休日。それは社会人にとって、何物にも代え難い至福の時間だ。
平日にできなかったこと、やりたかったことを計画的にこなし、擦り減った精神を組み直すための貴重な一日。
とはいえ、好き勝手に過ごせばいいわけではない。下手な時間に昼寝をすれば生活リズムは容易に崩れ、普段しないことを無理に詰め込めば、今度は体が疲労というダメージを負う。
つまり、どこへも出かけず、家でゆっくりするのが至高。
映画を見て、飯を食べ、昼寝は30分に留める。そうして惰性で夕方まで辿り着けば、次に待つのは休日の本番、夕食だ。
幸い、独身貴族の懐には多少の余裕がある。夕食に何か美味いものさえ食えれば、それだけで休日のノルマは大部分達成したといえよう。
適当に目玉焼き定食を作り、テレビにニュース番組を映したまま、手元のスマホで映画を流す。
一人暮らしに、行儀の悪さを咎める者はいない。
そうして時間を忘れて見入っていた、そのとき。
チャイムが鳴った。
「あん?」
重い腰を上げ、インターホンの画面を覗く。
だが、誰も映っていない。
悪戯か? だとしても、まぁ、一応見ておくか。
一々靴を履くのは面倒だ。かといって、玄関の土間に足をつけるのも嫌なので、上がり框に足を残したまま、片手を壁について上体だけを目一杯扉へ伸ばす。
何のストレッチだ、と自分に突っ込みたくなる格好で、どうにかドアノブを掴んだ。
「邪魔するぞ、おっさん」
わずかに開けた扉が、外から勢いよく押し広げられた。
支えを失った俺の体は伸び切り、そのまま玄関の土間へと落ちる。頭上から声と影が降りかかり、顔の横に突如として他人の足が現れた。
その足は靴だけを残し、当然のように室内へ上がっていく。
ニャーが、きやがった。
「いてて……お、おい。どうしてこの家が分かりやがる!」
「あまりでかい声を出すなよ、おっさん。近所迷惑だろうが」
人の家に勝手に上がり込んだ奴に、正論を吐かれる筋合いはない。
体を起こして追いかけると、ニャーはすでに冷蔵庫を開けていた。勝手にピッチャーを取り出し、顔を上げて、そこから直接お茶を口へ流し込んでいる。
飲みきれなかった分が、口元からだぼだぼと溢れ、フローリングを濡らしていった。
その頭を、思い切り引っ叩く。
お返しに胸ぐらを掴まれたが、足払いをかけ、その辺に転がしてやった。
「やめだ、やめやめ。ニャーは喧嘩をしに来たわけじゃねぇ。てめぇを呼びに来たんだ」
「好き勝手に荒らしておいて、何が呼びに来ただ。これで納得できると思ってんのか」
「あん? ギャンギャン騒ぐなよ。少し出かけるぞ。準備しろ」
厚かましいにも程がある。
そもそも、出かける出かけない以前に、どうしてこいつがここにいる。
「つか、お前。なんでこの家を知ってんだ。どこで調べやがった」
「あん? んなの、てめぇの職場にニャーの下僕がいるからに決まってんだろ。阿呆か、てめぇ」
「……嘘だろ」
呆然と、天井を仰いだ。
ニャーに絡まれた時点で、俺の平穏な日常はとっくに終わっていたらしい。
この家が、バレた。
もう何もかもどうでもよくなり、そのままフローリングの上に体を倒す。
「んで、出かけるってのは、どこにだ。また、くだらない決闘か?」
「阿呆か、てめぇ! だから今日は喧嘩じゃねぇっつってんだろうが。話聞いてんのか、こら!」
人には近所迷惑を指摘しておいて、いきなり大声を出すニャー。
やはり不良。唯我独尊。下僕を侍らせているだけはある。
「なら、どこへ行くんだよ。ミスのやつは、どこにいる」
「ミスはこねーよ」
「前は、あいつを寄越すって言ってたろ」
「気が変わった。今日は二人きりだ」
だるそうに答えながら、ニャーはリモコンを操作し、ニュース番組をバラエティ色の強いものへと変える。
視線はすぐテレビへ釘付けとなり、俺の顔すら見なくなった。早く準備しろと催促する気もないらしい。
いよいよもって、こいつの意図が読めない。
「二人でどこへ行くってんだ。まぁ、準備はしてやる」
このまま問答しても、面倒なことに変わりはない。なら、さっさとこいつの願いを叶えて、早く解放されることを期待するしか――いや、待て。
