※この作品はR-18です。

エロティカ・タウン   作:あーきもてぃー

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四話程度を構想しています。


最強猫人、ニャー参上

 

 残業は糞である。だが、誰も責められない残業ならば、さらに糞だ。

 

 その電話は、みんなが終業を迎え、帰り支度をしはじめた頃に鳴った。オフィスの空気はすでに弛緩しかけていて、鞄を手に取る者、コートを羽織る者、それぞれが一日の終わりを噛み締めようとしていた。基本、この時間にかかってくる電話というのは問題の種であることがほとんど。みな、動かす手を、ぴたりと止めた。空調の音だけが、やけに大きく響く。みなの視線が、1人の人物を捉える。

 

「もしもし、こちらネコちゃんファイナンスです」

 

 社長が、ゆっくりと受話器を取る。指先が、わずかに震えていたように見えたのは気のせいだろうか。そして、案の定その顔が、ひどく歪んだ。眉間に深い皺が刻まれ、口元がへの字に固まっていく。隣から同僚のため息が漏れた。誰もが同じ予感を抱いていた。

 

 案件は、最悪だった。

 

 上司も、同僚も、部下も、みんなが早く帰りたいのに、誰も悪くないから責める相手もいない。その事実こそが、いちばん堪える。

 

 その問題の発端が大切な取引先のシステムエラーであればなおさら。社員総出で改善に努力した結果、なんと今や深夜2時。蛍光灯の白い光が、疲れきった顔をいっそう青白く照らしていた。明日も普通に朝7時には起床し、仕事へ行かなければならない。

 

 眠さと疲労からふらふらの足を動かし、小腹を満たすためにコンビニへ。自動ドアが開く音すら、やけに耳障りだった。適当におにぎりを2つ購入して、外へ出る。夜風が火照った頬を撫でていく。早く、風呂に入って寝たいな。それだけを、今は願っていた。

 

「おい、待てよおっさん」

 

 自動ドアが小気味良い音と共に閉まると同時、後ろから声が聞こえた。夜の静けさに、やけに刺さる声だった。

 

 この時間に、このセリフ。面倒ごとだ、間違いない。

 

 聞こえないふりをして、わずかに止めてしまった足を、再び一歩踏み出した。歩幅は、いつもより小さかったかもしれない。

 

 が、衝撃。

 

 後頭部に、硬い何かがぶつかった。鈍い痛みが頭蓋に響き、視界の端が一瞬白くちらつく。考えなくてもわかる。なにかを、投げつけられたのだろう。おそらく、地面に転がった音から予想するならば、空き缶か。カラン、という乾いた金属音が、狭い路地に響いた。

 

「無視すんなよ。あ? てめー、聞こえてんだろ」

 

 足音と共に、その人物が近づいてくる。若い女の声。声に独特の抑揚があるから、猫人かも。ヒールでもないのに、やけに歩様が軽い。

 

 深夜2時という時間に、言葉遣いからして、その正体は多分不良。ここで無視をしたら、さらに面倒になることは間違いない。頭の中で、疲労した理性が最後の計算をする。

 

 仕方なく、振り返った。

 

「てめー、無視するとはいい度胸じゃねぇか。ぶちのめしてやる」

 

 振り返ると同時、目前に拳が迫ってきていた。夜目にも白く、拳の輪郭がはっきりと見えた。

 

 間一髪。反射的に、それを腕で払う。骨と骨がぶつかる、鈍い衝撃が肘まで伝わった。

 

「……なに?」

 

 払われた腕をまじまじとみる女性。訝しげに眇められた瞳が、街灯の光を反射して赤く光る。そこで初めて、その人物の造形がわかった。褐色系の肌に、鋭く闇に光る赤い瞳が特徴の、二十代と思しき美少女。特筆すべきは、乱雑に伸ばされた黒の髪に猫耳が生えており、予想通り猫人だった。夜風にその髪が揺れ、獣特有の匂いがふわりと鼻先をかすめた。

