一人称が「俺様」の褐色爆乳美女は好きですか? 作:ビジュゲイト推し
霊峰の空気は冷たく、吹き下ろす風がむき出しの岩肌を撫でて、細かな砂礫を山道の下へ転がしていた。ミクリオが外套の襟を直す横で、ザビーダは両腕を抱え込み、いかにも寒そうに肩を縮める。
「さっむ……。なあミクリオ、次はもうちょい暖かい場所の調査にしようぜ」
「山なんだから寒いのは当然だろう。それに君は、暑ければ暑いで文句を言う」
「俺様は繊細なの」
「初耳だな」
「ひでえ」
軽口を交わしながら、二人は緩やかな山道を登っていった。
本来なら、今日ここへ来る予定ではなかった。二人に割り当てられていたのは西の港町に残る旧聖寮施設の調査だったが、ザビーダが初めて自分から「行きたくない」と言ったため、ミクリオが担当を替えてもらったのだ。代わりに回ってきたのが、この山頂近くに残る古い地脈観測所だった。千年近く前の記録にも存在し、近頃になって周辺の地脈に不自然な揺らぎが確認されている。アベル・エインズが活動していた時期とも重なる施設なので、現在の二人が調べる対象としては、むしろこちらの方が都合がよかった。
「でもよ」
少し先を歩いていたザビーダが振り返る。
「普通、こういう調査ってもっと人数連れてくるもんじゃね?」
「当初はその予定だった」
「だよな」
「断った」
ザビーダの足が止まった。
「何で?」
「君が大人数での行動をあまり好んでいないからだ」
「……俺様、別に平気だぜ?」
「知っている」
「じゃあ何で」
「平気であることと、好んでいることは別だろう」
ザビーダは何か言い返そうとして、結局黙った。
しばらく歩いてから、少し呆れたような声が飛んでくる。
「最近、俺様より俺様の扱い方分かってね?」
「それは困るな」
「何でだよ」
「君のことなんだから、君自身が一番分かっている方がいい」
「……」
「何だ」
「いや。ほんっと変な奴だなって」
もう何度目になるか分からない評価だったので、ミクリオも最近は訂正する気がなくなっていた。
***
「……誰かいる」
山頂まであと少しというところで、ザビーダの声からふっと軽さが消えた。
ミクリオも足を止め、杖へ手を掛ける。風の向こう、少し高くなった岩棚の上に、一人の少女が立っていた。黄色い傘を肩に担ぎ、風に金髪を揺らしている。小柄な身体だけを見れば十代半ばにも届かない少女にしか見えないが、こちらを見下ろす眼差しには、外見とは釣り合わないほど長い時間の冷たさがあった。
「人間が何の用?」
初対面の挨拶としては、かなり険悪だった。
ミクリオは警戒を解かないまま答える。
「地脈の調査だ。この上に旧聖寮の施設があるはずだが――」
「帰って」
「……話くらい聞いてもらえないか」
「聞く必要ないもの」
少女は傘を肩へ担ぎ直し、ミクリオの制服を上から下まで眺めた。その視線が胸元の徽章で止まる。
「聖寮でしょ、アンタ」
「ああ」
「しかも、その徽章」
「特等対魔士のミクリオだ」
「へえ」
ほんの一拍を置いて、少女は吐き捨てるように言った。
「最悪」
「……初対面で随分だな」
「聖寮の人間ってだけで十分よ」
取り付く島もない。
だが、その視線がミクリオの横へ移った瞬間、少女の表情が僅かに変わった。驚きと警戒、それからミクリオには名前をつけられない何かが、ほんの一瞬だけ顔を覗かせる。
「……ザビーダ?」
呼ばれたザビーダも少し目を細め、それからいつもの調子で片手を上げた。
「よ。久しぶり、エドナちゃん」
「ちゃん付けしないで」
即答だった。
「相変わらずつれねえなあ」
「相変わらず馴れ馴れしいのよ」
エドナと呼ばれた少女は岩棚から降りると、ザビーダの前まで来て、頭から足元まで確かめるように見つめた。
「……生きてたのね」
「俺様、丈夫だから」
「それは知ってる」
短いやり取りだったが、二人がかなり昔からの知り合いであることだけは分かる。
ザビーダの長い過去を知っている相手と会うのは、ミクリオにとって初めてだった。やがてエドナの目がこちらへ向き直る。先ほどよりも、さらに冷たかった。
「アナタ」
「何だ」
「ザビーダを使ってるの?」
「……使う?」
「とぼけないで。その所有環よ」
エドナの視線がザビーダの首元へ落ちる。そこには、現在の所有者としてミクリオの名が刻まれている。
「そいつ、アンタの所有聖隷なんでしょ」