「こんな真っ昼間から、ラブホか」
「あ?」
ニャーが、こちらを見た。元々悪い目つきを、さらに細めている。
「こないだ、後でラブホへ行くって言ってたろ。今日来たのは、それだろ?」
「……下衆が」
罵倒された。
たまらなくなり、こちらも反撃する。
「何が下衆だよ。だったら、いい加減どこへ何しに行くか言えよ。早く」
「家を出りゃ分かる。黙ってさっさと準備しろや」
またもテレビに意識を戻すニャー。
もう食らいつくのも馬鹿らしくなり、着替えることにした。
細身に見えて締めつけの少ないジーンズに、白のインナー。その上から、柄の入ったワイシャツを羽織る。
「おら、着替えたぞ」
「……ふん。中々悪くない格好じゃねーか。なら、さっさと出かけるぞ」
ニャーはテレビを切り、立ち上がった。
今日の装いは、左胸にピンクのキャラクターが描かれた、丈の短いへそ出しシャツ。その下には、裾に青いラインが二本入った白のプリーツスカートを穿いている。
本人の性格に似合わず可愛らしいが、動きを妨げるものは少ない。見た目と動きやすさの両方を取った格好、といったところか。
ニャーは俺の横を通り過ぎ、乱暴に脱ぎ捨てていた靴を履くと、さっさと外へ出ていった。
それを追い、俺も家を出る。
幸いにも雲が多く、直接的な日差しはない。それでも、梅雨入り目前のじめじめとした空気が、肌へ不快にまとわりついてきた。
「まずは飯だ。イタリアンだな。ピザを食いに行くぞ」
「おいおい、俺の意思は」
「こういうときは女の意思を尊重するもんだろ、てめぇ!」
咆哮と共に、ニャーの腕が俺の首へ巻きつく。
僅かに力は込められているが、本気で首を絞めるつもりはないらしい。たまたま通りかかった通行人から白い目を向けられながら、二人揃って遅い歩幅で進んでいく。
「ところで、メイド服は完成したかよ」
「あん? ……あぁ、あれな。あれはまぁ、秘密だ」
首に巻きついた腕を剥がしながら、ニャーが歯切れ悪く答える。
一体、メイド服ごときに何を隠しているのか。相変わらず、こいつの考えはよく分からない。
「秘密、ねぇ」
深入りしなかったことで、二人の間に静寂が訪れた。
駅方面へ歩みを進めながら、ニャーは一歩前へ出て、俺を先導するように歩いている。
その歩き方は堂々たるものだった。反対側から人が来ても、道を譲る気配がない。たまに大柄な男が鋭い眼光を返しながら近づいてくるが、ニャーの間近まで迫ると、その額に冷や汗を浮かべて進路を変えていく。
まぁ、気持ちは分かる。
「お前、働いていてもおかしくない年齢だろ。少しの社会性くらい身につけろよ」
ぼそっと口にしただけのつもりだった。
だが、ニャーは黒い猫耳をぴくりと揺らし、その場で立ち止まった。
「このニャーに説教か。そういう大人の言葉はな、ニャーが一番嫌いなものだ」
こちらへ振り返ることもなく、ただ静かに紡がれた言葉だった。
少しでも不快になれば声を荒らげる。それが、これまでに知ったニャーという女だ。だからこそ、怒鳴りもせずに吐き出された一言には、下手に踏み込ませない重みがあった。
「だよな。悪かった」
簡単に、引き下がった。
確かに、出過ぎた真似だった。ニャーとは出会ってまだ間もない。数少ない絡みが濃厚すぎるだけで、その実、俺はこいつのことを何も知らない。
ニャーには、ニャーの人生がある。それを無視しての説教は、余計な世話だ。
「分かればいい」
そうしてまた、お互いに無言となった。
俺は少し先を歩くニャーの姿を眺める。鍛え抜かれた体に、洗練された服装。
視線を僅かに下げれば、白いプリーツスカートが目に入った。
ニャーの歩幅に合わせて、その裾が右へ左へと軽やかに揺れる。
この布は、どんな刺激を与えてくれるのだろうか。
「何してんだ、てめぇ」
気づけば、俺はスカートへ手を伸ばしていた。
指先で、揺れる裾を捕まえていた。
案の定、ニャーは足を止め、鋭くこちらを睨んでくる。
俺は摘んだ布を離さないまま、口角を持ち上げて、その顔を見返してやった。
ニャーも裾を払い除けようとはせず、ただ俺の顔を凝視している。