 

 しかも、運が悪いことに、俺はその猫人を知っている。

 

 この街で圧倒的な強さを誇る喧嘩名人で、その強さを信奉する不良集団を束ねる頂点。狩り爪の黒猫と異名をとる、文字通りの最強。噂に聞けば、生涯無敗とも。背筋に、冷たいものが走った。

 

 そんな彼女は、黒の厚手のジャケットに、同じく漆黒の2段のティアード式スカートと、意外にも可愛らしい格好をしている。それぞれの段の裾には、赤いフリルがあしらわれていて、おしゃれをしたい年頃の女の子ではあるようだ。歩くたびに、そのフリルがひらりと揺れ、闇の中で小さな赤い残像を作る。

 

 対して、ジャケットにはじゃらじゃらと音が鳴りそうな、銀の飾り物がふんだんにぶら下げられている。こちらは、いかにも今時の不良を思わせる造形だ。金属同士がぶつかる、小さな音が絶えず鳴っていた。

 

「おい、なにをジロジロ見ていやがる。おら、さっさとこっちへこい。ニャーと戦え」

 

「は? 悪いが、俺は裏の人間じゃない。明日も仕事だから、ここは失礼する」

 

「あん? なら、金置いてけ。持ってるもん全部、クレジットもだ」

 

 ……馬鹿じゃねぇのか。そんなの、了承できるわけがない。頭の芯が、疲労でずきりと痛んだ。

 

 答えあぐねていると、猫人は俺のスーツの襟を掴み、強引にコンビニ裏の草が生い茂る脇道へと連れ出して行った。人の気配も、あかりもない、ただの、不気味な通路だ。雑草を踏みしめる音だけが、やけに大きく響く。

 

 その半ば程を進むと、この猫人は俺を適当に放り投げた。

 

 膝から地面に落ちる。鈍い痛みと、乾いた土の匂い。スーツの膝が、じゃりっと擦れる感触があった。

 

「おー、やるのかー、ニャーっちー」

 

 腕組みをしてこちらを睨む猫人の背後から、やたら派手な、別の猫人が現れた。まるで舞台袖から現れるように、ひょいと軽い足取りで。

 

 軽快な話し方と、やけに可愛い声。ピンクのボリュームあるツインテールに、翡翠の瞳。夜の暗さの中でも、その髪色だけがやけに鮮やかだった。

 

「ああ。金集めだ。こいつをしばいて、美味いもん食い行くぞ」

 

「おお、いいねいいねー。じゃ、わたしは見学しとくー」

 

 そのピンクの猫人は数歩後ずさりして、黒の猫人と距離を置いた。まるで観客席に座るような気軽さで、壁に背を預ける。どうやら、もう穏便に、とはいかない雰囲気だ。

 

 やるしか、ねえか。

 

 体についた土を払いながら、立ち上がる。膝の痛みが、じんと残っていた。早く済ませて、早く帰る。でないと、本当に明日の仕事が大変なことになる。

 

「おら、さっさと始めるぞ。この街の決闘のルールに従い、負けた方は勝った方の永遠の下僕だ。わかったな」

 

「なんだ、そのルール。めちゃくちゃだな」

 

「……てめぇ、神聖なルールにケチつけやがったな。ぶっ殺してやる!」

 

 女は、一瞬で距離を詰めてきた。あまりにも、速い。髪を靡かせ、闇に赤の瞳の残像がはしる。空気が、びりびりと震えるような気配すらあった。

 

 俺は、瞬く間に地面に組み伏せられた。背中に走る衝撃、肺から空気が押し出される感覚。次いで、間髪入れずに腰の上に跨ってくる。彼女の太ももで腕も拘束され、もう、使えない。さすがケンカ慣れしている。太ももの筋肉の硬さが、布越しにもはっきりと伝わってきた。

 

