一人称が「俺様」の褐色爆乳美女は好きですか? 作:ビジュゲイト推し
翌朝、ミクリオが中央支部から帰宅すると、ザビーダは居間の長椅子に寝転がっていた。長い銀髪を肘掛けから床近くまで垂らし、片腕を枕代わりにして天井を眺めている。サラシに包まれた豊満な胸が、ゆっくりと呼吸に合わせて上下していた。扉の音に気づくと、琥珀色の瞳だけを先にこちらへ向け、「おかえり」といつもの軽い調子で言う。
「ああ」
「どうだった?」
「替えてもらった。港の案件は別の特等が担当することになったから、僕たちは三日後、内陸の旧聖寮施設へ行く」
「……本当に?」
ザビーダが身体を起こしたので、ミクリオは新しい任務書を机へ置きながら頷いた。
「ああ。そちらも古い施設だから、君の知識が役に立つ可能性は高い。ただし、同行するかどうかは君が決めていい」
「俺様も行っていいの?」
「行きたいなら」
ザビーダはしばらく任務書を眺めたあと、少しだけ笑った。
「そっちは行く」
「分かった」
「また即答」
「何を期待しているんだ」
「いやあ」
ザビーダは再び長椅子へ身体を預けたものの、今度は天井を見ながらどこか考え込むような顔をしていた。
「本当に俺様が『行きたくねえ』って言っただけで、変わったんだなって思ってさ」
「担当くらい変わるだろう。僕が港の任務でなければならない理由もなかったし、別の人間で対応できるならそれでいい」
「お前にとってはな」
ミクリオは返事をしなかった。この程度のことがザビーダにはそれほど珍しいのかと思う一方で、今までの彼女を見ていれば、珍しいのだろうということも分かり始めていた。
嫌でも耐える。命令なら従う。役に立つなら行く。そうやって、自分がどうしたいかを判断材料から外すことに、ザビーダはあまりにも慣れている。だから昨日、「行きたくない」と言ったこと自体が、彼女にとっては思っていた以上に大きなことだったのかもしれない。
「なあ」
「何だ」
ザビーダはまだ天井を見ていた。
「港が嫌な理由さ」
ミクリオはそちらを見る。
「そのうち思い出したら話す、って言っただろ」
「ああ」
「……全部じゃねえけど、ちょっとだけなら話せるかも」
ミクリオの手が止まったが、何も促さなかった。ザビーダはそんな彼を横目で見てから、腕を目元へ乗せる。
「俺様さ、昔、恋人がいたんだよ」
ミクリオは一瞬だけ目を見開いた。
これまで、ザビーダが昔の知人について話すことはあった。エドナのような古い知り合いがいることも、長い年月の中で多くの人間や聖隷と関わってきたことも想像はできる。けれど、恋人がいたという話を聞くのは初めてだった。
「……そうなのか」
「何だよ、その反応」
「どういう反応を期待していたんだ」
「もっと驚くとか」
「驚いている」
「顔に出ねえなあ」
ザビーダが少し笑ったので、ミクリオもそれ以上は言わずに待った。しばらくすると、その笑みが薄くなる。
「そいつ、聖寮に殺された」
今度こそ、ミクリオは何も言えなかった。
ザビーダの声は静かだった。怒っているわけでも、泣いているわけでもなく、ずっと昔の出来事を事実として取り出して机の上へ置くような話し方だったからこそ、かえって返す言葉を選べなかった。
「誰だったとか、いつだったとか、細けえことはぐちゃぐちゃなんだよ。顔もちゃんと思い出せねえ時があるし、どういうふうに死んだのかも、たまに変なところだけ抜ける」
「……でも、恋人だったことは覚えている?」
「ああ」
ザビーダは少し考えてから頷いた。
「好きだったことと、聖寮に殺されたこと。それだけは、まあ……残ってる」
ミクリオは椅子へ腰を下ろした。
「海と、その人に何か関係があるのか」
「そこが分かんねえんだよな」
ザビーダは腕を目元から外し、困ったように笑う。
「海見てると何か引っかかる。港って聞くと、なんとなく行きたくなくなる。でも、それがそいつのことなのか、別の何かなのか、自分でもよく分かんねえ」
「そうか」
「それだけ?」
「ああ」
「名前は、とか聞かねえの?」
「聞きたいとは思う」
「思うんだ」
「当然だろう。君が好きだった相手なんだから、どんな人だったのかは気になる」
あまりにも素直に答えたせいか、ザビーダが少しだけ目を丸くした。
「でも、君が今話せるのがそこまでなら、今日はそこまででいい」
「……お前さあ」
「何だ」
「そういうところ、ほんっと変だよな」
「最近そればかりだな」
「普通はもっと聞くだろ。誰だった、何された、何で殺された、って」
「知りたいから話せ、というのも命令と大して変わらないだろう」
ミクリオは机の上の任務書を開き、何事もなかったように次の調査場所を確認し始めた。
「それに、君自身が分からないと言っていることを、僕が勝手に繋げても仕方ない。海とその人に関係があるのかもしれないし、ないのかもしれない。それは今の時点では分からない」
ザビーダはしばらく黙っていた。
「……そっか」
小さく呟き、もう一度長椅子へ寝転がる。
ミクリオは任務書へ視線を落としたまま、必要な装備と過去の記録を一つずつ確認していった。背後からは何も聞こえず、話はそこで終わったのだと思った頃、ほとんど独り言のような声が落ちてくる。
「海なんか、何千回見たかわかんねえのにな」
紙をめくる手が止まった。
「恋人だって、一人くらい死んだっておかしくねえくらい長く生きてんのにさ」
軽く笑おうとしたらしい。
けれど、最後までは続かなかった。ミクリオは振り返らない。今はまだ、誰だったのか知らない。いつのことなのかも、その恋人がどんな人だったのかも、どうして聖寮に殺されたのかも知らない。海と関係があるのかさえ、ザビーダ本人にも分かっていない。だから今は、ただ覚えておくことにした。
ザビーダには、昔、好きだった人がいた。その人は、聖寮に殺された。そして彼女は海を見ると何かを思い出しそうになる。それだけでよかった。少なくとも、今は。