「悪い。気がついたら摘んでた」
「だとしたら、その顔は何なんだ。あ? 変態がよ」
摘んだ裾を指先でこね、折り重なった生地が小指の腹をくすぐる感触を堪能してから、手を離す。
もう触らないという意思表示のつもりで、空になった手をニャーの顔の前へ持ち上げ、二度ほど握って見せた。
「……また変なことされたらかなわねぇ。その腕、貸せや。拘束してやる」
ニャーは顔の前を賑わせていた俺の手首を、パシンと掴み取った。指の力が食い込み、鋭い痛みが手首の周囲へじわりと広がる。
「そんな焦んなよ。今日のニャーを満足させたら、望みを叶えてやっから」
そう言って、ニャーは俺の手を掴んだまま歩き出した。
満足させれば、望みを叶えてくれる。
なるほど。なら今日は、ニャーの行動や言動へ、あまり突っ込みを入れないほうがいい。下手に不機嫌にして、ご褒美を没収されたら敵わない。
前回の勝負で勝ち取った権利がある以上、こいつの機嫌に関係なく好きにできるはずなのだが、それは指摘しないでおく。
「ここだ。ここが、うめぇんだ」
それから歩くこと15分ほど。名前だけは知っている、小洒落たイタリアンへと辿り着いた。
ニャーは昼時だというのに店員の案内を待たず、勝手に空いている席へ腰を下ろす。
周囲から奇異の視線を向けられる中、店員が背中を丸めながら近づいてきた。
「に、ニャー様。いらっしゃいませ」
その姿は、かなり不思議な取り合わせだった。
白いエプロンの映える清楚な制服。だが、彫りの深い顔立ちに、日焼けした黒い肌。ごつごつとした頬骨と顎髭が作り出す厳つい印象は、いくら背中を丸めても隠せていない。
そんな男が、対面に座るニャーへひどく下手に出ている。
「よう、トウマ。元気してっかよ」
「は、はい。おかげさまで。……あの、お金は必要ありませんから」
「はは、当然だよなぁ」
どうやら、このトウマという男は、ニャーをかなり恐れているらしい。
下僕か。
考えても分からないので、素直に聞くことにした。
「下僕か?」
「元、な。路頭に迷いそうなところを、知人に何とかするよう頼んでおいたんだが。……まさか店長とは、随分出世したもんだ」
「なんだ。永遠の下僕ってわけでもないんだな」
開きかけていたメニューで顔を隠していたニャーが、その脇からこちらを覗き込んでくる。普段は鋭い目を僅かに垂らし、呆れた様子だった。
「勝手に逃げんのは許さねぇ。だが、ニャーが見限って解放する分には別だ。倒すたびに下僕を増やしてたら、とんでもねぇ数になるだろうが。増えた分、使えない奴はクビにする。あいつは、その例だ」
「ほーん。実力主義、ねぇ」
確かに、喧嘩師として不敗を謳われたニャーにしては、下僕の人数が二十人というのは少ない気もしていた。
「でもまぁ、下僕を二十人も侍らせるだけで大したもんだ。普通、一桁が相場だろ」
再びメニューへ顔を隠していたニャーが、またもその脇から顔を出す。今度は先ほどよりも、余計に悪い顔だ。口元がひん曲がっている。
「二十人? 何を勘違いしてんだ」
「ミスの奴が、二十人いるって言ってたぞ」
「そりゃ、幹部連中の話だ。初対面のおっさんに、こっちの内情を一から十までペラペラ話すわけねぇだろ。下まで合わせりゃ、百は超えてる。あまりニャーを舐めるなよ、おっさん」
そう言って、ニャーはメニューをテーブルへ倒した。
言われてみれば、ミスは二十人が全員だとは一言も言っていない。勝手に総数だと思い込んでいたのは俺だ。
それにしても、百人超え。
どうやら俺は、思っていたよりも遥かに面倒な女を下僕にしてしまったらしい。
今度は、俺が注文を決める番だ。
メニューは一つしかないので、テーブルに置かれたそれを拾おうとする。だが、ニャーはメニューを自分の胸元へ手繰り寄せたため、伸ばした手は空を切った。
「てめぇは、ニャーのおすすめでも食ってろ」
「……お前、この店へよく来るんだよな。トウマが店長になったこと、知ってたんじゃないのか?」
「いや、それは嘘じゃねぇ。ここへ来るのは二か月ぶりだ。その間になったんだろうよ」
「ふぅん」
まぁ、いい。そんな細かいことは。
