-デンジ視点-
――夢も希望もねぇっつーのは俺達みたいなことを言うんだろうな。
糞親父が借金を残して死んだ。堅気の相手ならソウゾクホウキ?ってのも出来たんだろう(後で知った)が、借金相手はヤクザだ。
んなことしたらぶっ殺されるに決まってる。ガキの俺が払いきれる額じゃないが、払えなきゃどの道死ぬ。
本当にポチタ、お前がいて良かったぜ。デビルハンターとして何とかやっていけてるのはポチタのおかげだ。
何よりポチタはかわいいからな。クソみてーな生活だが、ポチタがいるなら生きていける気がするもんな。
でもまぁ……それでもクソはクソだ。借金は残り3800万。死ぬまで働いてどうにか返せるかって額だ。
売れるものは大体売って、目も金玉も腎臓も片方しかねぇ。
しかも俺は……どうも心臓の病気がある。母ちゃんからの遺伝らしい。つまり、近いうちに死ぬ。
普通の生活も、女を抱くことも出来ずに俺は死んでいくんだろーな。
「夢ぐらい見たっていいだろ……なぁポチタ」
「ワフ」
「……着いたぞ。ここだ。ここに悪魔がいる」
俺の人生をクソにした1人、俺を雇っていて借金相手でもあるヤクザのジジイが車を止めて顎で指す。
寂れた廃工場、ここに悪魔が出たらしい。俺とポチタも車を降り、ジジイの先導で廃工場に入っていく。
「こんなとこに悪魔が出たんすか? 見当たらないっすけど……どこか隠れたんすかね?」
「……なぁデンジ。俺はお前に感謝してるんだぜ」
「あ、はい」
「犬みてぇに従順で、安い報酬でも働いてくれるしよぉ」
「はぁ……」
何が言いてえんだこのジジイ、と思っていると不意にジジイの声色が低くなる。
「でも俺は――犬は臭くて嫌いでな」
振り返ると、刀みたいなもんを持った男が背中のすぐそばまで来て、俺を刺そうとしていた。
死んだわ、と思うと同時にこの角度だとポチタも殺されちまうことが気にかかった。
俺んことはいい、どうせ死んじまうしな。でもポチタはちげーだろ。何とかポチタは生かしてやってくれねーか、なぁクソジジイ――
「――?」
刀の先端が背中に触れ、鋭い痛みが走る。しかし、そこで止まり予想していた痛みは来ない。
「間に合ったか」
女!! 女の声だ!?
しっかり振り返るとそこには、若い女が襲撃者の刀を指2本で止めていた。
髪型はショートカット。髪色は金髪。吊り目で不良っぽいが美人系の顔。
服装は露出少な目で、縞々の長袖のTシャツの上にベストを羽織っていて、ズボンはジーンズ。
年齢は俺と同じぐらいに見えるが……老け顔とかじゃなくて、どこか年上のお姉さんのような印象があった。
「かっ、かわ……」
「ちょっと刺されてたな。平気か?」
「は、はい。これぐらい、全然ダイジョブっす」
「そうか」
返事を返しながら、その女は襲撃者の男が持つ刀を小枝のように折っていた。
「は?」
襲撃者が間抜けな声をあげると同時に、女は膝蹴りで男を天井へぶっ飛ばした。
天井に大きな穴が開いて――男は二度と落ちてこなかった。
「やりすぎたか。まぁいい」
「な、何だお前は!?」
うろたえるジジイの言葉を無視して、今度は少し視線を下げて俺が抱えているポチタへ目を向ける。
「お前がポチタだな。で、お前がデンジか」
「ワフ!?」
「な、何で俺達の名前を……」
「お前たちを助けたいっていう悪魔がいてな。そいつに呼ばれてここに来たんだ。まぁそのうち会えるだろ」
女は振り返ってジジイのほうを見る。
「で、コイツは?」
「えーっと、ヤクザの親分で……俺の雇い主。借金を返すためにこき使われてて……今俺を殺そうとしました」
「そうか……なら殺せば借金はチャラだな」
女はツカツカとジジイのほうへ歩いていく。
「いやでも、流石に人殺しはまじーんじゃ!?」
「人ならな。こいつらはもう人じゃないっぽいよ……肉が腐った臭いがする」
「え……」
廃工場のあちこちから人が……いや、肉が腐った動く死体がぞろぞろと姿を現した。
「そう、もうこいつらは人じゃない。この僕……『ゾンビの悪魔』と契約したからゾンビになっちゃった!