 腹が、彼女の腰の重みにより圧迫され、息が苦しい。顔を歪ませる。濁る視界で、女の拳が顔目掛けて振り下ろされているのがわかった。攻撃の手は緩めないらしい。夜気を切る、風切り音まで聞こえた気がした。

 

 ただ、やりようは、ある。

 

「すっ!」

 

 その拳が顔にぶつかる直前、腰をあげられるだけ持ち上げ、顔を目一杯前に。

 わざと、おでこでその拳を受け止めに行った。骨がぶつかる、鈍く重い衝撃が額全体に広がった。

 

「んがっ!」

 

 女の、悲鳴。腕が伸び切る前の、不慮の衝撃。さぞ、痛かろう。彼女の指の関節が、微かに震えているのが視界の端に映った。

 

 その痛みに当てられ、さすがの拘束も弱まる。隙を逃さず、身を捩って女を振り落とそうとした。だが、さすが。痛みに顔を歪めながらも、片方の手が俺の首筋に噛みついた。爪が皮膚に食い込む、鋭い痛みが走る。

 

「がはっ!」

 

 女の指の先が、喉仏をこれでもかと締め付けてくる。呼吸が詰まり、視界の端が赤黒く滲んだ。痛みに、苦しみに、体が本能から暴れ出す。

 

 ただ、それでも。

 

 下手な姿勢で咄嗟に反撃をした女。だから、俺の腹部から腰は浮き、拘束の力はすでに弱まっている。なにより首を絞めるのに集中しすぎて、腰がすこし前屈み気味になっていることに、多分この女は気づいていない。

 

 苦しみの中でも、冷静に分析する。戦いとは、常に苦しさの中に勝機があるものだ。酸欠気味の頭の中で、それだけがはっきりと像を結んだ。

 

 ……いまだ。

 

 腹筋に力を込め、体をくるりと反転させた。仰向けから、うつ伏せへ。女の体がその拍子に僅かに跳ねるのを感じ、その隙をついて腕の力を全て地面へとぶつけた。土埃が、ふわりと舞い上がる。

 

「うおっ!」

 

 解放。女は尻餅をついて、俺は地面を這うように一定の距離を保つことに成功した。掌に食い込む小石の感触が、やけに生々しかった。

 

「て、てめぇ……よくも、このニャーを」

 

 女は立ち上がりながら、鋭い瞳でこちらを睨む。その瞳の奥に、屈辱と苛立ちが混じって揺れていた。俺も立ち上がり、彼女と相対した。膝の震えを、なんとか抑えつける。

 

「ただの、リーマンだ。それより、引き分けってことで、手を打たないか」

 

「なめるなぁ!」

 

 女が、腕を前に出した。手のひらをこちらに見せつけるように。そして、指を少し丸めると、その先から黒くて鋭い爪が少しずつ伸びてきた。ぎちり、と骨の軋むような音まで聞こえた気がする。

 

「手加減すればいい気になりやがって。ぶっ殺してやる!」

 

 腕を振り上げ、またしても、刹那の突貫。あの爪で引き裂かれようものなら、間違いなく病院送りだ。冷たい汗が、背筋を伝った。

 

 とはいえ攻撃範囲が広すぎて、受け止めるのも危険。なら、避けるしかない。

 

 だが、避ける姿勢を見せてしまえば、対策される。だから、我慢だ。

 

 あえて避ける気がないと相手が理解するまで、棒立ち。ギリギリを見極め、女が腕を伸ばそうとしたところで、俺は深くしゃがみ込んだ。地面すれすれまで、体を沈める。

 

 そして、足払い。

 

「ひぎゃん!?」

 

 女は、変な声をあげて転倒、勢いそのままに、頭を地面に打ちつけた。鈍い音が、静かな路地に響いた。ピクピクと震える彼女。どうやら、戦闘続行は、もう不可能だろう。

 

 女から視界を外し、自分の体を見る。スーツは土で汚れ、ところどころに草がへばりついている。それをひとつひとつ丁寧に払っていった。

 

 クリーニング代、高くつくだろうか。余計な出費は、抑えたい口なのだが。

 