それに今日は、こいつを不快にさせないと決めた。黙って、おすすめとやらを食べることにしよう。
空中に取り残されていた腕を、自分の元へ戻す。
「へへ、いい子だ。ニャーポイントを一ポイントだけやろう」
黒い猫耳を前後へ小刻みに揺らしながら、ニャーが口角を上げて頷く。
どうやら、今の選択は正解だったらしい。
ニャーは間もなくトウマを呼びつけ、注文を伝えた。俺の分は、魚介と辛口ソースのきのこピザだった。
そして、待つこと10分。
ニャーの前には無難なマルゲリータが置かれ、俺の前には辛口のピザが運ばれてきた。
鼻腔をくすぐる、焼けたチーズと魚介の匂い。その奥に混じる辛味が、鼻の粘膜を僅かに刺激してくる。
ピザカッターを手に取り、生地の上へ立てる。
ふと、ニャーを見た。
マルゲリータを半分に折り畳み、両手で鷲掴みにして、豪快に口へ運んでいる。
「……おお、すげぇ」
思わず、声が漏れた。
口いっぱいにピザを頬張ったニャーが、こちらを凝視しながら何かを訴えてくる。
多分、文句でもあるのか、と言いたいのだろう。
俺はニャーが飲み込み終える前に、手元のピザへ意識を戻した。
結果からいえば、辛さは程よく、魚介ときのこの風味が複雑に絡み合う、かなり美味いピザだった。
「うめーな、これ」
「だろ、だろ! それ、最高なんだよ」
口の周りをピザで汚しながら、ニャーが満面の笑みを浮かべる。
……心臓が、跳ねた。
「だったら、なんでお前はこれを選ばなかったんだ」
「あん? だって、それ具が多いだろ。流石に男を連れて食べるのに、ぽろぽろこぼしたらみっともねーからよ」
ああ、まぁ、これを折り畳んで食べたら、とんでもないことになるのは目に見えている。
というか、そういう目を気にするなら、最初から切って食べればいいのに。
いや、これがニャーの良さなのだろう。
何をするか分からない。少し分かった気になった途端、平然と予想を外してくる。
こいつは、このままでいい。
指摘したところで、精々不機嫌になるだけで、何も変わりはしないだろうが。
それからは、お互い無言でピザを食べ進め、揃って完食した。
休む間もなくレジへ向かい、表示された金額に目を見開く。
ピザを二枚しか注文していないのに、会計は六千円を超えていた。もっとも、その数字はレジに現れた途端、ゼロへと変わったため、支払いそのものはなかったのだが。
とんでもない高級店だった。
そりゃ、あれだけ美味いのも納得だ。
「んで、これからはどうするんだ」
「次はパスタを食べに行くぞ」
「……は?」
店の外へ出て、腕を組んだまま天へ伸ばし、体をほぐすニャー。その口から飛び出したのは、聞き間違いを疑う答えだった。
「あん? まさか、文句でもあんのか」
「いや、ない。ないぞ。むしろ素晴らしい提案だ。推奨する」
「……ニャーポイント没収だ。わざとらしすぎる」
そんなぁ。
☆☆
カラオケボックス。
パスタ、デザートと食べ歩いたニャーが最後に選んだのは、駅前にある大型のカラオケ店だった。
四階建ての大規模な店舗で、その最上階にある角部屋へと案内される。
「ニャー様、四階は貸切です。それと、こちらがミス様よりお預かりしていたものになります」
どうやら、この店にもニャーの下僕がいるらしい。
ニャーは店員から紙袋を受け取ると、そのまま俺を連れてエレベーターへ乗り込んだ。
「ほらよ、ニャーからのご褒美だ」
そう言って、紙袋から一つの小さな箱を取り出す。
コンドームだった。
俺は、勃起した。
「ニャーは別に生でいいんだが、ミスに怒られてよ。悪いが、ここは奴の顔を立てて我慢してくれ」
その箱を受け取り、一つ頷く。
間もなく、エレベーターが最上階へ到着した。
☆☆
カラオケボックスの角部屋は、極めて広かった。
部屋の片隅にはコスプレ衣装がラックに並べられ、その奥には着替えのためのスペースまで確保されている。
なるほど。ラブホテルではないが、これなら人目を気にする必要はない。
ニャーは紙袋をその辺に放り投げると、俺と向き合った。
「選べ。フェラか、それともセックスか」
「フェラで頼む」
「あいよ。座るか?」