「おいおい、エドナちゃ――」
「ザビーダは黙ってて」
「はいはい」
珍しく素直に引いたザビーダを横に、エドナはミクリオだけを見た。
「どうなの」
一瞬、答えに迷う。
否定はできない。書類上、ザビーダの所有者は間違いなく自分だ。
「……書類上は」
その答えを聞いた途端、エドナの顔に露骨な嫌悪が浮かんだ。
「やっぱり」
「待て。書類上そうなっていることと、僕がザビーダを物だと思っていることは別だ」
「人間って便利ね」
鼻で笑う。
「お金払って買ったんでしょ?」
「ああ」
「所有環にも自分の名前を入れて」
「ああ」
「それで『所有してるつもりはありません』?」
痛いところを突かれた。
ミクリオ自身、その矛盾については何度も考えている。
「……僕が買ったのは事実だ」
「ほら」
「だが、使うためじゃない。そこから出すためだ」
エドナの表情が一瞬だけ止まった。
「……何?」
「ザビーダがいた場所から」
「どこにいたの」
「西地区の供用施設だ」
今度の沈黙は、少し長かった。
エドナがザビーダを見る。ザビーダはいつもの軽い笑みを浮かべながら、肩をすくめた。
「ま、そういうこと」
エドナの手が傘の柄を僅かに強く握る。
けれど、何も言わずにミクリオへ視線を戻した。
「綺麗事」
「そう思うならそれでいい」
「……は?」
「信じろとは言わない。僕が何を言ったところで、君には僕を信用する理由がないだろう」
少しだけエドナの眉が上がった。
「分かってるじゃない」
「それくらいは」
「気に入らないわね」
「奇遇だな。僕も初対面で最悪と言われたことは、少し気にしている」
「その程度で傷つくの?」
「少しと言った」
横でザビーダが吹き出した。
「お前ら案外相性いいんじゃね?」
「黙ってろ、ザビーダ」
「黙ってて、ザビーダ」
二人の声が重なり、ザビーダがさらに笑う。
「ほらな?」
「何がよ」
「何でもねえよ」
敵意が消えたわけではない。それでも、少なくとも今すぐ杖と傘を交えるような空気ではなくなった。
***
「それで」
今度はエドナがザビーダを見る。
「何でそいつといるの」
「ん?」
「買われたから?」
その問いに、ミクリオの胸の奥が小さく引っかかった。
ザビーダは肩をすくめる。
「最初はまあ、そうだったな」
「ほら」
「でも今は……」
そこで、ほんの少しだけ間が空いた。
ミクリオは何も言わずに待つ。これは、自分が答えることではない。ザビーダは一度だけこちらを見て、それからエドナへ視線を戻した。
「俺様が勝手についてってる」
思わずミクリオは目を見開いた。
調査を手伝いたいとは言われた。任務にも同行している。毎日同じ家へ帰ってくる。けれど、自分との関係をザビーダ自身がそんなふうに言葉にしたのは、これが初めてだった。
「……本当に?」
エドナの声は厳しい。
「本当だって」
「アナタ、昔から人間に甘いから」
ザビーダの表情がほんの一瞬だけ変わった。
「……昔の話は勘弁してくれよ」
「じゃあ今の話。嫌なら離れられるの?」
「離れられるぜ」
「そいつに止められない?」
「多分な」
「多分?」
ザビーダが悪戯っぽくミクリオを見る。
嫌な予感がした。
「ミクリオ。俺様が今ここで、やっぱお前んとこ出てくわって言ったら?」
親指で山道の下を示す。
エドナまでミクリオを見る。完全に試されていた。
「なぜ今確認する」
「いいから」
ミクリオは額を押さえ、少し考えてから答えた。
「……止めたいとは思う」
エドナの目が鋭くなる。
ザビーダは黙って続きを待っていた。
「でも、本当に君がそうしたいなら止めない」
ザビーダの口元が少し上がる。
「だそうだ」
エドナは二人を見比べた。
「所有者なのに?」
「だから何だ」
「命令すれば済むでしょ」
「できる」
「じゃあ」
「できるから、使いたくない」
エドナが目を細めた。
「……意味分かんない」
「僕も最近まで分かっていなかった」
「そこ認めんのかよ」
ザビーダが笑う。
「事実だからな」
エドナは少し考え込むように黙ったあと、さらに尋ねた。
「じゃあ、命令はしないの?」
「必要ならする。戦闘中に攻撃が飛んできて『避けろ』と言う程度なら」
「そういうことじゃない」
「分かっている」
ミクリオは小さく息を吐いた。
「ザビーダ自身に関わることを、僕が勝手に決めるつもりはない。少なくとも、そうしたいと思っている」