「油断……してんじゃねぇ!」

 

 咆哮。声が聞こえたと同時、反射的に危険を感じ、前方向へとびこんだ。

 

 不格好に受け身をし、ついた手を軸に体を反転させる。

 

 女は、肩で息をしながらも、長い爪を顔の前で揺らしてなお戦闘体制だった。

 

「おいおい、あれで動けるのかよ」

 

 喧嘩最強の称号は伊達ではない、ということか。もう奥の手は見せてしまったし、同じ作戦は通用しないかも。

 

 次は、正攻法で攻撃を捌かなければならないか。

 

「ニャーをその辺の雑魚と一緒にするな。ここから、ニャーの怖さを思い知りやがれぇ!」

 

 女は、通路横のフェンスに向かって、飛んだ。

 

 そして、爪で自身の体重を支え、フェンスの上まで瞬く間に登り上げた。

 

 なにをするつもりか。

 

 女は深くしゃがみ込むと、フェンスをがしゃりとゆすり、高く真上に飛んだ。

 

「……たか」

 

 思わず見惚れるほどの、高さだった。恐らく、二メートルは、飛んでいる。プロのバレーボール選手ですら、恐らくあの高さまでは飛べないだろう。

 

 流石は身体能力抜群の猫人種、といったところか。

 

 ただ、あそこから繰り出される攻撃の破壊力は、なんであれ悍ましい。

 

 僅かな動きも見逃さないよう、注視した。

 

 刹那。女は空中で回転した。くるくると回りながら、重力に任せてこちらへ迫ってくる。

 

 だが、空中からなら逆に避けやすい。着地地点の予測も、長い爪の攻撃範囲も、目測で測れる。なにより、こういうところで経験は生きるのだ。

 

 二、三歩、後ろへ飛ぶ。案の定俺のいた場所へ、彼女は踵をつきつけて着地していた。土埃が、舞う。

 

「大味な攻撃は、隙だら--!?」

 

 ……この感覚は。

 

 危機を察知すると体が発する、あの感覚だ。何年ぶりだろうか。とうに忘れたと思っていたのに、体は今でも覚えているらしい。

 

「くそっ!」

 

 考えるより先に、体が動いた。咄嗟に、避けた。横向きに、がむしゃらに。

 

 そしてまた、あの感覚が全身を駆け抜ける。今度は、後ろからだ。だが、もう、避けられない。とんでもない、早さの暴力だ。

 

 なるように、なるしかない。

 

 一瞬の判断で、手近にあった木の棒を握る。そして、それを運任せに大きく後ろに振り上げた。

 

 ドゴッ!

 

 鈍い音が、響く。何に当たったのかも、わからない。

 

 考える間も無く、背中側に重い体重と衝撃が襲いかかった。

 

 吹き飛ばされ、地面に突っ伏す。

 

 追撃がくるか。

 

 反射的に体を丸めて身構えるが、しかし何も起こらない。

 

 

「お、おい」

 

 体を起こして、後ろを見る。

 

 女が、頭を押さえながら苦悶の顔をして身を捩っていた。

 

 運良くも、あの木の枝は女の頭を的確に捉えたらしい。突撃の勢いだけは殺せなかったから、その衝撃だけが襲ってきたのだろう。

 

「大丈夫そうか?」

 

「くそが……なめやがって」

 

 とはいえ、女は動かない。呂律も問題なさそうだ。

 

 少し様子を見てから、女の瞳に力があることを確認して、足元で倒れる彼女のジャケットの襟を両手で掴んだ。布地の硬い感触が、指先に伝わる。そして、半ば強引に立たせた。

 

「とりあえずは、俺の勝ちってことでいいな。んで、頭うったから明日はきちんと病院行け。その金は、置いてってやる」

 

 力のない赤の瞳をこちらへ向けながら、悔しさからか、ただ無言で口を震わせる女。その瞳の潤みに、一瞬だけ罪悪感のようなものが胸をよぎった。

 