「いや、俺にも尽くさせてくれ」
「……へへ、上等」
ただ口で気持ち良くなりたいだけなら、わざわざニャーである必要はない。
俺が見たいのは、あれだけ太い態度を崩さない女が、自分の与えた刺激で余裕を失っていくところだ。喧嘩では二度とも勝った。なら今度は、違う方法でもこいつを負かしてみたい。
我ながら、随分と性格の悪い欲だと思う。
俺は衣服を脱ぎ捨て、横幅にゆとりのあるソファへ移動すると、そこへ仰向けに横たわった。
ニャーも上半身の衣服を脱ぎ捨て、スカートだけを残した姿になる。
言葉にせずとも、俺の望みは伝わったらしい。
出会ってから大して日も経っていない。それなのに、スカートだけは残せという俺の趣味を、こいつはもう説明なしで理解している。
その事実が、妙に腹の奥を熱くさせた。
ニャーは俺の頭を跨ぎ、顔の前へ尻を向けたまま、ゆっくりと腰を下ろしてきた。同時に上体を倒し、俺の下半身へ顔を近づける。
スカートの裾が腹部をしつこく撫で上げ、ぞわりとした快感に思わず身じろぎした。
最初の夜は、こんな刺激があることすら知らなかった。偶然触れた布に体が反応し、自分でも理解できないまま性癖を暴かれた。
だが、今は違う。
昼間、こいつの腰で揺れていた白い布が、次は自分の肌をどう撫でるのか。俺はそれを、ここへ入ったときから待っていた。
「おい、おっさん。あまり気張るなよ。すぐに出ちまっても、仕方がねぇ」
「ああ、分かってる」
視界いっぱいに、ニャーの秘部が迫る。
それと同時に、肉棒が温かな湿り気に包まれた。ニャーの口へ、根元近くまで収まっていく。
俺も舌を伸ばし、ニャーを愛撫した。
「じゅる……んにゅ……しょれ、だめぇ」
ニャーの甘い声が、股の向こう側から響いてくる。
彼女が身じろぎするたび、プリーツ加工されたスカートのひだが腹を擦り、細かな快感が全身を駆け抜けた。
もっと気持ち良くして、もっとニャーを動かしたい。
その一心で、舌先を激しく動かす。
「ぐりゅ……あむ……みゅり……しょれ……いくぅ」
正直、フェラとしての気持ち良さはほとんどない。ニャーはすっかり自分が感じることに必死で、口での奉仕が疎かになっている。
だが、その分だけ腰は震え、スカートのひだが俺の肌を何度も撫でてくる。
だから、このままでいい。
喧嘩なら、相手の動きを止めれば俺の勝ちだ。
今は逆に、ニャーを大きく動かすほど俺が満たされる。こいつを負かしたいはずなのに、終わってほしくはない。
まったく、面倒な勝負だった。
「んくっ……じゅる……じゅるる、ぐぷぷ……イ、イクっ!」
尻が、大きく跳ねた。
秘部がうねりを上げながら、俺の舌の上で何度も上下する。
「……おい。駄目だ、集中できねぇ。向き、変えるぞ」
俺の返事も待たず、ニャーはいったん腰を持ち上げ、ソファの上でくるりと体の向きを変えた。
今度は俺の腹を跨ぎ、互いの顔が至近距離で向かい合う。
首を少し持ち上げ、舌を伸ばす。中途半端に開かれていたニャーの口へ、そのまま差し入れた。
ニャーは満更でもなさそうに唇を閉ざし、俺の舌を挟み込む。舌先を上下へ揺らし、口の中で愛撫してきた。
怒りで吊り上がった顔も、痛みに歪んだ顔も、すでに何度も見ている。
だが、頬を赤くして俺の舌を弄ぶ顔は、まだ見慣れない。触れているのは舌先だけのはずなのに、股間を咥えられていたときよりも、心臓の音が近く感じられた。
「……へへ。何だよ、このプレイ。さすがおっさん、よくもまぁ色々と思いつく」
「挟んだのは、お前な」
ニャーは頬を赤らめながら、ずるずると俺の下半身側へ這っていった。
顔はこちらへ向けたまま、手探りで肉棒を探り当てる。
スカートの裾が肉棒へ引っかかり、テントのように張っていた。
「手コキでいいか」
ニャーはスカートを摘み、肉棒の上から退かそうとする。だが、俺はその手を止めた。
「待て。被せたままでやれ」
「……正気か、てめぇ。痛いだけだろ」
「やってみなきゃ分からんだろうが」
「……クソが」
ニャーは一度持ち上げた布を、再び肉棒へ被せた。その表面に手のひらを当て、布ごとゆっくりと握り込む。