最後だけ少し言い直す。
自分もまだ、完璧にできているとは思っていない。ザビーダの返答が本人の希望なのか、それとも長年の服従の結果なのか、今でも迷うことはある。
「変な人間」
エドナが言うと、ザビーダが力強く頷いた。
「だろ?」
「なぜ君はそこで嬉しそうなんだ」
「だって仲間増えたじゃん」
「増えてない」
「増えてないわよ」
また声が重なり、ザビーダが楽しそうに笑った。
***
エドナは山頂へ続く道を一度振り返った。
「……地脈調査だったわね」
「ああ」
「見るだけなら勝手にすれば。ここで揉められる方が面倒だし」
「いいのか?」
「そう言ってるでしょ。ただし、勘違いしないで」
再び向けられた視線はまだ冷たい。
「信用したわけじゃない」
「ああ」
「聖寮も嫌い」
「分かった」
「人間も嫌い」
「それも分かった」
あまりにも素直に受け入れられたせいか、今度はエドナの方が怪訝そうな顔をした。
「……それだけ?」
「何が」
「普通、人間全部を一緒にするなとか、聖寮だって悪いことばかりしてないとか、自分は何もしてないとか言うでしょ」
ミクリオは少し考える。
「君が嫌いだと思っているものを、僕が否定しても仕方ないだろう。それに、僕は君がなぜそう思っているのかも知らない」
その言葉を聞いて、エドナの表情が僅かに硬くなった。
しばらく何も言わずにミクリオを見ていたが、やがて傘を肩へ担ぎ直す。
「兄を殺されたのよ」
ミクリオは言葉を止めた。
「……兄?」
「聖寮の人間に」
吹き抜けた風が金髪を揺らした。
その声は驚くほど平坦だったが、目だけは少しも冷めていなかった。
「だから聖寮が嫌い。兄を殺したのが人間だったから、人間も嫌い。それじゃ駄目?」
許可を求めている問いではないことくらいは、ミクリオにも分かった。
「駄目だとは言わない」
「……人間なのに?」
「ああ。僕はその兄を知らないし、君が何を見たのかも知らない。事情を知らない僕が君の嫌う理由だけを取り上げて間違っていると言うのは違うと思う」
「人間全部を嫌うのは筋が通らない、とか思わないの?」
「思うかどうかと、それを君に言うべきかは別だろう」
エドナが少しだけ目を見開いた。
「君が人間を嫌うことで、今ここで誰かを殺そうとしているなら止める。でも、嫌いだと思うことまで僕が決めるつもりはない」
しばらく、風の音だけが二人の間を通り抜けた。
やがてエドナが小さく鼻を鳴らす。
「……やっぱり変な人間」
「最近よく言われる」
「主に俺様にな」
ザビーダが横から口を挟む。
エドナはちらりと彼女を見た。
「でしょうね」
「何で納得すんだよ」
「見れば分かるもの」
「ひでえなあ」
ザビーダは笑っていた。
ただ、エドナが兄の話をしてから、その笑みがほんの少しだけ薄くなったようにも見えた。ミクリオには、その理由までは分からない。エドナは再び山頂へ身体を向ける。
「なら、アンタがどういう人間なのかは見ておく」
「そうするといい」
「偉そう」
「特等対魔士だからな」
「そういうところ嫌い」
「さっきから嫌われてばかりだな」
「慣れれば?」
「慣れたくはない」
今度はザビーダが声を上げて笑った。
***
エドナが先を歩き始める。二人がついてきても、もう止めなかった。少し距離を空けて、ミクリオとザビーダも山道を進む。しばらくしてから、ザビーダが小さく息を吐いた。
「悪ぃな」
「何が」
「あいつ。人間嫌いなんだよ」
前を歩く小さな背中を見ながら言う。
「それは本人から聞いた」
「だな」
「君が謝ることではないだろう」
「まあ、そうなんだけどよ」
ザビーダは少し笑った。
いつものような軽い笑みだったが、どこか遠くを見ているようにも見えた。ミクリオは何も聞かなかった。エドナが兄の話をした時、ザビーダの笑みがほんの少しだけ薄くなったことには気づいている。それが何を意味するのかは分からないし、本人が何も言わない以上、今ここで理由を探る必要もなかった。
前を歩くエドナの小さな背中を見る。聖寮に兄を殺され、人間そのものを嫌うようになった聖隷。その隣を歩く、千年以上の記憶をところどころ失っているザビーダ。そして、その聖寮で特等対魔士をしている自分。妙な組み合わせだと思う。けれど今は、それでいい。三人はそれ以上話さず、古い聖寮施設へ向かって山道を登っていった。