 一応、俺も加害者だ。だから、尻ポケットから五千円札を取り出し、前屈みになってそれを地面に落とした。紙幣が、風に少し煽られて土の上に落ちる。

 

 そして体を元の姿勢に戻そうとした刹那。

 

 影。

 

「ふんっ!」

 

 それは、彼女の拳だった。隙を見て、やり返そうとしていたらしい。ただ、無駄。もう、あの時の感覚を思い出している。迫る腕を簡単に払いながら、彼女の頬へひとつ平手打ちをかました。乾いた音が、夜気に響く。

 

 女は、悲鳴を上げることもなく無言で地面へと倒れ込んだ。

 

 起き上がる気配は、なさそうだ。

 

 やっと、終わった。やっと、寝られる。

 

 彼女を背にして、歩きだす。

 

「おー、まちなー」

 

 背後から、声。この声は、ピンク髪の猫人のものだろう。なんだ、せっかく、帰るところなのに。

 

 けど、まぁ、一応、振り返ってやった。

 

「喧嘩のルールだからなー。お前、ニャーの主人になったなぁ」

 

「いや、別にならねぇよ。主人とか」

 

「そうはいかないんだなー。ニャーの下僕にも示しがつかないから、それは認めてほしいなー」

 

「いや、いらねぇ」

 

「……なら、抱くんだなー」

 

「……は?」

 

 そこで、地面に倒れ込んでいた女が、ゆらゆら、ふらふらと立ち上がった。土埃を纏った髪が、夜風に微かに揺れる。ひどく細められた瞳が、こちらを射抜く。

 

「ミスの言う通りだ。下僕がいらねぇってんなら、私を抱け。今すぐ、ここで」

 

「おいおい、お前ら、馬鹿なのか」

 

 まるで、意味がわからない。街の喧嘩ルールだなんだはそっちの話だ。なぜ、それが俺に関係してくる。頭の中が、疲労と混乱でぐるぐると回っていた。

 

 別に、女を抱くってのは悪い話じゃない。ただ、流石に今回のケースがケースなだけに、まるで勃つ自信がない。全身が痛みと疲労で悲鳴を上げている状況だ。

 

「ニャーは20人の下僕がいるなー。もし、喧嘩ルールを適用したくせにニャーが下僕にならなかったら、そいつらもニャーの下僕でいる必要がなくなるなー」

 

「そういうこった。おら、さっさと抱け」

 

 ニャー、と呼ばれている黒猫が、ジャケットを脱いでその辺に放り投げた。露わになった肩に、街灯の光が滑る。そして、インナーの裾に手をかざし、それすらも持ち上げていく。

 

「お、おいおい。まてまてまて。頭を打ったばかりだ。激しいのは、やめとけ」

 

「いや、待たねぇし、頭なんぞも関係ねぇ。……おら、猫人のおっぱいだ。好きに触れ、おら」

 

 ニャーは上半身を裸にすると、黒い長爪をゆっくりと指に消しながら、自身の胸を揉みしだいて俺の元へと近づいてくる。夜気に晒された肌が、月明かりの下で青白く浮かび上がった。

 

「んー、おっさん、あそこが勃ってないなー」

 

「……おいおい、まじかよ。ニャーの体が、気にくわねぇってのか」

 

「い、いや、そうじゃない! そうじゃないぞ」

 

「なら、さっさと揉みやがれ!」

 

 ニャーは、自身の胸から手を離すと、俺の手を強引に奪い、その胸にあてがった。柔らかい感触が、脳を揺さぶってくる。温もりと弾力が、掌からじわりと広がっていった。

 

「くそ、まだ勃たねぇか。……おいミス! こいつと本気でヤる! だから、見届け人になれ」

 

「あいあいさー」

 

「悪いがおっさん。ここは外だからな。いざという時のために、スカートは脱げねぇ。だから、騎乗位以外は禁止だ。わかったな」

 