シュッ、シュッ、と生地の擦れる音が、部屋の中へ響く。
「何か、普通に痛いな」
「当たり前だろ、おっさん。だからやめておけと言ったんだ」
布の繊維は思っていたよりも刺激が強く、擦れるたびに肉棒がちくちくと痛みを訴える。
とはいえ、ニャーが自ら腰へ纏い、ひらひらと揺らしていた布に包まれているという事実だけで、十分に興奮はできた。
「すまん、もういい。ゴムをつけろ。上に跨がれ」
「ったくよ。無駄なことさせやがって」
どうやら俺は、まだ自分の性癖を完全には理解していないらしい。
布なら何でもいいわけではない。ニャーの腰で揺れ、その脚や俺の肌へ偶然触れるからこそ、あの刺激になる。ただ被せて擦れば再現できるというほど、単純なものではなかった。
スカート越しの手コキは、視覚と優越感の面では悪くない。ただ、気持ち良くはない。実験としての満足は、すぐに訪れた。
ニャーは中央のテーブルへ手を伸ばし、置かれていた箱を器用に開封する。中から一つを取り出すと、俺の肉棒へ被せ、根元まで転がしていった。
そのまま俺と向かい合うように腰を跨ぎ、左手で肉棒を掴み、右手でスカートをたくし上げる。
照準を合わせ、ゆっくりと腰を下ろした。
ぬめりとした感触が、肉棒を包む。
「んっ……あっ」
ニャーは俺の腹部へ両手を置き、肩で息をする。
だが、何を思ったか、すぐに勢いよく立ち上がった。
「ゴミだ。マジでゴミだ。まるで気持ち良くねぇ」
いや、普通に感じていたと思うのだが、それでも満足できるものではなかったらしい。
ニャーは俺の肉棒からゴムをつまみ取ると、その辺へ放り投げた。
「やっぱ生が一番だな。おい、おっさん。出したくなったら言えよ。前みてぇに中出しはすんな」
「……豪快だな」
たった一枚隔てただけで、そこまで違うものなのか。
俺には温度が僅かに遠くなった程度にしか思えなかったが、ニャーは一瞬で見切った。気持ち良くないものを我慢して続けるという発想自体が、こいつにはないらしい。
その潔さは、少し羨ましかった。
再び先ほどと同じ要領で、ニャーがゆっくりと腰を落とす。
今度は先ほどよりも温かい。ぬるりとした感触が、肉棒へ直接絡みついてくる。
ニャーは歯を食いしばりながら、自分のスカートを震える指で握り込んだ。
「動くぞ」
「ああ……頼む」
彼女の腰へ両手を当て、一度、下から強く打ちつける。
その衝撃に押し上げられ、ニャーの上体が大きく後ろへ傾いた。
ニャーは思わずスカートから手を離し、倒れまいと両腕を後ろへ伸ばす。その手のひらが俺の太腿へつき、どうにか体を支えた。
「ま、待て……やばい、から」
「いや、待たない」
「ば、馬鹿、やめろっ……あんっ」
口では止めろと言いながら、後ろ手についた指は俺を押し退けることなく、体を支えるために太腿へ強く食い込んでいる。
この女が、本気で俺を拒むときにどれほどの力を出すかは、二度の喧嘩で嫌というほど知っていた。
今のこれは、それとは違う。
反り騎乗位のまま、一定のリズムで腰を打ちつけてやる。
結合部は、ぱたぱたと暴れるスカートのせいで見えたり、見えなくなったりする。それもまた、乙なものだ。
白い裾の隙間を凝視しながら、肉と肉がぶつかり合う音に耳を澄ませる。
「あっ、あん……あっ……おっ、おっ……おほ、おっ……んぅ……あんっ!」
ニャーは可愛らしい声を、惜しげもなく晒している。
普段の声は低く、話し方も不良そのものだ。その口から甘い声が漏れるたび、どうしようもなく興奮する。
この声を出させているのが俺だと思うと、腹の奥に薄暗い満足感が広がった。
街で最強と呼ばれ、百人を超える下僕の頂点に立つ女が、今は俺の腰が動くたびに声を抑えられなくなっている。
性格が悪いと言われれば、その通りだろう。
だが、やめる理由にはならない。
向かい合ってはいるものの、ニャーの上体は弓なりに反り、顔は天井を仰いでいる。
下から見上げる俺の位置では、顎先と伸びた首筋ばかりが目に入り、その表情までは見えない。
次第に、それが不満になってきた。
性欲を満たすだけなら、顔など見えなくても困らないはずだ。それでも、声だけでは足りなかった。