本当バカだよね。友好的な悪魔ならまだしも、僕みたいな野良悪魔と契約して何のリスクもないわけないのにさぁ!」
ゾンビの集団の背後にそいつはいた。脳みそと臓器と肉が混ざり合った身体に顔がついた異形の悪魔。
「それで、そこのお姉さんはデビルハンターかな?」
「……違う。私は――『人造人間の悪魔』だ」
「え、悪魔なの? 悪魔がなんで人間に肩入れを?」
「悪魔は契約を守らないといけないんだろ? こいつを守る、そういう契約なんだよ」
女は振り返って俺を見る。真剣な顔で見つめられるとドキドキする。
「私のそばにいろよ。今はお前は戦うな……何なら私に抱き着いててもいい」
「だ、抱きっ!? そ、そんなことしたらあんたが戦えないんじゃ……」
「ふん……あの程度の雑魚、この場から動かなくてもどうとでもなる。で、どうするんだ」
「い、いいんすか……本当に!?」
「良いって言ってるだろ。早くしろ」
おずおずと俺は女の腰に手を回し、密着して抱き着いた。や、柔らかい……!
「胸とか尻には触るなよ」
「は、ハイ」
さっきの襲撃者とのやり取りで分かる。きっとこの人――いや悪魔はクソつええ。
このゾンビの悪魔とかいう奴も俺も、蟻んこを潰すより簡単に殺せる。
だが、ゾンビの悪魔はさっきのやり取りを見ていなかったのかこの女の力を分かっていないみてえだ。
「まぁ悪魔だろうが何でもいいや。僕の下僕を増やすのにデビルハンターは邪魔なんだよね。死んでくれるかな?」
「お前がな」
戦いは一瞬で終わった。
まず女は片手を上に掲げて、何かエネルギーを集め始めた。
次第にそのエネルギーはまるでポチタのチェンソーのように回転していく。
「――『気円斬』――」
女はそう呟いて、そのチェンソーじみたエネルギーを敵に向けて放つ。
それは全てを切り裂いていった。ゾンビも、構造物も、ゾンビの悪魔も。
汚い血が辺り一面に飛び散ったと思ったら、もうこの廃工場で動いているのは俺達だけだった。
「臭いな……おい、いつまで抱き着いてる」
「あ、すいません。つい……いい感触だったんで」
「感想はいらないよ……無事ならいい」
俺は慌てて女と距離を取り、そして深々と頭を下げた。
「あの、ありがとうございました。その……何て呼べばいいっすかね」
「名前か……18号、と名乗ってる」
「18号さん! いい名前っすね!」
「ワフッ」
「見え見えのおべっかもいらない……礼は受け取っておく。とりあえず、落ち着ける場所で話すよ」
俺とポチタと18号さんは、ゾンビどもの死体から離れた入口近くで腰を落ち着けた。
そして、18号さん何故俺達を助けてくれたのかを改めて簡単に説明してくれた。
「とりあえず……私はまだこっちに来たばかりで生活基盤も何もない。整ったら呼んでやるから少しの間待ってろ」
「えっと……どういうことっすか? 助けてくれただけで充分なんですが……」
「おい、私がただ善意でお前らを助けるわけないだろ。お前らにはやってもらうことがある」
「な、何を? 18号さんの言うことなら何でも従いますけど……」
「ワン!」
18号さんは腕を組んで、俺とポチタを交互に見る。
「お前らには私と契約して世界最強のヒーローに――『チェンソーマン』になってもらう。そしてその人気で得た金は、全て私のものになる」
「ヒーロー? チェンソーマン?? 確かにポチタはチェンソーの悪魔ですけど……」
「ワ、ワフゥ……」
「ポチタは身に覚えがあるな。地獄では、ポチタはそう呼ばれていたんだ。悪魔を殺してまわった地獄のヒーロー、『チェンソーマン』ってな」
「そ、そうなのかポチタ?」
「ワン……」
ポチタが気まずそうに頷く。お前、そんなやんちゃな悪魔だったのか……。
「お前がその『チェンソーマン』になるのなら、お前の夢もすべて叶えてやる」
「お、俺の夢を……18号さんが?」
「ああ」
「食パンにバターとジャムを塗って食べる、とか」
「当たり前だろ。3食しっかり食わせてやる。風呂も入れるし、服も買ってやる」
「女とイチャイチャしたりとか……」
「それはまぁ追々だが……とりあえず私と一緒に住むことになるな」
「は!? それは……ど、ど、同棲ってやつっすか!?」
「難しい言葉を知ってるな……そうだ」
怒涛の情報量に俺の脳は宇宙にぶっ飛んでいた。
「ついでにその心臓の病気も治療してやる。早々に死んでもらっちゃ困るからな」
「……………………なぁ、ポチタ。俺ぁ今夢を見てるのか?」
「……ワン」
ほんの数時間前まで、俺の人生はクソで彩られた立派なクソだったのに……今何もかも変わろうとしている。