「いや、おい。なに話進めてんだ! ちょ……まてって!」

 

 構わず、ニャーは俺のスーツのズボンを無慈悲に降ろした。夜風が、いきなり肌を撫でていく感触に、思わず息を呑んだ。そして、露わになったシワシワのそれを、ニャーは躊躇いなく、口に含む。生温かい感触が、一瞬で全身を貫いた。

 

「んくっ……じゅる……じゅっぽ……ぐりゅっ」

 

「あっ……お、おい……ニャー、さん……うおっ!」

 

 かなりの、テクだった。夜の店でも、ここまでのものは経験がない。音を立て、息を吸い、舌を使って振動を与えてくる。頭の奥が、じんと痺れていく。

 

 こんなの、耐えられるわけがない。疲労で鈍っていたはずの神経が、一気に覚醒していくのがわかった。

 

 悔しいが、俺も男。男ってのは、単純だ。

 

「じゅる……ぷはっ! へへ、勃ちやがったな。ふふ、いい子だ」

 

 何を言われるでもなく、俺はゆっくりと尻を地面につけた。地面のひんやりとした感触が、火照った体には妙に心地よかった。もう、なるように、なれ、だ。

 

「よしよし。その調子だ。……いいか、手加減するなよ。てめぇは勝者だ。好きなように、犯しやがれ」

 

 そう言って、ニャーは俺の腰の横に両足でぴたりと挟むと、ゆっくりと、腰を下ろしてきた。

 

 心臓が、波打つ。

 

 ぞわり。

 

 彼女と結合する直前、スカートの裾が、俺の太ももや腹を撫でた。柔らかな布の感触が、肌の上をするりと滑っていく。予想もしていなかった感覚に、体の奥がぴくりと反応した。

 

「く、くすぐってえ。おい、スカート捲ってくれ。痒くてたまらん」

 

「あん? スカート捲ったらわざわざ履いてる意味がねぇだろうが。いいから、我慢しろよ。結合すりゃあ、そんな感覚も無くなる」

 

「本当か……よぉぉぉお!?」

 

 ニュルルルル……ぬるっとした熱さと脈が、股間を包み込んだ。

 

 結合。

 

 ドクン、ドクンと、股間に伝わる振動が快感となって脳を殴ってくる。視界の隅が、白く弾けるようだった。

 

 たまらず、手頃にそこにあったスカートの裾を握り込んだ。指先に、生地の柔らかさと僅かな冷たさが伝わる。

 

「おい馬鹿、皺になるだろうが。おら、離せ!」

 

 こっちはこんなにいっぱいいっぱいなのに、なぜか、ニャーは余裕そう。腰を軽く揺らしながら、こちらを見下ろす瞳には、余裕すら滲んでいた。

 

 それがたまらなく、腹が立つ。

 

 ニャーが俺の手を掴み、スカートと切り離そうとしたところで、苛立ちを力に腰を激しく上へ突いた。

 

「ひぅ! お、おい……ひゃあぁ!」

 

 打ち上げる腰と、跳ねる体。髪が跳ね、つかみどころを探して、ニャーの手は俺の腹の上に置かれた。爪が、微かに皮膚に食い込む感触があった。

 

「くそ……気持ちいい。……これ、やばい」

 

 パンパン! パンパン! 腰と腰が打ちつけ合う音が、闇夜に反射する。静まり返った路地に、その音だけが響いていた。

 

 気持ちいい。ただただ、気持ちがいい。理性が、少しずつ溶けていくのがわかった。

 

 腰を揺するたびに、ニャーの乱れる顔と、喘ぎの声が、視界と鼓膜さえも欲望で満たしていく。

 

「あっ……あんっ……にゃっ……だめっ、あはっ……だめぇ!」

 

 腰を打ち上げるたび、スカートが躍動し、俺の太ももをしつこくくすぐって刺激してくる。だが、それさえも、今や心地よい。むしろ、その柔らかな摩擦が快感の輪郭をより鮮明にしているようですらあった。