俺が欲しいのは、女の体が感じているという事実ではない。
ニャーが、俺によって崩れていく顔だった。
そろそろ、体位を変えるか。
「おい、ニャー。立て。後ろから突いてやる」
「……うす」
ニャーの腰を支えながら、立ち上がるのを手伝ってやる。
奥の着替えスペースには姿見が置かれていたので、その前まで連れていった。
ニャーは自分のスカートをたくし上げ、迎え入れる準備は万端といった様子で尻を向ける。
俺もニャーの肘を掴み、ぬぷりと肉棒を差し込んだ。
「ひうっ!」
今度は、最初から全力で腰を打ちつける。
結合部も、ニャーの顔も、そのすべてが姿見の中に映っている。視覚から入る興奮が、さらに俺の体を突き動かした。
これだ。
腰を突くたび、赤い瞳が揺れ、眉が寄り、開いた口から声が漏れる。その一つ一つを見逃さずに済む。
鏡の中に映るニャーは、もう喧嘩師の顔をしていなかった。
「ま、まっ……これ、すごっ……おほっ、あっ……や、やめ……やめて、おんっ……!」
もっと、ニャーの顔が崩れるところを見たい。
今の体勢では、まだすべての力を使い切れない。
背後からニャーの両腕へ自分の腕を絡め、肩ごと抱え込むように拘束した。スカートを押さえていた指が離れ、白い布が結合部を覆い隠す。
喧嘩最強の腕が、今は俺の腕の中で自由を失っている。
だが、戦ったときとは違う。爪を伸ばすことも、噛みつくこともできるはずなのに、ニャーは逃げず、快感に耐えるためだけに力を込めていた。
力で押さえ込んでいるというより、この女が俺に捕まることを選んでいる。
そう考えた途端、腰の動きがさらに深くなった。
力任せ。
ニャーが気持ちいいかどうかは分からない。ただ、俺がやりたかった。
絶え間なく肉を打ちつける音が、ボックス内へ響き渡る。
「まっ……待って、あん……あっ……スカ、ト……みえ、ねぇ……捲っ……おっ!」
髪を乱し、猫耳を揺らし、快感に顔を歪ませるニャー。その姿を、ただ鏡越しに見続ける。
ニャーのすべてが、俺の脳を隅々まで幸福感で満たしていく。
足りない。
まだ、足りない。
足りないのは、快感ではない。
一つ表情が崩れるたび、その次が見たくなる。声を一つ聞くたび、もっと違う声を出させたくなる。
どこまで行けば満足するのか、自分でも分からなくなっていた。
「お、おねが……んあっ! スカー、ト……捲っ……あんっ……みえ……んん……」
ニャーが喘ぎ声に紛れて何かを訴えている。
スカートがどうこうと言っているらしいが、途切れた言葉を拾って考える余裕など、今の俺にはなかった。
まぁ、いいか。
「んあっ……あっ、イクっ……あ、駄目……もう……イクっ……イ……イ、イクゥ!」
ニャーの体が、大きく跳ねた。
同時に腕を解放すると、ニャーは両手を姿見へつき、そのままずるずると床へ体を落としていった。
俺も視線の高さを合わせるため、深くしゃがみ込む。
「おい。俺はまだイッてねーぞ。どうした、休むのか」
「はぁ……はぁ……やす、まねぇよ……舐めんな……馬鹿が」
「そうか。なら、立て」
「はぁ……はぁ……かかってこいや……馬鹿たれ」
息をするのも苦しそうなくせに、差し出された腕から降参の色は感じない。
こういうところが、俺は気に入っているのかもしれない。
弱らせたい。だが、折れてほしくはない。
面倒な女には、こちらまで面倒な感情を抱かされるらしい。
ニャーが差し出した腕を掴み、自分が立ち上がる勢いを利用して、上へ引っ張り上げる。
こちらへ向かせた体勢のままスカートを捲り、ニャーの秘部へ肉棒を当てがった。
腰をゆっくりと動かし、先端でクリトリスを擦る。
ニャーは短い悲鳴を上げながら、熱い吐息を何度も俺の顔へ浴びせてきた。
赤い瞳に、すっと通った鼻筋。そして、あの柔らかい唇。
昼間、ピザを頬張りながら笑っていた顔が、一瞬だけ重なった。
あのとき心臓が跳ねた理由は、まだ考えたくない。
ただ、今はその唇へ触れたかった。
導かれるまま、俺の口でその唇を塞いだ。
間髪入れず舌を口内へ押し込み、その隅々まで荒々しく舐め回す。
