-デンジ視点-
夢みたいだけど、夢じゃなかった。
起きて、隣を見たら女が――18号さんが寝てた。俺は1時間ぐらいしか寝れてないけど。
「もう朝か。もうすぐ来るな……」
「来る?」
「公安のマキマだ。支配の悪魔――とか言ったかな」
「なんか強そうな名前っすね……」
「私よりは弱いけどな。この世界じゃ最強クラスらしい」
18号さんは立ち上がって、服の埃を払う。
「悪いが、もう少しここにいてくれ。準備が整ったら迎えに来る」
「うっす」
「それと、まだデビルハンターの仕事はするなよ。金がないなら、あのヤクザの事務所の金をちょろまかしてこい」
「あー……そうっすね。そうします」
「それと、これを」
18号さんは俺に豆のようなものを手渡した。
「何すかこれ」
「仙豆だ。怪我や体力を治す効果がある――病気には効かないが、気休めにはなるだろ。飲んどきな」
「ん……なんか、ちょっと気分がマシになった気がします。何から何まで、ありがとうございます」
「よし。それじゃ、私は廃工場に戻る。大人しくしておけよ」
18号さんは扉を開けて、空へ飛び立とうとする――その前に、俺の目の前に立った。
「デンジ」
「……? 18号さ――」
俺の頬に、何か柔らかいものが触れた。今、俺は何をされた……?
「またな」
それだけ言って、18号さんは空へ飛び立って――あっという間に見えなくなった。
「……なぁポチタ。俺、今キスされたか? 頬にだけどよ……」
「ワンッ」
「しかも、悪魔だけどあんな美人に……薄汚れた浮浪児の俺がだぜ? 信じられるか?」
「ワフゥ……」
まだ現実なのか信じ切れなかった俺は、キスされてないほうの頬を強くつねってみた。
「いってぇ……」
*
-マキマ視点-
朝、今私達が向かっている廃工場の近辺から「ゾンビのような人間がうろついている」との通報があった。
他のデビルハンターに任せてもよかったが、恐らく今回の事態の原因は『ゾンビの悪魔』だと思われた。
ゾンビの悪魔は単体だとそれほど強い悪魔ではない。だが、眷属――ゾンビを増やされると途端に厄介な悪魔に変わる。
この時、生憎すぐに動ける中堅以上のデビルハンターはいなかった。なので私――公安対魔特異4課の統括であるマキマ――が来た。
周囲にいたゾンビは掃討し、目撃者の証言から発生源は街はずれの廃工場だと推定し急行した。だが――
「先を越されたね」
廃工場に足を踏み入れると、そこは血の海と化していた。
綺麗に寸断されたゾンビの死体と、それらと同じくゾンビの悪魔が真っ二つに斬られて絶命していた。
その切り口から一瞬チェンソーを想像したが、すぐに考えを改める。断面が綺麗すぎる。
「遅かったな」
背後の扉の陰から、私に向けて声をかけられた。振り返ると金髪の若い女性が壁に凭れて立っていた。
「貴女がこれをやったの?」
「ああ。お前がマキマ……で合ってるか?」
「おや、私を知ってるんだ。公安に知り合いでもいるのかな」
「公安に知り合いはいない。悪魔の知り合いから聞いた」
「悪魔の――じゃあ、貴女は」
女性は壁から離れて、こちらへ近づいてくる。
――何故だろう。肌が粟立つ。
「私は『人造人間の悪魔』。18号と名乗っている」
彼女は自身が悪魔だと言った。だが、鼻の良い私には分かる。彼女は悪魔じゃない――人間、でもないようだが。
その名の通り人造人間なのだろう。微かに機械の匂いがする。
「人造人間の悪魔……ね。分かりました――それで、貴女は私達人類の味方なのかな?」
「人類と敵対する気はない。だがお前と敵対するかどうかは……お前次第だな」
「随分警戒してるんだね、私のことを」
「まぁな――」
彼女――18号はそうこぼして髪をかきあげた。かと思えば一瞬にして姿を消した。
「こっちだ」
「!?」
いつの間にか18号は背後に回り、しかも護衛の2人に一撃入れて昏倒させていた。
「マキマ――いや、支配の悪魔。お前が死んだら、日本国民の誰かが肩代わりするんだろ。この国のトップとの契約で」
「そうだけど――何故それを知ってるの?」
私が支配の悪魔だということ。そして内閣総理大臣との契約の内容を知っている者はほとんどいない。
私の中で彼女に対する警戒度が跳ね上がる。
「それってさぁ」
18号は私の質問を無視して、私に手のひらを向ける。
「お前の肉体を、塵一つ残さずに消し飛ばしたらどうなるんだ?」
「……そんなこと、できるわけが」
「できるさ。私ならな」
ブラフではない。私は直感でそう思った。18号は私を殺せる――それも、いとも容易く。
「安心しろ。こう見えて私は平和主義なんだ。不自由なく暮らせればそれでいい」
「……それで、あなたの目的は?」
その質問には答えず、18号は私の横に並び立ち、耳元で囁いた。
「私はお前の大好きなチェンソーマンを確保している」
「えっ」
「いずれお前に貸してやる。その代わり、私のやることの邪魔をするな。私もお前に手を貸してやってもいい」
「それは――契約?」
「ああ、契約だ。結ぶなら、私は表向きお前の部下でもいい」
18号は私に凭れかかって、背中を預けてきた。嘘ではない、と思う。ただすべてを語っていないように感じる。
「断ったら、私はどうなるのかな」
「別に何も。ただ、チェンソーマンには会わせない。ファンなんだろ?」
「……そうだね。私はチェンソーマンが好き。私より強いからきっと支配できないけど、
この契約を受けても断っても、チェンソーマンを支配することは出来なくなる。
18号を殺せれば話は別だが――あらゆる搦め手を使い尽くしても殺せる可能性は低そうに感じる。
何より私は死にたくない。分の悪い賭けを好むような無頼の輩ではない。
「甚だ不本意ですが――貴女と契約します。その代わり、必ず彼に会わせて」
「物わかりがよくて助かるよ。まぁ、そう遠くないうちに会わせてやる」
人造人間の悪魔(自称)と支配の悪魔の契約が成立した。18号は私の肩にポンと手を乗せ、私の乗ってきた車に向かう。
「公安のデビルハンターになったら宿舎が使えるんだろ? 当座の住むところが欲しかったんだ」
「言っておきますが……規律に反した行動をした場合庇えません。すぐに出て行ってもらいますから」
「……私がそんな不良に見えるか?」
むしろ不良にしか見えませんが――という言葉をどうにか呑み込んで、私達は公安デビルハンター東京本部へ向かった。