 

 スカートを履いていなければ、一生味わえない感触。うねる膣と、同時にくすぐられる太もも。ふたつの刺激が絡み合い、頭の中で溶け合っていく。

 

 悪くない。

 

 むしろ、良い。

 

「おっ、おっ、あんっ……ふぅん……だめっ……はげしっ、すぎぃ!」

 

 まるで喧嘩屋とは思えないほど、ニャーは快感に顔を歪め、妖しい声を出す。先ほどまでの獰猛さが嘘のように、その表情には無防備な色が滲んでいた。

 

 たまらない。

 

 俺は、腰の動きを加速させた。スカートの裾がその拍子に大きく跳ね上がり、太ももを撫でる感触がいっそう強くなる。

 

「あっ、あっ! だめっ、いやっ……んっ、ひっ、んぅっ……こんな……の……イクゥ!」

 

 ドピュルルル。

 

 あっ。

 

 やばい。頭が真っ白になり、思考が一瞬止まった。

 

「……はぁ、はぁ……え? 中、に?」

 

 ニャーは、浅い呼吸を繰り返しながら、顔を小刻みに震わせた。その瞳が、微かに揺れているのが見えた。

 

 中出し。

 

 そんなつもりは、なかったのに。

 

 限界的な疲労のせいだろうか。予想外に、快感の限界を把握できていなかった。冷や汗が、どっと背中を伝う。

 

 いやいや、冷静に分析している場合か!

 

 まずいだろ!

 

「あっ……わ、悪い! そんな、つもりは」

 

「……いや、いい。……おい、ミス。帰るぞ」

 

「はいよー。いやー、それにしても、早漏ちゃんだったねぇ」

 

 絶望する俺をよそに、当のニャーはあっさりと俺の腰から身を退けた。またも、スカートが俺の太ももを撫でていく。その一瞬の感触に、体が過剰なまでに反応した。

 

 射精したばかりの敏感さに、この刺激はあまりに強い。ビクンッ! と、身体を震わせた。

 

「おー、おっさん。着衣セックス、はじめてかー。性癖わかって、よかったなー。見てるこっちは、揺れるスカートだけで肝心なのがなーんにも見えなくてつまらなかったけどー」

 

 多分、スカートの刺激に反応したのがバレたのだろう。ミスは、口元に手を当てながら、歪んだ口角をつくりこちらを見下ろしていた。夜の暗さの中でも、その視線だけがやけに鋭く感じられた。

 

「おいおっさん。また後日、再戦しにくる。こちらも負けっぱなしじゃあ終われねぇからな。……くく、またスカート、履いてきてやるよ」

 

 ジャケットを着込みながら、ニャーもミスに便乗して、軽蔑するかのような視線をこちらへ向けてきた。

 

「なにから突っ込めばいいかわからねぇ」

 

 性癖のこと。再戦のこと。一日フル稼働で疲れ切った体には、処理する限度を超えている。もう、考えるのを、体が拒否した。

 

「今回の件は、ニャーを下僕にしたお前からのセックス命令。次の戦いは、独立を目指す私からの聖戦って名目だ。これなら、なにも問題はねぇ」

 

 ジャケットを着込んだニャーは、そう言いながら未だ倒れ込む俺の顔の横まで歩いてくる。なぜか、ニヤニヤしている。

 

「おっさん。世話になったお土産に一つ、これをやるよ」

 

 すると、ニャーはしゃがみ込んで、スカートの裾をつまむと、それを俺の唇に這わせてきた。布の感触が、唇の上を掠めていく。

 

 ゾクリ。

 

 肩が跳ねる。

 

「ギャハハ! こいつまじで変態だなぁ! こんなのに負けたとか恥も恥だぜ。……次は、ぜってー負けねー。わかったな?」

 

 鋭い瞳を一つ。

 

 ニャーとミスは、暗い闇へと消えて行った。足音が遠ざかり、やがて静寂だけが、路地に残された。

 

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