ニャーも俺の舌を迎え入れ、その動きを味わっている。
その隙を突き、肉棒を一気に膣へ突き込んだ。
ニャーは驚き、反射的に俺の舌を噛んだ。
慌てて、口を離す。
「わ、悪い!」
舌はじんじんと痛み、小刻みに震えている。
だが、目尻を下げ、不安そうにこちらを見るニャーの顔を目にすると、そんな痛みはどうでもよくなった。
俺へ怪我をさせたことなど、普段なら笑い飛ばす女だ。それが今は、本気で悪いことをしたような顔をしている。
そんな顔を見せられると、責める気にはなれない。それどころか、もっと俺だけに余裕を失わせてやりたいという欲が湧いてくる。
我ながら、随分と歪んでいる。
俺は腰を、激しく突いた。
「あっ、あっ、あっ……そ、そんな……いきなりっ……んああん!」
舌の痛みを誤魔化すように、ただひたすら腰をニャーへ打ちつける。
水音がいやらしく耳へ届き、目の前ではニャーが快感に顔を蕩けさせている。
そのすべてが、至福だ。
「ああっ……ら、らめぇ! や、やぁぁあ!」
ニャーの腕が、俺の首へ巻きつく。
左耳のすぐそばで上がるいやらしい悲鳴が、脳をつんざいた。
股間が、次第にざわついてくる。腹の奥が締めつけられ、それまで浴びたあらゆる刺激が、一箇所へ集まり始めた。
まだ終わらせたくない。
だが、体はもう限界を決めている。ニャーの声も、腕の力も、触れ合う熱も、すべてが最後の一押しとなって理性を削っていった。
「くそっ……俺も、出そうだ!」
「そ、外にっ……そ、そと……あっ……んあっ……外、にぃ!」
「イクぞ、ニャー! たっぷり受け取れや!」
「だ、駄目、駄目! 中は駄目! お願い……そと……外に! あっ……らめぇ!」
このまま離れず、奥へ全部ぶつけたい。
そんな衝動が、一瞬だけ頭を支配した。
だが、耳へ届いた言葉は明確だった。どれだけ顔を蕩けさせていようと、どれだけ俺の首へしがみついていようと、それを都合よく読み替えるつもりはない。
肉棒を、膣から引き抜いた。
ニャーが変な悲鳴を上げ、そのまま床へ体を落とす。
言葉の裏を勝手に読んで、本気で嫌がる相手へ中出しするような真似はしない。
それは、男として恥ずべきことだ。
引き抜いた瞬間、熱が失われたことを惜しいとは思った。
それでも、後悔はしない。
自分の肉棒を上下へ擦りながら、カラオケボックスの中央へ移動する。空いている片手でゴムの袋を開き、その中へと射精した。
「ふぅ……あー、気持ち良かったわ」
「……何してんだ、てめぇ」
「あん? 何って、ゴムに出したんだよ。見りゃ分かるだろ」
ニャーは肩で息をしながら、何故か眉間に深い皺を寄せ、こちらを睨みつけている。
背中は丸まり、体力も失っているはずなのに、今にも飛びかかってきそうな気迫があった。
ニャーは俺の発言にため息を吐くと、一度、深く息を吸い込んだ。
「馬鹿か、てめぇ! 外に出せと言って、本当に外へ出す阿呆がどこにいやがる! あぁ!?」
まるで暴風でも吹き荒れたかのような怒号。
俺はたまらず、両耳を塞いだ。
こいつは、マイクなしでも相当な声量で歌えるのではないだろうか。
「何だよ。中に出されたかったのか?」
「あ、当たり前だ! お前とは、その……あぁ、何でもねぇ!」
ニャーはその辺に放り投げていたシャツを着込み、顔を真っ赤にしながらドアノブへ手をかけた。
まだ体の火照りも消えていないだろうに。
「いいか、またニャーと戦え! もし俺が勝ったら、お前の人生は一生ニャーのものだ。分かったな!」
そう言い捨て、ニャーは扉の外へ出ていった。
先ほどまでお熱だったとは思えない、余韻も何もない終幕。
呆然と、閉まった扉を見つめる。
だが、すぐにまた扉が開いた。
「わ、忘れ物した」
ニャーは意地でも俺の顔を見ようとせず、テーブルの上に置かれていた紙袋をひったくると、今度こそ部屋を出ていった。
「まるで嵐だな」
独立を目指す聖戦は、どこへいったのやら。
ニャーに負けたら、俺の人生はやつのもの、か。
なら、俺からも言ってやらないとな。
もし俺が勝ったら、お前の人生は俺のもの、と。
次が最終話となります
気分がのったら、番外編も書くかもです