「で、どうなんだ。やるのか、やりたくないのか……」
「や、やります!! やらせてください!! 絶対なります、その『チェンソーマン』に!!」
「ワン、ワンッ!!」
俺とポチタの返事に、18号さんは「よし」と言って立ち上がった。
「悪いが契約はまだできない。ポチタは力を取り戻せばチェンソーマンになれるだろうが、私が契約した悪魔が言うには
その方法は考えてあるが、うまくいくかは分からないらしいんでな……。うまくいった時に改めて契約する」
「了解っす……俺はとりあえずボロ小屋に戻ってればいいすかね?」
「ああ……朝まではまだ時間があるな。私もそこで仮眠を取るとするか」
「……え!?」
18号は俺達を置いて、スタスタと出口へ歩いていく。それを急いで俺とポチタは追いかける。
「ま、待ってください。あのボロ小屋は女を……18号さんを入れられるような場所じゃ」
「ゾンビ臭のするここよりはマシだろ。それとも、今から宿を探せってのか?」
「いや、でも…………い、いいんすね? 仮眠するってことは俺と……寝ることになりますけど」
「いいよ別に。ただし、私には触れるなよ。触れれば治療費が増額することになるからな」
「……はい」
「じゃ、案内しろ」
18号さんに「どの辺にあるんだ?」と聞かれ、大体の方角を示すと18号さんは俺とポチタを片手で抱えて――空を飛んだ。
あまりのスピードに眩暈がして、一度通り過ぎて怒られてしまった。
「18号さん、空飛べるんすね……」
「まぁな。で……ここがお前の家か」
「家っつーか、廃屋を無断で借りてるだけっすね……あの、どうぞ」
入った瞬間、18号さんが顔をしかめるのがわかった。まぁ汚いし良い匂いはしないから、仕方ない。
「この小屋に女を呼ぶ日が来るなんてな……でも、もうすぐこの小屋ともお別れだ」
「ワフッ!」
「とりあえず私は朝まで寝るから、お前も好きなところで寝ろ」
「と……隣でもいいすか?」
「触らなければな」
俺は緊張しながら18号さんの隣に座り、身体を寝かせる。うっかり触れないように少し距離は離れているが、目の前に女がいる状況に胸の高まりが治まらない。
「…………」
18号さんは目を瞑って眠る態勢に入っている。
触るなと言われたが、眠ってる間ならバレないんじゃないか? キスとかはまずいけど、胸にちょっと触れるぐらいなら――
ポチタが物凄い勢いで首を振っているが、俺はその可能性に賭ける……!!
「……ちなみに、私は眠っていてもお前が触ったかどうかは分かるからな」
「!?」
俺の思考が読まれた!?
「お前みたいな男の考えてることなんてすぐ分かるぞ」
「ま……マジすか」
「そもそも、私は人造人間だから本来眠る必要はない。寝てるように見えてもうっすら意識はある」
「はぁ……」
18号さんは溜め息をついて、諭すように俺に言葉をかける。
「お前がチェンソーマンになれば……私は労働の対価としてこの身体を差し出す用意はある」
「!!」
「労働の対価として、だぞ。今、触れるなと言っているのはお前が何もしてないからだ。今日、お前は何をした?」
「……18号さんに守ってもらってました。腰に抱き着いて」
「そうだ。だから触れるのは許可できない。抱き着いた件も考慮すれば、本来お前は今借金をしている状態だ。」
「何もしてないのに18号さんに抱き着いたから……すか」
18号は目を瞑りながら小さく頷いた。
「ああ。別に私が触られるのが嫌だから言ってるんじゃない。お前のために言ってるんだ」
「……どういうことすか」
「今お前が眠る私の胸に触れたら、怪我して治療代が増える上に――将来の労働の対価も貰えなくなる」
「あっ……借金することになるから、ってことか」
「大怪我に加えて、しばらくタダ働きを許容できるなら――好きなだけ触ればいい。私が言えるのはそれだけだ」
そう言うと、18号は再び眠る態勢に入った。俺は数十秒、逡巡して――覚悟を決めた。
「俺……我慢します。俺は、堂々と胸を張っておっぱいを揉みたいんで」
「そうか……えらいな」
18号さんはそう呟いて俺の頭を撫でてくれた。別にエロい行為でも何でもないはずなのに、顔が熱くなるのを感じた。
「ガ、ガキ扱いしないでくださいよ……」
「ガキだろ。ともあれ、聞いてた通り理性は高いようで安心したよ。おやすみ……デンジ」
あ、初めて今名前を呼ばれた気がする……やべ、めちゃ嬉しい。
「おやすみなさい、18号さん……俺も寝ます」
俺はポチタを胸に抱えて寝る。寝れるかな……無理かもしれねぇ。
結局俺は18号さんの寝息と匂いを堪能しながら――4時間は起きていた。