝たきりとなり、男自身も壮絶ないじめを受け、家族のために若くして働きに出るも碌な仕事にありつけず、日々を何とか凌いで生きてきた。
どうしてこうなってしまったのか?
いつからか、男は写真に映る二人を憎むようになった。
ーーーこいつらがいなければ。
こいつらが結婚しなければ。
俺は生まれなかったかもしれない。
こんな人生を生きなくて済んだかもしれないーーー
そして祖父のように、自分も過去を変えたいという歪んだ想いに取り憑かれるようになっていった。
もう、そうすることでしか生きる意味を見出せなかった。
そうして様々な方法を調べていく中で、一つの光明を見る。
よほどの権力者か金持ちにしかタイムマシンは使えない。これ以上、犯罪に巻き込まれることも御免だ。そうなった時、自分のように何もない人間が世界に干渉する唯一といってもいい方法。
それが「もしもボックス」だった。
何度も何度もガセネタを掴まされ。陰では阿呆だとも、いいカモだとも言われた。それでも縋るしかなかった。
そうしてようやく、今ここまできた。
自分を苦しめてきた根源。
自分の人生を変える最後のチャンス。
ーーー俺をさんざん苦めたくせに、のうのうと笑っているコイツらをただでは済まさないーーー
どうにかして二人を苦しめるやり方はないかと考え、思いついたのが「もしも」の願いだった。
写真の二人の後ろに写っている男、剛田武についても、祖父からは話を聞いていた。
ーーーヤンチャなガキ大将。こいつにメチャクチャにしてもらおう。
どうか二人を引き裂いて、苦しめてくれーーー
自分の目的を思い出した男は、もう震えていなかった。
男はスックと立ち上がる。その目に迷いはもうない。
そして男は電話を切った。